エルフレンジャー そは我らエルフの最優の兵なり
鬱蒼と樹木が驚くほど濃密に生い茂る森。熱帯雨林でこそないが、広葉樹を中心に構成されるその森は陽光が遮られ、昼間でも薄暗い。その森の中を二人の女性が徒歩で移動していた。地面は所々ぬかるみ、太い木々の根が地面を張っているにもかかわらず、軽やかに進んでいく。
薄暗い森だが、その二人の歩むところはまるで後光が射しているかのようだ。煌々と光る神秘的な黄金色の煌めきが二人を包んでいるかのよう。どちらの女性も森と比べれば、存在そのものが非現実的に思えるほどの美貌を誇っているからだろう。
まるで陶器のような光沢を放つ純白の肌。ショートカットとロングヘアの髪は、どちらも美しいプラチナブロンド。髪の一つ一つがきめ細やかで、傷一つないさまはまるで女神か天使を連想させる。肢体はスレンダーなものだが、それでも均整のとれた肉体は理想的な女性美を体現している。
神話から抜け出してきた天使か女神と言われても信じる者もいるだろう。だが、彼女らは女神や天使ではなくきちんとした肉の肉体を持つ存在―森林民族として知られるエルフ族。基本的に人間よりも長命かつ絶大な魔力、総じて男女ともに見目麗しいという種族的特徴を備える亜人。
とはいえ、彼女たちはただの美女ではない。思わずハっと息をのむほどの美貌の主ではあるが、ほっそりとした肉付きとは裏腹に全身の筋肉はひきしまっており、体つきは戦う者のそれだ。森林民族のエルフは森の中で優れた感覚を発揮するものだが、何気なく歩いているように見せかけながら彼女らが周辺警戒するさまは堂に入っており、普通のエルフの比ではない。
そもそも格好からしてただものではない―ロングヘアの主はレザーアーマーで体を包み、腰にはベルトで通常よりも刀身の短いショートソードを携え、背にはバックパックを背負っている。ショートヘアの女性は格好こそ猟師が纏う物だが、その下には鎖帷子を身に着けており、獣を相手取る格好ではない。
森林で暮らすにあたって必然的に獣と相対するためにエルフは弓と狩猟の技術を発達させており、十八番である長弓を背に背負っている。
彼女らの正体は、エルフレンジャー。平地での戦いは不慣れなものの、こと森の中では無類の戦闘力を発揮するエルフ。そのエルフが保有する常備軍の中でも最強とされる兵がエルフレンジャーである。
森のなかで極めて高い戦闘力を発揮するエルフのなかでもとりわけ山林での戦闘を得手とし、他のエルフですら森という環境では存在を悟ることもできない。エルフ特有の絶大な魔力のみを武器とするわけではなく、純粋な体力も尋常ではない。
敵地に潜入しての破壊工作、敵の指揮官の暗殺や拉致、後方撹乱を任とするエルフレンジャーは精鋭部隊として極限まで心技体を鍛えており、身体能力強化魔法なしの素の体力も桁外れだ。味方の支援を得られない敵地での作戦を遂行する部隊ゆえにこのような訓練をしている。
もちろん体力ばかりか魔法の使い手としての腕も一級だ。魔力量が少ない隊員でも精緻な魔力操作で、魔力量に勝る相手に引けを取らない戦い方を演じる猛者。
体力•魔力•精神力のどれもがすぐれている部隊であるため、エルフは我らエルフの最優の兵とエルフレンジャーを誇りにし、外部のものも精強な部隊であると認識している。
だが、それは現場にいない人間だからいえることだ。エルフレンジャーは確かに精鋭兵であり、強靭な精神力の主だが、過酷な戦場や任務に投入されることに不満を抱かないわけではないのだ。彼らは超人だが、それでもきちんと感情をもつエルフなのだから。
それは森の中を哨戒している彼女らも例に漏れず、聞くものがいれば幻滅するような内容を話していた。最もそれも周囲に明確な敵がいないことをエルフレンジャーの技能で把握しているからできることなのだが。
「やれやれ、もう何週間も森の中を哨戒していい加減うんざりなんだけど。早く基地に戻って暖かいお風呂と替えの服に着替えたいわ!」
「我慢しなよ、確かに面倒な仕事だけど人間から我々固有の領土を守るための重要な任務なんだから。まあ確かに何日もお風呂に入ってないから体中から嫌な臭いはなってるのは女としてはどうかと思うけどさ・・・。」
「嫌な臭いどころじゃないわよ。エルフだろうと人間だろうと野山にいたら野外で排泄するのは一緒よ。だけど、今は袋の中に小分けして私たちの出した物も運んでるんだから。確かに小競り合いも起きてるから、哨戒部隊の存在をばれないようにするための妥当な判断だけど、おしっこの類回収して嬉しいと思う?」
2人の女エルフの間で交わされる会話は、些か品性にかけているとしか言いようのないものばかり。人間からすればエルフは超然とした美しさから神秘的な存在と捉えられがちだが、実の所総じて美形であることを除けば、エルフと言えど糞尿を出すことに変わりはない上に、風呂に入らなければ異臭を発する存在だ。
確かにこの二人は精鋭であるエルフレンジャーだ。強靭な意志を持つ故にどれほど過酷で不衛生な環境で過ごすことになろうとも耐え抜ける能力を持っている存在だが、それでも不潔な環境で過ごすことを余儀なくされ、排泄物も回収しなければならないことに対して愚痴をこぼさずにはいられなかった。過去にはもっと過酷な環境で過ごしたこともあるから、今回の任務は比較的ましな方なのだが、不満を全く抱かないというわけではない。
そんな愚痴をこぼしながらも、2人とも訓練された精鋭だけあって周囲の警戒は怠ることはないし、そもそも愚痴を言いながらも任務に対するやる気がないわけではない。ここはエルフの領土であり、エルフ本国の外縁部にあたるものだ。ところが近頃、人間の国家が森の開発を目的にここはエルフ領ではなく、自国領と主張し、領土を巡っての係争が続いている。
流石にどちらの国も戦争を望んではいないが、エルフと人間の軍の睨み合いが続き、一部ではそれを理由に開戦に至ることはなくとも、部隊同士の小競り合いも起きている始末だ。エルフレンジャーの部隊も人間側への抑止として派遣されており、人間の部隊との歴史書に記されることのない暗闘を繰り広げている。
言うならば導火線に火のついていない爆弾とでもいうべき場所がこの地なのだが、任務に対する不平不満とは別に2人の女エルフはその実やる気に満ちいていた。血気にはやる余りに開戦に繋がりかねない行動に手を出すといった愚かなまねをする気はないが、単に辺境というだけでこの場所は先祖代々のエルフの領土だった。
如何に困難であろうと自国の領土を守るために戦い抜く。その覚悟を胸に2人の女エルフは哨戒任務を続けていく。覚悟とは裏腹に泥臭いとしか言いようのない任務を。