表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の芝生  作者: 芝生侍
3/4

光速と音速

 無駄な粘りを見せ、7月ギリギリまで続いた梅雨も終わり、関東にも快晴の空が広がる。

大量の蝉達はここぞとばかりに鳴き喚き、世間もようやく夏らしさを見せて来た。

東京の何処を歩いても、コンクリートの地面に吸収されない熱が、身体に纏わり付いて離れない。

松岡ナントカは今頃海外に居るんじゃないのかと思っていたが、どうやら日本の真反対から炙っているというネットでの噂だ。

お陰で、買ったばかりのミルクティーは温くなってしまった。

コーヒーは昔から大好きでほぼ毎日飲んでいるが、最近はミルクティーの飲み易さに浮気している。

惚れっぽいのも俺という人間の性だ。

 

 そんなこんなで、夏らしさを体感する為に、俺はぶらりと隅田川の花火にやって来た。

流石の東京である。

田舎と違って人の量が桁違いだ。

電車内は満員を遥かに上回り、何故きちんと扉が閉まるのか不思議なくらいだ。

俺自身は扉に挟まれないように必死だった。

浅草駅でなんとか地下鉄から這い出てみれば、今度は場所確保の戦場が広がっていた。

蟻の大群の様な人混みに揉みくちゃにされながら、花火の見える場所をウロウロしながら探す。

だが、何処も警察による規制線が張られていて上手く進めない。

人の波を掻き分け、少しずつ前進する。

そうこうすると、俺の苦労も虚しく場所を確保する前に花火が始まってしまった。

五円玉か笛ラムネを吹いた時の様な音が、人混みの音に混じって微かに聴こえた。

かすれたその音が消えそうになる次の瞬間、ビルに乱反響して大砲みたいな音が炸裂する。

俺は、乱反響して届く花火の出所を突き止めようと周りを見渡す。

だが、ビルのせいで何も見えない。

キョロキョロしている間に、花火の余韻はドンドン小さくなっていく。

結局、花火を見つける前に第一発目の音は聴こえなくなった。

何処だ花火は?

花火の出所を探して焦れば焦るほど、人々と夏の熱気で汗が出る。

でかいリュックサックと擦れる間に、背中が湿っていくのが分かる。

また爆音だけが反響した。

すぐそこの川で打ち上げているはずなのに、姿が見えないのがもどかしい。

俺の嫌いなタイプのイライラだ。


 最初の打ち上げからかなりの時間が過ぎ、俺は諦めかけていた。

周囲の人々からも「観えない」の台詞がチラホラ聞き取れる。

少しずつ撤退を考え始めていた時だった。

このタイミングで俺は謎の運を発揮する。

溜息でも吐いてやろうと息をチャージしながら、ビルとビルの間の十字路へ出た瞬間だった。

溜めて吐き出すはずだった、酸素や二酸化炭素、窒素といった空気は喉辺りで停止した。

ビルの間から何発もの花火の全体像が、綺麗に見えたのだ。

東京の夜空に爆音が鳴り響き、光の花が咲く。

それも一輪ではなく、連続して何輪も咲く。

これぞ花火だと言わんばかりにぶっ放される。

俺はその姿に色々と奪われた。

五感で花火を楽しむ。

光と音は微妙にタイミングをずらす。

まず光が、一秒間に地球を7週半の速度でやって来る。

遅れて爆音が、光の後を追うようにやって来る。

この一瞬の間が、唾を飲み込むタイミングだ。

光が開いた瞬間から音が届くまで、時が止まる錯覚を起こす。

うるさかった周囲がたった一瞬、不思議と静まる。

たった一瞬だけだ。

そして身構えていた身体に、爆音がラグビー選手の様に突っ込んでくる。

光の音のコラボレーションは、まるで河童ナントカ煎餅の様に病み付きになる。

止められない、止まらない。


 そう思う間に、花火は止んでしまった。

どうやら花火の区切れのようだ。

周囲は割れんばかりの歓声を上げた。

俺も周りに居る人々と共に拍手を送った。

全く知りもしない人々と、何故か感動を共にしている。

不思議なもんだ。


 これだから日本の夏は止められないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