#32 主人公と再会
第四聖人ジル殺害の容疑者としてわたしを王都へと移送する馬車をとめたのは三人の美青年だった。アウスにアンディ、それからディエゴ。彼らの要求は馬車内の女――つまりわたしをよこせというものだった。
「なんだ、おまえたちは」
移送に同乗したのは第四番聖都の騎士二人とコセムくんで、御者の求めに応じ馬車を出ていったのは騎士の一人だった。
「出てはだめ!」
何しろ何の武力的手段も持たないかよわい女の子を火球で追いかけ、目的のために簡単に街を一個焼いてしまうような連中だ。あぶない、という意味だったのだけども、事情を知らない騎士がうるさいと言ってわたしの頬を張った。
それまで目を閉じて黙っていたコセムくんが顔を上げて騎士を睨む。第四番聖都で再会したときはてっきり軽蔑されて口もきいてもらえないかと覚悟していたけど、道中、彼はわたしに対してとても紳士で、退屈しないようにさまざまな話題さえ提供してくれた。ここまで傷一つつくらずにいられたのは全部彼のおかげだ。ちなみにどうやら彼も攻略対象のようだった。
「早く逃げて!」
外の騎士にうったえようと馬車から身を乗り出したわたしを残った騎士がはがいじめにする。そのまま頭を壁に叩きつけられそうになったけど、それはコセムくんが阻止してくれた。
「落ち着いてください。いったいどうしたというのです? あの男たちは、いったい」
「第五番聖都を焼いたのはあいつら――化身たちなんだよ!」
そして戦闘――そう呼ぶにはあまりにも一方的な防衛戦がはじまったのだ。
*
『強くなりたい』。
そのときわたしは、アレクくんの心の錠が少しだけ外れる音を開いたような気がした。これまでに幾度か見てきた金色のきらきらがアレクくんを包んで、そこに花のエフェクトが散る。ラアルさまの例と異なるのはエフェクトの量だ。今までは胸元だけだったきらきらが全身から発されて、まるで彼の羽化を象徴するかのようだった。
あ、とわたしは思い至る。
(もしかして、予約イベント?)
前述の通り『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』は乙女ゲームなので、ストーリーを通じて攻略対象である化身さまたちと絆を深めていくのが基本だ。エンディングを決定するのは各好感度の数字と「予約イベント」と呼ばれる特別なイベントで、これは同時にストーリーを盛り上げるための要所でもある。たとえばトラウマを克服するきっかけだとか、誤解が解けるとか。もしかしたら先のラアルさまと今回のアレクくんのことは、その予約イベントの一つだったのかもしれない。
扉の隙間から漏れだすようにアレクくんの剣が光を発して、そうしながら柄、刀身と形を変えていくのを、わたしは見る。なんていうか、誰の手にもなじんで誰でも使える道具が、アレクくんのためだけの剣になっていく感じだった。よくいえば実用第一、悪く言えば量産品のようだったデザインがRPGゲームでみる「特別なひとふり」のような特徴的な形状へと変化を遂げる。それまでブロンズソードみたいな材質名だったのが、アルテマウェポンとか斬鉄剣とかの固有名詞になるみたいな。
同時、スキルレジストリ内の、アレクくんの未解放ブロックが一つ新たに点灯した。項目名は『勇者の力』、記念すべき一つ目の習得アビリティは『ゴスペル』。
さっそくアレクくんが詠唱すると、化身たちの様子が変わった。
「なんだこれ、力が使えない」
「そんなバカな」
どうやら、アレクくんの新しい呪文は魔力を封じる効果があるようだ。コセムくんの苦闘を見ていたわたしはチャンスだ、と思う。
「いいねえ、これくらいのハンデがあった方が楽しめるじゃねえか!」
あわよくば戦意喪失して帰ってくれないかなと期待したけど、あっけなく裏切られた。アウスがまっすぐにわたしへと斬りかかってくるのを、アレクくんが間一髪防いでくれる。
「なかなか根性据わった目ェしてんじゃねえか、おめー!」
衝撃のすさまじさを語るように、アレクくんのマントの裾が大きく波を作った。押し負けてなるものかというようにアレクくんが踏ん張って、アウスの剣をはねかえす。その間合いでアレクくんが治癒呪文を唱えた。
「覚悟!」
満身創痍だったラアルさまと金髪の男の子の傷が癒えて、ラアルさまがアレクくんを援護する。わたしもコンボ呪文でアレクくんを強化した。
