エヌ・オー・ライト捜査官
ライトは、勝手に部屋にあがりこんでいた。
勝手にあがりこんだと言っても、ここはもともとライトが借りてくれた部屋なので文句は言えない。
ライトは、部屋を閉め切ってタバコを吸っていた。部屋のなかが白いけむりでじゅうまんしていた。ユキは鼻をつまんだ。
「臭いです……」
「ああ、わるいわるい」
ライトはゆっくりと立ちあがって窓をひらきにむかった。けむりはゆっくりと外へとながれていく。
「友達か?」
ライトはシャルナについてたずねてきた。
「友達になりました」
「そうか」
ライトは部外者がいることを知ると、ユキのことをベランダに連れ出そうとする。だが、
「わたしも関係者です」
とシャルナが言った。
「ダラン王の暗殺に協力します」
「いまなんて言った?」
ライトは声を低くして慎重に聞きかえした。ライトはシャルナにむかいあうようにテーブルにすわると、
「聞いたのか?」
と聞いた。
「いえ、わたしが調べました」
シャルナは表情を変えずにそう答えた。ディテクタの音楽はついさっき止めていた。
「どうやって、魔法でもつかったのか?」
「はい」
「……なるほど」
ライトは頭を掻いた。こまった様子で。
「わるいんだが、暗殺はいまのところナシだ」
そもそもユキは暗殺なんてする気持ちはなかった。これはシャルナも話していたことだが、まったくライトは自分になにをさせようとしていたのだ、とユキはちょっと苛立った。
「このまえの事件を知ってるか?」
「ラップ人とゾルガ人のあらそいのことですか?」
「そうだ。そのときの一件のせいで、王が手をくだそうとしている。レジ街にいるマフィアどもを全壊させる気になったらしいんだ」
「なるほど。まあむしろそのほうが良かったりするかもですが」
「まあな。警察としてもそのほうが良かったりするんだが。で、そういうことになっているから、ダラン王も身を隠すはずだ。マフィアどものねらいは王といっても過言じゃねえからな。マフィアがいちばんほしいものは――」
「レジ街」
「って、わけだ」
ライトはシャルナに指さした。
「なるほど、そういうことですか……」
「ま、しばらくユキといっしょに学園生活でも満喫しててくれよ」
ライトはタバコに火をつけて吸いはじめた。
「というか、ぼくは暗殺なんてするつもりないんですが……」
ユキは、テーブルの前に腰かけてそう正直に告白した。
「おまえがやらないで、だれがやるんだよ」
ライトは真剣な口調で言ってきた。
ユキは萎縮してなにも言えなくなった。
それからライトは話題を変えた。
ユキはライトのタバコのけむりでまた鼻をつかんだ。シャルナもおなじようにつまんでいた。
「学校では能力は極力、隠しておけ」
「どうしてですか?」
ユキは顔をあげて聞いた。
「王に気づかれたら、おしまいだぞ?」
「そっか……。わかりました」
ライトが突然、ニヤけはじめた。この人はいつもこうやって愉快なのかもしれない。酒を飲むと大声でしゃべりだすタイプかもしれない。酒についてユキはよく知らないが。
「しかし、やはりイケメンはちがうんだな!」
「な、なんですか急に……」
「あっという間に彼女つくっちゃうなんてよ!」
「彼女じゃないです……」とユキ。
「友達です」とシャルナ。
「あ、そうか、まだ友達か。ま、がんばれ。そっちのほうはおれはぜんぜん協力できねえけどさ! ハハハハハ」
ライトはそう、うれしそうに話した。だが、ユキはぜんぜんうれしくなかった。シャルナのほうは無表情でなにを思ったのかまったくわからなかった。
ライトは、タバコを吸いおわると帰っていった。これから仕事があるという。ユキはホッとした。王の暗殺なんてかんがえられないことだったからだ。それがいまだけかもしれないがやらなくてよくなってほんとうによかった。
「まあ、王を暗殺したところで国がすくわれるのかどうかはわからないけどね」
「そうだよ、マフィアもいるんだし!」
「うん、でも」
と彼女は言った。
「なにかやらないと、なにもおきない。そういうことって、あるよね?」
「……まあ、そうかもしれないね」
それは、ほんとうだと思う。
なにかやらないと、なにもおきない。きっとぼくはその勇気に欠けているんだろうな、とユキは思った。前へと出ていくその一歩がいつも踏み出せないんだ。けれどいまはその一歩を踏み出した直後だ。この異世界はそのスタート地点になるはずなんだ。