アリスとアリス
ここは退屈で美しい世界
「不思議の国」
…の、とある扉の先。
お茶会が絶え間なく開かれている狂ったところ。
アリスは、その長机の誕生日席に座り、足をパタパタと落ち着きなくばたつかせていた。
「今日は、いやにそわそわしているようだが…どうしたんだいアリス?」
アリスの反対側に座るいかにもペテン師の様な男。
帽子屋が、ニヤリと胡散臭い笑みを浮かべ、問う。
「私ね、今日、15になるのよ」
アリスは、目を輝かせる…が、帽子屋はつまらなそうだ。
「へぇ」
「「へぇ」じゃないわよ、祝いなさいよ!私の一年に一度しか来ない特別な日よ?」
アリスは、目の前にあった一切れのショートケーキを帽子屋の顔面めがけて投げつける。
「僕はあまりそういう事に興味はないんだよ」
アリスの投げたケーキを帽子で受け止めると、それを一輪のバラに変えてみせた。
「ほら」
それをアリスに投げる。
「…なによ?プレゼントのつもり?」
「いらないなら返してくれていいよ?」
「い…いらないなんて言ってない。けど…貴方、いつも「お誕生日じゃない日」を祝ってくれるから…」
アリスは少し拗ねたように頰を膨らませ、俯いた。
「君の「お誕生日」を祝って欲しいなら、僕なんかじゃなく、他にもいるはずさ。特に、君が15になったならね」
「どういうこと?」
「…そのうち嫌でも知る事になるさ」
少し、寂しそうに帽子屋は笑った。
…
「おや、アリス。綺麗な赤いバラだね」
フラフラと森を歩いていると木の上から、声をかけられた。
「帽子屋にもらったの。誕生日プレゼントなのよ」
木の上の紫の猫、チャシャ猫と呼ばれるその猫は、ニヤリと白くギザギザの歯を見せて笑っている。
「誕生日か…いくつになったんだ?」
「15よ」
それを聴くと、チャシャ猫はその三日月の口を余計にニヤリとさせて。楽しそうに「それは、めでたい」と呟いた。
「おめでとうアリス」
「貴方は祝ってくれるのね」
「あぁ、俺は別にどうでもいいからね」
「?」
「じきに分かるさ」
聞き返そうとチャシャ猫を見ると、居なくなってしまっていた。
「どういうこと?」
…
賑わう城下町。
ここは、赤の女王の治める国。
赤の女王が大好きな赤いバラがあちらこちらに咲き誇り、飾られ、愛される国。
特にこの城下町は美しく、栄え、いつも活気に溢れている。
今日はいつにも増して賑やかだった。
街行く人達がアリスに「おめでとう」と声をかけてくる。
(なんでみんな、私の誕生日を知ってるのかしら…)
「やぁアリス!誕生日おめでとう!」
後ろから大きな懐中時計を持った白兎に声をかけられた。
「ねぇ、どうしてみんな私の誕生日を知っているの?」
「なんでって、そりゃあ簡単な話さ、今日は赤の女王の誕生日でもあるからさ」
「赤の女王も?」
「そう、あ、いけない!まだ用事が残っているんだったよ!じゃあね、アリス!」
「あ、ちょっと!」
引き止める間も無く白兎は人の波に消えていってしまった。
…
赤い国の真ん中にある、真っ赤なお城。
門番のトランプ兵は、アリスを見ると、無言のまま、城内へ通してくれた。
赤の女王はこの城の一番上にいる…と思っていたら、意外なことに入り口のすぐ横のバラ園の中にいた。
「…」
赤の女王はバラ園の一番奥にぼんやりと立っていた。
何かを見つめている。
「女王?」
アリスが声をかけるとビクリと体を跳ねさせ、アリスの方を振り向いた。
「あ…アリス…」
赤いドレスの隙間から、女王が見つめていたもの、白いバラが見えた。
「…それは…白い、バラ?珍しいですね。狂ったような赤好きの女王が…」
「これは…その…アリス、貴女、今日誕生日なんでしょう?プレゼントよ」
白いバラの鉢を持ち上げると、ソッとアリスに手渡す。
「ありがとうございます…けど、女王も誕生日だって…」
「…えぇ、今年で30になるわ」
「へぇ、私の二倍ですねちょうど。あ、そうだ女王。帽子屋が変なこと言うんですよ」
「変なこと?」
「なんか、15の誕生日ならきっとみんな祝ってくれる…って」
「あぁ…なるほど」
女王は、少し目を伏せて笑った
「何か知ってるんですか?」
「えぇ、でもアリス、答えを知る前に一つ、私の話に付き合ってくれないかしら?」
「…それ長いですか?」
「答え…しりたくないの?」
「ぐっ…分かりました…」
好奇心旺盛なアリス。目の前にぶら下げられた餌に抗うことは出来ないようで、苦虫を噛み潰したような渋い顔をした。
その表情を見た女王は、またふふっと笑って、アリスの前に三つのバラの鉢を置いた。
左から蕾のバラの鉢、咲いたばかりの最も美しい状態であるであろうバラの鉢、枯れたバラの鉢…だ。
「ここに三つ、バラを並べたわ。アリス、貴女はどのバラが一番いいと思う?」
「え?そりゃあ、コレ」
アリスは迷わず、真ん中の咲いたばかりのバラを指した。
