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パラレルトリッパー 〜時空間研究所と6人の能力者たち〜  作者: 蔵樹 賢人
第二章 時空間研究所
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違和感

「鬼塚!」


 仙道が怒った様子で所長室に入って来た。鬼塚はリキたちの部屋のモニターを見ていた。


「仙道さん、どうしたんです。血相抱えて」


 鬼塚はモニターから目を離さずに答えた。


「どうもこうもない。リキたちに着けてるブレスレット、あれは何だ。神経毒が入ってるって言うじゃないか」

「あなたに開発を依頼した時、そう言いましたよ」


 鬼塚はモニターから目を離さない。そんなことはどうでもいいと言わんばかりだった。


「聞いてないぞ。俺は注射のタイミングを外部からコントロールできる装置が欲しいと言われただけだ」

「ほら、言ったじゃないですか。注射と言ったら毒薬でしょう」

「な……」


 仙道は、鬼塚の言葉が信じられなかった。鬼塚はこんな人間では無かったはずだ。毒薬を注入するための装置を俺に開発させたのか。どういう考えをしているんだ。


 鬼塚は変わってしまった。ここに来た時は、無茶は言うが、あくまでビジネス上のことだった。そして経営センスは抜群だった。彼が取った戦略は正しかったと言えるだろう。企業を巻き込んだ事業も成功している。


 それが、全てのパラレルワールドでビジネスが成功する訳では無いと分かった時から、企業が手の平を返したように鬼塚を責めるようになった時から、鬼塚は少しおかしくなっていたように思う。


 プレッシャーで日に日に元気が無くなり、ふさぎこんでいたように見えた。それでも最近は元気を取り戻していた。いや、元気を取り戻したというよりは、吹っ切れて人が変わったと言うべきか。言動が矛盾するようになり、目つきも悪くなった。性格もクールと言うか、冷酷になっているように思う。プレッシャーがこんなにも人を変えるのかと心配していた。


 そうだとしても、いくらなんでも毒薬は無いだろう。こんなことまでするのであれば、もうついてはいけない。


「それより、これを見てください。興味深いですよ。リキがレンにトリッパーのトレーニングをしているんです。なるほど、チェンジャーとは根本的に違うようですね」


 仙道は、鬼塚の言葉に違和感を感じた。チェンジャーなんて、どこの研究所にもいないはずだ。だが、鬼塚はチェンジャーを知っている、会ったことがあるかのような言いぶりだった。あれはまだ実体を確認されていない理論上の能力だ。鬼塚はチェンジャーを分かっているのだろうか。それとも、チェンジャーに会ったことがあるのだろうか。


「トリッパーは自由でいいですねぇ。あんな風になりたいものです」

 そう言って、鬼塚はまたくっくっと笑った。


 その時、デスクの電話が鳴った。


「鬼塚だ……EMウイークリー?……まあいい、部屋に通してくれたまえ」

 鬼塚は少し機嫌が悪くなったようだった。

「仙道さん、席を外してもらえますか?来客なので」

「ああ、分かった」


 仙道は、今の鬼塚にはついていけないかも知れない、そういう無念の気持ちで部屋を出て行った。


 ────────────────────


 入れ替わりに記者の長峰ユリが入って来た。今日の長峰は、白のタイトスカートのスーツに黒のタンクトップ、ピンクのハイヒールだ。


「鬼塚さん、連絡くれないからどうしたのかと。こちらは東都新聞と話をつけましたよ」


 長峰は口を尖らせて怒った風に、その実笑顔で鬼塚の方に歩いて来た。


「長峰……さん、東都新聞……どういった話でしたかな」


 鬼塚は歯切れ悪く、様子を伺うような目でこう言った。


「いやだなぁ。パラレルワールドの実験の記事を東都新聞に掲載する件ですよ。私が東都新聞に話をつけて、鬼塚さんが新しい正しい情報を私にくれるって話ですよ」


 長峰は鬼塚の腕を掴んで、鬼塚を下から見上げて言った。鬼塚は上から白けた目で長峰を見ていた。


「ああ……そうでしたね。まだ準備できてないのですよ」


 感情の無いセリフだった。


「もう、それじゃ困りますよ。約束と違います」


 長峰は鬼塚の腕を抱き寄せて胸に押し付け、試すような顔で下から鬼塚を覗き込んだ。その瞬間、鬼塚の眉がピクっと動き、長峰を壁に押し付けて唇を奪った。


 長峰は、今何が起きているのかをしばらく理解できなかった。ウブな鬼塚に胸を押し付けたのは、自分が優位に立つためだった。鬼塚はきっと冷静さを欠いて、いつか言いなりになる。そう思っていた。なのに、今自分は劣勢だ。壁に押し付けられてキスをされている。キス?


「いや!」


 長峰はやっと状況を理解して、鬼塚から逃れた。鬼塚はさっきと変わらず白けた目で長峰を見ていた。


「君が望んでいたのは、こういうことじゃ無かったのかね」


 鬼塚は何の感情も見せずに、唇を親指で拭く仕草をした。そして後ろを向いて、くっくっと小さく笑った。

 その態度は長峰のプライドをぶち壊した。


「帰ります!」


 長峰は早足に、逃げるように部屋を出て行った。

 

 長峰は屈辱を感じていた。小さい頃から男にちやほやされて育って来た。男はみんな自分の言いなりだった。あんな強引なことをする男なんていなかった。前に抱きついた時はあんなに慌てていたのに、ウブな男だと思ったのに、まさかあんな行動ができるなんて、しかもキスした後に何の感情も見せないなんて。その後、笑った?人をバカにしたように。何てこと。悔しすぎる。ダメだ。冷静にならなきゃ。これは大事な仕事なのに、東都新聞に戻れるかも知れない大事な仕事なのに、次からどんな顔で鬼塚に会えばいいのか。


 長峰は泣きそうになりながら、時々頭を横に激しく振り、わざとヒールの音を響かせて歩き続けた。

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