#51 悪役令嬢なので勇者の敵になります
ウルコル、と光はわたしに名乗った。ほんとに光なので男性か女性かわからないけど、声を聞くかぎりでは女性という感じがする。
(ウルコルってなんだっけ)
わたしは記憶をあさって該当事項を検索した。ウルコル。世界を創造した神。
その創造神さまが言った。
『ようやく、会えましたね』
曰く、静暁の魔女が異界の邪悪なる力を得てしまったことが今回の発端という話だった。異界の邪悪なる力。すなわち『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』のラスボス「大いなる闇」のことだ。だから静暁の魔女は「大いなる闇」を倒す力を持った花村祥子を先んじてのっとり、化身たちを味方に取り込んだ。そうして次に静暁の魔女自身が「復活」するため、化身たちを使って宝玉を集めたわけだ。
(静暁の魔女がわたしが「悪役令嬢」だって知ってたのはそのせいか)
もともと静暁の魔女はパンディオの対としてこの世界に生まれたのだという。二つの魂の量と大きさが釣り合っているのでパンディオの魂によって魔女を封じることが可能だったし、予言の勇者たちはパンディオの遺志である五大聖人の力を借りて魔女を倒すことができるはずだった。
はずだった、ということは現在は不可能、ということである。そこでウルコルさまは急きょ、新しいルールをとりいれた。
「それが好感度と選択肢……?」
『勝手をして申し訳ないと思っています。しかし、あなたしかいなかったのです。もう一人の「聖暁の乙女」であるあなたしか』
本来悪役であるはずの「ジアンナ・ゲイル」で乙女ゲームが始まった経緯と理由はそのようであったらしい。目的はパワーアップした静暁の魔女に対抗しうる『勇者』を育てるため。「大いなる闇」は聖暁の乙女と化身にしか倒せないし、静暁の魔女は『勇者』にしか倒すことができない。
(聖暁の乙女と勇者のアイの力で悪をやっつけましょう、と)
うまく融合させたものだ。ちなみにオートセーブもウルコルさまの加護の一環とのことだった。理解した。
理解したところでわたしはたずねる。
「いったい何があって、本来知り合うことのないはずの両者が出会う流れになっちゃったの? なにか接点になる出来事があったはずだよね?」
『それは――』
言ったきり、ウルコルさまが沈黙する。わたしの心情をおもんばかってくれたのだと、続いた言葉のあとにわたしは理解した。
まあ、でもなんとなく予感はあったよね。とどのつまりは、「わたし」が「ジアンナ・ゲイル」に転生したせい。スタートはそこのようだ。
別に望んで転生したわけじゃないんですけどね。それで、とわたしは続ける。そろそろ話の筋が見えてきたからだ。
「それで、どうすれば?」
クロスオーバーのしくみとか架空と思われていた世界が現実に存在しているという、いわゆる世界の謎について解き明かしたい気持ちはあった。あったけれど、ここまで黒子役に徹してきたウルコルさまがなぜ今ごろになってこうして表に出てきたのかという話だ。
「わたし」が原因で事が起こったのなら、当然帰結も「わたし」になるはずである。
『それは』
たっぷり溜めたわりにあっさりと語られた内容はべつだん難しくもなかったし、驚くようなことでもなかった。わかったよ、とわたしは了解を返す。少し迷ったけどせっかくなので確認をとることにした。まあ、心残りみたいなものだ。
「アレクくんだったのも、ウルコルさまのお導きだったの?」
『いいえ』
「そっか」
よかった、と言ったところで夢は終わった。
*
ジアンナさん、とアレクくんの叫ぶ声が聞こえた。わたしと静暁の魔女の魔力が反発しあって大きな爆発を生む。勝ったのはわたしの意識で、宝玉の力が魔女を封じ込めてしまう。これで魔女の意識はロックされた。
問題は魔女がもちこんできた魔力だった。これがとにかくすごい力で暴れる。針はひっかけたものの釣り上げることができず、逃げ回る魚にぐいぐいふりまわされてる感じだ。魚釣りしたことないけど。
結果、外に逃げようとする魔力がアレクくんたちに襲いかかった。別に狙ってるわけじゃなくて照準がめちゃくちゃになってるだけだ。めちゃくちゃなうえに一個一個の威力が大きいわけなので、自ずとダメージ範囲が重なってしまうのだ。
