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どこで区切るのが読みやすいのかわからなくなってきた。

 母ドラゴンが口腔内を見せつけるように、大きく口を開いて、吠えた。彼女は小ドラゴンの母。きっと人間の言葉を理解している。


「俺はスヴェン。軍人だ。人間がお前の子を攫った事については、謝る。すまなかった。二度とこんな事が起こらないよう尽力する。約束しよう。

 だが俺にも立場がある。お前が人間を害するならば、俺はそれを放ってはおけない」


 母ドラゴンの咆哮。スヴェンにその意味は分からない。


「一つ頼みがある。そのまま火山へ帰ってくれないか。俺はそこのちびドラゴンに借りがあるんでな。泣かせたくないんだ」


 再びの咆哮。戯言を。彼女がそう叫んだような気がした。そして母ドラゴンは、強くしなる尾を、スヴェンに向けて叩きつけてきた。


 前方へ転がるようにして、それを避ける。一瞬目眩がひどくなって、回転した事を後悔した。

 立ち上がったスヴェンに、再び尾が振り下ろされる。剣を斜めに掲げ、それを防いだ。ドラゴンの尾は滑り落ちるようにして、スヴェンのすぐ左の地面をえぐった。


 間髪入れずに、ドラゴンが炎の息を吹こうと、火炎袋を膨らませているのが見えた。

 スヴェンはそのタイムラグを見逃さず、一瞬で距離を詰めると、喉の火炎袋を浅く切り裂いた。火炎袋は膨張するため、硬い鱗に覆われていない。


 手応えを感じると同時に、スヴェンは飛び退きドラゴンの爪が届かない距離にまで後退した。尾だけなら剣で防げる。

 その油断が良くなかった。


 裂けた火炎袋から血だか何だか分からない液体を撒き散らしながらも、彼女は怯むことなく跳躍した。スヴェンの目算をはるかに超える距離を詰め、彼女は赤黒い爪をスヴェン向かって振り下ろす。

 とっさに剣の腹でガードしたが、その攻撃は重く、全身の骨が悲鳴をあげた。どこかしらにヒビが入っていても不思議はない。彼女は潰れない雑魚に苛立った様子で、今度は尾をしならせ、スヴェンを横薙ぎに殴り飛ばす。防ぐための剣は、彼女の爪を相手取るので手一杯だ。


 スヴェンは派手な音を立てて、大げさに吹っ飛んだ。しかし尾の動きに合わせ、自ら跳躍したスヴェンは、見た目ほどのダメージを負った訳ではなかった。わずかに軋む肋骨が痛む。二、三本いったな。そう思ったが、内臓に刺さってはいなさそうだったので、気にするのをやめた。不幸中の幸いだろう。


 地面に叩きつけられたスヴェンは、綺麗に受身を取って、すぐに飛び起きる。悲鳴を上げる体が動くことを拒むが、素直にそれに従ってしまえば、命はないだろう。

 彼女はスヴェンに向かって炎を吐こうとしていた。しかしどれだけ空気を吸い込んでも、火炎袋が膨らまない。空気を吸い込むそばから流れ出るのだ。膨らまなければ、吐き出せない。


 彼女が戸惑っている隙に、ドラゴンの右腕の五指のうち最も遠くまで届く、厄介な中指に刃を立てた。竜族の痛覚について詳細は知らないが、人間に置き換えれば、指先の痛みは厄介だ。切り落とすことこそ叶わなかったが、攻撃手段として選ぶのをためらうくらいには、傷を付けられたと思う。


(それに、切り落としたら再生はできないしな)


 今の傷なら、まだ時間をかければ回復できるはずだ。

 彼女の喉から轟音が響く。しかしそれは先ほどまでのものよりも、悲哀の色が濃い。スヴェンは踵を返すと、森の中に逃げ込んだ。木々の密集した森は、火炎袋を失った彼女には、非常に厄介な狩場だろう。


(できれば……このまま帰ってくれ)


 満身創痍だった。自分の体の、痛くない場所を探す方が難しい。それに、これ以上戦うなら、スヴェンもそれ相応に、彼女に怪我をさせる覚悟をしなくてはならない。二度と治らない怪我を。あるいは、殺す覚悟を。でなければ、死ぬのはこちらの方だ。


 自分のことを善人だと思ったことはない。何しろスヴェンは軍人だ。人から恨みを買って飯を食っているとも言える。けれど、好き好んで誰かを傷付けたいと思うような、狂人でもない。スヴェンは平和と煙草をこよなく愛する男なのだ。


 つかず離れずの距離を保ち、ドラゴンを観察する。目からは殺意が消えていない。小さく舌打ちする。あの目は、だめだ。このまま彼女がここを飛び去ったとしても、腹いせに近隣の町を襲いかねない。


 胸の内で子ドラゴンに謝罪しながら、王子の犬小屋に思いを馳せる。あれはドラゴンを入れられるくらい、大きかっただろうか。


 わざと草を踏み鳴らし、木々の間に隠れていたスヴェンは姿を晒した。

 血走った目がこちらに向く。小ドラゴンの鳴き声が、さらに大きくなって聞こえてくる。


 剣を構えた。彼女もこちらに意識を向けた。根拠があるわけではなかったが、あと一撃だと、確信していた。それで決まる。


 いつ打ち付けたのか覚えていないが、おそらく右腕の骨は折れている。剣に右手を添えてはいるが、もう握ることさえ困難だった。実質スヴェンは左腕一本で剣を支えている。だがそれは構わない。切れ味を増すためのスナップを効かせるのに、右腕の力は不要だった。


 彼女が吠える。スヴェンも、さながら獣のように咆哮をあげる。

 身体中の筋肉が膨れ上がった。今だ。そう感じた。そのとき。


「やっほースヴェン。まだ生きてる?」


 気の抜ける声が響いた。最高潮に達したはずの緊張が霧散するのを肌で感じた。

 スヴェンの全身が、影に包まれた。怪訝に思い上を見ると、巨大な影がスヴェンと太陽の間に割って入っていた。いつか見た蛾の化け物の背に、王子が乗っている。


「王子! 笛は!?」


 問うと、王子はふっふっふ、と含み笑いをこぼして、もったいつけてから首にぶら下げた竜笛を掲げる。それは楕円形の楽器で、大小さまざまな穴が空いている。どの穴を塞ぐかで、音の高さが変わる。

 確かにそれは竜笛だった。だが、スヴェンの顔に安堵の色は見えない。竜笛だけあっても意味がないのだ。


「奏者は!? どこに待機させているんですか!」

「待機なんかさせてないけど」

「ああ!?」


 脳の血管がどこかしら切れたと思う。笛だけ持ってきてどうする! あの馬鹿王子ふざけんな! 死ね! 罵詈雑言で脳内が埋め尽くされた。

 スヴェンの心中を知ってか知らずか、王子は胸を張ってスヴェンを見下す。


「だって、奏者ならここにいるからさ」


 スヴェンの目が見開かれる。そんな馬鹿な、と叫びたかった。でも、王子ならもしかしたら。そう思っている自分も確かにいた。

 竜笛の奏者は、ただの音楽家ではない。一種の才能が必要だった。うまく吹くことではなく、竜と心を通わせる才能が。竜笛の奏者の能力は、単に楽器が吹けるとか、そういう次元を超えている。


「よく見ておきたまえ。ボスの優れた才能をね」

 あまり一話を長くしてしまうのも嫌なのですが、変なところで切れるのももやもやします。

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