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軍議

 全員が席に着いたことを確認すると、王子は咳払いをして声を張った。


「さて、まず状況を整理しよう。

 ベジタブル連合軍は、研究所の門扉を閉ざし、そこに独立国家の樹立を宣言している。しかし僕たちはそれを認めるわけにはいかない。ここは紛れもなくオルトバーネス領土だからね。


 そして彼ら……野菜って彼かな? まあいいか。彼らは武装していて、話が通じる状態ではない。何度か使者を送ったが、帰ってきたのは矢の雨だ。となればこちらも武力でもって彼らの主張を退ける必要がある」


 王子はそこで言葉を切って、全員を見回した。そこまでで異論がある者はいないらしい。唯一表情が変わったのは、第三分隊長のサムソンだ。悔しそうに歯ぎしりをしている。交渉に失敗したのは、彼の隊員なのだろう。


「敵の数は、およそ五百。作った僕たちが保証する。勝手に増えないように遺伝子をいじってあるから、減ることはあっても、これより増えることは有り得ないと思ってくれていい」


 王子の言葉に、白衣の男も小さく顎を引いた。


「そして味方の戦闘員は、君影隊五十五名。後方支援として、研究所の人員がいるが、彼らは民間人だ。戦闘は任せられない。

 さらに敵兵は、何せ植物だからね、簡単には死なない。だが喫食部に調理の下準備を思わせる傷をつければ、動かなくなることが分かっている」


 スヴェンが無言のまま手を挙げた。


「はい、スヴェンくん」


 王子がスヴェンを指差して発言を許す。


「戦力が足りません。要請しないのは何故です? ここは田舎とはいえ、幸いにも、駆鳥で行ける距離には大都市があります。そこならば常駐兵がいるはずでしょう」


 王子はわざわざスヴェンに、国王にばれないように、との条件をつけてきた。だが現実的に考えて、十倍の戦力を打ち崩すのはかなり困難だ。しかも敵は籠城している。基本的に戦争は攻めるよりも守るほうが簡単だ。それを踏まえると、この戦力差は絶望的と言える。

 それでもスヴェンは、つい先ほどまではこの戦争に希望を持っていた。何しろ敵は野菜なのだ。野菜に戦闘経験などあるはずもなく、対するこちらは若いながらも卓越した才能を持つ現役の軍人。勝ち目は十分にあるはずだった。


 しかし、偵察に出た結果は散々だった。確かに、野菜の弓のコントロールは甘かったし、部下の話によると、野菜の剣の扱いは素人そのものだそうだ。

 だが、死を全く恐れずに向かってきて、人と可動域が異なるが故にトリッキーな動きをする野菜は、思いの外戦いにくかった。


 そして何より、あの城壁。冗談みたいに頑丈で、侵入者を確実に殺そうとする罠が至る所にある。これを王子が作っていやがったというのだから、本当もういっそ死ねばいいのに。

 その王子はスヴェンの提案に、実に痛ましげに俯いた。


「それは……最終手段にしたいんだ」

「その理由を、お聞かせ願えますか」

「理由は二つある。まず一つ目は、これほどの騒動を起こしてしまった責任を、誰が取るか、という話だ」


 王子の言葉に、白衣の男がギクリと体を竦ませた。


「仮にも国に刃向かったんだ。ただでは済まない。しかしその主犯が野菜だなんて、頭の固い国のトップ連中が認めると思うかい?」

「……無理でしょうね。誰かしらを犯人に仕立て上げるはずです」


 野菜に反乱を起こされ、あまつさえ正規軍まで動かす羽目になるなど、恥以外の何物でもない。


「でしょ? 僕もそう思う。そうなると、この野菜を作ったやつが怪しい! ってなるわけだ」

「それ王子ですよね?」

「うん僕」


 王子は両手にピースサインを作って、人差し指と中指をわきわき動かした。


「けどね、父上が僕に責任を負わせるとは、とても思えないんだよ。まあ少なくとも、母上は断固反対するね。薄汚い力を総動員して、僕を助けようとするだろう。賭けてもいい」

「……でしょうね」


 国王夫妻は、王子をそれはそれは可愛がっている。国王はそれでも、国の長として常識のあるお方だが……母のそれは尋常ではなく、王子の責任を誰かになすりつけるくらい、簡単にやりそうだ。


「僕のせいで起きた事件を、研究所の責任者……まあそこにいる彼だけど、彼に背負わせるのは、僕の流儀に反する。だからなるべくなら、内々に処理したいんだ。護衛隊だけで事を収めることができれば、それも可能だろう?」


 ……なるほど。王子の言うことも、分からなくはない。


「ちなみに、もう一つの理由は?」

「悔しいじゃないか」


 スヴェンの問いに、王子は食い気味に答えた。眉をひそめるスヴェンの様子にも気付かず、王子は一人ヒートアップしている。


「だってだってだって、この僕が! 作った野菜に反乱を起こされて研究所を追い出されたんだよ!? いや、そりゃあね。最初はびっくりして少し喜んだよ? さすが僕、こーんなすごい野菜作れるのは僕しかいなーいって!


 別にいいんだ、反抗期も。全部が全部思い通りにいったって、何にも面白くないもん。でもさ、そのままって訳にはいかないよね。僕に逆らったんだよ? この僕に。思い知らせてあげなきゃいけないじゃないか。どっちが上かってことをさ!」


 王子はすごく楽しそうに、真っ黒い笑みを浮かべている。君影隊員の全員が、そっと王子を視界から外した。俺たちが忠誠を誓っている王子があんな狂った笑顔を浮かべるはずがない。全員がそれを願い、現実から目を背けている。王子を真っ向から見ているのは、呆気にとられた白衣の男だけだ。


「さて、ここで質問だ。何か良い作戦を思いついた人は、いる?」


 たっぷりと時間をかけて、王子は周囲を見回した。誰も何も言わない。スヴェンとて、先ほどから必死に脳みそを絞っているのだが、この戦力差を埋める策は浮かばない。唯一思いついたのは、『作戦なんか立てずに、各々の最大火力で野菜をぶっ壊す』ということだが、個々人の破壊力に頼った力押しは、作戦とは呼べない。


「と、ゆーわけで!!」


 王子が手を叩いて立ち上がった。視線が再び王子に集まる。


「天才軍師の僕が作戦を考えました! 必要な駒も全部揃ったし、お前たちは何も考えず、僕に従っていればいい」


 地図の上で途方に暮れていたナイトを、王子がひょいと拾いあげた。軽くキスをして、その駒を研究所の真上に打ち立てる。その衝撃で、ミニチュアの野菜が転がった。


「そうすれば、僕が必ず君たちを勝利に導いてあげよう。

 ……さあ、始めようじゃないか。勝ちの決まったゲームをね」


 自信満々に王子は言い放つ。それを見て、白衣の男だけが「おお!」と目を輝かせた。残りの部下達は……全員が全員、嫌な予感に表情を曇らせるのだった。


君影隊について②


護衛隊なので基本的に近接戦闘が重視されますが、スヴェンの意向と王子の協力により、第三分隊は隠密行動に、第四分隊は弓兵に特化しています。よそにバレたら結構やばいです。

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