(敵側の魔力だけ封じるのかな)
だとしたらずいぶん頼もしい呪文だ。問題はどのくらいの時間継続してくれるかということだけども。
「ユグノち言います」
状況をたのしんでいるのはアウスだけのようで、残り二人は様子をうかがうようにしている。油断なくそちらへ注意を払ったまま、金髪の男の子が名乗った。
「おまさんが“ジアンナさん”なが?」
熊とまではいわないけど、世界各地をわたり歩いて〇年間修行してましたみたいな感じはある。ちょっと臭う気がするのは視覚効果もあるだろうけど実際にひさしくお風呂に入っていないんだろう。たぶん。
前髪で表情がわかりづらいけど、なつっこい性格なのかな、つられるようにしてこくりとわたしがうなずくと、「ほうかー」とにこにこ(?)された。
「ねえ!」
聞くならいまだ。手持ち無沙汰ですと言いたげなアンディとディエゴに、わたしは声をかけた。
「宝玉を集めて、どうするつもりなの? 封印が解けたら、世界が滅んでしまうんだよ!」
「なるほど、そのようにしてその者たちをたぶらかしたのだな」
無視されるかと思ったけど、ディエゴが答えてくれた。色素の少ない髪が昼間の光を反射してきらきらと光をまとう。たとえるなら「氷の貴公子」みたいな表情に乏しい美貌が続けた。
「宝玉を五つ集め、あのお方を復活させることこそが唯一この世界を覆わんとする闇を払うてだて。しかしジアンナ・ゲイル、貴様は我らとともに世界を守るべき聖暁の乙女でありながら役目を忘れ、おろかにもあのお方の復活を妨げんとする。貴様こそが世界の破滅を導く因子。ゆえに我ら聖なる獣の化身が貴様をここで滅する!」
「!」
『ゴスペル』の効果がきれたのだと、突然中空に発生した膨大な水量をみてわたしは悟った。巨大な竜が天からふってくるような落雷が地面をいくつもうがち、砕かれた岩盤のかけらがシェイクされたスナック菓子のようにあたりへ噴出する。
アレクくんがもう一度『ゴスペル』を唱えるけれど、やっぱりこれも長くはもたなかった。たしかに魔法封じ系の呪文っていうのはたいてい有効時間が短いものだけども、もしかしたらとわたしは考える。
(魔力差?)
相手のレベルが上だと呪文がかかりにくい的な。さりとて、この先にどんな敵が出て目標レベルはこのくらいですよ、おすすめスキルと必須習得スキルはこれこれですよと教えてくれる攻略本や攻略サイトがあるわけでもなし、どうしろと。
どうすれば。
わたしは金髪の男の子――ユグノくんに抱えられるようにして運ばれながら唇を噛む。新規に解放されたアレクくんのスキルはひとつだけだ。わたしがかかわる「コンボ」と身体能力ボーナスの項目である「恩恵」に必殺技みたいなスキルがあるけど、そこまで習得するには好感度ポイントが全然不足しているし、じゃあラアルさまはどうかというと、ラアルさまはどうやら魔法系をいっさい習得できないようだった。なんかすごそうな必殺技があるけど、習得するためにはこちらもやはり好感度ポイントが足りない。
詰んだかもしれない。
やっぱり痴女だなんだ言ってないでもっとべたべたしておけばよかったんだろうか。思いながら、わたしはユグノくんの左わきに抱えられているコセムくんを見る。化身たちの攻撃を防ぎ、アレクくんたちに一発逆転のチャンスを与えられるとしたら、コセムくんだけだった。タラレバの話になるけど、もしもアレクくんの『ゴスペル』と連携することができていたら、絶対余裕で勝ってたよね。
――気の弱い男ですが、あいつは本来すごいやつなんですよ
馬車のなかで、彼はそう言っていた。どちらか一方だけではなく「二人」で予言を受けたことに意味があるんじゃないかって。だけども、ユグノくんの左わきに抱えられている彼が目覚める様子はない。
「おんし、何者だ!」
突然ユグノくんが足を止めたと思ったら、その先に黒髪の少女がたたずんでいた。猫っ毛らしい髪をスカートと同じ柄のシュシュでひとつに結び、ぱっちり開いた黒目がちの大きな目を長くゆたかなまつげに囲われた、お肌もちもちの小顔の美少女。
ぞくりと悪寒がわたしを震わせる。地面を穿つ落雷の音や大量に噴きあがる水の音、風の音、周囲の音声がオフになって、彼女の声だけがくっきりと残る。
「『おひさしぶりね、“悪役令嬢”』」
花のように可憐な笑みをうかべ、花村祥子が言った。




