#44 ”どうして”?
トルファに王都奪還の知らせが届いたのは翌日のことだった。曰く、王都を奪還せんと勇猛果敢に戦い見事魔物を討ち果たしたものの、勇者たちは力尽きてしまったそうだ。つまりルウイを倒したのはわたしたちではなく、先に王都へ入っていた勇者たちであるという内容だ。
(まあ、しょうがないよね)
コセムくんがいるとはいえ無名のパーティだし、戦死した彼らに花を持たせる意味もあったのかもしれない。同じように考えたらしく、アレクくんもコセムくんもくだんのニュースについてはノーコメントだった。
昨日の一件が効いてるのか、冒険者やパーティらしい一行とすれ違っても直接声をかけてくることはない。少なくともトルファの中ではこそこそせずにすみそうだ。
ゆっくりと公衆浴場のお湯につかりながらわたしは考える。勇者たちを正気に戻したアレクくんの神秘的な光だ。あれは静暁の魔女に操られてたってことでいいんだよね。そしてアレクくんの二番目の魔法は、その邪気をはらい去ったということになる。
(アレクくんて回復・補助系なのかなー)
コセムくんが魔法で攻めるアタッカーで。だとしたら「二人で予言をうけた」という証言もさもありなんて感じだよね。わたしがパーティ作るならもう一人物理攻撃のアタッカーがほしいところだけど現在わたしの天使は遠く離れた第二番聖都にいるので。
「ねえ、どちらがあなたの恋人なの?」
ラアルさまのことを考えていたら話しかけられた。昨日ご飯をご一緒した魔法使いのおねえさんと弓使いのおねえさんだ。
「恋人?」
とっさには質問の意味がわからずわたしは首をかしげる。かまわず、おねえさんたちがうっとりと言った。
「コセムさまもすてきだけど、勇者の子もかわいいわよねえ。ちょっと気が弱そうだけどやさしそうだし」
「それともそういう押しの弱いところがいいのかしら?」
「あなたこんなにいいカラダしてるんだし、教えてあげてるんでしょ?」
以下やや年齢区分案件な下ネタが入ったので会話を中略しますね。純情な少年少女をつかまえてセクハラですよ、おねえさん。
(そういう関係じゃないって言っても信じてもらえなそうだな……)
どこの時代世界でも恋愛とスイーツの話は需要があるということなんだろう。メンバーを増やしながらすっかりえっちな話で盛り上がっているおねえさんたちに「じゃあ、お先に」と断ってわたしはお風呂から上がった。
「あれ? コセムくんは?」
建物を出るとアレクくんが待っていた。曰く、先に宿に戻っているのだそうだ。うなずいて、わたしはアレクくんと並んで歩き出す。心もち距離をとってしまうのは、おねえさんたちの質問のせいかもしれない。
『どちらがあなたの恋人なの?』。
さりとてべつにめずらしい質問でもなくて、アレクくんと二人旅だったときなんかはしょっちゅうだったし、ラアルさまと三人旅だったときはたぶんアレクくんが同じことを聞かれていたのだと思う。
週刊誌みたいな娯楽があるわけでもなし、しかたがない気もするよね。ワケありっぽい若い男女と見ればからかいたくなるものなんだろう。
「きみは」
わたしの意識的に作った間合いを保ったまま、アレクくんが言った。
「きみはいつも何かを考えているよね。ずっと、……たぶん、出会ったときから」
空を見上げて不安そうに話をしている人たち。何も知らない顔で無邪気にかけまわっている小さな子どもたち。町を出て魔物と戦いにいくのか、けわしい顔つきで歩いていく冒険者や勇者たち。
それらとすれ違いながらアレクくんがいつもと変わらない声音で言う。
「泣きそうな顔してるから、ずっと」
「……」
黙っていると、アレクくんがくすっと笑った。わたしがいつもするみたいにそうして、わたしの手をとる。
「だいじょうぶ」
