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Cafe Shelly

Cafe Shelly 熟年離婚

作者: 日向ひなた

 もうダメ、我慢出来ない。これで何度目だろう、こんな気持になったのは。でもこんどこそ限界だわ。どうしてこんなみじめな人生を私だけが送らなきゃいけないのよ。また今日も一人でお店の中でそんな思いをつのらせた。

 今回そう思ってしまったのは、お客さんとして来た私の同級生の昌子の言葉がきっかけだった。

「今度私、ハワイに行ってくるのよ」

 昌子は別にそれを自慢するつもりで言ったわけじゃないのはわかっている。けれど私にはそんな旅行なんて無縁。なにしろお店番という仕事がある。

 我が家は小さな酒屋を営んでいる。旦那は配達が主な業務で、すでに六十五歳なのだが未だに重たいビールケースを担いで外を回っている。だから私がお店にいなければいけない。

 かつては二人ほど雇っていたのだが、最近の不況とディスカウントの酒屋ができたことで売上が低迷。仕方なく夫婦ふたりでやっていくことになった。お店の休みは基本的に日曜日だけ。その他の日は毎日こうやってお店でお客様が来るのを待っている。

 私の頭を悩ませているのはそれだけではない。今は離婚した長女の息子の世話という仕事まである。つまり孫守り。孫も小学生になりやんちゃ盛りで目が離せない。

 さらに輪をかけて私を悩ませているのは旦那の言葉。

「今夜は寄合だから、出かけてくるぞ」

 何が寄り合いよ。話し合いなんてほんの三十分くらいじゃない。そのあと午前様になるまで飲んでるくせに。

「今度、組合で旅行だから」

 ふん、あんたばかり旅行に行って、私は今まで留守番しかしたことないじゃない。

「パチンコ行ってくる」

 休みの日になるとそればっかりじゃない。休みの日に私は出かけたくても、孫がまとわりついてるからどこにも行けないじゃない。ちょっとは私のことを考えて欲しいものだわ。そこにきて同級生の昌子のハワイ行きの話を聞かされて。もううんざりだわ。

 けれど、私がこのお店を守らないと食べるものにも困ってしまうんだし。孫をみないと娘も大変なのはわかってるし。でも、娘ももうちょっと自分の子どもを見て欲しいわよね。この前も友達と夜飲みに行くからって、子どもを置いて出て行ってるし。私なんて飲みに行けるのは旦那のお供でついていけるときか、親戚の集まりくらいしかないわ。やっと同窓会に出席させてもらえると思ったら、一次会だけしか許してもらえなかったし。おまけに帰ってきたら旦那から遅かっただの、飯を片付けろだの言われる始末。

 なんで私だけ自由にできないの? 旦那だけ好きに働いて。私が少しでも不満を漏らそうものなら、旦那は必ずこう言うんだから。

「誰のおかげで飯が食えているんだ!」

 私だって働いているじゃない。ちゃんとお店番しているし。それこそ、私がいなくなったらこのお店はやっていけないのわかってるでしょ。私がそのセリフを言いたいくらいだわ。

 考えれば考えるほど、私がみじめになってきた。いっそのこと、熟年離婚でもしちゃおうかしら。そうしたら私、きっと自由になれるのに。そんなことを店番をしながら一人考えてしまう。

「こんにちはー」

 あ、お客さんだ。

「いらっしゃいませ」

 初めて見るお客だな。背が高くてなかなかカッコいい男性。年齢は息子と同じくらいかな。

 私には二人の子どもがいる。一人は離婚した娘。そしてその兄。息子は近くには住んでいるけれど、奥さんがうちに来たがらないのよね。年に二、三回しか顔を出さないし。別にお嫁さんイビリをしているつもりはないんだけど。

「あのー」

「あ、はい」

 私の悪いくせ。つい自分の世界に入っちゃって周りが見えなくなるのよ。

「このお酒、こちらには置いていませんか?」

 お客さん、なにやら印刷されたものを私に見せた。

「どれどれ…」

 そこにはあまり聞いたことがないお酒が書かれている。どうやらインターネットで見つけたお酒みたいだけど。

「さっきそこの大きな酒屋に行ったんですけどね。こんなのは置いてないって言われちゃって」

「あぁ、そこってお酒のディスカウント屋でしょ。あそこは有名メーカーのものを大量に仕入れるから、こんな少量のものは入れないんですよ。でも、こんなのあったかなぁ。ここにちょっと変わったお酒は置いているんですけどね…」

 私はそう言って店の隅のコーナーを指さした。

 うちの酒屋はちょっとこだわりがある。一般的なものも取り扱っているが、ちょっと変わったお酒も置いている。が、滅多に売れるものじゃないので、知っている人は知っているといったところ。また旦那の趣味で置いているようなものもあるし。私はあまりこういうのに興味がないので、そこまで詳しくない。

