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#47 悪役令嬢は勇者に嫌われたい





 朝食を食べて船着き場に赴く。事前に聞いた話では船は現在動いていないということだった。なんでも、途中に魔物が出るのだそうで、それで止まっているんだって。

「よく無事に帰ってきたね?」

「物見が気づいたんだよ、目のいいやつでよ。そんですぐ引き返したんだ」

 わたしがたずねるのへ、船乗りのおじさんがおそろしげに言った。魔物はドラゴンの形をしていて、幅20メートルを超える運河を立ちふさぐようにしていたという。コセムくんが魔物退治を申し出、最初はしぶってたおじさんは別のパーティが乗船を申し出たことでようやく出港を承諾した。


「昨日は大変だったわね。大丈夫?」

 声をかけてくれたのは剣士の女の子だった。わたしと同い年だという彼女は昨夜、暴漢に襲われそうになっていたわたしを保護してくれたグループの一人で、おねえさんたちと一緒にわたしをいたわってくれた。具体的に言うと、酔っ払いの人たちがわたしを「静暁の魔女」と呼んで逃げ帰ったことだ。

「まったくしょうのない連中よね。お酒の飲みすぎで夢でも見たんじゃないの」

 ためしに人のいない場所で試してみたけど、男たちをしりぞけた黒い風はでなかった。そもそもわたしはアレクくんを通す以外で魔法は使えないし、たまたま突風かなにかを勘違いしてくれただけなのかもしれない。


(わたしも魔法が使えたらなあ)

 そうすればアレクくんやコセムくんを守ることができるのに。などと甲板の手すりでたそがれるうち、前方に魔物の出現が確認された。戦闘をいくどかくり返して、やがてくだんのドラゴンの目視が知らされる。

 なるほど巨大なドラゴンだった。純度の高い氷のような美しい鱗に全身を覆われた堂々たる体躯に、ゆったりと優美に揺れる長い尾。気位の高そうなドラゴンだな、とわたしは既視感にも似た印象を抱いた。美しい自分を着飾るのが好きで、ちょっとお高くとまった感じの。

 戦闘が始まる。船の背を越すような波とか水の球がいくつも襲ってきたけど、コセムくんが難なく処理してしまった。『ゴスペル』さえ有効ならあとはこっちのものだ。地上最強の生物はまもなく、勇者たちのまえに首を垂れることとなった。


『ジアンナ……?』

「この声は……?」


 どうりで既視感があったわけだった。ドラゴンの正体は化身の一人ディエゴで、彼の主張もまたルウイと同じく、花村祥子を救ってほしいということだった。どうやら仮説の通り花村祥子は静暁の魔女に体をのっとられているという事情らしい。

 ですが。

(なんでそれをわたしに言う?)


 正直文句言いたい。だってこの人たちわたしのこと「世界の破滅を導く因子」っていったよね? あの方を復活させることこそが世界を救う手立てでその復活を妨げんとするわたしを滅するってめっちゃ言ってたよね? 追いかけて殺そうとしてたよね? わたしがここまでどれだけ大変な思いをしてきたと思うのか。いくらなんでも勝手すぎない?

 どのツラさげて。


 などなど言ってやりたい。言ってやりたいけど、最初からのっとられて操られていたのだとしたら、化身たちも立場的には被害者になるわけで。

 それに、ここにいるのはこちらサイドの事情を知っているアレクくんたちだけじゃない。静暁の魔女だなんだと言われ続けてようやく疑いが晴れたところなのに、人びとを困らせる凶悪なドラゴンとも実は知り合いですなんて言えるわけない。さいわいディエゴドラゴンの声はほかの人たちには聞こえなかったようで、甲板は「ドラゴン討伐」のよろこびにわいた。




      *




「おうアレク、俺の酒が飲めないのか」

「俺、酒は、あんまり」

 運河を立ちふさぐドラゴンの存在に困っていたのはトルファの船だけではなかったようで、途中報告におりた別の港駅町でわたしたちは大変な歓迎をうけた。飲めや歌えやの騒ぎのなか、すっかりできあがった勇者たちがアレクくんに迫る。

 コセムくんはコセムくんでおねえさんたちや町の女の人たちに囲まれて、相手をもちあげつつ秋波をかわしていくさまは大変お見事でした。そんなスマートなことされたら逆に恋のハンター欲が燃えちゃうと思うんだけどどうなんですかね実際。


「ドラゴンにも有効だなんて、おまえら無敵じゃん」


 勇者のお兄さんがアレクくんたちを指して言った。先の戦闘で見せたアレクくんの魔法封じ、それからドラゴンの強力な魔法をほとんどしのいでしまったコセムくんの飛びぬけた魔法制御力のことだ。王都のルウイもそうだったけど、実際二人で倒しちゃったようなものだった。

 一人で料理をつつきながらわたしは内心でえっへんえっへんと胸を張った。そうでしょうそうでしょう、二人は強いんだよ! しかももっと強くなるかもしれないんだよ!

