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#16 美少女の正体


「完売……」

 お店のドアに貼られたお知らせを見、美少女が読み上げる。布のうちで「そんな…」と震える声がつぶやいた。

(やっぱり初動の一時間がロスになったんだろうな……)

 しょんぼりしている美少女を見、わたしは考える。それから、待ち合わせ場所で待っているかもしれないアレクくんのことを考えた。


 ここではっきりと断っておきたいのは、わたしはけしてアレクくんを裏切ったわけではないということである。わたしは断った。断ったのだ。暫定的とはいえ今のわたしが頼れるのはアレクくんだけで、アレクくんが唯一の味方だ。いくらこの美少女がわたしの好みで、かわいそうだなと同情を抱いたとしても、アレクくんをないがしろにする理由にはなりえない。


 なのに!

 わたしは結果としてパティスリー・イザヨイの場所を聞きこみし、美少女を連れてくるクエストを達成するはこびとなってしまった。しばしばRPGゲームでも見られる強制イベントというやつだ。中の人の遊び心なのか、プレイヤーのYES・NOがまったく意味を持たない導入選択肢(フェイク)。どうやら今回はそのパターンだったらしい。

 ちなみに美少女の求めに素直に応じていた場合はどうだったのか。気になるよね。でもね、ロードできないんだよね。オートセーブのくせに、そのセーブデータにアクセスできないでやんの。まるでこれはゲームじゃなくて現実なのだとでも言うみたいに。

 好感度エフェクトが見えて選択肢が出て死ぬとイベントスキップするか否か選べる仕様のくせにちょっとなに言ってるのかわからない。セーブできるのにロード不可って普通に不良品だよね。システム不備枠でメーカーが発売日翌日から回収始めるやつ。そんであとあとニッチなファンの間で売買されるんでしょ。プレミア価格で。


(リアル死亡じゃないだけマシなのかな…)


 転生だから一回リアル死亡してるんですけどね。

 わたしはついにさめざめと泣きだした美少女の肩に手を置いた。限定呪文スイーツは完売でもお店自体は開いていて、お客さんが出入りしている。場所を替えるべきだった。


「また日を改めて、なんてことは、できないんだよね」

「……」


 こく、と美少女がうなずく。こんなふうに回りくどい手段をとっているのだ。聞けば今日も準備に準備を重ねて決行したのだという。

「あのさ、」

 わたしは少し考えて言った。回避できないということは、逆に考えれば、この美少女との出会いは今後のストーリーに組み込まれているということだ。つまり、多少能動的になってもアレクくんとの関係は切れない。はず。


「わたしがあなたの家に届ける、ってことはできないのかな?」

「……?」


 美少女が顔をあげた。

「差し入れっていう形でよければ、だけど。そうしたら人目につかない場所で食べることもできるんじゃないかな、友だちが来たっていうことにして。どうかな。邪魔なら、わたしはそこで帰るから」

「な、なぜ、見ず知らずのわたくしにそこまでしてくださるのですか……?」

 強制イベントだから。

 とはいわない。


「わたしもその、ハニーハニーナントカを食べてみたいから?」

「……!」


 こぼれそうなほどその綺麗なひとみを見開いて、美少女がわたしを見つめる。それからとびっきりの笑顔を浮かべた。

「うれしい」

 言って、その胸元に金色のキラキラした光が泡のように浮かび上がる。アレクくんにも発生した、好感度上昇エフェクト。


 どういうことなの。

 目を疑ったわたしに、しかし答えはない。ただ美少女が可憐に頬を染めたのみだった。

「ありがとう、おねえさま」

 うん、よかったね!(まあいっか!)



       *



「というわけです」

 美少女とわかれ、わたしは無事アレクくんとの再会を果たした。やっぱりアレクくん、困ってた。わたしは深々と頭を下げて謝罪する。

「ごめん、勝手なことして」

「どうして?」

 アレクくんがくすっと笑って、わたしに顔を上げるよう言った。


「困ってる人を助けたんでしょ。いいことをしたのに、どうしてきみはそれを謝るの?」

「だって、アレクくんに、迷惑かけちゃったわけだし……」

「俺は、何も。俺がもたもたしてたせいで、困っちゃったね。ごめんね」


 曰く、ちょっとしたトラブルに巻き込まれていたのだという。びっくりして詳細をたずねてみると、アレクくんはなぜか顔を赤くしてうつむいてしまった。そのさまがなんだか、下ネタを投げられて困惑している女の子と重なってしまって、わたしはすみやかに話題を流すことにする。アレクくんて見るからに温厚そうだし、純情な彼をからかう意地悪なおじさんたちがいたのかもしれない。


「それでね、」


 わたしは美少女と話し合った段取りをアレクくんにあらためて相談した。曰く、三日後なら予定をあけることができるのだそうだ。もちろん美少女には、アレクくんのことは説明してある。無理はしないでほしい、と彼女は言った。いじらしい美少女だ。

「まさか、聖女さまだったなんて」

 アレクくんが言うのへ、わたしはうなずく。そうなのだ、あの美少女ったらなんと、公衆浴場で誰もがその美貌をうらやんでいた聖女さまその人だったのである。


 聖女ラアル。どうりで美少女だと思ったんだよね。でもラアルさまって喉痛めてて声出ないんじゃなかったっけ?

 聖女さまがお礼のかわりにとヴェルニさまの取次を約束してくれたので、わたしたちは日を改めてヴェルニさまを訪ねることにした。というのも、五大聖人であるヴェルニさまは日々、ヴェルニさまを頼って訪れる人以外にもたくさんの面会数をこなしているからだ。そのために、時として自分を必要としてやってきた人の助けとなれない場面があることを、ヴェルニさまは心苦しく思っていた。そこで公衆浴場に通い、一人でも多くの人の声に耳をかたむけようとしているのだそうだ。


「立派な人なんだなあ」

 わたしは心もちが明るくなるのを感じた。そういう人なら、アレクくんの言う通り力を貸してくれるかもしれないと思ったのだ。

 ところが、ついにわたしたちがヴェルニさまと面会を果たすことはなかった。

 ヴェルニさまが殺されたからだ。



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