 お客さんは自分でそのコーナーで物色を始めた。私もお客さんの持ってきた印刷物を片手に一緒に捜し始めた。

「ないなぁ、ないなぁ」

 私はそう言いながら一本一本に目をやる。だがこのお客、こんなふうにブツブツつぶやいている。

「あるあるある…」

 そして…

「あ、あったあった!」

 お客さんがお目当てのお酒を見つけ出した。

「いやぁ、助かったなぁ。ありがとうございます。じゃぁ、これいただいていきますので」

 へぇ、あんなところにあったんだ。でも、私さっきそこを見たはずなのに。どうして見つからなかったんだろう? 不思議に思いながらも、そのお酒を包んでお客さんに手渡した。

「ありがとうございます。でもさっきのお酒、どうして私見落としちゃったんだろう。お客さんと同じところ、探したつもりなんですけどねぇ」

 するとお客さん、にこりと笑って私にこんな話をしてくれた。

「おかみさん、さっき探すときにないなぁ、ないなぁってつぶやいていたでしょ。だから見つからなかったんですよ」

「えっ、どういうこと?」

「ないなぁ、って言いながら探すと、脳の中には『それは存在しません』と言い聞かせているようなものなんです。だから脳はお目当てのものをわざわざ排除しちゃうんですよ」

「あ、だからお客さんはあるあるって言いながら探してたんだ」

「そうなんです。それは絶対にある、間違いなくあると思って探せば、逆にそれが目立って見えちゃうんです」

 へぇ、面白いな。今度から気をつけてみよう。

「あ、一つ気になったことがあるんですけど」

 えっ、なんだろう? お客さんは私の顔をじっと見て、こんなことを言い出した。

「このお店、小さいですけれど他のお店には無い魅力があるんです。めずらしいお酒も多いし。あとこれに、おかみさんの笑顔。これがあるとさらに良くなると思うんですよね」

 私の笑顔? 私って、そんなにへんな顔をしていたのかしら。

「大変失礼ですけど、今何か心に不満をお持ちではないですか?」

 お客さんからそう言われて、さっきまで抱えていた私の不満が心の奥からどっと湧いてきた。そして、急に涙が。

「どうして…どうして私だけがこんな目にあわなきゃいけないのよ…」

 思わず自分の思いを口にしてしまう。

「もしよろしければボクに話してみませんか?」

えっ、お客さんに?

「ボクはコーチという仕事をしています。みなさんの心を軽くして、行動を促すのがボクの役目です。今回はこんな珍しいお酒を売っていただいたので、その御礼がしたいんです」

そう言ってお客さんは名刺を取り出し渡しに渡してくれた。

 コーチ、羽賀純一。そこにはそう書かれてある。怪しい人じゃなさそう。いや、怪しいどころかどことなく安心出来る。

「私、ずっと自由が無いんです」

 思わずそう話し始めてしまった。そこから堰を切ったように私の抱いていた不満が爆発。特に旦那のことになると、ムキになって批判をしている私がいた。今までこんなこと、人に話したことがないのに。初対面のこの羽賀さんにならなぜか話していいんだという気になった。

 一通り話をして、ふぅっとため息。

「今、どんな気持ちですか?」

 羽賀さんはにこりと笑って私にそう問いかけた。

「そうね、なんだか不思議な気分。スッキリもしたけれど、ホントにこれでいいのかなって、そんな感じ」

 ちょうどその時、旦那が配達から帰ってきた。

「ただいまー、あ、いらっしゃいませ」

 ヤバイっ、さっきこの旦那の悪口を話したばかりなのに。羽賀さん、変な目で旦那を見ないかしら?

「あ、こちらの旦那さんですね。探していたお酒がここで見つかって。なんでも旦那さん、なかなか手に入らないお酒を集めてらっしゃるとか。おかげですごく助かりましたよ」

 羽賀さんはニコニコ顔で旦那にそう伝えた。そう言われると旦那もまんざらではない様子。

「いやぁ、こういうのはなかなか商売にはつながらないけど、喜んでくれるお客さんがいるってのはうれしいねぇ。これからもご贔屓に、よろしくお願いします」

 旦那も上機嫌で一安心だわ。

「じゃぁ、また来ますね」

 羽賀さんはそう言って去っていった。

 なんだか気持ちはスッキリ。けれど、根本的な解決にいたったわけではない。事実、旦那を目の前にしてちょっとイライラの感情がまた湧いてきた。翌日。

「こんにちはー」

 昨日と同じ時間にひょっこり羽賀さんがやってきた。

「あら、こんにちは。昨日はありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

「今日はまた何か探しものですか?」

「えぇ、おかみさんの心を探しに来ましたよ」

「わたしの心?」

「そう、おかみさんの心。昨日は旦那さんが帰ってきたので中途半端に終わっちゃいましたけど。そうそう、おかみさんはコーヒー飲みます?」

「えぇ、好きですけど」

「よかった。私の友人が喫茶店をやっているんですけど。そこにね、魔法のコーヒーっていうのがあるんですよ」

「魔法のコーヒー?」

 羽賀さんはそう言うと、リュックから水筒を取り出した。そして紙コップも。

「今日はこのコーヒーをおかみさんにぜひ飲んでもらいたくて」

 一体なんだろう、魔法のコーヒーって。羽賀さんは持ってきたコーヒーを紙コップに注ぐ。

「できればブラックで飲んでいただきたいのですが。大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫です」

