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見習い女主人の奮闘記  作者: 柳沢 哲
3/13

亡国の王子と魔術師の娘

 ジャガイモの皮をむき、細切れにして煮る。玉ねぎもみじん切りにして炒め、ジャガイモと一緒に茹でた。様子を見ながらすりおろした野菜を追加する。風邪をひいたときに母が作ってくれる野菜スープを飲めば熱もすぐに下がるはずだ。

ついでに夜の小料理の準備をしようと思ったとき、家の前が騒がしくなった。

 なんだろうと思いながらも料理を続けていると、誰かが店から家の中に入ってきたようだ。足音からしてソーではない。それに大勢だ。

 慌てて出ると、店の中の机をのける男たちがいる。扉までの道を空けているようだ。

「邪魔するよ。クレア。」

男たちに指示しているのは老紳士だった。袖なしのベストに上品なシャツを着ていて、どこかの屋敷の執事のようにも見える。まるでここが自分の店だといわんばかりの馴染んだ様子にクレアはぽかんとした。

 アッシュブロンドの髪に真っ青な目をし、上品な口ひげのある老人は柔らかい笑顔を浮かべた。

「どうして、ラツさんが? 」

「マリアのことで医師から連絡を受けてね。彼の見立てではどうにも普通の風邪らしくないということで、ジュードに連絡があった。今二階にいるよ。」

 クレアは二階に駆け上がった。そこにはタンカで連れて行かれる母がいた。

「お母様。」

 さっき見た時よりも具合いが悪い。遮るようにジュードが立った。

「クレア、下で話そう。少し長くなる。」

 呆然とするクレアの手を取り、一階の席に座った。ラツが温かいお茶を淹れて出したが飲む気にはなれなかった。

「姉さんは大丈夫だ。まずは家で診させる。」

 母を乗せた馬車を、クレアは窓越しに目で追った。

「そんなに、重い病なのですか? 」

「風邪は大したことない。」

 ジュードは細長い葉巻を取り出した。ラツが灰皿と鋏を置いた。葉巻の先を切ると、先を指で撫でるだけでじわりと赤い火の粉が見えて煙が漂った。

「問題は呪いだ。」

「呪い? 」

 葉巻の灰を落とし、ジュードは言った。

「俺がこの店に来た時には何もなかったし、呪術の痕跡らしいものもなかった。昨日の夜、客の中に混じってたんだろう。」

 クレアは驚き、混乱した。マリアが呪われるような心当たりは思いつかない。マリア自身は人に恨まれるような人ではない。

「お仕事のせいなのですか? 」

 この仕事はこの国や他国の機密に触れることがある。口封じの可能性はある。

「それも一応は考慮するが、今姉さんを殺せばそれこそ困るやつの方が多い。なにより、口封じ程度で姉さんを殺す馬鹿はいない。」

 じりじりと炎が葉巻を焦がす。

 マリアを殺せば、ジュードは報復する。

 家族への仇は必ず報復する。必ず代償を払わせる。クレアが、治安が良いとは言えないこの街で、あまり危険な目に遭わずにすんでいるのも、祖父やジュードの権威だ。少しでもこの街の裏を覗いた者なら、名のある組織や家名は知っている。

 ゲイシーは魔術師の家系であると同時に、無秩序だった時にこの街を治めていた組織の一つだという。今もまだ一部治安のよくない面があるが、祖父はそこからは手を引き魔術に没頭している。それでも祖父の恐ろしさを知っている人は多く、同時にジュードがその恐ろしさを継いだ。

 クレアにはその世界はまだ早いと、父と母は詳しくは話してくれない。

「本当は、義兄さんか姉さんの口から伝えるべきなんだろうが、お前も十七だ。」

 とんっとジュードの指が葉巻を叩き、灰が机に落ちた。すると机の上に火の粉が走り、焦げた世界地図を描いた。

「義兄の親族についての話だ。」

「お父様の? 」

 改まってジュードは言った。

「義兄さんが産まれたのは東国の国、呪術に秀でたスオウだ。今はない。二十年ほど前に滅び、今はジハンという国になった。」

 初めて聞く話にクレアは聞き入っていた。

「この国は王が民を虐げ反感を買い、立ち上がった民衆によって滅んだ国だ。王族は全員処刑された。」

 東の小さな島国でぼっと炎が上がり、国が消えた。

「今は民衆政治に変わり、一見落ち着いて見えるが旧政府軍が反乱組織として潜伏している。」

 ぼぼっと炎が上がり、また同じ場所に国ができる。

「義兄さんはスオウの王族だ。」

 突然の話にクレアは言葉を失った。

 父が東国から来たことは知っている。そこで、ある程度の教育を受けていたことは、父の立ち居振る舞いからは感じていた。物腰の柔らかさや、思慮深さは、彼が周りから愛され、大切にされて育ったことをうかがわせた。

