今回ちょっと短めです。
スヴェンはある程度走ると、舗装されていない道へと進む方向を変えた。伝わってくる振動が変わったのか、子ドラゴンが驚いて火花を散らせた。
最近雨が降っていないせいで乾燥した道路は、スヴェンの足元で土煙を立てた。それがスヴェンの顔のあたりまで巻き上がって来るよりも早く、スヴェンは走る。
今スヴェンが走っている道は、すぐ先が森林になっている。地元の者でも、奥まで入ることはまずない。その森の入り口で、スヴェンは子ドラゴンを高く掲げた。長距離を走ったせいで乱れた息を整えて、小さな声で話しかけた。
「お前の母親を呼んでやれ。探してるだろうから」
スヴェンのその言葉を聞いて、心なしか、子ドラゴンの大きく丸い瞳が、涙で滲んだ気がした。突然母が恋しくなったのだろうか。それとも、母が側にいないことを、今更思い出したのかもしれない。人間の子供だって、迷子になった事実に気付くまで、かなり時間がかかったりするのだから。
子ドラゴンはさっき火を吹いた時と同じように、大きく息を吸った。そして今度は炎を伴わずに、吸った息を全て吐ききった。スヴェンの耳には何も届かなかったが、「よし」と小さく呟く。
フラムドラゴンは、仲間内で話す時には、超音波を使う。人間の耳には届くことのない高周波の音。子ドラゴンの位置は、今の音波で母ドラゴンに伝わったはずだ。
あとは、視界の悪い森の中を、どうにかして逃げ回るだけだ。ドラゴンの視力は、人間よりやや良い程度。空からスヴェンや、ことさら小さな子ドラゴンを見つけられるとは思えない。
スヴェンは森に入り、先ほどよりは幾らか湿り気のある土を手にとって、己の顔や腕などの、露出した部分に塗りたくった。森を形成する色に比べると、人間の肌は異様なほど白い。万が一にも見つからないよう、念には念を入れよう。
本当は泥とか、もう少し湿り気があるほうが塗りやすいのだが、気候に文句を言っても何も始まらない。
子ドラゴンがスヴェンの腕から身を乗り出し、ブランケットを脱ぎ捨てて地面に落ちた。やはりまだ飛べないようだ。怪我をしてはいないか、一瞬心配したのだが、ドラゴンは落ちたことなど気にもせずに、地面をクルリと一回転してから、ぽてっと転んだ。
一体どうしたのかと思いきや、子ドラゴンはスヴェンの真似をして、土を顔に塗った。正直、ドラゴンの顔は白くないので、塗る必要もないかと思うのだが、本人(?)が楽しそうなので、放っておくことにした。
「なあ」
土遊びに夢中のドラゴンに、スヴェンは真剣な様子で話しかけた。
両手いっぱいに土を持ったまま、子ドラゴンはスヴェンを見る。
「これから、お前のところに母親が迎えに来る」
「がう!」
「だが、いいか。これから先、母親を呼んではいけない」
「う?」
「なぜなら、ここは深い森の中で、音は木々の間を縫って反響する。お前が声をかけるたび、母親はお前の居場所がわからなくなるだろう」
「ぎゃうっ!?」
それは真っ赤な嘘だった。ドラゴンの聴覚は人間の数百倍は優秀で、この程度の木に邪魔されるようなヤワな造りはしていない。だが所詮は赤ん坊。それに気づくほど賢くはない。ならば森を出ればいいのに、という案さえ思いつかない子供なのだ。
幾らかの罪悪感に苛まれながら、言葉を続ける。
「俺がどうにかして、お前を母親に会わせてやる。だからそれまで、おとなしくしているんだ。いいな」
「ぎゃう!」
子ドラゴンは上半人をフルに使って、首を……というか、上体を縦に振った。街のどこかで、首を縦にふる行為が肯定を意味することを知ったのだろう。
「いい子だ」
頭を撫でてやると、子ドラゴンはくすぐったそうに身をよじった。柔らかな産毛が気持ちよかった。




