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正義のためには小さな犠牲はつきものである

 現実逃避、というか現実に理解が追いつかず、論理的な思考にたどり着かないスヴェンを正気に戻したのは、すぐそばから聞こえてきた親子の会話だった。




 ねーお母さん、見て。おっきな鳥さん。

 あらー、本当ねえ。なんの鳥さんかしらねえ。

 わかった、きっとドラゴンさんだよ。

 まあ。ドラゴンさんは、こんな人里には降りてこないわよ。

 えー。ドラゴンさん見たかったー。

 いい子にしてれば、いつかきっと見れるわよー。





 良かったな少年。それは本物のドラゴンさんだぞ。


「ちっとも良くねえええぇぇぇぇぇっ!」


 もう子供にすら視認できるくらいまで、ドラゴンが近づいてきている。


(王子が竜笛を持って戻ってくるまで、どのくらいだ!?)


 竜笛とは、竜の鳴き声を模すことができる笛で、奏者の腕次第ではあるのだが、ドラゴンを落ち着かせたり、逆に興奮させたりといったことができるらしい。スヴェンにその技術はないが、あの言いようからして、王子には優秀な奏者に心当たりがあるのだろう。本当に腕の良い奏者であれば、ドラゴンを望む場所へ誘導することさえできるとか。


 それを思えば、竜笛を使うという王子の判断は、悪くない。しかしその方法には、時間という大きな問題点があった。竜笛は貴重なものなので、城に向かう道中で手に入れることは極めて困難だし、仮に竜笛があっても、奏者がいなくては意味がない。


 乗合馬車でまっすぐ王城へ向かえば、竜笛を持った王子は、数刻もせずに戻ってこられるはずだ。だが、それは逆に、数刻は戻ってこられないということを意味する。

 フラムドラゴンがこの街にたどり着くのは、あと十分少々といったところか。


(どうすんだこの状況!)


 とにかく、フラムドラゴンを都市の外に誘導しなくてはならない。このままフラムドラゴンがここに降り立てば、一体どれほどの被害が出るのか、想像もつかない。


 スヴェンは懐から紙幣を多めに取り出して、くしゃくしゃに握りつぶして机の上に叩きつけた。

 目立つ子ドラゴンを再びブランケットに包み込む。不満げな鳴き声が聞こえたが、無視だ。でっけえブランケットを抱え込み、街の外へ向かって走りだす。アラサー男の異様な風体に町の人々が振り返るが、気にしている余裕などない。とにかく、一刻も早く街から離れなくては。


「おいっ、こら。動くな」


 腕の中で子ドラゴンがもぞもぞ動く。子ドラゴンはぶんぶんと首を振って、顔だけをブランケットの外に出すと、「ぷはっ」と満足げに息を吐く。苦しかったらしい。


 子ドラゴンは一見して、とても愛らしい顔をしている。生まれたばかりのドラゴンは、顔にまだ産毛が生えていて、ぬいぐるみのような印象を与えた。ぬいぐるみを大事そうに抱えた二十八のおっさんの姿を想像し、少し寒気がした。


 幸か不幸か、スヴェンは王都の端にほど近いカフェにいた。それほど走らぬうちに町の外壁が見えてきた。そこには検問所が設けられている。


(さて、どうするかな)


 走る速度を落とさずに、考える。

 普段であれば、適当に兵に挨拶だけして通る。だが、今は? 


 ドラゴンの子供なぞ、どう考えても検問で引っかかる。衛兵に事情を説明している間に母ドラゴンが追いついてしまったら、この街は終わりだ。衛兵が柔軟な奴なら間に合うだろうが、下手なマニュアル人間だった場合、最悪の状況になってしまう。

 となれば、非合法な手段をとるしかないわけだが、城壁を登るのは、制限時間を考えるとやめたほうがいい。ましてや今は昼。目立って仕方ないだろう。とはいえ、衛兵を殺してしまうわけにもいかない。