「この国の人達は、美しくも儚いものが好きなの。ねぇ、アリス。この国で成長し、朽ちることができるのは、このバラと、貴女…そして、私よ」
「え?」
「…貴女に渡した白いバラは特別よ。朽ちることはなく。永遠に美しく咲いているの。」
「…な、何が…言いたいんですか?」
女王は微笑むだけだ。
「女王様、アリス様。お時間です」
トランプ兵が数人入って来て、アリスの腕を引き、どこかへ連れて行く。
「ねぇ!答えを…!」
「次に会った時…全てわかるわ」
…
トランプ兵に連れられて着いたのは、赤の女王の部屋だった。
姿見の前に座らされると、トランプ兵が出て行き、入れ替わりに女の人が数人入って来た。
アリスを囲むと、服を着替えさせ、靴を履かせ、薄く化粧をさせた。
全て終わり、アリスが姿見を見ると、真っ白なドレスに、真っ白な顔の自分が映っていた。唇だけが生々しいほどに赤かった。
まるで人の鮮血のように。
ぼぅ…と鏡を見ていると、一人のトランプ兵が入って来た。
「アリス様。これから、貴女様には重要な儀式を取り行っていただきます。どうか、そのドレスを汚さないようにお願いします。」
「儀式…?」
「さぁ、女王様と、国民…その他にも様々な方が貴女様をお待ちです。行きましょう!」
アリスの戸惑いなど気にせず。トランプ兵は、歩き出した。
アリスもつられて着いて行く。
…
追いかけて、たどり着いたのは、街の広場だった。
アリスの為に人々は道を開け、その人だかりの真ん中へと通される。
アリスは混乱しつつ、真ん中へと進み、そして、目を見開いた。
真ん中にいたのは、自分の服を着た…いや、実際には少し自分のそれとはデザインが違っていたが、それにしても自分の服ににたデザインの服を着た、赤の女王であった。
そして、その女王の横にあるのは、拘束台、斧。
「…これは…」
「わかったかしら?」
アリスは、嫌でも答えを知る。帽子屋、チャシャ猫、そして、女王の話の答えを。
「皆が求めるのは、美しく咲いた、新しき女王。それは、貴女よ、アリス!」
トランプ兵が、斧をアリスの前へ差し出す。
赤の女王は、自ら、拘束台へ乗り。
固定されている。
目の前に差し出した斧は、綺麗に磨かれている。鏡面のように反射して、見えたアリスの顔は恐怖と戸惑いに満ちていた。
周りの人々は、「新しい時代を!新しい女王を!古きを捨て!新しきを求めよ!」と騒いでいる。
まさに狂気の沙汰だ。
「さぁ、アリス!その斧を手に、私を殺しなさい!次の女王は貴女よアリス!」
「いや…いやよ!!」
逃げようと後ろを見る。しかし、人々に阻まれる。
「帰して!お家に帰してよ‼︎私…私、女王なんかになりたくない!」
「諦めなさいアリス!あの日、白兎を追いかけた時…いいえ、生まれた時からこの運命は決まっていたのよ!」
「そんな…」
「貴女が、生まれた日…15年前、私も先代の「赤の女王」を殺したわ。」
「え…」
「…私も、アリスよ」
「…女王もアリスで、私も…アリス?」
ぐらりと、頭が重くなる。
周りの人々の声が、熱気が、女王のその声が…煩い…頭が…痛い…
「さぁ、殺しなさい。アリス。貴女はもう少女じゃいられない。」
「ーッ!」
トランプ兵から斧を奪い取り、カツカツと白いヒールを鳴らし、拘束台の前へ歩み寄る。
赤い女王…アリスを見下ろした。
人々の熱気は最高潮だ。
白い少女は、アリスの喉に向けて、振り上げた斧を、振り下ろした。
「…ありがとう…」
ぐちゃりと音がして、ごとりと頭が地面に落ちて、ドレスが真っ赤に染まって。
人々は歓声を上げた。
(まるで、自分を殺したみたいだわ…)
首がない死体を見下ろし。
ぼぉ…とする。
「お疲れ様です。赤の女王様」
「…」
「さ、そのドレス。綺麗な赤に染めましょうか」
「…ねぇ…」
「はい?それとも、一度お休みになりますか?」
「赤色…綺麗ね。」
「…はい!」
…
……
「ここは、狂気と不思議な美しく退屈な世界。
その中の一つ。
赤の国。
そこには、若く、美しく赤色が好きな女王と、そんな女王と、バラが好きな人々がくらしています。
…おしまい」
帽子屋は絵本をパタリと閉じる。
目の前の少女は、少しげんなりとした顔をしていた。
「…嘘つき…」
そう言って、ほおを膨らませる。
「お気に召さなかったかい?アリス?」
「貴方、面白い話をしてくれるって言ったのに…怖かったじゃない!嘘つきー!!」
「うーん…難しいなぁ…」
帽子屋は困ったように笑いながら頭をカリカリとかく。
「いいわ、私、チャシャ猫と遊んでくるもん!」
アリスが扉からどこかへ出て行く。
ちょうど森につながっていたらしく、「チャシャ猫ー!遊びましょー?」と叫んでいる声が聞こえた。
…あの子で何人目のアリスなのか、
もはやそれは誰も分からない。
誰も、興味はないのだから。
「全く、狂ってる」
自分すらも嘲笑うように、帽子屋は笑った。