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パラレルトリッパー 〜時空間研究所と6人の能力者たち〜  作者: 蔵樹 賢人
第一章 二人のショウ
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戻ってきた

 銀色の錨のミニチュア。そこにいる俺。マスターのシゲさん。ワインをがぶ飲みする俺。

 何だかちょっと酔って来た。飲み過ぎたかも知れないな。ボトル一本空けちまった。俺らしくもない。ここにいたメグミは別人なんだ。俺の知ってるメグミじゃないんだ。元の世界に戻れば、何事もなかったかのようにいつもの生活に戻れるんだ。

「はっ」

 店の中を見回す。銀の錨のミニチュア。デジタルのスマートウォッチ。店にはシゲさんと俺。戻って来た!

「戻って来ましたな。お帰りなさい」

 シゲさんがにこやかに声を掛けてくれた。

 やった、戻れたんだ。

「あれ、でも何か、かなり酔ってる感じなんだけど」

 頭がクラクラする。それに、何だかちょっと気持ち悪い。

「そうですな。かなり飲んでましたからな。メグミさんに別の彼氏がいるということがショックだったようで。何でこっちの世界でも俺を選ばないのか、と」

 こっちの俺は普通だからな……


「そうそう、お会計、かなりいってますよ」

 シゲさんは、─15,000─と書かれた手書きの小さな白い紙をテーブルに置いた。

「一万五千円!?俺、マティーニ一杯しか飲んでないですよね?」

 俺は反論した。でも大きな声を出すと、吐きそうだ。

「向こうのショウさんは、かなり飲んで食べましたからな。ちゃんといただきますよ」

 そんな感じだ。喉の手前まで食べ物と酒が上がって来ている。今にも溢れてそうな感じがする。

「あいつ、何で払っていかなかったんだよ。社長なんだからちゃんと払ってけよ。金持ちだろうが」

 腹が立って大声で叫びたいが、頭にも胃にも響く。小声で言う自分が情けない。

「こっちで払ったら、結局あなたのお金が減るだけです」

 そうだ。チェンジは心だけ入れ替わるのだ。お金は持っていけないんだっけ。いや、バー・アンカーは向こうの世界にもある。戻ったあいつが払えばいいのだ。

「だったら向こうであいつに払わせてくださいよ。向こうのアンカーもシゲさんのお店でしょう」

「いえ、向こうは向こう。こっちはこっち。諦めてください」

 シゲさんは、涼しい顔だ。仕方ない。言い争うより早く帰ろう……


 ──────────


「ところで、会社に行かなくてもいいんですかな?」

 そうだ。戻って来たんだ。会社に行かなくては。時計は十一時を回っていた。これはまずい。スマホを見ると、LINEに先輩の小山こやまさんからメッセージが山ほど入っていた。どうやら、部長には体調不良で前半休ということにしておいてくれたらしい。助かった。


 俺は一旦、中目黒のアパートに帰り、シャワーを浴びて会社に向かった。西新橋のバーから中目黒に帰り、汐留の会社に行くのは面倒だが、この二日酔い状態で、昨日のスーツのまま会社に行きたくなかった。

 往復の電車の中とシャワーを浴びている間、さっきのことをずっと考えていた。

 俺はチェンジャーで、パラレルワールドにいる別の自分と入れ替わることができる。これってすごいことなんじゃないか。さっきは戻らなきゃと思って帰って来てしまったけど、もう一人の俺は社長、俺だって社長をやれるってことなんじゃないか。向こうの俺には悪いが、入れ替わってもいいんじゃないか。

 いや、そうとは限らない。向こうの俺は、俺とは違う。俺が向こうで上手くやれる訳がない。やめておいた方がいい。

 

 ──────────


 会社に着くと、小山さんが「上手くやっといたぞ」という顔でウィンクした。俺は「ありがとうございます」と親指を立てて笑顔で席に着いた。

 席に着くとすぐに後ろから江上部長の声がした。

「守谷、体調はいいのか?別に休んでも良かったんだぞ。お前はやること無いんだしな」

 グサっと来た。悔しかった。でも何も言い返せなかった。俺の戦略書は昨日のレビューから何も進んで無い。午後の会議も俺の出番は無い。出ても、また追い出されるだけだ。


 暇だった。やることは何もなかった。時間だけがゆっくりと流れていく。

 どうしてこうなってしまったんだろう。もう一人の俺はどうやって社長になったんだろう。あの大学三年の時に行動していたら良かったんだろうか。

 そしたら今頃、高層ビルのフロアーに会社を置いて、社長室から街を見下ろしながら仕事をする。

 今日は大事な会議が午前にあったんだった。今から会社に行って午後に振り替えてもらおう。相手は役員とは言っても、気心知れた昔からの仲間だ。大丈夫、今からでも間に合う。


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