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隣の芝生  作者: 芝生侍
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相棒

 頑なにクーラーを点けようとしない俺に対して、夏の関東の暑さは絶間なくジャブを打って来る。

室温は深夜だと言うのに29.0℃もある。

30.0℃にならないのは、大自然の気まぐれな優しさなのだろうか?

それとも、30.0℃を越えない限り、クーラーを使おうとしない俺に対する当て付けなのだろうか?

正直この話はどうでもよい。

そんな夜の俺の相棒は、地味な灰色の扇風機と、既に温くなりつつある「DOUTOR」のコーヒーだけだ。

扇風機の方は、最近我が家にやって来たばかりの新入りで、見た目こそ地味ではあるが、快適な風を送り出す優秀な奴だ。

首振りが大き過ぎるせいで、風が身体に吹き付けていない間がもどかしいという点を除いてみれば、こいつは信頼出来る。

そして、もう一人の相棒である「DOUTOR」コーヒーの方は、高校時代からの付き合いだ。

「DOUTOR」との出会いは、日本に「スタバ」とか言う、オシャレな文化が舞い込んで来た時代にまで遡る。

当時、最先端を走る若者やオシャレに気を使う連中によって、「スタバ」に食べかけ林檎のマークを背負うPCを持ち込むという文化が確立された。

俺自身も多少は興味を持った。

だが、人とは違う文化を模索する傾向がある俺からすると、「スタバ文化」というのはどこかで受け入れ難い物があったのだ。

しかしながら、元々俺はコーヒーが大好物だった。

コーヒーを飲まずに、我慢するというのは少し寂しかった訳だ。

更に言えば、コーヒーを飲むという文化自体が、俺の中で、少しだけ大人に近づける存在であった事も大きな理由だ。

そこで俺は代理となるコーヒー文化を模索した。

結果的に、コンビニで偶然発見した「DOUTOR」という不思議な所で落ち着いたのである。

流行とは摩逆に進もうとしていた高校の頃の俺は、子供として扱われる事を嫌い、そういう意味で背伸びをしたかったのかも知れない。


 「LINE」の通知音が鳴った。

何の気も無しに開いてみると、スマホの充電は15%を切っていた。

乾電池の様なデザインの充電表示バーが赤くなり、危機を知らせている。

充電しなきゃと思い、雨風と日光で少し色褪せた鞄に手だけを突っ込む。

中身は目で確認する必要も無い。

いつもと同じ場所に入れてある迷彩柄の小物入れを取り出し、更にその中から、割と丁寧に巻いておいた純正ケーブルだけを掴む。

しかし、ケーブルを袋から出すと、同時に赤い色のイヤーホンが絡まって付いて来た。

その赤いイヤーホンの、まるで複雑な人間関係の様な絡みを適当に解きながら、コンセントに差し込む。

更にケーブルの先をスマホの尻に差す。

ふぉん。

食べかけ林檎のマークを背負うスマホ達が、自身の充電危機を回避した時に奏でる独特な効果音だ。

あれだげ林檎文化を否定しておきながら、ジョブズを敬愛する俺がそこには居た。

自分自身の中で、言う事とやる事が矛盾してしまうのはよくある。

日常茶飯事だ。

普通なら見逃してしまう様な小さい日常茶飯事を、馬鹿真面目に書いているのだから笑ってしまう。

俺は暑さで汗ばんだ額を、紫という不思議な色のタオルで拭いながら、「DOUTOR」コーヒーを口に含んだ。


 そう言えば書き忘れていたが、先程の「LINE」は、俺の中学校時代からの友人の物だった。

内容は、俺の誕生日だからラーメンか油そばを奢れという物だった。

奢ってやるよと軽く返信しておいた。

今日の俺は割と機嫌が良い方だ。

普段ならば「だが断る!!」と打ち込んで、御丁寧に奇妙な効果音まで添える所だ。

こういったネタみたいな会話が通じる相手は、何人居ても損はない。

むしろ、いざという時に救いの手を差し伸べてくれるのは大体こういう奴だ。

実際に1年前の長期入院でかなり世話になった。

あの夏休みは糞みたいに暑かったと、今でも俺の身体が覚えている。

この話は長くなるから割愛させて頂く。


 雨が降ったらしい。

網戸を通って、雨に濡らされた土やコンクリートの香りがほんのりと部屋へ侵入してくる。

鼻に神経を集中させなければ気付かない程度の僅かさだ。

俺は雨男だというのもあって、雨自体は嫌いではない。

むしろその雨の香りというのが、不思議と俺の心をくすぐる。

そのくすぐったさと、雨が地面や屋根を叩く音と、晴れの日とは異なるなんとも言えない雰囲気が、俺には心地良かった。

すまん、ちょっとばかし格好良すぎる表現だった。

だが小説の中くらいは格好付けたい。

こんな格好付けが可能だから、文章とは素晴らしい物だ。

ありのままで居たいと思っていながら、小説では普段の自分よりも背伸びをしてしまう。

ここにも矛盾があった。

この世の中は矛盾だらけだ。


 そろそろBGMが底を尽きそうだ。

タイミングが良かったので「DOUTOR」を飲もうと思う。

だが、残念ながら既にペットボトルは空だった。

相棒が一人消えてしまった。

そのちょっとした寂しさを感じながら、俺は小説を投稿する。

寝よう。

そう決意してから再びスマホを開いた。

いつの間にか充電は95%になっていた。

時刻は深夜の3時。

取り敢えずスマホの目覚ましを6時45分にセットする。

少し間があり、明日は2限スタートだという事を思い出した。

アラームを7時40分に変更する。

2限スタートは最高だ。

ゆっくり寝られる。

明日も恐らく、お天気お姉さんが起こしてくれるだろう。

そして俺は競泳選手さながらに、ベッドへとダイブした。

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