ロリータファッションの女と少年
―午前6時20分―
一人の女が交差点のど真ん中で立ち止まる。
しかし、誰一人として女を気にするとこなく歩き続ける。
そんな異様な光景はもう、かれこれ十数年は続いていて女はかれこれ十数年は毎日のように交差点のど真ん中で立ち止まっていた。
あるときはTシャツにジーパン。
あるときはワンピース。
あるときはコスプレをして交差点で立ち止まった。
全裸のときもある。
しかし、誰一人として立ち止まる人はなく、結局女が行きついたのはロリータファッションであった。
初めは嫌悪感が9割を占めた。
髪の毛をおろして着てみると案外似合っていることに気づいた。
洋服のレースは嫌いじゃなかった。
何より、少しだけ、女の思い違いかもしれないが、行き交う人々と、目が、合ったような、そんな気がした。
女はその日からロリータファッションを続けている。
何時ものように交差点のど真ん中で立ち止まっていると目の前に少年がやって来た。
3歳から5歳くらいの少年が。
女は歓喜した。
自分の事が見えているのかと。
たとえ、相手がどれだけ小さい子供だとしても、女の目の前で立ち止まる者など今まで居なかったから。
しかし、それは淡く散った。
子供は女の顔を見ようとしない。
ただ、ただ、真っ直ぐ前を見つめていた。
そして、女は気づいた。
この子供は目が見えないのだと。
女はしゃがんで子供の頭をゆっくりと撫でる。
その時に初めてこの服は動きづらいと認識した。
子供は女の手を掴むとそのまま、まるで見えているかのように女の隣に立った。
初めからそこに居たような錯覚を女は覚えたが、そんなはずはないとまた何時ものように前を見据えた。
また時が流れた。
ロリータファッションの女と少年は今でもまだ二人並んで、そこにいることが義務のように立ち続けている。
そして、これから先も。
10年、20年の月日を経ても女と少年の姿をみ見ることが出来る者はいないだろう。
女は毎年交差点の向こう側に飾られる花を見て心を落ち着かせる事だろう。
そして、何故二つも飾られるのか不思議に思うのだろう。
まるで、親子のように寄り添う花を見るのだろう。
少年は女の手を握り、有りもしない体温という幻想を掴もうと暗闇の中でさ迷うのだろう。
ずーーっと昔、確かに手の中に存在していた温もりを探しさ迷うのだろう。
二人はこの交差点から離れることなど、もう二度と出来ないのだから…―。