 とは言わない。そのうちにわたしにもお酒が勧められ、宴もたけなわとなる。有志による宴会芸の披露がはじまるころ、わたしはこっそりと店を抜けて外に出た。


「ジアンナさん」

 まもなくアレクくんが後を追ってくる。一発芸大会に参加しないの? ってからかうと、アレクくんは嫌そうな顔をした。あるいはちょうど餌食になりそうなところだったのかもしれない。

「お酒が回ったのかな、風にあたりたくて」

 そうやって昨日はあんな目に遭ったわけで、わたしはあらためてアレクくんに反省の意を示す。アレクくんが首を横に振った。


「じゃあ少し、歩く?」

「うん」


 トルファの宿屋で、アレクくんと対決すべく試みたわたしだったけれど、アレクくんが謝ってくるのに答えるのが精いっぱいで、彼の気持ちに対する自発的な進退の表明には至っていない次第です。アレクくんも特に急くようなことはしなかったので、返事は保留みたいになっている。


(しまった、緊張してきた)

 どこの店からもにぎやかな声は聞こえてくるのにメインストリートにはわたしたち以外の姿が見えない。あっても道端でうつらうつらしているような程度だ。そのうちの一人とふと目が合って、わたしは心もち間合いというかアレクくんとの間に距離をとった。見、「あのさ」とアレクくんが言う。


「そういうかわいいことされると困るんだけど……」

「か、かわいくないよ」

「かわいい」


 アレクくんは譲らない。それから心うちを振り返るように目線をあげた。

「あんなふうに、気持ちがあふれてくるものだなんて思わなかった。きみを困らせるつもりはなかったんだ」

 それは朝にも言われたことだ。怖い思いをさせてごめんって。助けにいけなくてごめんってすごく謝られてしまった。悪いのは勝手な行動をしたわたしなのに。


「か……」


 ぐ、と拳を握りしめる。ここだ、と思った。ここが勝負どころだ。今ならまだ。

(気張れジアンナ!)

 もう少しだけ成長したアレクくんを見たい。すべてのスキルを開いて完成した勇者となった彼を見てみたい。

 けど。

 わたしがだめだった。限界だった。わたしは大きく息を吸って言う。


「勘違いなんじゃ、ないかな」

「勘違い?」


 アレクくんが首をかしげた。わたしは彼から目をそらしてまくしたてる。

「そう、アレクくんは勘違いしてるんだよ! 吊り橋効果っていうか、ああいう出会い方でたまたま長く一緒にいるからそういう錯覚を持ってるだけで――」

「……」

 ひどいことを言ってる。わたし、すごくひどいことを言ってる。それでも言わなきゃいけなかった。だって無理だもん、これ以上は無理だ。


 だってわたしは。

 わたしが、アレクくんを好きになってしまったから。

 耐えられない。まるで本当の恋のように大事そうに見つめられるのも微笑まれるのもやさしくされるのも想われるのも、目があっただけでしあわせそうに笑む彼を見るのも。


「どうしてわたしなんか好きになっちゃったの……?」

「……」

「わたしみたいなひどい女を、なんで」


 なんで、とくり返す。もう一歩、左足を下げて距離をとった。アレクくんの顔を見ることができない。この期に及んでまだ全部を彼に話すことができない自分を汚いと思った。だってどっちにしたって彼を傷つけることには違いなくて嫌われるのは決まってるのに。

 けれど、待てども待てども、聞こえてくるのはどこかのバカ騒ぎだったりビンの割れる音だったりあるいは風の地面をこする音ばかりで、なじる言葉はない。アレクくんはただおだやかな波音に耳をかたむけるように静かだった。


「きみの抱えているものを知りたい。きみの痛みが知りたい。きみの」


 アレクくんの指がわたしの頬に触れた。そうしてわたしは自分の失敗をさとる。

「泣いてる理由が知りたい」

「……」

「きみが語らないのは、俺が弱いからだと思ってた。俺が頼りなくて、力がないからだって。だから強くなりたいって思ったんだ」

「その気持ちは、わたしがきみを利用するために植えつけたものかもしれないのに?」

「そんなかわいいことしたの?」

「っ!」

 勢い睨むとアレクくんが声をあげて笑う。ごめんね、と言った。


「きみの嘘はもう、俺には効かない」


 きみが好きだよ。わたしと目線を合わせるようにして、アレクくんがわたしの髪にキスをする。

「きみが望まないなら今は無理に聞かないよ。ただ、ジアンナさん、知っておいてほしいんだ。俺がいつもきみの力になりたいって思ってること。何があっても俺はきみの味方だってことを」

「……うん」

 どきどきして心臓が今にもこわれてしまいそうだ。心も頭もいっぱいいっぱいで、ふわふわして、わたしはアレクくんを見つめた。そうしながらそっと彼の胸元に手を添える。


「もう少し、時間がほしい。もう少しだけ。心の整理がついたら、ちゃんと……全部話すから……」

「待ってる」

 アレクくんがその手をとって自身の指をからませた。ちゅ、と指に約束のようなキスをおとすのでわたしがびっくりすると、アレクくんが楽しそうに笑った。


 その晩、わたしは夢を見た。





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