 私はコーヒーの注がれた紙コップを手にする。温かい。一瞬にして心の奥までホッとする感覚を受けた。

 なんだろう、これ。不思議に思いながらもゆっくりとコーヒーに口を付ける。

 一瞬、すごい苦さを感じた。が、そのあとすぐにその苦さは消え、今度はふわっとした甘みを感じた。えっ、確かこれブラックだよね。もう一度その味を確かめる。

 今度は苦さはない。またふわっとした甘みが舌を覆う。砂糖の甘さとは違う。なんだろう、この甘さ。

 あ、そうか。甘さというよりは、甘えたいという感覚だ。誰かに甘えたい。私、いろいろなものを背負いすぎてるんだ。孫の世話、旦那の世話、店の世話。そんなのに振り回されて、全部私がやらなきゃいけないって状況なんだ。そんな重たいもの、全部捨ててどこかへ行きたい。どこかへ行って誰かに甘えてみたい。頭の中でそんな考えがかけめぐっていた。

「いかがですか?」

 羽賀さんのその声でハッとした。

「あ、あぁ、おいしかったですよ」

 あわててその場を取り繕うように私はそう答えた。

「そうですか。他にどんな味がしました?」

「そ、そうねぇ…最初はすごく苦かったんだけど、すぐに甘く感じました。ふわっとした甘み、と言えばいいかな」

「ふわっとした甘み、ですね。それ、おかみさんにとってどんな意味があると思います?」

「どんな意味…」

 ここで、さっき羽賀さんから声をかけられる直前まで頭に描いていたことが走馬灯のように走っていった。そのことが自然と口から出てくる。どこかへ行って誰かに甘えてみたい、けれど今はそんなことはできない。全部捨てるだけの覚悟が必要。いっそのこと、熟年離婚でもしようかしら。そんな言葉までも口から飛び出してきた。

「なるほど、それが今のおかみさんの思いなんですね」

「あ、でも本気で熟年離婚なんてしようとは思っていないんですよ」

 言いながら、本当にそうなのか自分で考えてしまった。むしろ、今の私を救うのはこの手しかないかもしれない、なんてことを感じてしまった。そのことを羽賀さんに見抜かれたのだろうか。

「おかみさん、今の正直な気持ち、聞かせてくれませんか?」

 こんな質問が飛び出した。羽賀さんの目は真剣そのもの。冗談で熟年離婚、なんて言葉を出したつもりだったが、あらためて自分の心に問いかけてみた。

 私、自由になりたい。今の束縛から抜け出したい。その思いが強いのは明らか。けれど状況がそれを許さない。私、どうしたらいいの?

「わからないの…どうしたらいいのか、私、わからないの」

 ポロリと出たこの言葉。私は本当にわからなくなっている。

「おかみさん、今何を求めようとしているのですか?」

 羽賀さんはゆっくりとした優しい口調で私にそう語りかけてくれた。私の口は羽賀さんの魔法にかかったように勝手にしゃべりだす。

「私、自由が欲しいんです。今の束縛から抜け出したいんです。でも、それができない。きっと、旦那がこの店を辞めない限りはずっと続くんだろうな。私は店の世話、旦那の世話、孫の世話で一生を終えるのかな。そんなの嫌だ。ここから抜け出すには…」

 ここで言葉が詰まった。この言葉を出すのか。

けれど言っちゃいけない言葉なのか。だが、やはり口が勝手にこの言葉を吐き出す。

「離婚しかない…」

 言った瞬間、心の呪縛が解かれた気がした。さっきは冗談交じりで言った言葉だけれど、今は心の奥からその言葉が出てきた。言葉の重みが違う。なんだかふぅっと気持ちが軽くなった。

 あれ、さっきこの感覚味わった。どこでだっけ?  私はここで無意識に残りのコーヒーに口をつけた。

 あぁ、そうだ。このコーヒーを飲んだときに味わった感覚、ふわっとした甘み。これよ、欲しかったのは。

「このコーヒー、なんだか不思議な味がしますね。

そういえば魔法のコーヒーって言ってましたけど、それどういう意味なんですか?」

「このコーヒー、シェリー・ブレンドはカフェ・シェリーという喫茶店で出しているオリジナルブランドなんですよ。そして、このコーヒーは飲んだ人が欲しいと思う味がするんです。おかみさんの場合、ふわっとした甘さだったんですよね。この甘さの意味は、誰かに頼って甘えてみたい。そんな時間が欲しい。そういう意味でしたね」