「……仕方ないな」


 スヴェンは懐から煙草の箱を取り出した。それをフラムドラゴンの顔の前に持ってくる。


「燃やせるか?」

「ぎゃーす」


 小声で聞いてみると、子ドラゴンは任せておけというように、一声鳴いた。そして息を吸い込むと、口内にある火炎袋に空気を溜めて、ぷくっと頬を膨らます。


 ドラゴンは頭が良く、人間の言葉を介すると噂に聞いていたが、まさか本当だったとは。しかもこのドラゴンはまだ子供。ドラゴンの知恵は、あるいは人間よりも優れているのかもしれない。


 もし子ドラゴンが首を傾げるようなら、スヴェンは自分のジッポで煙草を燃やすつもりだった。それをその辺りに生えた、低い街路樹の中にでも放り込む。すると煙草の煙を見た衛兵が、火事と勘違いして飛んでくる……そんなシナリオを用意したのだ。実に単純であるが、効果的だろう。


(炎を吐くドラゴンを見たいというのは、興味本位だったが……)


 ちょっと楽しみである。


 子ドラゴンが大きく膨らんだ頬をすぼめて、息と同時に炎を吹き出した。

 そしてそれは……スヴェンの頭ほどの大きさの火球を作り出す。


「えっ?」


 スヴェンが小さく呟いた時には、燃やして煙を出させるつもりだった煙草は、もはや炭とでも呼ぶべき黒い塊になっていた。ぴゅうっと風が吹いて、その炭さえも原型をとどめず崩れ落ちる。

 そしてそれだけの勢いを持った炎が、煙草を燃やしただけで消えるはずもなく。


 ぎぎっと機械じみた動きで、スヴェンは炎の先へと視線を巡らせる。浮かべた笑顔が引きつっているのが自分でもわかる。

 控えめに言っても、火事だ。街路樹がぱちぱちと音を立てて燃えている。大きな桜の木が割れて、半分が道路に、もう半分が歩道に倒れた。通行人が悲鳴をあげて逃げていく。


 うわあ。どうしようこれ。


 幸いにもここは王都。このあたりの民家はほとんどが石造りで、炎で燃えることはない。ああよかった。大丈夫。人死には出ない。グッジョブ俺。動揺しまくる心に、ゆっくりとそう洗脳をかけた。


 想定よりもずっと大きな悲鳴と喧騒の最中、「やれやれ、ひと仕事終えたぜ」みたいな顔した子ドラゴンを、一瞬引きつった目で睨む。が、すぐに肩を落とした。どう考えても、今のはスヴェンの落ち度だ。

 兎にも角にも、狙い通り検問所は空いている。行くしかない。


(すまん、名も知らぬ衛兵。だが母ドラゴンが襲来したら、この程度の被害では済まないんだ)


 消火活動に勤しむ兵を横目で眺めながら、スヴェンは心中で独りごちた。戦時中であったなら、どれほどの災害が起ころうと、検問所を空けるなどあり得ないが、今は平和な時代が続いて久しい。検問所の兵に、そこまでの危機感を覚えろという方が無理がある。彼には何の罪もない。

 スヴェンが誰にも見咎められなければ、この不運な兵士が、責任を負わされることもあるまい。


 幸いにも、スヴェンの動きに注目する者はいなかった。何しろ誰もが炎から逃げようと、スヴェンと同じ方向へ我先にと逃げ惑っているのだ。スヴェンは彼らよりもほんの少し、まっすぐに進むだけだ。


 思ったよりもずっと簡単に、スヴェンは王都の外に出た。そのまましばらく、舗装された石畳の上を走る。作りのしっかりしたブーツの踵が打ち鳴らされ、断続的に音が響き渡る。その音に合わせて、ぎゃうっ。ぎゃうっ。と子ドラゴンが歌っていた。


 この物語に出てくるドラゴンは、大まかに二種類います。

 一つ目は純ドラゴン種。前足があるやつです。トカゲに羽が生えたみたいな。

 二つ目はワイバーン種。前足が翼になっているやつです。某ひと狩り行くゲームの、ドラゴン夫妻がこのタイプですね。

 個人的にはワイバーン種の方がリアリティがあるのかなと思っていますが、今回のフラムドラゴンは純ドラゴン種です。ゲームやラノベでは、純ドラゴン種の方が強い設定の事が多いので、わかりやすいようにそれに乗っかりました。


 ちなみにこの世界で、ドラゴンは最強クラスです。スヴェン死んだな。

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