#9 悪役令嬢、スキル開花する
ジ・エンド。
真っ黒な背景に白い文字が事務的に表示される。もしもこれがジアンナが主人公の乙女ゲームだったなら、そんなふうに画面が出たんだろう。
ところが、いつまで待っても熱さも痛みもやってこない。乙女ゲームの仕様ってやつなのか、転生の恩恵なのか。あるいは痛すぎて感知出来てないだけなのか、すでに死んでるから痛くないのか。
じゃあ、この冷静に実況しちゃってる「わたし」はなんだ?
「へえ、その女をかばうということは、聖なる獣の化身たる僕と、戦おうという意思表示でいいのかな」
あ、ルウイの声が聞こえる。
わたしは閉じていた目を開いた。
「聖なる獣……? 事情はよくわかりませんが、女の子をこんなふうに攻撃するなんて、紳士のすることじゃないと思います。最弱だろうが無能だろうが、……俺だって『勇者』なんだ……ッ」
勇者くんだった。
自分の体を屋根のようにして、勇者くんがわたしに覆いかぶさっていた。脂汗の浮かぶ顔は苦痛にゆがんで、背中からはいぶすような煙が立ち上っているのが見える。同時、わたしは膚の焼けるにおいを嗅ぎ取った。
「勇者くんっ!」
直視できないけど、まさか、おなかに穴が。
青ざめたわたしの前、勇者くんが治癒魔法の呪文を唱える。すると煙と臭いが消えて、勇者くんが深い、安堵するような息を吐いた。
「どうして」
ぐったりと重い勇者くんを抱きかかえるように受け止めながら、わたしは彼に問う。こんなふうに彼をまきこみたくないかったから、あの場を離れたのに。
「だって、放っておけないじゃないですか」
にこ、と勇者くんが笑んだ。
「俺は弱いけど……勇者としてはゴミで、どうしようもなくちっぽけで、使えないのかもしれないけど。きみの盾くらいには、なれるよ」
「……勇者くん」
手に戻ってきた血まみれのネックレスを見、わたしは決意する。守らなきゃと思った。こんなふうに赤の他人、それもさっき知り合ったような他人のために体を張ってくれるような人を、こんなところで死なせてはだめだ。
ぐし、と拳で涙をぬぐったときだった。何やら体が熱くなって、喉の奥からコトバが浮かび上がってきた。なんだこれ、とは思うものの、この危機を脱することができるならなんでもいい。
ルウイは次の攻撃態勢に入っている。わたしは再びわたしの壁になろうとする勇者くんの腕をとり、首を横に振った。いいんだよ、勇者くん。そんなことはもうしなくていい。
わたしは勇者くんが腰にさしている剣を見た。言う。
「『抜刀』」
「えっ!?」
勇者くんが剣を抜いた。続いてわたしが「正眼」と口にすると、立ち上がった勇者くんが切っ先をルウイに向けて構える。まるで誰かに操られているみたいに。
「へえ、そんな子どもの玩具みたいな剣で、僕と戦おうっていうの」
ルウイが鼻で笑い、これまでで一番大きな火球を作りだした。勇者くんが身を挺してかばってくれた火球のゆうに5倍以上はあるだろう。あんなものをくらえばもろともに消し炭だ。勇者くんも同じ感想をもったらしく、表情をいっそうけわしくしたようだった。
けれどわたしには確信があった。必ず危機を脱することができる。
「『内角高め』『一本足打法』!」
ルウイが火球を放ったのとほぼ同時、わたしは詠唱する。勇者くんの体が動き、バッターボックスに立った打者のごとく、片足を一度ぶらさげた。
「『インパクト』!」
タイミングばっちり。しっかりと芯をとらえられたそれがカキーンと快音を響かせ、球場であればセンターをこえバックスクリーンを狙うがごとく町外へ飛んでいく。いって、消えた。
「ホームラン!」
ぼうぜんとする勇者くんとルウイの前、わたしは球を見送る姿勢のまま、人差し指を高く掲げた。




