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 人間は、ただの動物だ。

 息を吸い、肺をうごかし、血液を循環させ、生きているだけの。

 じぶんたちは、心臓や、脳という身体の重要な部分たちによって、ただ生かされているだけの存在だ。

 神は、いない。

 もしも神がいるのだとしたら、じぶんたち人間はよりかんぺきな存在となっていたはずだし、ほかの生命たちだってよりかんぺきな存在となっていたはずだから。

 でも、そうじゃない。

 世界は、かんぺきじゃない。

 おそらく、宇宙そのものが、そうだからだ。

 宇宙そのものがかんぺきなものじゃないから、じぶんたちはぜんぜんかんぺきな存在になりきれなかったんだ。

 だからといって、小野寺ユキはかんぺきな存在になりたかっただけじゃない。

 生きていくうちに、そうなりたいと思うようになったわけでもない。

 小野寺ユキは、かんぺきじゃなくてもよかったんだ。

 でも、あるていどの。

 そうだ。

 そう、あるていどの、しあわせだけは、つかみとりたかった。


「ニンゲンをやめる勇気があるのなら、ちからをあたえよう」

 神はそう言った。

 小野寺ユキは神はずっと存在しないものだと思っていた。

 だが近所の公園のベンチにすわる金色の影のようなそのおじいさんはみずからを神だと名乗った。もちろん小野寺ユキがそれを本気で信じたわけではない。幽霊かもしれない、とは思ったけれど。その幽霊ですらも、まぼろしかもしれないのだ。そう、いま見えている金色の影のおじいさんはただの幻想かもしれないのだ。だから信じたわけではない。

「神かどうかはきみが決めることだろう?」

「たしかに」

「もうひとつ世界がある」

「さっきから、いったいなんの話を……」

 神の話はバラバラだった。ちからをあたえるという話をしだしたりもうひとつの世界が存在するという話をしだしたり。その話にユキがついていけなかったわけではなかったが、とにかくすべてがあやしくて仕方なかったのだ。

「きみのおもう、ニンゲン以外のモノになるという意味ではない。きみの情報源がきみですべて途絶えてしまうという意味だよ。つまりきみはもうこのさきずっとみずからの子を生み出すことができなくなるというわけだ。だが、良いだろう? そう、きみはおもっているのだから」

 なぜ、そうおもっているとわかったのか、ユキにはまるで理解できなかった。

「で」

「それで、きみはべつの世界へ移住し、異能力のちからを得る。そのちからで、人生をやりなおしたまえ。ただし、いま言ったように、きみはニンゲンをやめることになるが」

「いいよ、それでも……」

 ユキは、それは肯定するしかなかった。

 こんな人生、ドブに捨てても良いくらいだと思っていたからだ。

 父や母には申し訳ないことをするかもしれない。

 でも、もしもこの神のまぼろしの話がほんとうだとするのなら、ユキはぜったいにそうしたかった。


 異能力が使いたい。


 そんな人生をおくりたい。


 それはいま生きている世界ではかならず手に入らない幸福だった。


「でも、この世界にも異能力者は存在する」

「たしかに」


 それは、ほんとうだった。

 だから、ユキはいつも劣等的なものを感じていたのかもしれなかった。

 異能さえあつかえれば、彼女ができたり、友達たちとたのしい会話ができたりしていたかもしれなかった。

 そういう理由があったのかもしれなかった。

 この人生が、嫌になったのには――。


「ぼくは、えらばれなかった存在……」

「いいや、そうではない。ただ、えらぶのが苦手だっただけだろう。しかし、きみはむこうの世界でえらぶ勇気を得ることになるはずだ。それがひつようなのだ、いまのきみには」

「もどってこられるの?」

「もどってはこられない」

「そっか。でも、それでいいや」

「そう決断することは、わかっていた」

「連れていって、その別世界に」

「ああ、もちろん。そのつもりだよ」





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