無敵の少年
収容所の外へ出ると、AIロボットたちがふたりをあっという間に取りかこんだ。
トルニコスタ城周辺はいま、大量のAIロボットで守られていた。
マフィアの攻撃から、王をまもるのが、いまの最大防御の目的だからである。
しかし、
「あいつは、マフィアの人間だった」
「マフィアの?」
「うん」
その偽者の王は、仲間とも呼べるかもしれないマフィアたちを攻撃していたのである。
ユキは、仮面のソイツの素性をよく知らないが、ソイツがシャルナの父と敵対していたのだろうということは容易に推測できた。
いま、だれを倒せばいいのかも。
容易に。
「仇を打ちたい……」
「王さまは生きてる」
「え?」
「そんな気がする」
ユキは勘だが、そうシャルナに説明した。
シャルナが王の死で苦しんでいることはわかっていた。
だからこそそう説明した。
おそらく、それはシャルナの風の魔法の影響だろう。
シャルナが、そのことをユキに知ってもらいたいという思いを風に乗せてしまっていたのだろう。
あるいは風がシャルナの思いを運んでしまっていたのか、だ。
どちらにせよ、ユキはシャルナのためにそう「王さまは生きてる」と言った。
シャルナの風にも、王の生死を判断できなかったことにユキはすこしおどろいた。
それなのに、なぜ自分にはわかったのか。
それは、ユキにもよくわからないことだった。
王のほうから、なにかを発信してきた可能性があった。
だが、ユキにはなにもわからない。
ただ、王は生きているかもしれない。
それだけが、ユキの心に刻まれている。
神さまかもしれない。
もしもその存在が本当だとしたら、だけど。
「信じる」
シャルナが言った。
シャルナはユキの手をにぎってきた。
「ユキを信じる!」
がしゃん、がしゃん。
ロボットたちがふたりをかんぜんに取りかこんだ。
大小さまざまな形のロボットたちだ。
ラップ人型のロボットがいたり、ゾルガ人型のロボットがいたりしていた。だが、エルファド人型のロボットはいなかった。エルファド人の骨格は戦闘には向いていないからだろう。エルファド人は頭脳タイプが多いとされている。そういったことも考慮されている可能性がある。
ロボットと言っても、それらはサイボーグに近い。人体を模した形であり、外見は人間のそれとおなじだ。
だが、人間と違う部分がある。それは内部構造だ。人体は内臓を抱えているが、ロボットは内臓を抱えていない。体内に、合金を抱えてもいいのだ。
ゆえに銃弾は利かなかった。
だが破壊することは可能だった。
電撃で核を潰してしまえばいいのだ。
AIチップは、人間で言うところの心臓部分にあった。体内すべてに合金を張りめぐらせることはできないが、そのAIチップ部分にはこれでもかというくらいに合金を固めていた。
それは球体の形をした合金で、銃弾はまったく通らなかった。そして電撃も通らないが、ロボットの身体に直接、手で触れさえすれば、その核の内部にまで電撃をテレポーテーションすることができる。
ロボットはそうやって機能停止させるしかない。
遠距離のテレポーテーション電撃攻撃もここへやってくる途中でためしてみたが、その方法はやはりかなりの至難の業だった。
もっとも早く倒すにはやはり直接に電撃を叩きこむしかないのだ。
「シャルナ姫を守りながら、果たして戦うことはできるのかい!?」
仮面のソイツが言った。両手をおおきく広げながら。
「どうやったら諦めてくれるの?」
ユキは聞いた。
「諦める?」
仮面は笑った。
「いま、いったいどっちが優位に立っているのかも判断できないのかね!?」
「こんな異世界にやってきて言うのもなんだけど、こっちの世界のほうがくだらない人間がおおいんだよね。まあ、そんなことぼくにはわからないし、ぼくが言えたことでもないんだけどさ」
ユキは両手のなかで糸をたぐりよせるように言った。