「はい。でもそれを実現するには、今の状況じゃ絶対に無理です」

「だから離婚しかない。そう思ったんですね」

「はい」

 言いながら、ふぅっとため息。やはり私が自由な時間を得て、誰かに甘えることができるようになるにはそれしかないのかな。ここで羽賀さんからこんな提案が。

「おかみさん、一度カフェ・シェリーに足を運んでみませんか? おそらく今よりももっと明確な答えをシェリー・ブレンドが教えてくれると思いますよ」

 本当にコーヒーが答えを教えてくれるのかな。けれど、不思議なコーヒーであるのは間違いない。

なんとなくそのカフェ・シェリーに興味が湧いてきた。

「でも、私は休みが日曜日しかないし」

「大丈夫です。日曜日も開いていますから」

「それに、孫の世話もあるし」

「それも安心してください。小さい子どもの世話なら、店員のマイさんが得意ですから」

「でも、旦那が…」

 私の口からは言い訳じみたことが次から次に出てくる。

「おかみさん、一つ気づいたことをお伝えしてもいいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「おかみさんには心のブレーキがかかっている、そんな気がしました。前に進みたい、けれど自分でそれをストップさせている。何かしら両方の力がかかっているように感じるのですが」

 ズバリ、その通りだ。私は昔からそう。なにか行動をしたい。そう思ってもすぐに逆の力が働く。で、結局周りに流されて自分の意志を表に出すことなく今に至っている。

「おかみさん、何に対して言い訳をしているんでしょうね?」

 羽賀さんのこの言葉は私の胸に突き刺さった。何に言い訳をしているのか。旦那に言い訳? 喫茶店に行くのに、どうして旦那に言い訳をしなきゃいけないのかしら。孫に言い訳? そんなことする必要はない。私は考え込んでしまった。

「大丈夫ですよ。その答えもカフェ・シェリーに行けばわかります。じゃぁ、今度の日曜日に私と一緒に行きませんか?」

 羽賀さんがあまりにも熱心に誘うし、私自身の答えを見つけてみたいという気持ちも強くなったので、つい「はい」と返事をしてしまった。

 そして迎えた日曜日。私は朝からそわそわしている。実はまだ旦那にはカフェ・シェリーに行くことを話していない。旦那は日曜になるとだいたいパチンコに行く。その隙を見計らって出かけようかと思っていたのだが。今日に限ってなかなか出かけてくれない。出かけないどころか、こんなことを言い出した。

「おい、今日は久々にどこか行かないか?」

 まったく、どうして今日に限ってそんなことを言うのよ。

「ど、どこかってどこよ?」

「そうだなぁ。たまには街の方に出てみないか? かずきも連れてよ」

 孫のかずきも連れていこうというのだから。困ったなぁ。もう少ししたら羽賀さんが迎えに来るのに。こんなことを急に言い出すから、この人は嫌なのよ。でもここで逆らったら機嫌悪くするし。

 仕方ない、羽賀さんとカフェ・シェリーに行くのはまた今度にしよう。しぶしぶ、もらった名刺へ電話を掛ける。が、出ない。困ったなぁ、どうしよう。

「おい、行くのか行かねぇのか、どっちなんだ?」

 やばい、旦那の機嫌が悪くなる前に返事をしなきゃ。

「はいはい、行きますよ」

 しぶしぶ返事をする私。で、結局孫のかずきも急いで出かける準備をさせ、私は旦那と車で出かけることになった。羽賀さんには結局連絡できずじまい。仕方ない、隙を見てもう一度電話してみるか。

 旦那は街の駐車場に車を停め、なにやらメモを片手に歩き出した。

「こっちだ」

 どこへ連れていこうというのだろう? 足早に進む旦那の後ろから、孫のかずきの手を引いて歩く。

 それにしても、久しぶりに街に出るな。ショッピングとか楽しみたいところだけど。昔はよく家族で出かけていたな。あのころはデパートに行くのが楽しみだったけど、今はもうそんな時代じゃないわよね。

 そんな感傷に浸るまもなく、旦那は前に進んでいく。ちょっとくらい私にゆっくりとする時間を与えてくれないのかしら。

「えっと、この通りだな」

 旦那がある路地に入っていった。そこで私は別世界を見た。

 通りの幅は車が一台通るほどの狭さ。その両側にはブロックでできた花壇があり、冬が近づくこの季節でも可愛らしい花を咲かせている。そしてなにより私の目を驚かしたのは、その通りのカラフルさ。一面がパステル色のタイルで敷き詰められている。こんな通りがこの街にあったんだ。

