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パラレルトリッパー 〜時空間研究所と6人の能力者たち〜  作者: 蔵樹 賢人
第一章 二人のショウ
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卒業試験 二人のショウ

 この一ヶ月、俺はリキさんの指導を受けて成長した。技術や理屈はすぐに理解し、リキさんの指示通りに翔べるようになるのに時間はかからなかった。でも、翔べたり翔べなかったりで安定しなかった。

 最初はリキさんの真似をすれば翔べると思ってた。でもそうじゃ無かった。自分の力で翔ぶには、自分の形を見つけなければならなかった。それに気づいてからは、どうすれば集中力が増すのか、どうすればシンクロするイメージを鮮明にできるのか、それを確立できるやり方をずっと探ってきた。

 人は技術を学ぶとき、先人の真似から入る。しかし、自分のものにするには、自分の形を確立しなければならない。人は一人として同じではない。みんながみんな同じやり方で同じ高みにいけるなんてことは無い。自分の力を出し切れる形はみなそれぞれ違うのだ。


 銀のバー・アンカーで、俺は緊張していた。今日は俺のやり方で、俺の力を出し切って、一人で翔ぶ。誰の助けも借りない。大丈夫。俺はやれる。


「よし、今日は卒業試験を行う。翔び先のパラレルワールドを自由に選び、一人で翔んで、そして戻って来る。いいな。さあ、どこへ行く?」

 リキさんがまた、軍隊のような姿勢で俺に行き先を聞いた。ずっと前から決めていた。一人で行くのはあそこだ。

「金のアンカーの世界へ」


 金のバー・アンカーへ翔ぶ。金色の錨のミニチュアを思い浮かべる。バーのカウンターにはシゲさん。イメージがリアルになっていく。心が研ぎ澄まされ、自分の存在と行き先のイメージがシンクロする。右のこめかみに右の人差し指と中指を当てて、パチっと一回まばたきをした。これが俺のルーティーンだ。翔ぶ。


 ヒュン。風が吹く。思わず目を閉じる。頭の中で、銀のバー・アンカーの景色を金のバー・アンカーの景色が押し出す。ギアが噛み合うようにカチッとイメージがはまる。


 目を開けた。バーのカウンターにはシゲさん。カウンターの端には金色の錨のミニチュア。服も時計も元のまま変わっていない。成功だ!

「来ましたな。これで無事卒業ですかな」

 シゲさんがいつものようにグラスを拭きながら、にこやかに話し掛けてくれた。

「ありがとうございます。ふう。完璧です。何のブレもありません」

 俺は今、自信に満ち溢れていた。俺はやっと自分らしいことができたような気がした。俺はトリッパーだ。自由にパラレルワールドを駆け巡るトリッパーになったのだ。

「どうしますかな。すぐにリキに報告に戻りますかな。それともお祝いしますかな?」

 シゲさんがグラスを拭く手を止めた。きっと、お祝いに何か作ってくれるに違い無い。でも、俺にはまだやりたいことが残っていた。もう一つ、卒業しなければいけないことがある。シゲさんのお祝いを飲むのはその後だ。


「もう一人の俺に会いに行ってきます」


 ────────────────────


 俺は、ユニバーサルビート社の前で待ち伏せすることにした。マンションで待とうとも思ったが、あそこはICカード認証だから入れない。最初からマンションの中に翔ぶという手もあるが、あそこのイメージは俺の中ではまだ曖昧で、トリップ初心者にはリスクが高いと思った。

 それで、さっき秘書の松岡さんに、こっちの俺の予定を聞いておいた。公衆電話からだったから、松岡さんはまた不思議がっていたが、なんとかごまかして予定を聞き出すことができた。