「し、しかしそれでは、国民の皆さんを欺いたことに……。」

父らしくない。優しくて、嘘が苦手で、曲がったことができない人だ。

「お父様は、故郷にお父様やお母様がいると……お兄様やお姉様たちも……それは……。」

「嘘じゃない。」

 ジュードがふっと煙を吐く。

「欺いたことは間違いないだろうが、義兄さんは城に仕えていた召使との間の子供らしくてな、引き取られた先は母の姉の生家らしい。伯父伯母を両親だと思い込むくらい、分け隔てなく育てられたんだ。」

 その境遇はジュード自身に重なるのだろう。血のつながりはなくとも、母と叔父は姉弟として信頼し合っている。クレアにはそう見えるし、周りの人もそう思っている。

「義兄さんの父は義兄さんが生まれたことを知る前に病死した。暗殺という噂もあったそうだが、真相は分からない。」

 クレアはほっとした。父はクレアの知っている父のままで、クレアに話したことも嘘ではない。

「血こそ王族のものだが母方の商家で育った。十五になるまで自分の出生もしらず、当時の王政に立ち向かっていった。けれど、そのまま国に残ることはできず、国を出る決意をした。」

 蔑まれ、憎まれ、国を出たわけではないのだろう。父が時折聞かせてくれた故郷の話は、楽しかった思い出と、思慕が込められていた。できれば国に残りたかっただろう。話す横顔が寂し気だった。

「冷めるぞ。」

「……はい。」

 お茶はまだ温かい。飲むと少し、落ち着いた気がした。

「何故今こんな話をするのかというと、俺は今回姉さんを呪ったのは東国の人間だと思っている。」

 落ち着いたばかりで心が動揺することをジュードは言った。

「姉さんの呪いは東方の呪術だった。呪いの流れ、形、この辺では見たことがない。おかげで俺にもすぐに解除できなかった。」

「そんな、だって、お父様の国は海も山も越えた場所にあって、それこそ大陸だってつながっていないのに……。」

 距離は呪いの力を弱める。なにより、父を呪うのなら理由はまだ理解できるが、何故母なのか。呪いには技術だけでなく、憎悪がなくては効果を発揮しない。

「理由は分からないが、姉さんも魔術師ではないとはいえ、呪いに対しては常人以上の耐性がある。誰かと間違えて呪った、なんてありえない。分かっているのは、姉さんを狙って東国の呪いをかけた奴がいるってことだけだ。」

 じりっと机の上の地図が燃え上がった。

 ラツが机の上を雑巾で拭いた。煙が立ったが、机の上は燃えカスどころか灰すらない、いつもの机に戻っていた。

「お母様は、いつ、どこで……? 」

「昨日の夜、店に来た誰かだろうとは思う。俺が昨日覗いたときには姉さんも店にも異常はなかった。お前にも。」

 昨日の客の中にいたのかとぞっとした。東国の顔立ちの客はいなかったが、見かけない顔の客は大勢いた。

「クレア。」

 机の上に置いたクレアの手に、ジュードの手が重なった。

「姉さんが倒れるほどになったのはもう一つ理由がある。さっき届いた。」

 ジュードが手紙を差し出した。父の筆跡ではないが、名前は父のものだ。緊張して震える指で、クレアは開いた。

 そこに書かれていたのは、魔物討伐に出かけた父に起こった出来事と、帰るのが遅くなった理由だった。

 魔物の討伐に出かけたところで、嵐に遭遇して手紙がかけなくなってしまった。その後魔物討伐に成功したまではいいが、その魔物は土着の神が堕ちたもので、父は犬になる呪いを受けてしまった。今現在、呪いを解くために寄り道をすることになってしまった。この呪いは周りに親族がいると連鎖反応を起こして呪いが移ってしまうので解くまでは帰れない。