「ねぇ、どこに行くの?」

 孫のかずきは私の手を握って不安そうについてくる。

「さぁ、じいちゃん、どこに行くのかな?」

 私も同じく不安そうに旦那について行く。旦那は相変わらずメモを片手にキョロキョロ。そして…

「おっ、ここだここだ。おい、この店に行くぞ」

 そう言うと、旦那は足早にビルの二階へと駆け上がって行った。私とかずきはそれについていくのがやっと。階段、上がるのしんどいんだから。旦那はさっさと階段の上にあるお店に入っていった。私も遅れてそのお店の扉を開く。

カラン、コロン、カラン

 心地良いカウベルの音が私たちを出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ」

 女性のかわいらしい声と同時に、甘いクッキーとコーヒーの香りが私たちを包み込んだ。ここ、喫茶店なんだ。

「おい、こっちだ」

 旦那は一足先に窓際の半円型の席に座っている。

このお店、他にも真ん中に三人がけの丸テーブルがある。そしてカウンターには四席ほど。小さな喫茶店だな。

 そしてカウンターに座っているお客さんを見てびっくりした。

「おかみさん、いらっしゃい」

「は、羽賀さん!?」

 今日、私を迎えに来てくれるはずだった羽賀さんがどうしてここに?

「カフェ・シェリーへようこそ」

 驚いている私に、さらに驚く発言が旦那の口から飛び出した。

「羽賀さん、これでいいんだろう?」

 えっ、一体どういう事?

「おかみさん、まぁお座りください。ちょっとびっくりしていることと思います。マスター、お二人にシェリー・ブレンドを。そしてこちらのお坊ちゃんにはミックスジュースを」

「かしこまりました」

「ど、どうして羽賀さんが。それにどうしてあなたが?」

 私はまだ混乱している。

「実は、昨日旦那さんにちょっとお願いしたんです。私がおかみさんをここに連れていきたい、と。

じゃないと、若い男と二人でデート、なんてことになっちゃいますからね」

 言われてみればあのままだと旦那に黙って若い羽賀さんと年甲斐もなくデートという形になっていた。

「おかみさんのことだから旦那さんには話していないだろうと思って。そこで、おかみさんには申し訳なかったのですが、旦那さんに協力してもらいました。まぁここにはもう一つ、理由があるんですけどね」

 羽賀さんは旦那のほうをちらりと向いた。すると、今度は旦那のほうが話を始めた。

「昨日、羽賀さんから相談されたときにはびっくりしたぞ。でも、ここでおもしろいコーヒーが飲めるっていうからよ」

 まさか、そんなことになっていたとは。

「おかみさん、まぁ座りましょうよ。マイちゃん、例のクッキーもお願いね」

「はーい」

 羽賀さんは女の子の店員さんに指示をした。とりあえず旦那の隣りに座る。そのとき、ふわっとした感覚に包まれた。ここ、なんだかすごく気持ちいい香りがする。それに窓からの日差しがぽかぽかして気持ちいい。すごく落ち着くな。

「はい、おまたせしました。シェリー・ブレンドとクッキーです」

 運ばれてきたのは例のコーヒーと、白とこげ茶色のクッキー。

「まずは茶色の方のクッキーを口に含んでからシェリー・ブレンドを飲んでみてください」

 羽賀さんに言われたとおり、私と旦那は茶色、というよりは黒に近い色のクッキーを口に含んだ。

香ばしいゴマの香りがする。なんか大人の味って感じ。そしてコーヒーを口に含んだ。コーヒーの苦さがさらに引き立つ。

 ん、なにこれ。

 今度はさらにふわっとした感覚が強くなった。まるで天に登っていく感じ。何の束縛もない、自由な感覚。そこで私はいろんなところに出向き、いろんな人と会い、いろんなものを食べ、そして…そうよ、そうよ、これがしたかったのよ。もっと自由にあちこちに飛び回りたかったの。

 そんな思いが頭に巡っていたとき、旦那の声で目が覚めた。

「なんだこりゃ!」

「なにか見えましたか?」

 マイさんと呼ばれた女性の店員さんが優しく旦那に語りかけた。

「いやぁ、ちょっとびっくりしたなぁ。これ、幻覚が見える薬でも入ってるのか?」

「うふふ、やはりなにか見えたようですね。実は飲んでいただいたコーヒー、シェリー・ブレンドにはその人が望んだものの味がするという魔法があるんですよ。さらに先程食べていただいた黒ごまのクッキー、あれと一緒にあわせると、その人の望む未来が見えてくるんです」