 今日は夜の予定もなく、十八時には会社を出る予定だ。自分の車で来てるらしいから、ビルの駐車場の出口で張っていれば見つけられるはずだ。


 十八時を過ぎた。奴の車は紺のロードスターだ。いい趣味だ。違う世界にいても、車の好みも同じらしい。ただ、社長にしては可愛らしい車かもしれないが。

 地下の駐車場からロードスターが出て来た。俺が乗ってる。俺は車の前に飛び出した。「危ないぞ」という怒りの顔つきが、すぐに驚きの表情に変わった。

「初めまして。かな?」

 そう言って、俺はロードスターの運転席の横に立った。もう一人の俺は目を大きく見開いて固まっていた。

「お前は……もう一人の俺?入れ替わるんじゃなくて、ここにいる?」

 プーとクラクションの音がした。後ろから別の車が来ていた。

「とにかく乗れ」

 もう一人の俺は焦った表情で助手席を指差した。俺は助手席に乗り込み、ロードスターは発進した。


「ロードスター、いいなぁ。憧れるよ」

 俺が呟くと、もう一人の俺がこっちを見た。少し怒っているようだ。車は虎ノ門から六本木に向かう通りを走っていた。

「お前、何しに来たんだ。何を企んでる。こっちはお前のせいで大変な目に合ったんだぞ」

 もう一人の俺も、入れ替わっていたことはちゃんと認識しているようだった。俺はもう一人の俺の方を見ず、まっすぐ窓の外を見ながら答えた。

「ああ、やっぱり。そうなんだと思ってた。だから、今日は、誤りに来た」

 俺は、最初にもう一人の俺に謝り、次に、俺の能力のこと、向こうでのこと、こっちに来てしたこと、そしてその後何を考えていたか、悩んでいたか、洗いざらい話した。そして、チェンジャーはもう止めて、これからはトリッパーとして生きていくことにしたと伝えた。すると、もう一人の俺は、ふっと笑ってこう言った。

「なるほどね。何というか、良く分かるよ。別の世界で生きてても、俺は俺なんだな。俺も同じ状況になったら同じこと考えるだろうな。気持ち悪いくらい思考が似ていやがる」

 もう一人の俺は、もう怒ってなかった。それどころか、その言葉には親しみや愛情さえ感じられた。

「それに問題は解決したよ。お前が散々引っ掻き回してくれたが、出資の件はデュラムに落ち着かせたし、海外進出は米国からだ。それから……驚くなよ。俺はメグミと婚約したんだ」


 婚約!


 もう一人の俺の顔を見た。何て晴れやかな顔をしているんだろう。

「おめでとう!そりゃ良かった。嬉しいよ」

 嘘偽りなく嬉しかった。俺がメグミと結ばれるなんて、こんなに素晴らしいことがあるだろうか。本当に良かった。俺は、メグミと過ごした数日を思い出していた。素敵な日々だった。


「ところで。お前、メグミと寝たろ」

 幸せな気分が吹っ飛んだ。

「ななな、何言ってんだ。そんな訳ないだろ」

「バレバレなんだよ。俺はメグミと一緒に住んでるんだぞ。丸分かりなんだよ」

 まずい、まずい。殺される。

「気づいた時は腹わた煮えくり返ったよ」

 まずい、まずい。

「でも、まあ、それも込みで許すよ」

 もう一人の俺は、まっすぐ遠くを見ていた。

「車の好みも一緒。女の好みも一緒。どうせメグミに甘えられて断れなかったんだろ。分かるよ。俺もそっちの世界に行った時、メグミが他の男と付き合うって聞いて気が狂いそうになったしな。メグミと寝たって言ったって、他の男に取られた訳じゃない。メグミにとっては俺は俺だからな。お前の状況より全然マシだ」


「なんだそれ」

「半分嫌味、半分同情」

「気に入らねーな」

「これくらいは言わせてくれ」


 もう一人の俺は笑っていた。俺も心のつかえが取れた。これで卒業できる。

「それはそうと。社長なんだから、ロードスターはちょっと可愛いんじゃない?もっと高い車とか買わないのか」

 自分では買えない皮肉も込めて言ってみた。俺が社長だったら……

「二台持ってるんだ。もう一台は……」

 もう一台は?

「テスラ?」

「テスラ!」

 ハモった。二人は顔を見合わせて笑った。やっぱり俺は俺だ。嬉しいような寂しいような気がした。こんなに同じ趣味嗜好なのに、こんなに同じ見た目なのに、片方は社長で何もかも成功、片方は何もかもが普通なのだ。

 普通?いや違う。俺はトリッパーだ。誰にもできないことがきっとできる。それはこれから始まるのだ。


「ショウ、俺はもうこっちの世界には来ない。元気でいろよ」

「なんだよ。たまには来いよ。ただし入れ替わりはお断りだがな」

 ははは、と二人で笑って、俺はそれには答えなかった。

 六本木の駅前で降ろしてもらい、俺はもう一人の俺と別れた。これで卒業だ。金のバー・アンカーに戻って、シゲさんにお祝いのカクテルを作ってもらおう。俺はすっきりとした気分で電車に乗り込んだ。

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