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レジ・トルニコスタ

 商売は、どこの世界でも共通だ。

 マンモスの肉を持っている人間は、それをほしがる人間に、なにかの対価を要求する。

 それが、物を売るという意味だ。


 太陽の色も、変わらない。

 火は、つねに赤く燃えあがるもので、その色が変わったりはしない。


 そう、宇宙の理論が変わらないかぎりいま地球で目にしているものが突然、変化したりはしないのだ。


 ここはどこだろう。


 小野寺ユキはそこで立ち尽くす。

 タイヤのない車が目のまえを通過していく。

 なにかの小説で読んだことがある。それはエア・カーというものだ。それが飛んで走っている。

 ここは街だろうか。たくさんの建物が立っている。どれもこれも高い建物ばかりで、むこうの空も背後の空も見えない。ただ空に浮かんでいる黄色く燃えあがった太陽だけが目に入る。

 空は青い。

 太陽は黄色い。

 地面はアスファルトだ。

 地球と似ている。


 だが見たことのない世界。


 ラクダのような生物に乗った男がむこうの歩道を歩いている。それに走り寄っていくひとりの女がいる。女は男にたのんでなにかを買う。金をはらっている。

 言語が聞こえる。聞いたことのない言語だ。しかし、耳にしてみるとそれがなんなのかわかってくる。おそらく神がそうしたのだろう。この世界の、ここが国なのかどうかはわからないが、この場所での言語をユキの脳味噌に刻みこんでくれたのだろう。

 巨大なエア・カーが横切った。荷台におおきな水槽を乗せていた。水槽のなかには見たことのないクジラのような生物がいた。皮膚は青黒く、まさに海の生物という感じを受ける。だが、やはりその体つきや顔は地球では見たことのないものだった。そもそも地球ではクジラは水槽では生きられないのではないだろうか。

 信号機が飛んでくる。重力操作のような機械で浮かんでいる。それはエア・カーもおなじだ。ユキの立っている道路が使われるらしく、信号機がユキの存在を邪魔にした。ぶーぶーとブザーを鳴らしてきて、退けろと伝えてくる。ユキはあわてて歩道に飛んだ。

 歩道に立ったユキは、背後のビルに振りかえった。全面ガラス張りで、とても綺麗なビルだった。だがしかし、ビル内部が透けて見られることはなかった。透明は、演出なのかもしれない。

 よくあたり見まわした。あたりにもおなじようなビルがたくさん建っていた。どれもこれも透明で、まるで街全体が透明なのではないかとおどろいた。

 ユキは、無償にさみしくなった。いまぼくはかんぜんにひとりぼっちだ。もとの地球に帰ることはできない。異能力を手にする代わりにすべてを捨ててきてしまったんだ。

「ちょっときみ、いいかな?」

 肩をたたかれ、ユキはビクッとした。

 とっさに背後を振りかえると、警官らしき恰好をした男の人が立っていた。

 男がユキの両腕をつかんでくる。なにかをたしかめるようにながめはじめる。

「なぜ、持っていないんだ?」

「な、なにを……」

 日本語ではない言語を話しているのに、しっかりと話せていることにすこしだけおどろく。

「ディテクタだよ」

「ディテクタ……?」

 なんのことかわからなかった。

「義務だぞ、家にわすれてきたのか?」

「わ、わかりません……」

 ユキは緊張していた。この警官にみずからのことを説明してもちゃんと受け取ってもらえるとは思えない。どうすればいいのだろう。ユキは困惑した。緊張と困惑はユキの精神をひどく動揺させる。

「ちょっと、いいかな?」

 警官が、なにも言わないユキの腕をつかんで歩き出そうとする。逮捕されちゃうのかな、とユキは顔を青ざめる。

 そのとき、銃声が鳴った。銃声を聞くのははじめてだったがおそらくそれは地球とおなじような音だっただろう。世界が変わっただけで原理までおおきく変わるはずはない。

 警官の頭から血がぴゅっ、と飛ぶ。警官は、ユキの腕を離すと、そのまま地面にたおれる。人が死んだ。おなじ肌の色の人が。

「まずい!」

 ユキは背後を振りかえった。男がひとり立っていた。青い肌をした男が。

 ユキの頭のなかでは、警官が死んだことがいまだに理解できなかったが、青い肌の男のことは瞬時に理解することができた。

 見たことのない人間だ。

 それはいままでに感じたことのない衝撃だった。

 そしてそいつが銃を撃った。

 警官を殺した。

 つぎの瞬間、ユキはおおきな威圧感をおぼえた。

「ゾルガ人め!」

 青い男が吐き捨てた。

 ユキのその背後にだれかが立っていた。

「ラップ人のこそくなまねには飽き飽きだ」

 ユキはゆっくりと背後を振りかえった。巨人だった。なめらかな肌の巨人がそこに立っていた。ビルの二階あたりに頭があり、おそらく身長は二メートル半以上あるだろう。

 まるで海底で暮らしているかのように肌がなめらかだった。そのうえ硬そうなのだ。なめらかだが、硬そうに映る。そして目蓋は閉じられないようだった。皮膚が硬くなっていて、閉じられないのだ。