「どういう意味だね……?」
仮面は声を低くして聞いてきた。
「いや、たぶん、あなたにたいして思っていることなんだと思うんだけど」
「わたしにたいしてだと……?」
「ねえ、いまは、王への復讐をしているつもりなの?」
「ああ、そうだ」
「それのどこがたのしいわけ?」
「わたしは本物の自由を賭けて戦争をはじめたのだよ。わかるかね、少年?」
「わからない。わかるわけがない。わかりたくもないよね、そんなこと」
「まあ、わたしだってきみに理解をもとめているわけではないがね」
「そうだろうね」
ユキは右手に青い電気を走らせた。ユキはすこし身を震わせた。
「やっぱり、ぼくはあなたのことが嫌いだ。すごくイライラするんだ。ぼくの戦う勇気の原動力はそれだよ。ただの苛立ちだ。でも、そのおかげで、戦うことができる……」
「苛立ち、か」
仮面はユキを嘲笑った。
「つまり、わたしに【抵抗】するということかね!?」
「【抵抗】でも【挑戦】でもなんでもいい。とにかくぼくはあなたを倒す……ッ!」
「やってみるがよい」
仮面は不気味な笑顔でそう言ってくる。
ユキはそんな仮面を睨みつける。
全身に青い電気があふれ出す。
電気の異能力をユキは抑えこむことができない。
青い電気の光が強くなっていき、シャルナは危険を感じて遠ざかる。
仮面が、右手をおおきく掲げた。
ロボットたちが拳銃を構えた。
「撃て!!」
仮面の合図で、ロボットたちは銃を撃った。
弾丸が、ユキに着弾するその五メートル手前、ユキはすべてを停止する。
だが、それでも銃弾は撃ちこまれ続ける。
まるでどこかのポイントで必ずユキの鉄壁の空間操作能力を貫けるだろうというかのように。
風が、吹いた。シャルナの呼び寄せた風たちがくるくると回転しながら吹いていたのだ。王城の庭のうえに存在しているロボットの台数を風たちは把握していた。ユキはそれをつねに感じ取らせてもらった。そのおかげで、いま、いったいいくつの拳銃があるのかを判断できていた。だいたいの数がわかれば、それでよかった。それだけで、ユキは弾丸停止のイメージまで持っていくことができる。
「くそ……ッ!」
仮面がなげいた。
だが、ユキは弾丸や剣といった物理に強いだけの異能力者だった。アンバーの火球は、いま以上に大変だった憶えがあった。
たとえばいま、撃ちこまれているものが鉛の弾ではなく自然的エネルギーだったとしたなら、きっといま以上に苦労していたに違いない。
ロボットを破壊するために、テレポーテーションしたかったが、しかしそうはいかなかった。シャルナのそばを離れるわけにはいかなかったのだ。シャルナと一緒にテレポーテーションすることは可能だった。だが、それはとてもおおきなリスクだ。シャルナを傷つけるかもしれない。
シャルナを傷つけるわけにはいかない。
もちろん自分のこの電気の異能力でも。
ユキにとっていまもっともたいせつな存在はこのシャルナ以外のだれでもなかった。
王でもなく、
アンバーでもなく、
イリアでもなく、
クロエでもなく、
ジェイクでもなく、
ライトでもなく、
このシャルナだった。
シャルナがいちばんたいせつだった。
なぜかはわからない。
ただそう思うのだ。
そう思うだけでじゅうぶんだとユキは思っていた。
それ以外に必要な感情などこの世界にはいま必要ないと思っていた。
そしてそれだけがいまのユキのすくいだった。
彼女はユキの女神だった。
言いかたが悪いかもしれないが、そうなのだから、そうなのである。
ゆえに、
彼女を傷つけるヤツらはぜんいん敵だった。
ロボットたちは銃を撃ち続けていた。ユキはその撃ちこまれる弾丸をすべて空中で停止していく。ロボットたちはアサルトライフルを撃っていた。そのマガジンが順番に切れていく。左のロボットからマガジンの弾が切れ、それが時計回りに切れていく。かちゃ、かちゃ、かちゃ、かちゃ、と空の銃のトリガーを引く音を立てていく。ユキはその弾切れを起こしたロボットたちからではなくその真逆のロボットたちからテレポーテーションで接近し電撃で仕留めていく。
