体育の時間
べつの組ということもあり、学校ではほとんど話さない。
休み時間に会いに行ったり、むこうから会いにやってきたりもしない。
メールの一通すらもとどかない。
昼休みに食堂で出会うこともない。
シャルナは、ほんとうに学校にいるのか?
と、うたがいたくなるほどに彼女の存在を感じない。
だが、シャルナはちゃんと学校に来ているはずだった。
なぜならいっしょに登校しているからだ。
五時限目の体育の授業は、校庭でおこなわれた。
体育は、男女別におこなうことがおおいが、今日はぜんいんでターゲット破壊ゲームをおこなうことになった。
ターゲット破壊ゲームとは、飛んでくる球体を魔法で破壊していくというものだ。
火の魔法使いなら水の球体を破壊し、水の魔法使いなら火の球体を破壊していく。飛んでくる標的を破壊するという点において、やはりそれも守りの魔法の練習と言えるだろう。だが、裏をかえせばそれは攻撃の魔法でもあるだろう。
校庭に四角形の電子フィールドを用意し、五人一組でそれをおこなっていく。
ターゲット破壊ゲームに危険性はない。ボールが身体にぶつかっても怪我はしない。ターゲット破壊ゲームはフィールド内の映像のボールを破壊するゲームだからだ。
男子は、いつも四人しかいなかった。なので、五人でのグループをつくるのはこれがはじめてだったらしい。
フィールド関係の練習時には、そのレベルをさげることができるので四人でもまったく苦労はしていなかったようだが、男子たちはずっと五人でのプレイを心待ちにしていたらしい。四人はよろこんでいた。
「いままでずっと四人だったから、レベルで女子グループに負けてたんだよ!」
「そうだったんだ」
「だが、ユキの実力のわからないうちにはなんとも言えないのでは?」
「まあな! ってかさ、ユキはなんの魔法が得意なんだ?」
ユキは視線をうえにむけてかんがえこんだ。ぼくはなんの魔法が得意なんだ?
そのとき、
『雷撃』
と少女の声が風に乗って聞こえてきた。
「シャルナ?」
それはシャルナの声に似ていた。
『うん』
「こんなこともできるんだね」
おい、破壊ゲームはじまるぞ! とほかの男子がユキに言ってくる。「うん、わかった!」とユキは元気にその男子に返事する。
『ユキは名前とちがって電気が得意。魔法はコントロールがむずかしいけど、ユキの場合はそれをかんたんにコントロールできる。はじめはとにかく強い電気でも良いと思う。とにかく、大事なことは自分は電気とテレポーテーションしかできないと思いこむこと』
「わかった!」
この破壊ゲームをおこなうのには、それなりの勇気がひつようだった。ユキは、チームとは言え、ひとりぼっちのような気持ちではじめフィールドに立った。
自分にこんなゲームができるのかなと不安に思っていた。
だが、風の魔法でシャルナが声をかけてくれたおかげで勇気が持てた。
勇気とは、みずから作り出すものもあれば、他人から引き出してもらうものもあるというわけなのだろう。
ユキは、その高揚感をおそらくとてもひさしぶりに感じていたのだ。小学生のときに友達たちと結束してあそんでいたときの記憶にとてもよく似ている気がしている。
破壊ゲームは、【レベル・ワン】ではじまって【レベル・テン】でおわる。
普段、体育の授業では、高レベルに達することはほとんどないという。大概、ひとりずつ、みずからのターゲットを破壊できずに脱落していく(五人いるなかで水の魔法使いがふたりいる場合もターゲットは見分けられるようになっている)。
ひとりが残ると五人制の場合、最後のひとりはみずからのターゲット色を、五倍も破壊し続けなければならない。
はじめのころは人数がおおいほうが楽であるが(チーム制は仲間のサポートもできるからだ)、あとになるにつれてどんどん過酷になっていく。
【レベル・ファイブ】
そこで、チームの四人は脱落した。
ユキはひとりになった。
【レベル・フォー】までは同時に放出されることのなかった球体ターゲットも、【レベル・ファイブ】からは同時に放出されるようになり、難易度が一気にあがるのだ。
だが、ユキはターゲットを破壊していくことが可能だった。むしろ【レベル・ファイブ】では物足りないくらいだった。
【レベル・シックス】
ディテクタで【レベル・シックス】という音声が発せられた。
【レベル・シックス】は五人制の最大の壁だった。
そのレベルからは、すでに五感のすべてを活用しなくてはならなかった。
風を感じ取るように、ターゲットを感じ取っていかなければその速度には間にあわない。
【レベル・セブン】【レベル・エイト】
そのレベルに到達するころにはターゲットの速度はすでに弾丸とおなじだった。速度は【レベル・セブン】でマッハに到達して、【レベル・エイト】でその弾丸の数が増えた。
【レベル・ナイン】
警告ブザーが鳴る。
駆けつけた教師たちがユキを止めに入ってこようとする。
レベルアップのあいだにはすこしだけ休憩時間がある。教師たちは停止ボタンを押さずにそれを待っていた。みんなのディテクタに【レベル・ナイン】のアナウンスが入りゲームが再開された。だが、教師は停止ボタンを押せなかった。
【レベル・テン】
警告ブザーは鳴り続ける。
実弾を越えた速度の電気の弾丸が大量に放出されてくる。電気の球は、すでに光が走るようにしか見えない。
だが、ユキはそれらすべてを認識し、両手をつかわずに相殺していく。肉体を動かしていてはぜったいに間にあわない速度だった。認識した弾丸を空中で相殺していくしかなかった。
ユキは、なにも知らないまま、とにかくひたすらゲームをクリアすることだけをかんがえて相殺し続けた。
とくになにか変わったことをしている認識は微塵もなかった。
これがこの世界のあたりまえのレベルだと勝手に思いこんでいた。
【ゲーム終了】
電子フィールドが消えた。
ユキは警戒を解いた。
ほっと肩をおとした。
ふと、まわりが静まりかえっていることに気づく。
『もうすこしいけたね』
シャルナの風の声が聞こえてくる。
「うん、そうだね」
ユキはシャルナに返事をかえした。
「す、すげえええええええええ!!」
男子のひとりがさけんだ。
みんながいっせいに拍手しだした。
なにがおこったんだ、とユキは目をまるくした。
みんなが駆けつけてくる。
シャルナの声がする。
『みんな、そこまでできないの』
「そ、そうだったんだ……。体育の時間だから、てっきり、できるものかと思って……」
『でも、みずからの力量を計れて良かったかも。わたしもユキの限界を把握しておきたかったし』