 そうか、だから私はあの自由な感覚に包まれたのか。

「なるほどねぇ。それでか」

「なにが見えたのよ?」

 私は恐る恐る旦那にそれを聞いてみた。

「あ、いや、それは…」

 言葉を濁す旦那。きっと私には言えないような未来なんだわ。どうせそんなものよ。

 私はちょっと旦那に背を向け、孫のかずきの頭を撫でて気持ちを紛らわせた。

「じゃぁ、次は白い方のクッキーを同じように口に含んでシェリー・ブレンドを飲んでみてください」

 マイさんの説明通り、今度は白いクッキーを口に含む。今度は甘いミルクの味。口の中でとろけていくようだ。そしてコーヒーを口に含む。すると、今度はコーヒーの苦味とその甘さがいい具合に溶け合って、なんとも言えない味になる。まるで私の口の中で渦を巻きながら深く、深く吸い込まれていく感じがする。そして、その先には安心というものが

 あぁ、そうか。甘いだけじゃだめなんだ。苦いだけでもだめなんだ。両方がミックスした、そんな生活をしていけばいいのか。でも、それって何?

 そう思った瞬間、私の目の前には旦那の姿が浮かんだ。

 このとき直感的にわかった。苦味ってこのことよね。そして甘みって言うのが私の甘えたい気持ち。この二つを融合させれば、私の気持ちは深く、深く安心したところに落ち着いていけるのか。

 ということは、旦那と一緒にいろってこと? 離婚しなくても、私が望んでいる安心した甘い生活は送れるってこと? でも、どうやって?

 そう思ったときに、今度は現実に旦那が目の前に写った。

「おい、聞いてくれ」

 旦那が突然私にそう言ってきたのだ。一瞬、夢と現実とがごっちゃになった感じがした。けれどその声は現実のもの。

「あ、はい」

 私はついそう返事をしてしまった。旦那は何を言い出そうというのだ?

「今から正直に話すから。黙って聞いててくれないか」

 な、何が始まるのよ?

「おめぇには苦労かけさせた。いっつも店番ばかりで、どこにも連れていってやれなくてよ。オレばかりいろんなおいしい思いをしちまって。ホント、申し訳なく思っている」

 ど、どういうこと? 今までそんなこと、一言も言わなかったくせに。旦那の言葉はまだまだ続く。

「おまけに、孫のかずきの世話までやらせちまって。そもそもオレが子育てに関わらなかったのがまずいんだよな。娘の里奈が出戻りで帰ってきたのも、もうちょっとオレが辛抱ってやつを子どもに教えておけばこんなことにはならなかったのに。

子どもに甘すぎたんだよなぁ」

 そうそう、旦那は子どもにはホント甘いんだから。娘が離婚するって言い出した時も、じゃぁウチに戻って来いとすぐに言う始末だし。

「でな、実は前々から考えてたんだよ。お前に何かしてあげられることはねぇかって。それで…」

 ここで旦那は羽賀さんの方をちらりと見た。私もつられて羽賀さんの方を見る。羽賀さんはにこりと笑って、首を立てに振った。どういう合図だろう。

 再び旦那のほうを見る。すると、また意を決したように話を始めた。

「でな、知り合いのひろしさんに相談したんだよ。ほら、娘さんが花屋やってて、愛妻家だった」

 あ、あのひろしさんか。奥さんが病気で亡くなってしまい、そのときに自分も死ぬんだと自殺騒ぎを起こしたことがある。ひろしさんはそれだけ奥さんのことを愛していたんだ。

「でな、ひろしさんは、それならオレよりいい人がいるからって羽賀さんを紹介してくれたんだよ。そしたら、羽賀さんってこの前お酒を買いに来てたお客さんじゃねぇか。まぁそれですぐに意気投合してな。で、いろいろと話をして、今日ここに連れてくることになったんだよ」

 なんと、びっくりだ。まさか旦那が羽賀さんにそんなことを相談していたとは。

「あなたもそうだったの」

「あなたもって、どういうことだ?」

「実はね、私も羽賀さんにいろいろと話を聞いてもらったの」

 言ってしまった、と思った。旦那のことだから、どういう話だと突っ込んで聞いてくるに違いない。まさか、旦那に不満があるなんて、ましてや熟年離婚を考えていたなんてこと言えるはずがない。けれど旦那はこんなふうに私に言った。

「そうか、お前もいろいろと悩みがあるんだな」

 なんか不気味だわ。けれどその理由はすぐにわかった。

「でな、話を戻すけどよ」

 なるほど、旦那の頭の中は自分が話したいことでいっぱいなんだ。結局私のことなんかどうでもいいんだ。旦那は自分のことが優先なんだわ。

 ちょっとムッときてしまったが、旦那の次の言葉に驚かされた。

「でな、実は前からずっと思っていたことがあったんだ。お前に何かしてあげられることを考えて、羽賀さんに相談して、そうしたらここのコーヒーを飲めばそれがきっと出てくるはずだって。だから、お前が感じたことを教えて欲しいんだよ。オレはさっき黒いクッキーを食べたときには、お前の喜ぶ顔が見えた。これがオレの望んだ未来か、ってのがわかったよ。そして白いクッキーを食べたとき。このときにはオレがしっかりとお前にこのことを伝えねぇとってのがわかったんだ。だから今、こうやってお前に話をしている」