(コセムくん、疲れてるな)
襲いかかる魔女の魔力をコセムくんが魔法で相殺するたび、わたしの情緒は「すごい!」と「ごめんね」を忙しく行き来する。けれどそれもはじめのうちだけでだんだん苛立ちへと変わりはじめた。
ラアルさまとユグノくんを戦力に加えたうえでアレクくんたちが「ジアンナ」に対して攻撃を躊躇しているからだ。スキルレジストリは開けてきたし聖暁の乙女としての魔力もアレクくんに渡してきたから、アレクくんはもう自分の意思だけでコンボスキルを使うことができる。『ダブル』だって解放されてるのに。
「ジアンナさん!」
魔力でできた黒い風がアレクくんを鞭のように打った。ラアルさまを打ち、ユグノくんを打つ。
早く、と誰にともなくわたしは焦れた。
「あるべきものがあるべき形に収まること」。それがウルコルさまがわたしにしめした「交差世界を切り離す方法」だった。たとえばアレクくんサイドなら『勇者』が静暁の魔女を倒すことだし、こちらサイドなら「ジアンナ・ゲイル」が原作通りに死ぬという具合だ。
かつそれらを同時になさなければならないということで、てっとり早く「ジアンナ・ゲイル」に静暁の魔女を封じたわけです。
『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』のシナリオを思い出して笑ってしまった。魔物になって自我を失ったように見せて、化身たちはわかっていたのだろうか。わかっていてわたしに宝玉を託した? だってまんま各ルートのクライマックスで「大いなる闇」に捧げられて死ぬ「ジアンナ・ゲイル」じゃない?
嵐の海のようにうねる魔力の波が何度もアレクくんたちをのみこむ。わたし抜きで「やり直し」は適用されない。アレクくんたちが全滅した場合、また次の『勇者』を待たなければならない。
それは嫌だった。倒されるならアレクくんがいい。考えて、わたしは一人わらう。「ジアンナ・ゲイル」が「悪役令嬢」だってアレクくんに知られることをおそれてびくびくしてた頃の自分を思い出しておかしくなった。
ずっと昔のことみたいだね。世界がもとに戻ったらアレクくんから「わたし」の記憶がいっさいなくなればいいのにと願ったこともあった。何一つ気配もにおいも残したくなくて、「思い出」になることをおそれて、コセムくんに髪を切ってもらったね。
勝手なものだ。今は、それを嫌だなって思う。何か一つくらいわたしの痕跡が残ればいいのにって思う。いつどこでつけたかわからないひっかき傷みたいに。
「『好きだよ』」
言葉を発することは、わたしの意識が残っているとアレクくんたちに確信させることだった。もっと悪役令嬢らしく静暁の魔女らしく煽ったり悪辣なふるまいをできればよかったんだけど、息を殺して悲鳴を上げないようにするのが精いっぱいでした。
だから、自業自得なんだろう。わたしを覚えているまま倒してほしいな、なんて。ごめんね、全部話すって約束したのにね。
「『大好きだよ、アレクくん』」
荒れ狂っていた魔力が一時停止する。アレクくんたちも爆発も、全部が停止した。ゲーム中に設定画面を開くとゲームの進行が中断する、そんな感じだ。
それで何をするのか。わたしはまず「ジアンナ」と「花村祥子」を入れ替える。『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』の正規ヒロインで正規主人公。本当ならかれらに愛されるのは彼女のはずだった。
アレクくんたちに累計計算されていた好感度の主語が「ジアンナ」から「花村祥子」へと書き換えられる。これまでわたしが蓄積してきた好感度、関係、記憶。それがそのまま花村祥子のものになる。
「アレク・ブレイデン」というキャラクターがこれまで旅をしてきたのは苦楽をともにしてきたのは、好きになったのは、「花村祥子」という女の子でした。これでいい。深く突かれるような胸の痛みにわたしは言い聞かせる。わたしはこれまでずっと人の心を操ってきた。これが相応の罰というものだ。
(これでいいんだ)
「ジアンナ・ゲイル」は悪役令嬢。主人公たちに討たれるべき敵。あるべきものがあるべき形へと戻っただけだ。わたしは仕上げとなる最後の呪文を詠唱する。
「『だから、わたしを殺して』」




