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見習い女主人の奮闘記  作者: 柳沢 哲
13/13

おもい贈り物

 クレアの足が完治した頃、父の手紙を持ってザックが帰って来た。昼間についた船で帰ってきて、数日後には父も戻るらしい。

「行きはセオドアの移動魔術だったんだけど、剣以外の装備が全部なくて驚いたよ。」

 ザックはいつもの装備とは違っていた。いつも履いているブーツも、独り立ちした時にマリアが送った上着も着ていないが、剣だけはいつものものだった。

「じゃあ裸に剣だけで到着したのかよ。」

居合わせたジュードが言った。

「はい。ちょうど先生たちが襲われていた時だったので、相手が驚いている隙をついて一網打尽に。おかげで互いに重傷者や死者が出ずにすみました。」

 万全の態勢で奇襲をかけたと思ったのに、突然全裸の剣士が現れれば、よほどの修羅場をくぐった者でない限り隙ができるだろう。むしろ全裸ですぐに戦えたザックがすごい。別の状況だったら警吏に捕まっていた。

「あいつ今度説教だな。」

「まぁまぁ、ジュード先生。セオドアがやっと五体満足で生き物を送れるようになったんですから。俺が個人的に飯おごってもらいます。」

 クレアはザックの隣にいる男を見上げた。東国独特の服に、柄の入った上着。腰に下げた剣はイチと同じ細長いサーベルのような剣だった。

 男は複雑な顔でクレアを見る。クレアは硬直して見つめ返す。父を襲った相手とはいえ、初対面の男性を叩けと言ったり、怒鳴りつけたり、振り返ればいたたまれない。

「で、この東国人は何だ? 」

ジュードが言うとザックが東国の言葉で男に言う。男は何か喋った。

「彼はノブチカ。ノブチカ・オオノという東国の騎士で、ヨシ先生の父、ヨシカズ王の部下だった者です。」

 話が長くなりそうなので、クレアは店の中に案内した。椅子に座ると、クレアの隣に座ったジュードが、何も言わずに葉巻を吸い始めた。

「初めまして、というのも不思議ですが、改めて。私は、ヨシユキの娘クレアです。この方は、私の母の弟、ジュード叔父様です。」

 ジュードは不機嫌そうに葉巻の煙を吐く。東国でもきっとこれは、無礼な態度だろう。机の上に足を乗せていないだけましなのかもしれない。

 ザックがノブチカに説明している。ノブチカは頭を深々と下げた。

「まずは、同じ東国人が迷惑をかけて申し訳ないと。ノブチカは今回ヨシ先生が西国にいるって聞いて仲間と共に迎えに来たんだ。」

 クレアは目をぱちくりさせた。

「この方は、反乱組織では、ないのですか? 」

「成り行き上途中まで一緒に行動していたけど、ノブチカ達の目的はヨシ先生を東国に連れ戻すことだったんだ。クレアは、スオウが滅んだ経緯を知ってる? 」

 うなづくとザックは続けた。

「ジハンではヨシアキ王を憎む声は多いけど、先代のヨシカズ王を慕う声も多いんだ。ヨシカズ王は王妃を迎えず子供も持たなかったけど、隠し子の噂はあった。だからノブチカはヨシ先生に会いに来たんだ。」

 生きているのか、いるのか分からない父を探しに、この男は海を渡って言葉も分からない国に来たのかと、クレアは驚いた。が、ジュードはだからどうしたと言わんばかりに葉巻を吸っている。