手紙は一緒に同行した魔法使いの筆跡だった。

 最後に墨でつけられた犬の足跡があった。

「姉さんは義兄さんのものに間違いないと言っていた。俺には犬の足跡の区別はつかないが、姉さんがそういうなら、そうなんだろうな。」

 クレアにも本当に父の足跡なのかどうかは分からないが、その文面は父の人柄を感じて、父の出した手紙には間違いないと思った。

「お父様の呪いがお母様の身体に影響を、ということでしょうか。」

「姉さんは今複合的な呪いであそこまで具合を悪くしてるんだろう。ゲイシーの屋敷でなら呪いを受けることは絶対にない。」

「お祖父様のお屋敷……遠いですね。」

 母の実家である祖父の屋敷はとなり街にある。それも山奥にあるため、移動にも半日時間がかかる。酒場に出ることは当分無理だろう。

「姉さんの代わりは明日派遣される。今日は俺がいる。」

「叔父様が? あの、いいんですか? 他に大切なお仕事が、あるのでは。」

叔父は葉巻を口から外した。

「クレア、この国の人口を知ってるか? 」

 突然の言葉に、クレアはきょとんとした。

「えっと、およそ5000万でしたかと。」

「おもな産業は? 」

 突然のことに、クレアは少し考えた。

「南東地方の観光産業と、北地方の農作物や加工品の輸出です。」

 満足そうに叔父はうなづき、葉巻を吸った。

「姉さんの仕事はここでの情報のやり取り。その中には国家機密も含まれる。この国の経済をひっくり返すこともできるし、他国に渡れば戦争を引き起こすような情報もある。これ以上大事な仕事なんてなかなかないぞ。」

はっとクレアは質問の意図に気づいた。

「姉さんがこの店でしていた仕事は、4986万人の国民の生活に関わるだけじゃなく、同盟国にも影響を及ぼ……。」

 叔父の言葉が止まった。

「叔父様? 」

 ジュードの目が宙を見る。

「……反乱組織。」

「はい? 」

「ラツ。東国の監視者に連絡を取れ。」

 コップを洗っていた手を拭き、ラツはエプロンを丁寧に畳んでおくと、消えた。あまりにも人間らしいのでラツがジュードの使い魔だということを忘れてしまう。

「叔父様、反乱組織とは? 」

「ジハンには旧政府軍の生き残りが反乱組織になって潜伏している。ジハンが島国だから国外に出ることはないと思っていたが、魔術師がいれば不可能じゃない。」

 クレアはまだうまく呑み込めない。

「でも、彼らがお母様を殺す理由には。」

「目的は姉さんを殺すことじゃない。お前か、義兄さんだ。反乱組織が生き延びていた王族を手に入れる。そこに武器商人や隣国の利権が関わってみろ。」

 ぬるくなったお茶のカップを握って、クレアは震えた。

 ジュードが葉巻を咥えて煙を吸い込んだ。

「……という可能性もある。」

 クレアはカップを見下ろした。

「お父様を脅して、反乱を企てるため……。」

 そう言いながら、クレアはふつっと胸の奥で怒りが沸くのを感じた。

 無関係とは言わない。けれど、自分を攫うために母の命もいとわなかったのなら、許せない。成人していて、自分の意思で国を去り、家族を持った父よりも、何も知らない小娘の方がよほど御しやすい。

「お父様が、傭兵になったのは、うちを空けることが多いのは、こんなふうに私たちを巻き込まないためでしょうか。」

 いつも出て行く父がそのまま帰ってこないような気がしていた。心細く思う自分の幼い部分が、そんな不安を作り上げていたのかと思ったけれど、父の過去を聞けばそれも杞憂ではない気がする。

「それもあるだろうが、一番は単純に困ってる人を見過ごせないっていうのが大きいな。」

 クレアが顔をあげると、叔父はしみじみとつぶやいた。

「もっと言えば、お前と姉さんが頼もしすぎるっていうのもあるな。帰る場所のある人間は、人を助ける余裕がある。」

 そう考えると、確かにその方が父らしい。荷物を抱えた老人をおんぶして街の端から端まで歩いたり、その帰りにお礼の小麦を背負わされて帰ってきたり。泣いて引き留めるクレアを離せず、旅立つのが遅れて引きずられて連れて行かれたこともあった。

