#30 前夜
ユグノくんは第二聖都のあるガヴォード・グランツ東部の出身で、実家は代々続くリンゴ農家なのだそうだ。兄と姉が二人ずつ。それぞれ結婚していて、すでに家長は父から長兄に移っているということだった。
「俺は三男坊やき、気楽なものながよ」
言って、ユグノくんはジャンくんの手を再び握った。
「お、俺と一緒に世界一のリンゴを作りませんか。子供は二人ほしいです」
そんなユグノくんがどういう経緯で勇者になったのか。それは、リルケさまからのこのような言葉がきっかけだった。
「勇者になったら女の子にもてるちリルケさまが言いよったがよ」
「もてなかったの?」
思わず俺が問うと、ユグノくんが力なくうなずく。俺はどうかと返され、俺もまたうなだれた。
「もてゆうはコセムだけちや……」
「そうなんだよね、勇者だからってちやほやされるわけじゃないんだよね……」
俺はふかぶかとうなずく。勇者になれば、あるいは勇者ならモテる。そう思っていたときが俺にもありました。
「やき俺は、美人の嫁さんを連れ帰るち決めちょるねや」
「わたくしもリンゴは好きですわ。パイにしても焼いてもカスタードクリームと合わせてもタルトに載せても、もちろんそのままいただいてもジュースにしても、非の打ちどころなく完璧においしいですから」
頬を染めて表明するユグノくんから、ジャンくんがさりげなく自分の手を回収した。いっそ正体明かした方が話がこじれずに済むのではと俺なんかは思うんだけど、ジャンくんは「ラアル」を続けるつもりらしかった。ほんとになんで女装なんかしてるんだろうね。
「さて、当然のことながら、おねえさまはまだ王都に到着していないようです」
ジャンくんがてきぱきと話を切り替える。第四番聖都と同じ轍を踏むことにならないよう、俺たちはそれぞれ簡単な変装をほどこして街の様子をうかがった。早くも王都には第四聖人殺害の報が届いているようで、いよいよ予言通りに静暁の魔女が復活するのだと、どこにいってもその話でもちきりだった。
五大聖人のうち二人をすでに欠いてしまった。俺だってまだ信じられないような気持ちでいるのだ。何も知らないひとびとならなおさらのことだろうと思った。
静暁の魔女の名は“ジアンナ”というらしい。そんな話を、あちこちで耳にした。最初は五番聖都の襲撃者たちが口にしていたという話だったのに、とうとう静暁の魔女そのものと結びついてしまった。
「移送車が到着するまで、予定通りであれば二日。それまでにおねえさまを助け出さなければ」
ユグノくんが協力してくれるというので、俺たちはさっそく王都を出、第四番聖都方面に向かって出発した。王都で機会をうかがうには準備の時間が足りないし、何より数だよね。向こうはいくらでも頭数を出せるんだから、それなら移送車を直接狙った方が早い。
懸念があるとすれば、ジアンナさん移送につきあっているだろう人物、コセムのことか。俺はあまり思いだしたくない記憶のページに指をかける。
俺と一緒に予言を受けた幼なじみ。予言をうけるまえから天才で、大人たちはみんなあいつの将来に期待をかけていた。
(そういえば、まだ、言ってなかったな)
ジアンナさんの顔が浮かんだ。
ずるいやつだなと、俺は自嘲する。あのとき俺はわざと言わなかったんだ。同じ村の出身で幼なじみで俺なんかよりずっとすごいやつ。そいつと一緒に予言を受けたんだって、とうとう俺は彼女に言うことができなかった。
こわかったから。
だってジアンナさんはコセムと会ったと言っていた。習熟適性を四つも持った天才。二年旅して歩いたけど、そんな話はコセム以外で聞いたことはない。あいつは間違いなく神様からそういう運命をさずかって生まれたんだって、思い知っただけだった。
そんなすごいやつと、俺なんかが――。
暗くなったので進行を止めて火を起こす。第四番聖都から王都への道は一本だから万が一移送車とすれ違うことはないだろうけれど、俺たちは地図を広げて進路を確認した。
ところで、と俺は気になっていたことをユグノくんに聞いてみる。
「リルケさまは、その、ヴェルニさまの未来や今回のことが、視えなかったのかな」
五大聖人には世界のすべてを見通す力がある。ヴェルニさまにしろジルさまにしろ、御身に降りかかる災厄をあらかじめ知ることができなかったのだろうか。そもそもだって、世界にとったら五大聖人が欠けるってものすごく大きな事件だ。それが視えなかったって、何を意味するんだろう。
ユグノくんがうなずいた。
「リルケさまが俺たちを派遣したがは、それを確かめゆうためやき」
自分たちに視えない「何か」がこの世界を動かしているのではないか。それがリルケさまの考えだった。そこでリルケさまは勇者であるユグノくんとコセムに調査を依頼した。
「“ジアンナ”ちゅうおなごの名前を俺たちが知ったがは五番聖都におった時ぜよ。ほいて第四番聖都に行ったがやけんど」
コセムはジルさまに、ただちに身辺警護を固めるよう進言するつもりだった。だがその前に、ジルさまの命は“ジアンナ”と名乗る者に奪われてしまったのだった。
「おかしいち言いゆう。俺も同じちや」
パチパチと火が時折跳ねる。ユグノくんがヒゲだらけの顎をなでた。
「聖人殺しぜよ。捕まればまず先はありゃあせんろう。己の名前を吹聴しゆうような真似をどういてするがか。俺ならせん。聖人たちに物言いがしたい様子もせんろう」
「犯人は別にいると」
「コセムはいられで頑固な男やけんど、阿呆ではありゃあせん。あいたぁは、わざと俺を第四番聖都に置いていきよったがじゃ。おまんは臭いき来んでえいらあ、言われちょりゃせんぜよ」
言いそうだなって思ったけど、ユグノくんがちょっぴり泣いてたので俺は黙っておいた。
ユグノくんと協力するにあたっての俺とジャンくんの心配は、いざジアンナさんを助け出したとき、コセムもしくはユグノくんが敵に回ることだった。二人が冷静な考えの持ち主であったことに、俺は感謝する。
だって、ユグノくんは『勇者』だ。静暁の魔女かもしれない相手を前にして剣を抜かないわけにはいかない。そして、コセムも。
(コセムがジアンナさんを傷つけることはない。あいつはそういうやつだ)
根が真っすぐというか、昔から、自分が納得しないことには絶対に従わない。自分の価値をよく知っているというか、だから、たとえば上から命令がくだってもコセムは跳ねのけるはずだった。
それが許される立場に今、あいつはいる。ため息をジャンくんたちに悟られないように俺は顔を伏せた。




