#49 勇者と聖女(♂)の約束
「アレク」
しつけの行き届いていない犬にするようにコセムが二度繰り返した。
「顔がひどいことになってるぞ」
「生まれつきこういう顔なんで」
むっつりと返す。俺はマントの端っこを噛むような気持ちで、前方でいちゃつくジアンナさんと銀髪の美少女(♂)を見た。
知らないってしあわせだよね……。あのおしとやかで聖女然とした美少女の中身が実は男だって、いったい誰が想像しえるんだろう。
第五番聖都の聖騎士だって。それこそ聖人技だよ。
(わかりやすく元気になってるし)
ジャンくんと恋人よろしく腕を組みご機嫌を絵に描いたようなようすで店頭の看板をのぞきこんでいるジアンナさんの横顔を、俺はうらめしい気持ちで見た。ジャンくんと再会したときのジアンナさんの喜びようったらなかったよね。ある意味予想通りだったけど抱きついてすりすりしてあとはキスの嵐だった。それから、ジアンナさんは片時もラアルさんから離れない。
控えめに言って死ぬほどうらやましい。
「あーんラアルさま~~~~~~~」
「うふふ、おねえさまったら甘えん坊さん」
言いながら、ジャンくんが指でジアンナさんの額をつつくと、ジアンナさんがますますデレデレになった。
(心が死にそう)
こんなものを朝から見せつけられることになるなら、いっそ昨日コセムに氷塊にでもされた方がよかったのかもしれない。それでも俺は耐えた。それぞれ注文したケーキを二人が自分のフォークでひと口ずつ交換してるときも、お店の看板をのぞきこんでるときも、そうしながら二人だけで内緒話して笑い合ってる間も、とにかく耐えた。耐えました。
だって俺はジャンくんみたいにできないし。思ったんだよね。一番最近で心から楽しそうにしてるジアンナさんを見たのはいつだったかなって。
そうしたら、見守るしかできなくなってしまって。だってたとえば俺がスカートをはいて女の子みたいにふるまったって、ジアンナさんはあんなふうにはしゃいでくれない。
「はあ……今すぐ女の子になりたい……」
思わず願望が口から出てしまった。コセムが隣から心底軽蔑するみたいに俺を見てるけど今更繕う気にもならない。だってこんなの不公平だ。俺だって美少女になりたかった。ジアンナさんとケーキやパイのお店をはしごしていちゃいちゃしたかった!
(ジャンくんめ)
あてつけのように俺の目の前でいちゃいちゃして、それでも聖騎士なんですか? 前はジアンナさんがくっついてもさりげなく体を離したり必要以上に近づいたり接触しないようにしてたのに、やっぱり騎士なんだなあってひそかに感心してたのに、自分からジアンナさんの髪に触ったり手をつないだりして、きみにはがっかりだよ! ケーキの食べさせあいだってジャンくんからの提案だったし。
そのジャンくんがいうには、ユグノくんはすでにリルケさまのそばにいるのだそうだ。あのあと――静暁の魔女が復活して離れ離れになったあとだ――すぐにジャンくんは第二番聖都を目指した。途中ユグノくんと合流して、化身を二体ほど倒してきたという。
「……。化身を?」
俺は勢い問い返してしまう。ウフタ・サボエイジの王都と運河上。俺たちは二体の元化身に遭遇しこれを倒してきたけれど、最初から正体を知っていたわけじゃない。ジアンナさんがいたからだ。
聖暁の乙女である彼女には彼らの助けを求める声が聞こえたのだという。なるほどそうとわかったうえで振り返れば納得のいく特徴が二体にはあったように思う。
(ジャンくんはどうやって普通の魔物と区別したんだろう)
何かほかに違いがあったのだろうか。さすが聖騎士だなあと感心する半面、正体のつかめない不安が俺の胸底に冷たくたちこめた。その気持ちのまま、俺はジャンくんの黒い瞳をじっと見つめる。
「だ、だめ~~~~~~」
俺の視界から隠そうとするようにジアンナさんがジャンくんを両腕に抱え込んで言った。
「ラアルさまはたしかに奇跡のように美しいし見るなっていう方が無理だし目が幸福になるし一日中といわず永遠に眺めていたいしアレクくんの気持ちもわかるけど、なんか目つきがいやらしいから駄目! ラアルさまがけがれちゃう!」
「いやらしい……?」
俺はぼうぜんと繰り返す。今そんな目してた、俺? ラアルさんがジャンくんだって知っててなお汚物判定が出るほどやらしい目してたの?