「ありがとう。叔父様。」

 いろんなことが重なって、怖がっていた身体と心がほっと和らいだ気がした。

「あの、代理の方が来るのは最もですけど、酒場のお手伝いはこれからも私にさせてもらえませんか? 」

「当たり前だろ。俺も新しく来る奴もここに何があってどうすればいいのか分からないんだぞ。なにより、商品の管理ができるのはお前しかいない。」

 ジュードがクレアのブローチを指した。

「そのブローチは、昔は義兄さんがお前のために買って来た土産だった。だが今は、マーサの酒場の後継者の証だ。」

 クレアは、自分はまだまだ未熟だと思っていた。けれど周りはそうは見ていない。クレアには母の次に店を管理する者としての責任と、力を求めている。逃げ腰になっていた自分が恥ずかしい。

 そこにちょうどラツが戻って来た。振り返るともといた場所に立っていたので驚いた。

 東国の報告をするのかと思っていたが、葉巻を置いてジュードは言った。

「クレア、お前行きつけの菓子屋はあるか?」

「はい……友人が、働いているお菓子屋さんが、ありますけど。」

 ジュードの話は意図が読めない角度でくる。

「お前が大切な客をもてなすときに選ぶ菓子を買ってきてくれ。一つで良い。ラツもついていけ。」

「いいですけど、誰かお客様ですか? 」

 お茶請けの焼き菓子がいくつかあるが、今すぐ必要なのだろうか。

「使い魔を召喚する。贄が必要だ。」

「贄……お菓子が? 」

「女子が好きそうなのだ。」

「女子……。」

 ラツに促され、訳が分からないがクレアは知り合いの菓子店に出かけた。

 さきほど東の監視者と言っていたのは聞き間違いではないだろう。聞けば話してくれるだろうか。クレアがちらと見ると、ラツはほほ笑んだ。目をそらすと、ラツは言った。

「クレアは父親に似てわかりやすい。」

「よく言われます。」

 ふふっと笑われて、少し自己嫌悪で恥ずかしい。

「お母様みたいに堂々とできればいいんですけども。」

「マリアは堂々としてるね。時々ジュードがマリアの物まねをしてるけど、似てる。」

「お、叔父様が? 」

 初耳だ。見たことない。少し見てみたい。

「叔父様も、いつも表情が変わらなくて、羨ましいです。」

 ラツは顎を撫でて言った。

「でも割と短気だ。」

「そ、そうですか? 」

 うんっとうなづく。

「見習い魔術師と宮廷で馬鹿にされたときは、会議の間ずっと机の上に足を置いていた。マリアを家庭教師のようで色気がないと言った男は、波止場から蹴落とされたし。」

 それは蹴落とされて当然だとクレアは少し思ってしまった。

「ヨシユキを東の田舎者だと言った剣士は尻に……あ、やめておこう。ご婦人に話すことじゃない。」

 それなら途中まで話さないでほしかった。少し気になるが聞かない方がよさそうだと本能が囁く。

「ジュードはある分野において魔術師としては致命的に感情のコントロールができないんだ。」

「そ、それは、魔術師としてはたしかに。」

 ラツは人差し指を唇に当ててウィンクした。

「内緒だよ。ばれたらかたつむりに変えられてしまうからね。」

 人間としての自由気ままさを知っていれば、カタツムリに変えられるのは絶望的だろう。

 話している間に目当ての菓子屋に着いた。大通りにある華やかな店で、パステルカラーで輝いている。いつも女性客であふれているので、その中に男性が混じれば目立つことこの上ない。

 そう。この上ないのだ。ラツは女性たちから頭二つ分背が高いので、目立つ。そして彼の顔立ちに女性客がちらちら振り返る。それは嫌悪とは違う。好奇心に満ちた、好意的なものだった。