 一方、ラップ人の青い肌の男のほうは、地球でもよく見かける人間とおなじようなタイプの生命体だった。ただすこし変わっているとすれば、手足が長いという点くらいだろう。

「なぜ、たやすく人間をあやめるのだ……?」

 ゾルガ人の巨人の男の口調はとてもゆっくりなものだった。口をうまく動かせないのでしゃべるのが苦手らしい。

「エルファド人が嫌いなんだよ!」

 ラップ人の口調は早口だった。彼だけがそうなのかもしれないが。とにかく口はかんたんに動かせるのだろう。

 それから、どうやらおなじ人間のように思っていた警官は、エルファド人というらしい。エルファド人は耳と目が特徴的だった。どちらも細長い。

「なぜだ」

「野蛮に生きるのをやめろとかなんとか言ってくるんだ、エルファドの野郎たちが! おれたちはこうして生きていくしかねえのに、いつも文句ばかり!」

 ゾルガ人はだまりこんだ。おそらくかんがえていたのだろう。

「てめえ、見たことのねえ人間だな。どこの人間だ?」

 ラップ人がユキに質問してきた。ユキは動揺していて言葉が出なかった。そもそも地球人などと言えるはずもないが。

「おれたちに文句があるなら、てめえも殺すぜ!?」

「ぼ、ぼくは……」

「見たところ貧弱そうな人間だな」

 ラップ人はユキを中傷して笑った。そのラップ人がゆっくりとたおれていく。胸部に弾丸を受けていた。ゾルガ人がさけんだ。

「やめろおおおおおおおおおおお!」

 だが、すでに遅かった。

 隠れていたラップ人たちがあらわれ、それからゾルガ人たちもあらわれた。

 青い肌の人間たちと、巨人たちが道路を塞いで睨みあいをはじめる。

 当然、道を塞いでいるので、エア・カーや信号機は立ち往生することになった。そのブザーやクラクションが、鳴りひびきはじめる。

 エルファド族の警官たちが、駆けつけた。道路は一瞬で緊迫した。やがて危機をさとったエア・カーは逃げていった。信号機のブザーのみが鳴りひびき続けた。

「仲間が撃ち殺されたぞ、警官! どうにかしろ!」

 ラップ人たちが警官たちに罵声のように訴えはじめた。

 そのなかのひとりが銃を撃った。警官にむけて。

 そしてそれが戦いの引き金となった。

 ラップ人とゾルガ人が銃撃戦をはじめた。ラップ人は一発受ければ致命傷だが、ゾルガ人のほうはその強靭な皮膚のおかげで銃撃戦にはそれなりに強かった。だが、めっぽう強いわけではなかった。そんな人間はどこにも存在しない。

 道路上で撃ちあいをはじめたことで、一気に何人もの犠牲者が出た。残ったヤツらは、物陰に身を隠してチャンスをうかがう。

 ユキは、弾丸を避けることができなかった。ちょうど彼らの真ん中に棒立ちしていたことにある。

 だが、弾丸は空中で停止していた。


 それがみずからの意思だということにまずおどろいた。


 これが神のあたえてくれた異能のちから――。


 念力の操作――。


「ど、どうなってやがる……」

 ラップ人たちとゾルガ人たち、それとエルファド人の警官たちは言葉をうしなった。

 そこに、

 なぞの集団があらわれた。

 黒いローブを羽織った人間らしき背丈のやつらだ。

 そいつらがどこからか降ってきて、ユキを取りかこんだ。

 そいつらは、ラップ人たちの遺体のうえに立っていた。

「危険度が高い。ここで始末しなくてはならない」

「何者なのだ、この人間は」

「わからない。どの人間かも不明だ。だが、消さなくてはならないことだけはわかる」

 治安活動家たちだ!