てか俺ジアンナさんに言ったよね? 好きだって言ったよね? きみは知らないかもしれないけれど、俺は昨日、眠って意識のないきみにキスをしようとしましたよ。あやうくそれで氷漬けにされるところでしたよ。なのにジャンくんなの? そこでジャンくんなの? それでけがれちゃうまで言われるの? きみじゃなくて、ジャンくんを見て?
ああ、世界が真っ暗だ。俺はすがるような思いでコセムを見る。以前ならこういうときさりげなくかばってくれたのはジャンくんだったけど。
コセムがうなずいた。
「そうだな、未遂とはいえ俺も黙っているのは心苦しい。ゲイル嬢、実は昨晩――」
「あああああそうだ、リルケさまへのお土産も買ったことだし、そろそろ聖堂に行かない!?」
ガタッと椅子を蹴るようにして立ち上がった俺に周囲の視線が集まった。着席し、俺は声量をおさえて同じ提案をする。
「未遂?」
「そうですね」
首をかしげたジアンナさんの頬を、ジャンくんが飼い猫にするように撫でた。ジアンナさんが魅了の魔法をかけられたようになって、そのほつれた髪を、ジャンくんが指で無造作にからめとる。そのまま口づけてもおかしくないくらいだったけど、すぐに解いた。
気づいたのはおそらく俺だけだっただろう。まなざしだけで笑んで見せだ彼の瞳は「聖女」ではなく、「男」のそれだった。
*
俺とジャンくんにはひとつの約束がある。「ラアルさん」の正体を、ジャンくんの了解なしにジアンナさんに告げないことだ。もちろん、最初は馬鹿馬鹿しいと思ったし聞き入れる気はなかった。というか、承諾する理由がない。どんなにけがれなき聖女な美少女に見えたって彼は「男」なのだから。
「たとえばおねえさまに、アレクさんに乱暴をされましたとわたくしが告げ口したとしましょう」
要求を拒んだ俺に、ジャンくんはうすく微笑んで言った。信じさせる自信がある、と。
「一生おねえさまに軽蔑されるのは、アレクさん、あなたですよ」
くるくるとよく動くあのアイスブルーの目に冷ややかな軽蔑と嫌悪を浮かべて俺を見るジアンナさんを想像した時点で俺の負けだった。とうとう女装の理由を教えてくれなかったけど、あの徹底した女の子っぷりといい、なにか並々ならぬ事情と決意があるのだろうと俺は思った。だからこうして嫉妬に燃えながらも共犯の片棒をかついでいるわけで。
なのに。
「おい、アレク……」
「そういえばラアルさん、ジャンくんて今どうしてるのかな」
コセムの咎めるような声を無視して、前方をジアンナさんと歩くジャンくんに話しかける。直接呼ばなかっただけ感謝してほしい。
ジャンくんは俺の意図をはかるような一拍を置いてから返した。
「変わらずにいるとは思いますが、なぜ?」
「ラアルさんて本当にジャンくんにそっくりだなーって思ったら、なんとなく。ふとした表情とかさ。ラアルさんはどう? ジャンくんに会いたいって思うことないの?」
秘密を知っている俺とジャンくんだけに通じる暗号のようなものだ。「男」になってますよなんて、我ながらおひとよしだなと思う。恋敵にわざわざ指摘してやるんだから。
はじめは演技するのが嫌になったのかなって思ってた。たとえば彼もジアンナさんに惹かれていて、再会したのをきっかけにやっぱり男に戻りたくなったのかなって。それならそれでいい。だけどあそこまで周到に演技してきた人が突然信念ごと放り出すような雑な片付け方をするんだろうかっていう、個人的な違和感の話だ。あるいは戦略として続けている可能性もあるけど、一緒に旅をする間ジャンくんを見てきた俺にはどうしてもそうは思えなかった。
彼は聖騎士の名にふさわしい、心もちのとても潔い人だ。そのための確認だった。駄目押しのように俺は、ジアンナさんとジャンくんとの間に体を割り込ませる。
「ア、アレクくん……?」
「何色に見える?」
黙ったまま言葉を発しないジャンくんに、俺は空を指さして見せた。ジャンくんがゆっくりと顔を上向けて、それから、表情のなかったそこに微笑がうかんだ。
「さすがですね、アレクさん」
それが戦闘開始の合図だった。