 一気に喋った旦那は、コーヒーを手にして一気にノドに流し込んだ。よほど緊張して私に喋ったんだろう。ホント、お酒のことは起用にこなすのに、こういうことに関しては不器用なんだから。このとき、かなり昔のことを思い出した。

 この人と結婚をする前のこと。私にプロポーズをしてくれた時もこんな感じだった。ついさっきまで偉そうにベラベラと喋ってたと思ったら、突然黙りこんで。そしてどもりながら私にこう言ったんだった。

「お、お、オレとい、一緒になってくれないか。

そうしたら、おまえを幸せにするから。そして一緒に年をとって、手をつないで旅行に行ったりしてぇんだ。だ、だから、オレと、け、結婚してくれ」

 ふとその時のことを思い出しちゃった。そしたら、なんだかおかしくなってつい笑ってしまった。

「おい、何笑ってるんだよ」

 私が笑ったのが気に食わなかったのか、旦那はちょっとムッとした顔をした。

「ごめんなさい。あなたって、ホント昔から変わってないなぁって思って。こういうのは不器用なのよね」

「う、うるせぇ」

 照れながら私に背を向ける旦那。

 そっか、そうだった。この人のこういうところが好きになって結婚したんだ。それを承知で結婚したんだった。そのことをすっかり忘れていたわ。

「で、おめぇが望むものはなんなんだよ」

 旦那は背を向けたまま私にその質問を投げかけてくる。私はさっきシェリー・ブレンドを飲んだ時に見た光景を思い出した。

 そうだった、私は自由な時間が欲しかったんだ。でもそれを今、旦那に言っていいものだろうか?困ってしまって、ふと羽賀さんの方を向いた。すると羽賀さんはゆっくりと首を縦に振る。私の思いを感じとってくれたようだ。

 意を決して旦那に今の私の思いを伝えることにした。大丈夫、何かあっても羽賀さんがついてくれてるから。

「私がコーヒーを飲んでみたもの、それはね、ふわっとした自由な時間。いろんなところに行って、いろんな人と出会って、いろんなものを食べて。もっと私に自由が欲しいの。もっと甘い時間を私に欲しいの。今はお店に縛られて、さらに…」

 ここで孫のかずきをちらりと見た。するとここの店員のマイさんがすかさずかずきにこう言う。

「ねぇ、あっちでおねぇちゃんと遊ぼうか」

かずきはうんと返事をしてマイさんとカウンターの方に行った。マイさん、私の気持ちがわかったみたい。あらためて私は小声で話を続けた。

「かずきの世話。ここに縛られている私がいるのよ。そしてあなたのことまでいろいろやらなくちゃいけない。そんな中で私の時間なんてとれるわけないじゃない。私が自由になるためには、この状況から抜け出すには、もうあなたと縁を切るしかない、そこまで考えているのよ。もう私、我慢出来ない」

 ここで自然と涙があふれてきた。今まで旦那に言いたくて言えなかったこと。これを今、思い切って言えたことで、心の奥からいろいろな感情が湧き出してきた。

「そうか…すまなかった。それがお前の思いだったんだな」

 旦那は怒り出すかと思ったら、私の言葉を素直に受け止めてくれた。さらに旦那はこんなことも。

「オレはな、お前が望む未来をつくってやりてぇんだ。今までお前のことを考えずに、とにかく仕事に打ち込んできた。そうしねぇと小さな酒屋なんてのはすぐにつぶれちまう。でもよ、それはお前がいてこそのことなんだな。そんなこと考えてもみなかった。よし、決めた」

 決めたって、何を? 私はまだ溢れ出る涙を拭うので精一杯だったが、旦那のその言葉で顔をあげた。

「お前がもっと楽になるように、お前に自由な時間を与えられるように、人を雇うことにしよう」

「えっ、でもそんな余裕はうちにはないわよ」

 これが正直な気持ち。このご時世でただでさえ売上が落ちているのに。すると旦那はニカッと笑い、こう答えた。

「なぁに、オレの飲み代とパチンコ代を使えば、そのくらいなんとかならぁ。まぁ毎日ってのは無理でも、週二、三日くらいだったら雇える金は工面できらぁ」

「で、でも…もったいないわよ。私のわがままであんたに迷惑かけられないし」

「なぁに言ってんだ。今までお前に迷惑をかけてきたのはオレなんだからよ」

「でも…」

 ここで今まで黙っていた羽賀さんがこんなことを言ってきた。

「おかみさん、白いクッキーと一緒にシェリー・ブレンドを飲んだ時、どんなものが見えましたか?」

 このとき思い出した。

「私の中で苦味と甘味が融合したものがあったの。苦味は旦那、甘みは私の甘えたい気持ち。その二つがうまく組み合わされば、私の気持ちは深く安心することができる。そう、そうだったわ」

