光速と音速
無駄な粘りを見せ、7月ギリギリまで続いた梅雨も終わり、関東にも快晴の空が広がる。
大量の蝉達はここぞとばかりに鳴き喚き、世間もようやく夏らしさを見せて来た。
東京の何処を歩いても、コンクリートの地面に吸収されない熱が、身体に纏わり付いて離れない。
松岡ナントカは今頃海外に居るんじゃないのかと思っていたが、どうやら日本の真反対から炙っているというネットでの噂だ。
お陰で、買ったばかりのミルクティーは温くなってしまった。
コーヒーは昔から大好きでほぼ毎日飲んでいるが、最近はミルクティーの飲み易さに浮気している。
惚れっぽいのも俺という人間の性だ。
そんなこんなで、夏らしさを体感する為に、俺はぶらりと隅田川の花火にやって来た。
流石の東京である。
田舎と違って人の量が桁違いだ。
電車内は満員を遥かに上回り、何故きちんと扉が閉まるのか不思議なくらいだ。
俺自身は扉に挟まれないように必死だった。
浅草駅でなんとか地下鉄から這い出てみれば、今度は場所確保の戦場が広がっていた。
蟻の大群の様な人混みに揉みくちゃにされながら、花火の見える場所をウロウロしながら探す。
だが、何処も警察による規制線が張られていて上手く進めない。
人の波を掻き分け、少しずつ前進する。
そうこうすると、俺の苦労も虚しく場所を確保する前に花火が始まってしまった。
五円玉か笛ラムネを吹いた時の様な音が、人混みの音に混じって微かに聴こえた。
かすれたその音が消えそうになる次の瞬間、ビルに乱反響して大砲みたいな音が炸裂する。
俺は、乱反響して届く花火の出所を突き止めようと周りを見渡す。
だが、ビルのせいで何も見えない。
キョロキョロしている間に、花火の余韻はドンドン小さくなっていく。
結局、花火を見つける前に第一発目の音は聴こえなくなった。
何処だ花火は?
花火の出所を探して焦れば焦るほど、人々と夏の熱気で汗が出る。
でかいリュックサックと擦れる間に、背中が湿っていくのが分かる。
また爆音だけが反響した。
すぐそこの川で打ち上げているはずなのに、姿が見えないのがもどかしい。
俺の嫌いなタイプのイライラだ。
最初の打ち上げからかなりの時間が過ぎ、俺は諦めかけていた。
周囲の人々からも「観えない」の台詞がチラホラ聞き取れる。
少しずつ撤退を考え始めていた時だった。
このタイミングで俺は謎の運を発揮する。
溜息でも吐いてやろうと息をチャージしながら、ビルとビルの間の十字路へ出た瞬間だった。
溜めて吐き出すはずだった、酸素や二酸化炭素、窒素といった空気は喉辺りで停止した。
ビルの間から何発もの花火の全体像が、綺麗に見えたのだ。
東京の夜空に爆音が鳴り響き、光の花が咲く。
それも一輪ではなく、連続して何輪も咲く。
これぞ花火だと言わんばかりにぶっ放される。
俺はその姿に色々と奪われた。
五感で花火を楽しむ。
光と音は微妙にタイミングをずらす。
まず光が、一秒間に地球を7週半の速度でやって来る。
遅れて爆音が、光の後を追うようにやって来る。
この一瞬の間が、唾を飲み込むタイミングだ。
光が開いた瞬間から音が届くまで、時が止まる錯覚を起こす。
うるさかった周囲がたった一瞬、不思議と静まる。
たった一瞬だけだ。
そして身構えていた身体に、爆音がラグビー選手の様に突っ込んでくる。
光の音のコラボレーションは、まるで河童ナントカ煎餅の様に病み付きになる。
止められない、止まらない。
そう思う間に、花火は止んでしまった。
どうやら花火の区切れのようだ。
周囲は割れんばかりの歓声を上げた。
俺も周りに居る人々と共に拍手を送った。
全く知りもしない人々と、何故か感動を共にしている。
不思議なもんだ。
これだから日本の夏は止められないのだ。






