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魔王閣下、悪役令嬢に転生す  作者: 奏彼方
一章 彼女は蝶となり得るか
2/5

1.脆弱な身体に高熱、蘇る記憶




「……っ、か、はっ」


 重い咳がこぼれる。喉が焼けただれたかのように痛いし、身体だって灼熱の業火に包まれたよう。このまま死んでしまうのだろうか。そんな悲観的な考えに脳が侵され、悲しみは涙に変わり、流れていく。

 私はまだ5歳。まともに人生を謳歌していないし、そもそも貴族として、ヴァーミリオン家の長女としての責務を果たしていない。そんな状態で死ぬのは、私を厳しくも優しく育ててくれた父母に面目が立たない。

 ああ、死にたくない。死にたくない。心の中で何度も繰り返しながら、私は目を閉ざす。このまま死ぬのは、嫌だなあ。毎度毎度、そんなことを思ってしまう。


 思えば私はいつも意地が悪かった。すぐに危機に陥るけども、この意地汚さと才能で乗り切っていた。あれ、どんな時のことだったっけ。

 そうだ。最初も。鬼王の首を討ち取ろうとして、危うく鬼王の部下に捕まりかけたのは最初の失敗だ。その後は何とか機転をきかせ、防御魔法を攻撃的に使ったおかげで何とかなったのだけども。

 いや待て。防御魔法って、何だ。いや、防御魔法は防御魔法である。鬼王だって、私が魔王となる前にオーエ地方を牛耳っていた七分魔王とやらの一角で。

 ……魔王? 私が、魔王?

 男子が好む夢物語にしか出てこないような単語に思わず目を開ける。しかし、目を開けたところで景色は何も変わらない。だが、それでも私の頭の中は大きく変わっていた。


「……あ」


 そうして思い出す。私が魔王であることを。本当は死んでいることを。




 死にそうな高熱というのが引き金になったのか。私の推測が正しければ「前世の記憶」というものを思い出した私は、心なしか身体も心も楽になっている気がする。先程までどうして「死にたくない」とぐずっていたのか。我ながら謎である。

 とはいえ、まだ起き上がる程ではないらしい。なかなか貧弱な身体をしているなあ。ため息を吐き、寝返りを打った。


「……んぅ」


 身体はまだ小さい。仕方ない、まだ5歳なのだから。そうか、5歳なら仕方ない。高熱で死んでしまうと悲観に暮れるのも当然のことだろう。私はそれまでの自分を褒めてやりたくなった。

 前世の記憶を思い出したところで私が「カルミア・ヴァーミリオン」だという意識は消えないようだ。それでいて私がかつて魔王だったという意識も記憶もある。上手く意識と記憶が融合しているようだ。人間の身体は案外すごいものなのだなと笑ってみる。


「ふふ、けほっ、ごほ」


 油断大敵。安静にしておこう。私はシーツに包まり、深く息を吐いた。それにしてもさすがヴァーミリオン家、こんなに柔らかいシーツ、魔王時代でも包まれなかったぞ。つらい。

 それにしてもヴァーミリオンか。どこかで聞いたことがある。どこで聞いたことがあったのだか。小さな、まだ皺の少ないだろう脳に意識をやってみる。確か記憶は海馬にあるのだったか。しかしこの記憶は海馬に保持されているのだろうか。心、とやらの不定形な臓器に保持されるのだろうか。気になってくる。これでも前世はインテリ魔王なだけに。

 私が5歳児らしからぬ悩みと、ひかぬ高熱にうんうん唸っている中、二つのノック音が耳に入る。私は魔王としてではなく、カルミア・ヴァーミリオンとして5年間生きてきた中得た記憶を使い、ベッドサイドのベルを一度鳴らした。おぼろげではあるものの、風邪をひいて声が出ない時にはこれを使って返事をしなさいと母に言われたものである。


「失礼いたします。カルミアお嬢様、お目を覚ましてしまいましたか」


 気にしないでの意を込めて首を小さく振る。伝われ、伝わりたまえ。

 そんな私の必死な祈りが届いたのか、その男、ケイト・ダートンは「ありがとうございます」と微笑んだ。


 年若い彼はこの家で働く執事である。今は私専属の執事だったか。病弱である私が熱を出す度に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる、ありがたい人物である。

 汗を拭うと言った彼は「失礼します」とシーツを引き剥がした。まあ、いつまでも汗をかいたままだと逆に悪化する。今の私は魔王として70年近く生きた魔物ではない。5歳の人間なのである。さすがに全裸にはしないだろうし、恥もへったくれもない。むしろ恥じらった方が恥ずかしい気がする。

 私は特に抵抗もせず、彼に任せて衣服を脱がされる。最低限の肌着は残したまま、彼が濡れタオルを私に当てた。ああ、気持ちいい。なるほど、風邪をひいた時はこうするのか。前世では魔法があったし、風邪どころではなかったから勉強になる。


「お嬢様、どこか痛いところはございませんか……左様ですか」


 ありがとう、と口パクで伝える。すると彼はにんまりと破顔し、お大事に、と頭を下げた。それから即座に部屋を出ていってしまう。

 おそらく考える事は山ほどあるのだろう。しかし、この熱に浮かされた頭ではどうすることもできない。ならすることは何か。簡潔、療養である。私は再び目を閉ざし、脱力した。濡れタオルの後味に、呼吸を落ち着けながら。

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