「それがおかみさんの出した答えなんですよ。さて、それと今の状況、どう判断しますか?」

 羽賀さんの言葉であらためて確信した。これは旦那の言葉に乗っておけということなのか。そこに甘えていいってことなんだろうな。

 今度は旦那のほうを見る。旦那はまかせとけ、という顔をしている。

「わかったわ。あなたの言葉に甘えさせてもらいます。でも、私も甘えてばかりはいられないから。あなたにも楽はしてもらうわよ」

「オレに楽を? どういうことだ」

 このとき、私の頭中でとっさにひらめたいことがあった。

「私は平日に休ませてもらうから。あなたは日曜日は自分の好きなことをして過ごして。そうしないと、私も気持よく休むことはできないわ。なんか対等じゃないとフェアじゃない気がするから」

 旦那は私の言葉に腕組みをして黙りこんでしまった。そして黙ってジッと何かを見つめている。

「わかった。お前が望むならそうしよう」

 旦那は決断したようにそう言った。この言葉で、私の今までの思いが一気に解消された。そんな気がした。

「おかみさん、今の気持ちはいかがですか?」

「はい、なんだかとってもすがすがしいです」

羽賀さんの言葉に私は大きな笑顔でそう答えることができた。うん、これでいいんだ、これで。

「マスター、一件落着したよ。これもシェリー・ブレンドのおかげです。ありがとうございます」

 羽賀さんがカウンターにいるマスターにお礼を言った。このとき初めてマスターの顔を見た気がする。マスターも羽賀さんと同じように、私たちににこやかな笑顔をみせてくれる。

 あぁ、なんかこのお店、すっごく気持いいな。

また来たくなっちゃった。そっか、私の望む自由ってひょっとしてこれかもしれない。どこか遠くに行くのもいいけれど、こうやって近場でいいから充実した時間を過ごす。それだけで気持ちが安らぐ。

「ところで、このコーヒーってどうしてこんな不思議な味がするんでぇ。初めてだぜ、こんなのはよ」

 旦那は空になったカップをながめてそう質問。すると、マスターがにこやかな顔でこう答えた。

「コーヒーを飲むと眠れなくなる、という人がいますよね。これは眠気を覚ましたいという願望を持つ人にとっては眠気防止になります。しかし、逆にコーヒーを飲んでリラックスして眠りにつける人もいます。こちらは眠りを欲しがっている人にとっては睡眠誘導剤になっているのです。このように、コーヒーというのはもともとその人が望む効果を促す薬膳としての作用があるのですよ」

「へぇ、なるほど。だからこいつも、その人が望んでいるものを見せてくれるってことなのか?」

「はい。このシェリー・ブレンドはその効果がさらに強くなったようです。どうしてそうなるのかはよくわかりませんが。けれど、今回はお二人の欲しがっているものがより明確になったのではありませんか?」

 たしかにマスターの言うとおりだ。そのおかげで、私は離婚をせずに済んだ。今までは離婚しか私の願望を叶える方法はないと思い込んでいた。けれど、旦那も私のことをきちんと考えていてくれたんだ。そのことがちゃんとわかったおかげで、私の考え方は大きく変わった。旦那とこのまま歳を取っていくのも悪くはないか。そう思えるようになった。

 それからしばらく、羽賀さんとマスターを交えていろいろな話を聴いた。びっくりしたのは、マスターとかずきを遊ばせてくれたマイさんが夫婦だということ。マスターはどうみても四十代半ばで、マイさんは二十代半ば。

「恥ずかしながら歳の差カップルなんですよ」

とマスターは照れ笑いしていたが。

 この二人が私たちの年齢になった頃、どんな生活をしているんだろうってちょっと興味を持ってしまった。

 気がつけばもう夕方、辺りは薄暗くなってきた。

「そろそろ帰るか。今日はありがとうございました」

 旦那も満足した様子。私もお礼を言って、孫のかずきの手を引いて店を出た。

「なかなかいいお店だったわね」

 私はなんだか気持ちが素直になっていた。

「あぁ、また行きたくなるな」

 旦那も珍しくそんな感想を漏らした。かずきも遊んでもらって満足のようだ。

 気がつくと、私を真ん中に左にかずき、右に旦那がいる。すると、旦那は突然手を握ってきた。

びっくりして恥ずかしいけれど、なんだかうれしい。

 うん、この人にもうちょっとついて行くか。そう思ったら、こんな気持が心の奥から湧いてきた。

「ねぇ、また一緒にカフェ・シェリーに行こう」

 私は手をギュッと握り返した。


<熟年離婚 完>

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