天気予報
朝のテレビに映るお天気お姉さんは今日も美人だ。
俺はそんなお姉さんを遠い目で見ながら、重い体を起こして伸びをした。
今日の講義は1限からだ。
このまま寝ていたら電車に乗り遅れてしまう。
遅刻して授業中の教室に入るのには気が引ける。
それにしても朝だというのに暑い。
お姉さんの情報によれば、今日は灼熱の一日になるらしい。
何度も繰り返される、番組のBGMにうんざりしたタイミングで、汗っぽい体を洗う為に風呂へ行く。
風呂に併設された洗面台の鏡に、ブッサイクな顔が映る。
ブッサイク過ぎて見るのが嫌になり、取り敢えず変顔をしておく。
今日も調子は上々だ。
すまない、嘘を付いた。
ゲームでの夜更かしのせいで、今はとにかく眠い。
昨夜のFPSの腕前は本当に酷かったと、ふと思い出す。
バスルームに突っ立って蛇口を捻る。
我が家のバスルームは、お湯が出るまで少し時間が掛かる。
だから最初に出てくるのは冷水だ。
目を覚ます為にその冷水を頭から被る、という勇気は無く足先を濡らす程度にしておく。
これでも十分眠気は飛ぶ。
お湯が出てくるまで、やらなければならない課題を思い出す。
レポートが3つもあった。
溜息が出てしまいそうだ。
口まで這い上がって来た少し二酸化炭素の多い空気を、そのまま吐き出さずに、頬袋を膨らませる動力源にする。
ぷくぅ。
また変顔をしてしまった。
天然パーマの酷い髪の毛と、最近少し腹が出てきた体を割としっかり洗い、T字の髭剃りで適当にやる。
大体満足したら、水を雑に払って床を濡らしながらバスルームを後にする。
ここで重要なのは、風呂の換気扇のスイッチを点けることだ。
これを回しておかないと、風呂場にカビが生える。
なんとかベイダーみたいな低い換気扇の音を聴いて一安心。
風呂から出て、体を拭きながら再びテレビを見ると、番組のジャンケンタイムだった。
適当に引っ張り出したポロシャツを着て、いつものジーンズを履きながら、リモコンの赤い部分をなんとなく押す。
画面上ではチョキが選択された。
どっかの有名な俳優らしき人が、とぼけた声でジャンケンの掛け声を言う。
結果はあいこだった。
画面下のポイントらしき物が少し増えた。
勝っても負けてもポイントが増える辺りは親切設計だ。
だが残念ながら俺には、ペアの旅行券など貰っても、行く暇も無ければ一緒に行く相手も居ない。
童貞拗らせ、年齢イコール彼女居ない暦の俺には、ペア券という響きほど夢見がちな言葉は無い。
悲しくなってしまう。
そんなことを思っているうちに、信用してはいないが、なんとなく見ている星座ランキングが始まる。
写真を間に挟みながら、アナウンサーがいくつかランキングの内容を読み上げていく。
俺の射手座は7位だった。
微妙過ぎて反応に困る。
ラッキーメニューが「鯖の味噌煮」とかどうすれば良いのか?
だが俺はまだ良かった方だ。
最下位の獅子座だかは、救済アイテムが「甘い香りのコロン」だそうだ。
その日の運の為に「甘い香りのコロン」をわざわざ購入する人が、果たしてこの日本にどれくらい存在するのか。
なかなか気になるところだ。
番組側に救済する気が無く、諦めろと言っているのかも知れない。
こんな無駄な日々の考察を、俺は案外気に入っている。
アイデアなんて物は石ころの様に道端に転がっている。
それをなんとなく拾うか、興味も無く通り過ぎるかの違いである。
俺はその様な石ころを、糞みたいな内容だとしても、拾ってネタに出来る人間になりたい。
だから俺の小説は、そんな石ころを掻き集めて、無理矢理組み立てる物が多いのである。
だが、これこそが小説の本質なのかも知れない。
ここで新しい番組が始まった。
俺の独り妄想を遮るのには、最高のタイミングだ。
見慣れたニュースキャスターが面白動画を紹介する。
興味が有る訳では無いが、何となく見てしまう。
ボーっとしているうちに数分が過ぎた。
急いで歯磨きをしなければならない。
再び洗面台に行き、ブッサイクな顔を見ながら歯磨き粉を歯ブラシに塗りたくる。
ちょっと付け過ぎた。
俺はあまりミントの香りが好きではない。
3分くらいで磨き終えて、手と顔を拭く。
その後、使い古した鞄に、今日の教材とポケチャを適当に突っ込む。
更にテーブルに置いてあった、大学祝いに親父に買って貰った少しお高い時計を腕に巻く。
布団の上のスマホを拾うのと同時にチラ見し、電車にまだ間に合うことを確認する。
そのスマホは一旦、ジーンズ右前方のポケットに滑り込ませる。
赤い財布を尻ポケットに片手で入れながら、俺の唯一のアクセサリーであるドックタグを首に架ける。
ドックタグは、ここ最近の俺のトレードマークだ。
これを忘れてしまうと、気が引き締まらない。
これで出陣準備は完了だ。
古びた、メーカー物のランニングシューズを履き、外に出る。
夏の熱風と鋭い日差しが襲って来る。
それを早足で振りほどきながら、徒歩3分の駅を目指す。
これが童貞拗らせ糞ブサイクの、いつもと何等変わらない朝だ。