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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「の」 -野・の・NO-

作者: 牧田沙有狸

な行

「宮崎駿の作品はタイトルにみんな『の』がついているんだぜ」

と、今さらみんな知っているようなことを自分の大発見かのように得意げに言う野島君は結構ナルシストだ。自分は人が気付かないことに気づく才能を持っているらしい。

悪い人ではないが、友達以上になれないのは、そういうところだと常々思う。

基本的に自分のことが好きな人がいいけど、自分に惚れるのとは違う。

今日も野島君は、新入社員の女子に武勇伝を語る上司のごとく、居酒屋でさんざん「俺はすごいんだ。すごい奴になるんだ」と自分に酔いしれていた。

何を根拠にそこまで言えるのか冷めた視線を送っていると、なんの脈絡もなく突然、野島君は

「ねえ、俺の女にならない?」と言いだした。

「俺の女?」

あたしは不愉快そうに付加疑問文な発音で聞き返した。

「そう、俺の」

「の……」


男子からの愛の告白なのだろうが、二人の間に引かれた友達の境界線がなくなる予感が微塵もないあたしは、その言葉を冷静に分析し始めた。

女子に対する助詞の使い方はそれでいいのか…?

『俺の』の「の」はまるで野島君の所有物のように聞こえるのは気のせいか。

俺がいないと存在説明ができないような名前をつけられてるようではないか。

『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』の「の」じゃなくて

そうだな、対抗してアニメ的に言えば「バカボンのパパ」の「の」だ。

この不愉快さを表現するには主婦が問題視する「の」が一番分かりやすいか。

「私は○○さんの奥さんでも、△△ちゃんのお母さんでもない。私なの!」と叫ぶ、自分を消される魔法の「の」


「ねえ、聞いてた?」

野島君は「の」について例題を掲げるあたしに返事を求めてきた。

「え? ああ」

「聞いてなかったか。ってか、かわされちゃったのかな」

かわすもなにも、返事以前に野島君の望む受け止め方はしていない。

「脈なしか。さらりと言って反応確かめてみたんだけど」

「は?」

「気にしないで」

そう言いながら野島君は飲みかけのビールを飲み干した。

ぜんぜん気にしてないです。

その強がった野島君の言い方に、きっと斜め上からカメラ向けられてるんですか?

ってぐらいキメキメポーズで、振られた自分を演出してる姿が想像できた。

…自分と付き合えば。

と、へのへのもへじの顔、「の」の字みたいな横目でまた冷めた視線をおくった。


え。


野島君は雨に濡れた野良犬のように汚く、寂しそうに泣いていた。

予想外の絵面に今まで流れていた二人をまとっていた空気が変わっていくのを感じた。

「やだ、あの、別に、あたしNOって言ったわけじゃ」

「ほんと?」

野島君は拾われた野良犬のようにすがる目を向ける。

あれ?こいつ、こんなキャラだっけ。

真面目に受け止めない自分が凄く意地悪に思えた。

ナルシストが自分以外を、あたしを見てるんだと思ったらちょっと心揺れ動いた。

やさ男の男らしい一面、男臭いやつの繊細なところ、子供だと思っていた少年の逞しい姿を見た時みたいに、ドラマで印象的に表現される恋する瞬間に似ていた。

いわゆるギャップというやつを見せつけられたのか、あたしは少し動揺していた。

きっと、女という言葉が一般名詞として広い意味を持ちすぎるからなんだろう。

これが「彼女」だったらそんなにムカつかない。

むしろ、どちらかというと嬉しいんじゃないかと思う自分がいた。

「たださ、俺の女って表現やめてくれる。男女が付き合うっていうのはさ、

どっちかの所有物になるわけじゃなくて……」

このまま、いい雰囲気になるような気がして、あたしは自分の気持ちを正直に伝えた。

「そんなことは分かってるよ。ただ、一つの告白のセリフとしてさ」

「え?」

拾われた野良犬は自由奔放な野良猫に変わった。

「なにそれ、告白のセリフって。そのセリフを言いたかっただけなの?

そこに気持はないの?」

「気持ちとは微妙に違うけど、最終的に言ってることは同じで」

「同じじゃないよ」

「言ってる方が同じって言ってんだから同じだろ」

「受け取る方が同じじゃないって感じるんだから同じじゃないよ」

「頑固な女だな」

「その、女って言葉の使い方がムカつく、どっか見下してるんだよね」

「それはそっちが勝手に男尊女卑的な気持ちになってるからだろ」

「言い方がそうさせる」

「なんだよ、それ」

「告白ならちゃんと言葉を選んでほしいの!」

あたしは、語尾の「の」を強調した。

「……それってさ、大事なことはちゃんと言っててこと?」

「え」

「女は分かっていても言葉でちゃんと言って欲しいの~って」

「はぁ?」

「やっぱり、俺のこと好きなんだろ~」

「な、 何言っちゃってるの。あんたのこと好きなわけないでしょ」

「でも好きになってもいいかなーぐらい思っただろう」

「自惚れんじゃないわよ」

「またまた」


友達の境界線はまだ色濃く引かれているけど、野島君がちゃんと

付き合ってくれと言ってくれたら「NO」とは言わない。

……かもしれない。




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