恋人みたいに往来で手をつなぐ。ときどきちらりとこちらを見る目があったけれど、アレクくんは手を離さなかった。
「だいじょうぶだからね、ジアンナさん」
アレクくんがくりかえす。「何が」とは彼は言わなかったけれど、力強い励ますような声音はやすやすとわたしの涙腺をゆるめてしまった。
落ちていく涙が点々と降り始めの雨のように地面を濡らしていく。アレクくんは前を向いたままだった。そのうちにふわりと頭からマントがかけられて、いよいよわたしは感情を制御するすべをうしなってしまう。
(甘やかさなくて、いいのに)
もしもこれがアレクくんとコセムくんの共謀だとしたら、なんてひどい仕打ちだろうと思う。せっかく何も知らない、何も起きてないふりをしているのに、リトライだってちゃんと笑えるようになってからしたのに。
アレクくんは実際何も知らないのだろうと思う。王都に行くまえわたしが「何」を見た「何」が起こっていたのかを知らないはずだ。コセムくんも。だけど「わたし」に何かがあったことに気づいている。わたしが「何か」をしていることを。
気づいていて、ゆるそうとしてくれているのだ。
「……ッ」
声をあげて泣くことができたらどんなにいいだろうと思う。アレクくんにしがみついて、子どもみたいに泣くことができたら。全部全部うちあけることができたら。
だけどそうすると好感度のことも話さなくてはいけなくなってしまう。たくさん嘘をついたことも、アレクくんの心を操作してきたことも。アレクくんの気持ちを利用してきたことも、全部。
(だめだ)
嗚咽を必死にかみ殺す。わたしは自分を押さえるように強くアレクくんの手を握った。アレクくんも気づいただろう、それでも何も聞いてこようとはしない。
思えばいつも彼はそうだったなあとわたしは思う。アレクくんと出会ってたぶん二カ月以上は経過したと思うけど、わたしといて不審に思うこと、あやしく思うこと、たくさんあったはずだった。そもそも出会いから不審者だったし。絶対怪しい女だって思ったはずなのにイドの町までつれてってくれて、誰もが知らんぷりする中でルウイから身を挺してかばってくれた。
(いつもそばにいてくれるね)
アレクくんが治癒魔法のスペシャリストなのもわかる気がする。一緒にいてほっとするもんね。守られてるなあって感じる。好きだなあって思うよ。
もし、今アレクくんの抱いてくれる気持ちがこういう形と機会じゃなかったらすごくうれしかったかもしれない。もっと素直に喜べたんだろうなって思う。
「……アレクくんさ」
わたしが足を止めるとアレクくんも止まった。頭のマントとあいまってなんだか連行されてる犯人みたいで、わたしはつながれている手を離そうとする。顔が涙と鼻水でべしゃべしゃだ。
「いい感じの女の子の幼なじみとかいなかったの、村に」
『勇者』ってほら、だいたい村に両片思いみたいな幼なじみとかお姫様がいるじゃんね。つまりヒロインですけど。
「どうして?」
アレクくんが返してくる。どうして。戻ってきた問いを、わたしは自分に向けた。
(“どうして”?)
なんで突然“勇者のヒロイン”なんかに思いをはせたのか。
わからないけど、今度は声に出してアレクくんに手を離すようにお願いする。けれど、アレクくんは今度も無視をした。
「っ!?」
怪訝に思っていると突然マントをひっぺがされて、べしょべしょの顔が日の下にさらされてしまう。いくらジアンナが美少女といえど、泣き始めからいくらかの経過した仕上がりは同じだ。だからアレクくんも配慮して隠してくれたのだと思ってました。
たった一瞬だけだったけどどうしてアレクくんがそんな意地悪をするのかわからなくてわたしは混乱した。そのまま、往来で抱きしめられる。
「いたら、こんなことしない」
はっきりと怒りのにじむ声だった。好きだ、とアレクくんが言った。