 と、

 どこからか聞こえた。

 この人間たちはそういうふうに呼ばれているらしい。

 ラップ人たちが逃げていくのがわかった。

「無闇に近づくのは危険だ。銃弾をとめていた。いまも空中に残っているのが見えるだろう?」

「ああ、見える」

「だが、弾丸の威力は消え失せたはずだ。跳ね返ってくることはないだろう」

「まったくそのとおりだ。だがあなどることはできない」

「異能力者なのか……?」

「そうかもしれない。神話にしか聞いたことのなかった人間の存在をうたがわなければならない」

「なるほど」

「なるほど。理解した」

 ローブの治安活動家たちが拳銃をかまえた。たしかに弾丸はとめられた。だが、いまからもういちど、それをやれと言われてもできるかどうかユキは自信がなかった。

 潔白を証明したかった。だが、言葉が出てこなかった。ユキは恐怖に震えていた。身体の震えはずっととまらなかった。


 金色にかがやくひかりをはなったひとりのおじいさんがいつの間にかユキのそばに立っていた。


 神だ。


「炸裂したまえ」


 彼は笑ってユキにそう言った。


 すると不思議なことに身体中からちからがみなぎった。

 まるで頭のなかは異能力のイメージでいっぱいとなった。

 それらすべてを自在にあやつることのできるイメージもあった。

 ローブの人間たちが、引き金を引いた。たくさんの弾丸が撃ちこまれた。だがそのすべての鉛の弾をユキは目を閉じたまま空中で止めた。

 すべてはイメージだった。

 イメージのさきに異能力があった。

 片手を突き出すと、ローブの人間は吹き飛んだ。

 片足を突き出すと、ローブの人間は腹部をおさえてたおれこんだ。

 背後で、銃が撃たれた。ユキは即座にそれを感知して振りかえった。ローブの人間はラップ人を盾にしていた。

 怒りが湧いた。

 ちからを持ったからこその勇気だった。

 ユキはテレポーテーションした。

 それも念力の一種だった。

 ローブの人間の首根をつかんだ。ユキはそのままその人間を地面にゆっくりと押したおしていく。

「だれが悪なのかすぐにわかった……」

 この星に正義がいるのかはわからなかった。だが悪ならすぐにわかった。

 しかし戦争とはたがいが良いことをしていると思いこんでいるものである。

 たがいが正義同士なのだ。だから戦争がおきる。

 何人ものローブの人間たちが道路のむこうから歩いてくるのが見えた。

「この街をまもれ。この街はわれわれのものだ」

 遺体を踏みつけたり盾にしたりするようなやつらが街をまもっているだって?

 ふざけた話もあるもんだ。

 と、ユキは呆れた。

 がちゃり。

 ユキは背後から手錠をかけらてた。

 エルファド人の警官のしわざだった。

 エア・カーのパトカーらしきものに押しこまれた。エア・カーはそのまま発進した。治安活動家たちは呆然と立ち尽くしていた。車内の帽子の男が言った。

「能力者か。はじめて見たな」

「ご、ごめんなさい……」

 ユキはとっさとはいえ、たしかに危険な行為を侵してしまった。相手を殺していたかもしれないのだ。だから警官にあやまった。

「いや、やつらはこの街のゴミどもだ。壊してもかまわない。だが、危険は侵すな。もっと慎重にやれ」

「え?」

 理解できない部分がいくつかあった。

 エルファド人の警官の男は言った。

「あいつらはぜんぶロボットだ」


 エルファド人、ラップ人、ゾルガ人。この三種の人間たちはレジ・トルニコスタという国に住んでいる。そのレジ・トルニコスタには王がいて、その王が国を動かしている。かんたんに言えばそいつは独裁者で、みんなが殺したいと思っている。だが、王は治安活動家たちというロボット部隊を形成し、みずからのいのちをまもっているという。エルファド人の警官の男もこの国を取りもどしたいと思う人間のひとりだった。

「おまえが来ることはわかっていたんだ。預言者がいるからな」

「預言者……?」

 異能はない世界だと思っていたけれど。

「魔法使いの預言者だ。知らないのか?」

「知らないです……」

 魔法使いが存在するのか。

 ユキはそれに興味をいだいた。

「妙なやつだな、おまえは。ディテクタもはめていないし」

「その時計のようなものですか?」

「ああ、そうだ。国民の義務だぞ? まあ王の義務ではないから気にすることはない。だが、はめてくれ。そのほうが市民は不安に思わない」

「でも、持ってないから……」

「なに?」

 男はおどろいた。

「そんなはずはないだろう?」

 それは住所や名前よりも大事なものだったらしい。

「ほんとうに、ないです……」

 しばらく男はだまってかんがえこんでいた。

「国外からやってきたのか?」

 どこからやってきたのかという質問には答えられなかった。きっと信じてもらえないと思ったからだ。

「国外からです……」

 と答えると、男は信じてくれた。

「そうか……。よく入ってこられたな。ここから入ったり出たりするのは不可能だと思っていたが」

「あ、あのテレポーテーションできた――あ、いや、できるので……」

「なるほど」

 パトカーはとあるマンションのまえで停車した。

「預言者に言われていたからな、生活用品はすべて用意しておいた。魔法学校への編入手続きも済ませてある。まずはここでの暮らしに慣れることだ」

 男が言う。

 ユキは困惑する。

「な、なんて……?」

 男はひと間、置いて、

「期待している」

 と、言った。

 その言葉の意味はとてもおおきなものだったにちがいない。

「おれの名前はライト。オー・エヌ・ライトだ。オノデラ・ユキ、これからよろしくたのむ」


 パトカーが走り去っていく。

 ユキはしばらくその場を動けなかった。

 空を見あげた。

 黄色い太陽が、赤く染まっていた。

 この星でも、夕焼けは、赤かった。



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