「ヨシフミ王に会ったんだっけ? 」

「はい。外見はとても若い男性でした。お父様よりも若く見えました。」

 特徴を言うと、ノブチカは重い表情をした。何かザックに言う。その時に、イチという名前が聞こえた。

「ノブチカさん、イチさんをご存知なんですか? 」

イチの名前にノブチカが驚く。

「イチ・タモトという女の子も知ってる? 」

「ふわふわの、髪の毛をした、可愛らしい女の子ですよね? リューイさん……ヨシフミという方が連れて行ってしまいました。」

 ザックの説明を聞き、ノブチカは少し安心したような、どこか複雑そうな顔をした。

「その、イチって女の子は王に仕えていた東国の騎士の家系の子なんだけど、旧政府が倒れた時にそれまでの地位も奪われて……一家離散して身寄りを失くしたらしい。」

「そんな……リューイさんは彼女のことを大切に思っていたようなのに、引き取らなかったんですか? 」

 思わず口を挟んでしまった。

「ヨシフミ王には呪いがかかっている。長寿と引き換えに、彼はスオウの土地……今のジハンに戻ることができない。」

 ノブチカの言葉をザックが説明した。

「タモト家はヨシフミ王の時から仕えていて、彼が王位を退くときに、タモト家を丁重に扱うように残していたそうなんだが……それも戦争でなくなってしまったそうだ。」

 特定の土地に行くことのできない呪いは知っていたが、不幸が重なるととてつもない効果を発揮する。

「クレアを狙っていた反乱組織をまとめていたのがサブロー・クラヤバシ。彼はスオウ時代にヨシフミ王に仕えていた呪術師の家系で、ヨシフミ王にスオウの状況を報告していた。クラバヤシはヨシフミ王に戻ってくるようにすすめていたが、ヨシフミ王にはその気はなかった。」

 クレアは言葉が分からないだろうと思いながら、ノブチカに尋ねた。

「では、どうしてリューイさんは反乱組織と一緒に行動を? 」

 反乱組織の中心となる人物だ。無関係とはいえない。ノブチカはクレアの表情で言葉を理解したのか、言った。

「一緒に行動はしていない。彼は自分の孫にも曾孫にも関心を持っていなかった。クラバヤシはそれを知っていたから、クレアを手に入れれば側室になるとイチを唆して連れて行った。ヨシフミ王はそれを追う形でこの国に来た。」

 ノブチカの話す言葉を、ザックが追う様に訳した。

「この国についてから、凄腕の東国人の傭兵がいると聞いた。ヨシ先生だと思って、クラバヤシとは別れたらしい。その時にヨシフミ王と合流して、先生が犬になる呪いを受けていると知ったんだな。ヨシユキなんて名前このあたりじゃ人間でもいないから、それでわかったんだ。」

 あの耳を見ていなければ、気付かなかっただろう。偶然が重ならなければ、ノブチカも反乱組織に混ざり襲ってきていたのかもしれない。

「……つまり、あの爺は自分の曾孫と歳の変わらない小娘を追いかけて来たのか。」

 ジュードが眉間に深い皺を寄せて言った。

「ジュード先生も、クレアが家出したら追いかけるじゃないですか。それと同じようなことじゃないんですか? 」

 ザックが分かりやすく例えた。

「でも、反乱組織ですよ? 人が死んでるんですよ? 」

 クレアは思わず言った。

「クレア。暇、金、権力を持て余した奴は、まともな倫理観を持ち合わせていない。」

 ジュードがうんざりした顔で言った。

「小娘の気がすむようにさせてやってたんだろ。引き取ってやれなかった罪悪感とかで、強く出なかったんだろ。」

 ザックがノブチカに言うと、彼はうなづいて何か言った。

「ノブチカも詳細は把握していないですが、彼の所感もジュード先生の言うことに大体近いみたいです。」

 おそらくリューイはクレアにもそれ以上接触する気はなかった。

「おかげでクレアが捻挫するわ髪切られるわどう落とし前つけるってんだ。あ? 」

「叔父様、でもイチさんは吐血していますし、あちらは人が亡くなってるんですよ? 」

 怒りのぶつけどころが逃亡してしまったので、ジュードの機嫌が乱降下している。

「それでノブチカは責任とって、腹を切りに来たんだよ。」

「……ど、どういうこと? 」

 クレアはさっぱり分からない。

「お腹、切るんですか? え? どうして? 」

「スオウの騎士は最大のお詫びの証として腹を切るんだって。」

「お腹切ったら死んじゃうんじゃ、ないですか? 」

 訳を間違えたのではないかとノブチカを見ると、ノブチカは腰から鞘ごと剣を抜いて、机の上に置いた。

「困ります! やめてください! 」

クレアは思わず剣を取り上げた。

「死ぬくらいなら、私が面倒見ます。だからお腹を切らずにちゃんと働いてください。東の島国から西の大陸まで、世界の半分を旅して父に会いに来たのに。その最期が罪悪感で割腹自殺なんて、笑い話にもなりません。」

