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魔王閣下、悪役令嬢に転生す  作者: 奏彼方
一章 彼女は蝶となり得るか
4/5

3.冷めた会話と温かいシチュー



「カルミアお嬢様、どうぞこちらへ」


 メイドのエリカが椅子を引いてくれる。親子の食事に使うには勿体ないようにも思える広い食卓だ。前世の私は、こう、もっと、ひどい場所で食事をしていたものだが。

 私はエリカに礼を告げるも、後から残っていたカルミア5歳としての記憶が「それはお嬢様らしくない」と警鐘を鳴らしてきた。貴族は貴族らしく偉そうにふんぞり返っておけと。しかし私は無視。部下を労うのは上司の仕事だ。

 そんな私の様子がおかしいのか、父は眉をひそめた。母はといえば、何故だか痛ましそうな顔さえしている。まだ体調が悪いと思っているのか、それとも熱で壊れてしまったと思っているのか。私が前世の記憶を思い出したと知られれば面倒である。


「カルミア、体は大丈夫なの?」


 母、アザレア・ヴァーミリオンは腫れ物に触るような調子で訊ねてきた。実母にこんな態度をとらせるとかカルミアは何をやったんだ、と思い返すも特に心当たりは出てこない。ゲーム知識も、異母妹がやって来てから親子関係が悪化するという今は頼りにならないものしかなかった。

 私は大丈夫です、と微笑む。魔王だった頃はとにかく相手を威圧するか、もしくは油断させるための笑みしか身につけていなかった。それがこの貴族の娘になり、社交的な笑みを浮かべるようになるとは。私は家庭教師の教育に拍手を贈る。

 密かに家庭教師を褒めちぎっていることなど知らず、父が口を開く。父、ラベンデル・ヴァーミリオンはやけに気難しい顔をしている。視線だけでドワーフ程度なら気絶させられそうだった。いないけど。


「これで倒れるのは今月で二度目になるとのことだが」


 かなり倒れてるな。病弱通り越して不知の病にでも罹っているのではなかろうか。とはいえ、私の知るカルミアにそんな設定はない。病弱設定もなかった気がするが、彼女の過去を語るシーンにて「風邪をひいたらお父様とお母様が私を心配してくれたの。それが、最後の愛情だったの」とあった気もしなくはない。つまり、そういうことか。

 私はどうするべきかと考えつつ、息を呑む。さすがにこの頃のカルミアの詳細は知らない。なので私らしく振る舞わせていただこう。


「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 私はにこりと令嬢らしい微笑みを浮かべ、気丈に振る舞う。今度は父が息を呑んだ。


「い、いや……気に病む必要はない。明後日のパーティーに出られそうなら良いのだから」

「パーティー、ですか」


 勇者御一行を指すわけではない。さすがに。お茶を飲み、たまに大人は酒を飲み、社交的辞令を飛ばし合いながら腹の探り合いをするあの「パーティー」を指すのだろう。

 前世の記憶を取り戻す前までは楽しみにしていたようだが、今となってはそうでもない。そもそも私はパーティーやらの社交的な場がひどく苦手である。魔王時代だって、最低限のこと以外は部下(美しいダークエルフだった)に丸投げしていたし。

 とはいえ今はヴァーミリオン家長女だ。貴族として、上に立つ者としての責務は果たさねばなるまい。たとえ、5歳児だとしても。


 使用人が料理を運んでくる。私の体調を考慮してか、喉に優しいクリームシチューが各々の前に置かれた。ほんわりと立っている湯気に、何故か泣きそうになる。

 テーブルの上が色づけられていく間も、父は話を止めない。明後日にあるらしいパーティーとやらの話を続けていた。


「ああ。前々から言っていた王宮での、小さなパーティーだ。集まるのは同い年くらいの子供だから気負いすぎる必要はない」

「王宮ということは王子も参加なされるのですね」

「……そう、だな」


 考えが見えて透ける。私の予想とゲームの知識、そしてカルミアとして生きてきた5年間の記憶を合わせれば簡単に答えが出る。そのパーティーとやらで王子に気に入られてこい、と。気負いすぎる必要はないと言っても、それはまた体調を崩さぬようにといった程度か。まだはっきり言った方が好感は持てるぞ、人間よ。

 私の目は父からパンへと移っていた。さすがに焼きたてではないみたいだが、それでも美味しそうである。中を開ければふわふわなのだろう。それをシチューに浸して食べるのを想像するだけで堪らない。

 早く食べたいのだが、父との会話を終わらせなければならない。私はひっそりと、早く話が終われと念じていた。


「お前は初めての社交デビューだ。だから……」

「大丈夫です。お気になさらず」


 務めは果たします。ええ、きちんと。

 その言葉遣い、表情は間違いではなかったか。二人の大人の顔を探るが、少々強ばっているように見える。しかし無礼ではなかったようだ。少し強引な返事をしてしまったが、マナー違反でないならば大丈夫か。私は食事の合図を待った。


「……カルミアは、頼もしいな」

「当然です。ヴァーミリオン家の者なのですから」


 作中のカルミアは完璧な令嬢であった。それこそ、コンプレックスさえなければ。感情に振り回され、ヒステリックにならなければ、彼女は令嬢の鑑だった。つまりは気をつけさえすれば完璧な令嬢になり得るということである。

 運良く、今の私の頭の中ではきれいに魔王とカルミアの記憶、知識が混ざり合っている。私は私という確固たる意思を持っているし、カルミアとして受けた教育は抜け落ちていない。もしもカルミアの記憶が抜け落ちていたら、高熱で記憶が飛んでしまったひと芝居を打たねばならなかったから幸運だ。


 まず、私が(カルミア)の悲劇を回避するために必要なのは私がコンプレックスを抱かないこと。これは、中身が(魔王)になってしまった時点で特に問題は無い。

 次に必要なのは完璧な令嬢であること。最低限、原作通りのスペックを保持しなければ。理由は簡単、ゲーム制作陣が「カルミアはコンプレックスさえなければ幸せな人生を送れていた」と漏らしていたからである。

 前世は波乱に満ちた人生だった。だから、せめて。今世では与えられる安寧に甘え、幸福を享受したい。それは魔王たる私が死の淵で願った、ちっぽけで大きな願望だった。


 ご安心くださいませ。このカルミア・ヴァーミリオン、決して恥とはなりませんから。口にせず、にこりと微笑めば二人の男女は狼狽えるような顔を浮かべた。それから間もなくして、食事のスタートが知らされる。

 温かいシチューは、空っぽの私の胸を満たしてくれた。


 なお、私の安寧を享受するという願いは数日も経たぬうちに変わることとなる。

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