「クレア、やだ、クレアじゃない。」

 菓子の並んだショーケースの後ろで、友人のカリーナが言った。

「どうしたの? こんな時間に珍しい。新作の生菓子ができたから教えてあげようって思ってた、の、に。」

いつもなら仕込みの時間なので、驚いたように赤毛の髪を揺らして笑った。笑った顔が固まる。

 そっとクレアの腕を掴んで耳にささやいた。

「うそ、やだ、なにあの素敵なオジ様。」

 ラツのことだ。

「えーと、叔父様のお友達なの。今日は一緒にお菓子を買うお手伝いをしてくださって。」

「結婚してる? 」

 クレアはどう答えていいかわからない。ラツを見ると、他の女性販売員が接客を試みている。

なにかお探しですか? と頬を染めて尋ねられ、ラツは柔らかい笑顔で、孫の買い物に付き合っているだけですよ、若い女性の好みは難しくて。よければ貴方のおすすめを教えてくださいますかと答えている。それにいっそう緊張したのか、挙動が不審になって真っ赤になった販売員が裏返った声で今月のおすすめを案内している。

幼いころから家族のように慣れ親しんだ顔だが、見慣れなければ、三十年前はさぞかし美男子だったのだろうと思わせる顔立ちだ。白髪になり皺ができても、女性はめろめろになる。

「カリーナ、あの人は、女性を弄ぶ悪魔的な趣味がありますので、諦めてください。」

 しどろもどろな販売員をからかって遊んでいるラツから、カリーナの目をそらすためにクレアはいった。

「新作の生菓子を一つお願いします。お客様用なの。」

「はぁ。いい男っていい趣味してるのよね……おっけー了解。」

 ふわふわの生地にクリームをつめて、最後に飴がけしたお菓子を用意してくれた。

 女性にまとわりつかれているラツを連れて、クレアは帰った。いつもよりも疲れた気がした。

 店に戻るとソーがいた。事情を説明は終わったらしく、はげまされた。

「クレア、俺はいいが無理はするなよ。」

「ありがとうございます。ソーさんも、しばらくご迷惑をおかけします。」

 お礼を言ってクレアはお菓子をさしだした。

「叔父様、贄でございます。」

「よし、ちょうど今召喚したところだ。」

 見れば、叔父の机の上にふわふわとした毛に包まれた動物がいた。

 ねずみのような顔に、くびれの見当たらないほどふわふわの胴体と、お腹が付きそうなほど短い足。白と黒とオレンジ色の三毛猫のような模様の毛並みをしていてとても愛らしい動物だった。ジュードの片手に収まるくらいの大きさで、ひくひくと鼻を動かす。

つぶらな黒い目でクレアを見上げた。

「お前がクレアなの? 私が面倒見てあげるんだから、わかってるでしょうね。」

 可愛い声できっぱりと言う。見上げているのに目線は上からだった。

「使い魔のポリーだ。ラツはあまりお前のそばに置けないからな。」

 確かに。女性の目が気になってそれどころではなくなる。

 こんな小さな動物にお菓子をあげていいのだろうかと不安になるが、使い魔なのだからいいだろう。

「すぐに盛り付けてきます。」

「早くしてちょうだい。お茶も忘れないで。」

 不機嫌そうにぷんっと頬を膨らませた。

「使い魔ってのはもっと主人に従順なんじゃないのか? 」

ソーがウサギをさばきながら言った。

「私の主人は一人だけよ。いつもはベビーシッターなんかしないわ。」

 ポリーは扱いが気に入らないらしい。しかし、ジュードが頭をなでると嬉しそうにすり寄る。

「そうだな。俺の可愛い姪っ子のために頑張ってくれ。」

「もう。仕方ないんだから。ご主人様だからですよ。」

 すりすりっと指にすり寄る姿が可愛い。クレアもいつか撫でさせてもらえないだろうかと思った。

 まずはご機嫌伺いだ。丁寧に盛り付けて、お茶と一緒にクレアは差し出した。

「クリームパフの飴がけでございます。ミルクティーはアセイン産の茶葉を用意しました。」

 ポリーは目を輝かせて後ろ足で立ち上がると、ジュードがフォークで一口に切り分けて、差し出されるのを待っていた。ふわふわのパフを一口ほおばると、両頬を抑えてふるふる震えた。

「お気に召しましたか? 」

 ポリーは嬉しそうに飲み込むと言った。

「お前、なかなかいい舌してるじゃない。いいわ。しばらくの間だけど、守ってあげる。」

 ラツがこそっとクレアに言った。

「ポリーは言動に難がありますが、力は確かです。」

 クレアもこそっと言った。

「もちろん、叔父様の采配を疑う余地はありません。」

 父と母が戻るまで、この店を守らなくてはいけない。クレアはエプロンをいつもよりきつめに結んで決意した。

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