 まくしたてて、クレアは肩で息をした。

「義父が新しい魔術の実験体を……。」

「だめです! 」

 ぽつりと言ったジュードに、クレアは叫んだ。

「ノブチカは強いから用心棒にぴったりだし、ドラゴン狩にも連れて行けるよ。言葉を覚えたらいい傭兵になるよ。」

 ザックは、拾ってきた犬が役に立つことを親に訴える子供のように言った。

「じゃあお前がまずは使えるように言葉遣いから接客マナーまで叩き込んで来いよ。いきなり成長しきったやつを躾けるのはめんどくさいんだよ。」

 ジュードまで犬扱いしている。

 ノブチカはザックがまずは言葉と習慣を覚えさせる、ということで連れて帰った。ノブチカのようなのが他にも大勢来たらどうしようと不安だった。

 父からの手紙は開くと、犬の肉球が押されていた。元気だよ、心配しないでね、というメッセージだろう。目の前にいたら丸投げしないでください、とやりきれない気持ちで、あのふわふわの毛を思う存分撫でていただろう。

「クレア、思いきったことしたな。」

「え……? 」

「他人の人生まるっと背負うなんて度胸あったか? 」

 クレアはため息をついた。

「ありません。今も、これから先ノブチカさんにとってちゃんと主になれるか心配です。」

 ジュードを見つめ返してクレアは言った。

「でも、ノブチカさんはお腹を切る覚悟で私に会いに来たのです。それなら、私も同じくらいの覚悟で応えたいのです。」

 ジュードの手がクレアの髪に触れた。

「ほどけてましたか? 」

「なおった。」

焦るクレアの手をジュードが取った。

「この髪型、気に入ってるんです。」

 髪のことを気にしてくれているのかと思って、クレアは笑った。

「だろうな。似合ってる。」

 葉巻の煙が首筋を撫でて、急にクレアは恥ずかしくなった。

「あの、お店の準備してきますね。」

 逃げ出したくなって店の奥に入る。顔が熱い。両手で押さえていると、ハイジが店の奥から出て来た。

「綺麗な髪飾りですね。お土産ですか? 」

「え? あれ? 」

 鏡を見ると、いつの間にか銀色の髪飾りが刺さっていた。

「……言ってくれればいいのに。」

 お礼を言い損ねてしまった。今から戻って言いに行こうか迷っていると、ハイジが言った。

「銀に海水晶をあしらってありますね。これはなかなか重めの贈り物ではありませんか。」

「そんな……昔私が髪飾りを壊してしまったから、きっと代わりのものをくれたのです。」

 幼い頃もらった天然石の髪留めは、ちぎられてバラバラになってしまった。それ以来華やかな髪飾りを使わなかったことを、気づいていたのかもしれない。

「クレア殿、女性のうなじというのはつい目を引く魅力的な部分です。しかしそこに目を奪われた男は例外なく、貴方の髪に刺さった簪が目に入るのですよ。」

 ハイジに首筋を押されて、小さく悲鳴を上げた。





あらすじ


主人公クレアは情報と品物の中継基地である「マーサの酒場」で働いている。父は傭兵として魔物討伐に出かけ不在、現女主人の母の下で修業しつつ、血のつながらない叔父、ジュードに恋心を寄せる。

ある日母マリアが東国からの呪いで倒れてしまう。クレアの父は東の滅んだ国の王族で、ジュードはその反乱組織がクレアを手に入れるためにマリアを呪っているのではないかと推測する。

東国では再び王政を復権させようと、旧政府軍と新政府軍の間で対立が起こっていた。

ジュードによって犯人が捕まるまで、母の代里としてやってきたハイジと共に店の仕事をこなしていくが、ある日反乱組織に誘拐されてしまう。ジュードの助けで危機を脱したクレアだったが、そこで東国の商人リューイがクレアの曽祖父であり、東国の国王だったことを知る。反乱組織は呪いを受けたリューイは近親者との間にしか子供を残すことができないため、クレアを誘拐したのだった。

しかしリューイ自身に国に戻るつもりもなく、暴走した反乱組織を壊滅させてクレアの前から姿を消す。クレアには再び元の日常が戻って来た。



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