負けられない戦い
空間を裂くような、鋭利な音が響き渡る。戦場に響くそれは聞き慣れた銅鑼の音ではなく、熱を持たない機械音であった。それは断続的に鳴り続け、スヴェンがいる場所を示して赤い光を明滅させている。
「ちっ」
舌打ちして物陰から飛び出した。居場所が割れているのに一ところに留まっていては、そう遠くないうちに包囲されるだろう。
「隊長!」
後方から、珍しく切羽詰まった部下が声をかけてくる。振り向かずにそれに応じた。
「なんだ!」
「一度撤退しましょう。この城壁、思った以上に堅牢です」
「……致し方あるまい」
苦々しく吐き捨てる。もともと今回は偵察のつもりだったが、まさか城門に近付くことすら出来ずに発見されてしまうとは。
逃走の最中、スヴェンは急に足を止めた。後ろから来た部下が背にぶつかる。そのスヴェンの鼻先を、矢が掠めた。
矢が来た方向、そちらには必ず射手がいるはずだ。だが射手はすでに、無駄に分厚い城壁の向こうに隠れている。わずかに開いた隙間からでは、敵からの攻撃は可能だが、こちらから攻撃を仕掛けることはできない。
「くそっ! 急ぐぞ!」
スヴェンとクリスは二人、踵の音を響かせて駆けた。もう何本か追撃の矢が放たれていたが、もともと当てるつもりなどないのだろう。牽制目的の矢の狙いはてんで適当で、避けるまでもなく外れていた。
攻撃の射程範囲外に出て、ようやくスヴェンは立ち止まる。額に浮かんだ汗をぬぐった。振り返ると、その視線の先では、スヴェンらをあざ笑うように追い払った建造物が仁王立ちしている。
それはまさしく、城と呼んで差し支えない存在感だった。
本来あれは研究施設だったはずなのだが、城に思えないのはせいぜい、三階建てという建物の低さだけだ。ここからでは、城門に邪魔されて肝心の研究施設までは目が届かない。最近の施設は城門や城壁、物見まで完備するよう法で定められているのだろうか。
息を整えたクリスが、首筋を流れる汗を手の甲でぬぐいながら、苦々しげに零した。
「まさか、こんなに苦労することになるなんて……」
「まったくだ。末代までの恥だな」
冗談じみた声色で呟いたが、本当に冗談ではなかった。
「笑えないですよ。……王子の護衛隊が、人参や大根に負けたなんて」
「まだ負けてない。次は突破する。さあ、戻るぞ」
「そうですね。相手が人参とあっては……さすがに俺も負けられません」
味方の軍は、王子直属護衛隊、通称君影隊。相対するは、人参や大根、白菜に茄子……。そう、ベジタブル連合軍だ。
*
研究施設から拠点へ戻ると、王子と参謀が地図を開いて軍議を開いていた。扉が開いた音で、全員がスヴェンらを振り向く。
あちこちから声がかけられる。ここにいるのはほとんどが君影隊隊員。つまりスヴェンの部下だ。「ああ、ただいま」と適当に応えながら、スヴェンは正面の王子の所へ向かった。
机上の地図は、研究施設とその周囲のものだった。冗談にしては不謹慎だが、おもちゃの人参やらキャベツやらが、敵兵の駒の代わりに置かれている。味方はチェスのナイトの駒だ。
それを見る限り、どうやらまだ良案は浮かんでいないらしい。
「やあ、おかえりスヴェン。偵察はどうだった?」
緊迫した雰囲気など一切見せずに、王子がスヴェンを労う。今日の王子はラフな服の上に白衣を着込み、黒縁眼鏡をかけている。けれど王子は視力がいいから、これは伊達だ。長い金の髪は背中に流すように編み込んである。今流行の崩しなんぞを入れているせいで、顔や首に後れ毛がかかっていて、むしろ邪魔そうだった。
スヴェンは机上の地図も全てひっくり返して、何もなかったことにしたい気分に襲われながら、辛うじてその思いを撃退していた。感情を殺すことに全力を注いだ全身からは力が抜け落ち、がっくりと肩を落とす。
「どうもこうもありませんよ……。なんなんですか、あれは」
「事前に話したじゃないか。野菜だよ」
野菜。食用の草本植物の総称。無機塩類やビタミン、食物繊維が豊富。
遠目にならば、スヴェンも確かにその姿を確認している。それでも未だに信じられない。
「……私の知っている野菜は、築城したり剣を振るったり矢を射たり……というか、動いたりしないのですが」
「まあ、そりゃあ、普通の野菜が相手だったら、わざわざスヴェンを呼んだりしないよ。僕は好き嫌いしない方だし。
あと築城はしていない。あれは僕が作ったからね」
王子はひらひら手を振りながら、反対の手でスムージーを飲んでいる。緑色だから、たぶん野菜が使われているのだろう。あの野菜たちも、こんな風に簡単に処理できたらよかったのに。
右手の親指と中指で、ぐりぐりとこめかみを刺激した。心地よい痛みが広がり、頭痛が緩和される。
王子の異常性には、慣れっこになったと思っていた。世間からは未だ、赴任したばかりという扱いだが、もう隊長に就任してから、それなりに経つのだ。だが今回のこれは、さすがのスヴェンでもちょっと脳がついていかない。
こんな事態を引き起こしておきながら動揺していないという時点で、良きにしろ悪しきにしろ、王子はやはり天才なのだろう。凡人のスヴェンとは違う。
スヴェンの閉じた瞼の裏側に、今回の事件の始まりを告げた一枚の置き手紙が浮かぶ。あれは、スヴェンとクリスが王子のわがままに振り回され、疲れる心を引きずりながら、ようやく王都に帰還した時のことだ。
大変お待たせいたしました。
ベジタブル攻城戦です!
これから毎日更新しますので、応援よろしくお願いします!




