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隣の芝生  作者: 芝生侍
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唐揚ダンス

 俺の財布に諭吉が何枚あっても足りない街、それが秋葉原だ。

ここは俺の物欲を刺激するもので溢れている。

JR秋葉原駅を降りたそこはまさに聖地。

あふれ出る様々な情報量で目が眩み、処理速度が追いつかない脳がショートし混乱する。

周囲のアニメ声や人々の騒音で耳は使い物にならないし、あの何とも言えない独特の香りで鼻は麻痺する。

このよく分からない状態で、気付けば何枚もの諭吉が消えているのだ。

何故これ程危険な場所に来てしまうのだろうか?

自分でもよく分からない。

だがここ最近では、はっきりとした判断が下せるようになって来た。

必要ない物は買わなくなった。

人間の慣れとはこの様な異常でさえも順応するのだから素晴らしい。


 そして今日は博打をした。

裏通りの小さな老舗定食屋に突撃したのだ。

看板には少々理解出来ないメニューが書いてあったが、そんな事は知らない。

暖簾を潜り、懐かしい昭和の音がする扉を結構な力で開ける。

店に入ると、絶滅したと思っていたサービス心旺盛の江戸っ子店主が迎えてくれた。

こちらが覚悟を決めて入らないと、その店主に押され負けてしまいそうな程だ。

古びたテーブルで相席ってのがまた良い。

隣はどうやらM-1の予選を受けに来た兄さんらしい。

もっと話せば良かったとちょっぴり思う。

何を食べようか迷ったが、その店で最も有名なオススメのメニューを頼む事にした。

あんなにサービスして白飯を盛ってくれる店主はなかなか居ないと思う。

桶の半分で注文したはずなのに、擦り切れまで埋まっていた。

そして出て来たメインは、科学的に火を通す事が不可能そうな程大きな唐揚である。

店主は自慢げな表情で俺のカメラを指し、しっかり写真を撮ってくれと言う。

狭い店内に、店主の盛大な声と定食の香りと様々な温かさが充満する。

これがリピーターになる理由なのだろうかと思った。


 唐揚を一口で食べようとするが、口に含んだ直後に断念した。

我が口のキャパシティオーバーだ。

だがそのたった一口で、鶏肉の旨味、味を決める少量のスパイス、そして柔らかい肉が頬を貫通する勢いで広がった。

これは米が進む。

書き込むように桶の飯を口へ運ぶ。

まさに通勤ラッシュ。

あっという間に俺の口は満たされてしまった。


 定食を食べ終わる頃には、俺の腹は完全に満腹になっていた。

満足である。

それよりも俺は、この様な温かい店が東京にまだ残っている事に安心した。

上からの様な考えだが、同じ事を思っている人は少なからず存在するであろう。

どうしてもチェーン店などでは、こういったサービスに限界がある。

それは会社が大企業になればなるほど発生する事案である。

小さいからこそ小回りが利く。

様々な圧力に縛られない。

これは昭和に戻れば良いという話ではない。

昔は良かったという様な台詞も俺は嫌いである。

時代は変化しているのだから昔の様には行かない。

思考や文化は恐ろしいスピードで変わり続ける。

しかし、どの時代でも自身のスタイルを貫き、そのスタイルで一生を終える頑固さを俺は尊敬する。

拘りという物は時として人間を追い詰める。

自身の首を確実に締め付ける物だ。

それでも物事に拘る事が出来る奴は本物だ。

時代に合わせて考えを変えたとしても、そういった自身の最後の砦は変えないで欲しいと切実に願う。


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