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人形を敬う

作者: 京本葉一
掲載日:2020/05/20



 ながらく負の資産となっていた空き家に、ようやく入居希望者があらわれた。

 十年ほど前までは四人家族が暮らしていた物件だが、日の光に弱そうな白髪痩身の高齢男性は、ひとりで生活するという。


「のちのち、家族がそろいますので」


 わずかに濁った瞳と薄い笑みが、ひやりとしたものを背中にすべらせる。

 明かりをつけても暗い家には、ふさわしい人物といえた。


「賃貸希望とのことでしたが、ご購入されますか?」

「いえ、あの世に旅立つまでの、仮住まいと考えておりますので」


 見た目どおりの病人であるらしい。

 老い先短いのはかまわないが、最後は他所であることを願いたい。





 借家人は、事故物件を厭わない稀な人物だ。多少変わったところがあったとしても、家賃さえ払ってもらえるなら文句をいうつもりはない。

 車の運転をしようとも、危険を訴えるつもりはない。

 車内に三体の女性型マネキンを座らせていようと、助手席にいるマネキンに親しみをこめて話しかけている姿を目撃しようと、挨拶ぐらいはする。


「以前の住まいでは、ともに暮らすことができませんでした」


 三体の女性型マネキンは、遠方の貸倉庫から運んできたようだ。

 車に積み込む作業は、病人でもある高齢男性にとって、たいへんな重労働であっただろう。


「家の中へ?」

「はい」

「お手伝いしましょうか?」

「いえ、お気持ちだけ、受け取らせていただきます」


 言葉はていねいだが、そこには明確な拒絶の意思がある。

 触れてほしくはないのだろう。よくみれば精巧な人形たちだった。ガラスのような瞳が輝いている。装いはそれぞれに異なり、どれも美しい。

 一分の乱れもない清楚な人形たちは、彼にとって、大切な家族であるようだ。


「落ち着きましたら、あらためて紹介させてください」


 助手席の人形の腕をとり、自らの首へと回す。

 膝から抱えあげて、家の中へと運びいれる姿には、喜びがうかがえる。

 常人には理解しがたい光景をまえに、不気味さ、忌避感、憐憫、虚しさ、わずかばかりの羨望に襲われて、その場をあとにした。





 生活に支障がないか確認に出向くと、家のなかへ招待された。

 散歩にも午睡にもふさわしい日和だというのに、敷地に足を踏み入れたときから、あきらかに空気が重たくなる。


「ここに越してきてから、眠れなくなるとかありません?」

「ええ、なにも問題ありません」


 なにひとつ変わらない不吉な土地で、新たな住人は幸せな生活を送っているようにみえる。


「家族を紹介いたします」


 リビングの大きなテーブル席には、セーラー服を装った二体の人形が、向かいあって座っていた。キッチンには、ワンピースに春物のカーディガンをまとい、エプロンをつけた人形が立っていた。調理の途中であるかのごとく、顔はやや下を向いている。

 妻と娘がふたり。

 三体の人形を家族と紹介されたのち、テーブル席に座るよう促された。

 緑茶と菓子を用意すると、彼もまた、向かい側に腰をおろした。キッチンの妻を背景に、娘たちを両側にみせる形で、薄い笑みを浮かべている。


「妻は料理が得意なんですよ」


 家族のエピソードが語られる。

 かつてあった出来事なのか、完全なる創作なのか。

 居たたまれない気持ちに襲われながらも、適当にうなずきながら耳を傾ける。


 物語は尽きない。

 何度目か、お茶を口にしたとき。

 わずかに視線をそらしたとき、ギィ、と音がきこえた。


 家鳴りだとおもったが、違うのだろう。

 テーブル席で向かい合っていたはずの、娘と紹介された二体の人形の顔が、こちらを向いていた。

 キッチンに立っている人形も、こちらに顔を向けている。


「正解でした。ここに越してきて、本当によかったとおもっています。しょせんは仮住まいと考えておりましたが……ここはいい。ほんとうに素晴らしい。この地で永遠に暮らしていけたらと、そう願ってしまいます」


 わずかに濁った瞳で、見られている。

 ガラスのような瞳で、見られている。


「……賃貸契約は破棄して、ご購入されますか?」


 あらためて問うと、以前とは異なる返答があった。





 祭壇に向かい、祈り、祝詞、経文を捧げることが、日々の習慣となった。


 土地と建物を売り渡したあと、敷地に足を踏みいれたことはない。白髪痩身の老体も、最近は姿を見かけなくなった。福祉関係の人たちが敷地内に入ったそうだが、窓から確認できる範囲では、四体の人形しか見えなかったそうだ。


 そのうち警察も入るのかもしれない。

 行方がわからない住人は、あの土地は、人形たちは、どうなるのか。

 関心がないといえば嘘になるが、関わる気にはなれない。


 いまはただ、祭壇にて可憐にたたずむ美少女フィギュアにむけて、祈りを、祝詞を、経文を奏上するのみだ。真摯に実行しつづければ、いずれは天使か精霊が降りてきて、不可思議パワーで動き出すんじゃないかと期待している。


「降りてこい、天使っ!!」


 実例を知ってしまったからには、本気を出さざるをえない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 同類かよ(笑)! [一言] おもろうございました。
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