恋愛のすすめ
メイド争奪戦はまだまだ続いている。 どの子も可愛いのに、何故そんなに拘るんだろうか?
とりあえず、今回召喚された勇者の人数を数えてみると、男子19人 女子11人だった。
前回の勇者召喚では、100人だったという事だが……。 何故30人しか、召喚しなかったんだ?
「柳生君は参加しないのかい?」
声をかけられて、振り返ると御子神だった。
「ああ! どの子でも構わないさ……御子神はお目当ての子を、獲得できたのか?」
「うん、本命の子はダメだったけどね。 第2候補の子がついてくれる事になったよ」
「なんで、そんなにこだわるんだ? どの子も可愛いじゃないか」
そう言うと御子神は、意外そうな顔をする。
「タイプが違うだろう? 胸が大きい方がいいとか、美人系、かわいい系……君には好みが、ないのかい?」
好みか……まああると言えば、あるけど。
「俺は好きになった子が、好みだからな。 別に容姿にはこだわらない。 いや! そりゃ容姿は、優れてるに越したことはないけど侍従だろ? 恋愛対象ってわけじゃないし」
俺がそう言うと、御子神はあきれ顔で
「君は……本気なのか? 日本には、もう帰れないんだぞ? 今目の前に、恋愛対象になりそうな可愛い子がいるんだ! さっさと確保しないと、他の男のものになってしまうって思わないのか? 他のやつのメイドには、手を出せなくなる! だから自分の好みの子を、自分付きにしておかないと!」
あ……熱いな。 しかしこいつ程のイケメンでも、恋愛で焦る事もあるんだな。 御子神だったら、よりどりみどりじゃないのか? だいたい、鷹村だって……ちらりと鷹村の方を見ると、こちらの様子を伺っていた様で目が合う。 慌てて目を逸らしてるが、バレバレだよ。
「それで御子神は、どんな子がタイプなんだ? ……胸が大きい子とかは?」
鷹村は、学校一の巨乳だ。 さりげなく鷹村の事を、どう思ってるのか聞き出してやろう。
「うーん……。 僕はすらっとしてる子が、好きなんだよね。 華奢で抱きしめたら、折れそうな感じだよ。 野中さんみたいな」
野中?! 野中の名前が、出るとは思わなかった。 御子神は野中が、好きだったのか? 御子神は俺の顔を、まじまじと見ている。
「最近野中さんと……仲が良かったよね? 柳生くん」
「ああ、だがそれは……」
「うん、わかってるよ。 君が野中さんを助けたから……だろ?」
助けた……いや俺は……。
「俺は、無様にボコられただけだ。 大怪我までして、空手もできなくなって……」
「でも野中さんは助かったんだよ。 野中さんが、傷つく事はなかった。 僕だってその場に居たら、同じ事をしたと思う」
「ああ……」
御子神が俺の目を、まっすぐ見つめる。
「怪我は、残念だったけど……。 でも君は、立派だったさ」
なんだよこいつ。 中身までイケメンか。
「正直野中さんを、あのまま君に取られるんじゃないかと……ハラハラしていたんだ」
「別に、そういう関係じゃないさ。 単に罪悪感と同情から、優しくしてくれてただけだろ?」
「でも、それが愛に変わる事もある。 少なくとも君は……野中さんの事、好きになってたんじゃないかい?」
そうだな……たしかに俺は野中の事が、気になりはじめてたよ。
「まあ、もう会えない人の話をしてもな」
「ああ、そうだね。 だからこそ新しい恋を、探さないと!」
御子神は、そう言うと静かに笑った。 だけどな御子神、俺にはわかるんだ。 お前の笑顔も、やっぱりぎこちない。
「そうだ! 怪我といえばさ。 君普通に、動けてるよね?」
「ああ、こっちに来てから、何故か動けるんだよ」
「やっぱり勇者としての、覚醒ってやつが原因かな?」
「うん多分な。 こうなんていうか……気の流れってやつを、感じるんだ」
「本当かい!? それ僕にも、教えてくれないか?」
「ああ! だったら訓練の時にでも」
「そうだね! まずは君も、メイドさん獲得を頑張れよ!」
メイドか……。 だが俺は……。
「ほんじゃあとりあえず、適当に見繕ってくるわ! またな御子神」
「ああ! 僕はもうメイドさん獲得したから、部屋を割り振ってもらって休む事にするよ」
そう言い残して御子神は、メイドさんを連れて広間を出ていく。 鷹村のことを、どう思ってるか聞き出そうと思ったのになぁ。 まさか野中の話になるとは。 ふと目をやると、鷹村はうつむいている。……俺達の会話、聞こえてたのかな? 好きな人に、好きな人がいて……でもその人とは、もう会えなくなった。 そして、新しい恋を探す気満々。 鷹村、うつむいてる場合じゃないだろ! ……チャンスだぞ!
