4.淑女の顔で(1)
「お初にお目にかかります。私、カルミア・ヴァーミリオンと申します」
「……私の名はルドベキア・ティガーソンだ。よろしく」
攻略対象その一との接触。私は差し伸べられた手に困惑しつつ、それに応えることとした。それが何を意味するか、知った上での行動である。
彼は漆黒の髪を揺らし、良く言えばクール、悪く言えば無愛想な顔でこちらを見つめてくる。そんなにじっと見つめられても困る、といった動揺を隠し、私は微笑んだ。
この国の第二王子、それがこの少年、ルドベキア・ティガーソン。『アネモネデイズ』における攻略対象の一人であり、メインヒーローとも言えよう。
昔から優秀な兄、ライラックと比較され続けた結果卑屈になってしまうという王子としてそれでいいのかなキャラ設定をつけられている彼は、おそらくこのパーティーを経て、私の婚約者となるはずだ。いや、逆か。私が彼の婚約者――正しくは婚約者候補――になるのだ。
寡黙かつ感情表現が苦手、引っ込み思案で自分の思いを主張することが少ない。そんな性格は、周りの身勝手な大人の陰謀によって助長された節があるにしろ、生来のものだったらしい。難儀なものである。
それにしてもこの男、誰かに似ているような。姿形ではなく、何か、何かが前世で会った人間に似ている気がする。
なんて失礼にならない程度に見つめていれば、父がそれとなく先を急かす。一応、このパーティーは第二王子の婚約者候補を決めるという目的があるものの、基本的には爵位を持つ、王族によって選ばれた家の子供たちが交流を深める場である。
いつまでも王子に構っていれば、王子が他の家の子に挨拶できない。そして、私も。うっかりしていた、さすがヴァーミリオン公爵である。いや、私が5歳の身体に引っ張られているのか。猛省だ。
「どうも、アデローズ公爵」
「ああ、ヴァーミリオン公爵。お元気そうで何より」
アデローズ、の名に思わず反応する。すごいな、今のところ百発百中だぞ。まだ二発目だけど。
それにしても、また攻略対象か。私はアデローズ公爵と呼ばれた男が連れている少年に目を向けた。
「……はじめまして。カルミア・ヴァーミリオンと申します」
スカートの裾をつまみあげ、にこりと微笑む。つり目も微笑めばきつい印象を与えることはない。そのかわり、表情筋がダメージを受ける。
私の挨拶を受けて、少年も口を開く。しかし表情に怯えが滲み出ており、声もわずかに震えている。それは緊張だけども、このパーティーという場に対しての緊張のようではなかった。
「ぼく、はタイム・アデローズと申します」
「タイム様、よろしくお願いいたしますね」
淑女の微笑。それに怯えるタイム少年。なるほど、既に姉にいじられ女性恐怖症を発症しているというのか。
目の前でビクビクと怯える少年に苛立たしさが沸き起こる。いや、怯えられることは慣れている。前世で。魔王時代はそれこそ恐怖の魔王だったからな。七分魔王の首を全て刈り取った、首切り悪鬼とまで呼ばれていたからな。別に、大したことではない。ただ、まだ5歳に過ぎない、魔法も剣も使えない少女に怯える少年の弱さに腹が立つ。
私が分厚い愛想笑いの下、苛立ちを押さえ込んでいるとは知らない父とアデローズ公爵は談笑に突入する。最初の声かけが気安かったことから、元々仲が良いのだろうか。
「ご息女は連れて来ていらっしゃるのですか?」
「いいえ、屋敷に。ミントはタイムといるとお転婆が増してしまうので」
「姉弟仲がよろしいようで」
父の言葉にタイムがぴくりと反応する。ミント・アデローズ。確か、悪意があるわけではないものの弟への構い方に問題があるという、まあ厄介なご令嬢だったはずだ。
私は注意深く彼を観察する。どうも、早くこの場を去ってしまいたいようだ。
……仕方ない。私にもまだ挨拶回りがある。ここはかつての王の余裕を見せてやるとするか。
「お父様。私、あちらのテーブルにあるドルチェが気になります」
「……おお、そうか」
父の表情が歪んだ。私が目覚めてからよく見る顔である。
「それではここで、失礼します」
「ああ、こちらこそ気が利かなくてすまない」
また後で。そんな約束を交わす大人二人を尻目に、タイム少年に目を向ける。彼は私の視線に気づくまでは安心していたものの、気づくやいなや肩に力を入れている。まあ、いい。後でじっくりと再教育してやろう。
一礼してアデローズ親子のもとを去る。その際に、父が小さく漏らした。
「……お前はよくできた子だな」
「……手のかからない子はお嫌いですか?」
父は何も応えなかった。ここで何か言えば、作中のカルミアのコンプレックスも少しは和らいだろうに。胸の中の苛立ちは更に増すだけであった。