右のロボットから順番に懐に入りこみ、左胸部分に片手を添えて電撃を放っていく。ロボットが残り三体のところでそのロボットたちはマガジンの取り換えを終えた。だがそのときにはすでにユキもその三体と向き合っており、ロボットたちがどんなに素早く弾丸を放ってこようとも意味を成さない。最後の三体をユキは電撃でぶち壊す。ばちんっ、とおおきな音を立ててゾルガ人型ロボットを青い電気で包みこんで地面へと真後ろに倒す。
「こ、この数のロボットを一瞬で……!?」
「もう終わりにしようか」
「ひいいい……」
仮面は怯えていた。ユキには勝てないことを悟ったのだろう。
この世界では魔法使いたちよりもロボットたちのほうが優れているとされている。
そのロボットで歯が立たないのだから、仮面の怯えた反応も無理はない。
「ゆ、ゆるしてくれ……!」
仮面が土下座するようにユキに懇願した。
「ゆるさない」
だが、ユキはゆるすつもりなど微塵もなかった。
男の、下げた頭の頭頂部にひとさし指をつきつけた。
「ううう……」
仮面が恐怖のうめき声をあげた。だが、それはユキの勘違いだった。
「うう、フフフ……」
ソイツは笑っていたのだ。
「フフフ、フハハハハハ!」
「なにがおかしい?」
仮面が笑いながらユキを指さして言った。「おまえが勝ち誇っていることがおかしいのだよッ!」
そのとき突然、周囲の闇が剥がれ落ちて、幾本もの闇の刃が出現した。
「おまえの心をむしばむぞ、ククククク……!」
闇の刃が空を降った。ユキは素早くテレポーテーションで避けた。だが、ユキは危機を覚えた。シャルナの方向にも闇の刃が降り注いでいたのである。
「シャルナ!」
「ハハハハハ、馬鹿めが!」
ユキはとっさにテレポーテーションしてシャルナを守った。
闇の刃がユキの背中に幾本も突き刺さった。
ユキは電気のイメージを断ち切られた。
それは物理の刃ではない。
ユキの物理停止イメージは利かない。
それゆえ身体で受け止めるしかなかった。
「その刃はおまえの思考を止める。もうおまえはその妙な力を使うことはできない!」
仮面は立ちあがって声をあげる。
ユキの目や鼻、口から、黒い液体があふれ出した。ユキはなにも見えなくなった。すべてが闇で包まれたかのように。
「ユキ……!」
シャルナの声が聞こえた。なんどもシャルナはユキを呼んでくれた。だがその声もやがて聞こえなくなる。
「もうおしまいだ」
仮面の声だけはユキの耳によく聞こえてきた。
「世界が闇に染まると、空には星がひろがる。悲しいときには、星のようにかがやいて、風のように吹けば、きみにも光の道が見えてくるだろう。だが、世界にはそれとは正反対の人間が存在する。つまり悪人たちだ。それを裁くのは光であり、そしてきみである。さあ、守ってこい。その街を、その少女を――」
神の声が聞こえた。
だがユキの目に光がもどることはなかった。
しかし、ユキは勇気を持つことができた。
いつだって、そうだ。
みずからの背中を押してくれるのは、みずからの勇気だけだ。
ユキは右手に電気のイメージを持った。
そこに電気が生まれているのかはわからないが。
一歩、前へ。
足を踏み出した。
身体中に闇の刃が突き刺さってくるのがわかる。
だが、ユキはそれでも前へゆく。
身体の痛みはない。
けれど、こころがむしばまれていく。
耐えられないほどのこころの痛みを感じる。
死んでしまいそうなほどのこころの痛みを。
だが、ユキは立ち止まらない。
仮面の首をつかむ。
死んでもコイツを止める。
悪行をゆるせなかったからだ。
ユキは電撃を放った。