しかし冷静に考えたら、恋愛してる場合でもないか。 勇者として、命を落とすかもしれない。 危ない戦いに、参加しなくちゃならない。 しかも戦いに勝っても、処分されるかもしれないんだ。
この状況を、なんとかしないと……。
まずは情報だな。 ローブの男を、探さないと! 辺りを見渡したが、広間には居ない様だ。 俺は近くに居た、男子生徒に声をかけた。
「よう!俺は、2-Bの柳生だ!」
急に声をかけられて、びっくりした様だったが彼が答える。
「ああ柳生くん、1年の時同じクラスだったんだけど……2-Cの高橋だよ」
あっ? 元同級生か、失敗した。 全く印象に残ってないぞ、高橋。
「ああ! そうだったな、すまん。 俺はさ! 侍従は最後に残った子でいいって、みんなに伝えて貰えるかな?」
「柳生くん、全然参加してないと思ったら……本当にいいの?」
「ああ! 別に、こだわりないんだ! 悪いけど、頼むよ高橋!」
「うん、了解!」
高橋に頼んで、広間を出る。 案内されたのは、コロッセオと老舗旅館だけだったが……どちらかに居てくれると、いいんだけどな。 とりあえずコロッセオに向かうと、例の男が一人で立っていた。
「えっと……なんて呼べばいいんだ? そこの人!」
『ああ、侍従は決まりましたか? 君は……』
男は笑顔で、応じてくる。
「柳生拳一です」
手を差し出すと男が、一瞬ためらった後に手を握り返す。
『わたしは勇者の世話役を言いつかった、スズキサブロウ……伯爵です』
勇者の末裔って言ってたし、偉い人なんだな
「えっと、伯爵とお呼びした方がいいのかな? 貴族の言葉遣いとか、わかんねえんだよ。 失礼があったらすま……申し訳ない」
『お気になさらず! お好きにお呼びください。 言葉遣いは別に、気にしませんから』
「ではマリリンと、呼ばせていただく!」
『…………』
「…………冗談です」
『すいませんね、日本のジョークには慣れていないもので』
……正直ほんとに、すまんかった。
『それで? 何か、お話でも?』
ああ! そうだった!
「少し、気になった事があって」
『なんですか?』
「人数を確認したら、今回の勇者30人だったんですよ。 前は100人だって言ってましたよね? こんなに少なくて、魔王に勝てるんですか?」
『ああ、そうですね……』
「もしかして、何回かに分けて勇者を召喚してるのかな? って思ったんですが」
『いえ……勇者の召喚の儀式は、そんなに簡単に行えるものではないんです』
「じゃあ、追加の勇者はこない?」
『数年かけて準備をしないと、勇者の召喚はできませんから』
数年後には、また勇者を呼べるって事か?
「前も数回に分けて、100人呼んだって事ですか?」
『ああいや、この話はしてもいいのかどうか……』
「話づらい事ですか?」
スズキはしばらく考え込み、意を決したのか話し出す。
『隷属の首輪の、数が……』
くそっ!? また隷属の首輪か!
『隷属の首輪は前代の魔王が作った物なので、われわれでは作る事ができません。 現存する首輪は、77個です』
なら勇者は77人までしか、呼べないって事か?
「だったらもっと、呼んだ方がよかったんじゃ?」
俺がそう言うと、スズキは悲しそうな顔をする。
『わたしが最初に言った事を、覚えていませんか? わたしの首にも、同じ物を着けていますと』
この男も? スズキの首に目をやると、確かに俺達と同じ物を着けている。 だが俺達を騙す為に似たような首飾りを、着けていたんじゃないのか? 何故この男にも?
『隷属の首輪は、勇者専用の呪具というわけではありませんからね。 わたしは……いやこの国の話を、するべきなのか? だがそれは』
スズキは、また考え込む。
「ああ……とにかく勇者以外にも、その隷属の首輪を使ってるから使えないって事なんですね? そしてその事については、話せない?」
スズキは、苦痛の表情を浮かべて頷いた。 首輪の効果が発動している?
「あまりこの国に不利になる事は、話せない様にされているって事ですね? ああ、頷かないでいいですよ。 頷くだけでも、大変そうだ」
『かなり、曖昧なのです。 どこまで、話せばいいのか……話せるのか』
「隷属の首輪については、勇者にとって不利な情報ですけど。 話せるんですね?」
『首輪について話しておかなければ、無理に外して死んでしまう可能性もありましたから』
このスズキっておっさん、嫌な奴だと思っていたが……実は俺達と同じ、被害者だったのか。 全面的に、信用するのは危険だが……少しだけ警戒レベルは、下げられるかな?
「だけど、首輪の数が足りないだけなら……例えば俺達が死んだり、今勇者以外に首輪をつけてる人を殺して首輪を確保する事は、出来るって事ですよね?」
『そうですね。 また数年かけて、勇者召喚の儀式を執り行うことになっています。 その間に戦死した勇者や、われわれのような・もの・を処分し・て…… ふぅ……足りなくなった勇者の、補てんをするでしょうね』
「つまり俺達は……次の儀式まで魔王軍を食い止め、少しでも魔王軍の戦力を減らす為の……つなぎってわけだ?」
『いえ、あなたたちの素質次第では、魔王を倒す事も可能だと思っていますよ。 追加の儀式は、あくまでも保険です』
本当にそうなのか? とにかく俺がやるべきことは……。
「知りたい事は、大体わかりました! ありがとうございます、伯爵」
『スズキでいいですよ。 ところで侍従は?』
「ああ! 俺は誰でもいいから、みんなに任せてます」
『女性には……あまり興味が、ないのですか?』
スズキは目を細める。 警戒されてる?
「いやぁ! どの子も可愛いし、選べなくって」
『そうですか。 富、名声、女性……どれでも好きな物を得られるのですから、頑張ってください』
「ええ! そうですね! それじゃあ俺は、戻りますよ」
『ええ、それではごきげんよう』
……少しは欲がある振りをした方が、良さそうだな。 警戒されてちゃ、ここから逃げられない!