千依と同窓会
千依の高校2年3年時代のクラスは非常に仲が良かった。
イベントの度に盛り上がり、イベントじゃなくとも笑顔が絶えないクラス。
それは卒業後も変わらずだ。
卒業して8年経って同窓会が4回目というのは、仲の良さを象徴する数だと思う。
千依を大きく成長させた高校時代。
個々人で関わった時間に大小はあれど、同じクラスの仲間だという繋がりは今でもちゃんと残っていると感じられる。
そういったクラスに出会えたのは本当に幸運だった。
そして、だからこそ、千依は4回目の同窓会を非常に心待ちにしていたのだ。
今までに開催された3回は仕事と重なり、どう頑張っても行けなかった。
しかし今回は途中参加になってしまうとは言え、何とか行けそうだったのだ。
生まれて初めての同窓会。
卒業後初めて会う人だっている。
8年もすれば、いろんな経験を積んで色んな変化が表れているはずだ。
そう思えばドキドキそわそわ千依の心は楽しみと不安と期待で落ちつかなかった。
辿りついた同窓会会場は、小さいけれどお洒落な雰囲気の居酒屋。
千依や宮下という著名人がいる点を考慮して、人目につきにくいよう幹事が配慮してくれたらしい。
お店を貸し切ってくれているため、騒ぎになることはないだろう。
心で幹事にお礼を言いながら、千依はドアの前で深呼吸して、中へと入った。
「お、中島来たか!」
「来た来た、うちの出世頭が!」
「中島さん!!待ってた、超待ってたよ!私色々聞きたいことがっ」
「あ、百合ずるい!私も混ぜて」
「え、えっと、その…こ、コンバンハ」
予想以上に勢いよく迎え入れられ、千依は固まってしまった。
緊張が強まりガチガチになる中、ぐるりと店内を見渡せばざっと20人くらいの人がいる。
そしてその半数くらいの人数が千依を囲んだのだから動揺しても仕方ないだろう。
部屋の隅で萌と真夏の存在を確認し縋るような目線を送れば、諦めろと言わんばかりに首を振られ少し泣きそうになる千依。
そんな千依を尻目に、興奮した様子でガシリと腕を掴んできたのはすらりと背が高くスタイルの良い女子だった。
「熱愛報道見たよ!もうその話したくてウズウズしてたの私!」
「え、あの」
「私も!実は今回中島さんが参加するって聞いて無理やり予定空けてきたんだから」
「へ、そ、その」
「で、じっくりお話しましょうか」
「う、うぅ」
千依を取り囲んだのは5人ほどだった。
明るい髪の色にショート丈のスカートがよく似合うギャル系から、エスニック系、清楚系など分野はバラバラだが一様に目を輝かせて千依を見つめている。
竜也との交際発表から1年近く。
世間ではすっかり治まって飽きられたと思っていたが、どうやらそうでもないらしいと千依は認識を改めた。
「で、ぼたんのタツと付き合ってるのは本当なの!」
「は、ハイ」
「どっちから告白したの?出会いは?どうやってお近づきに?」
「ちょっとミエ、いきなりそんなに質問したら中島さん混乱しちゃうよ。ひとつずつ」
「そうそう。で、告白はどっちから?」
「え、えっと、た、タツ…かな」
「えー!?そうなの!!何て言われたの!そこらへん詳しく!」
「え、えええ」
「というか普段もタツのことタツって呼んでるの?うわあ、中島さんが呼び捨てするのって新鮮な感じ。特別なんだねえ」
と、まあこんな感じで尋問のような質問コーナーが続く。
千依からすると、正直な話自分の恋愛話をするのは非常に照れくさい。
その天然さから本人が気づかぬ間に惚気てしまうということは割とよくあるが、意識してそういった話をすることは親友2人以外にはなかったことだから。
半ば涙目になりながら顔中真っ赤にして質問に応えていくと、やがて30分くらいした頃から女子たちも納得してくれたらしい。そして、そこから発展して今度は自分たちの恋愛事情だったりそういった話をするようになった。
…少々過激になった話に再び顔を真っ赤にして固まってしまった千依だけど。
そのあまりの初さに、一部の女子は癒され、一部の女子は悶え、一部の男子は会ったこともないタツにわずかに同情したらしい。もちろん千依は気付かなかったが。
そうしてようやく解放され、根掘り葉掘り喋らされた千依は若干へろへろになりながら萌達の方へと向かう。
「ねえ、宮下くん。私これ持ってるんだけどさ」
「ん、柳何持ってって…お、おま!それ、何で持って…!?」
「実は私アニメとか声優さんとかゲームとかハマりまして」
「いや、だからって何でわざわざピンポイントで持ってるんだよ!」
そうすると、耳に響いてきたのはマイペースな人柄だった女子と宮下の会話。
どうやらそこに萌や真夏も加わっているらしい。
「柳ちゃんそれ何?」
「愛の囁きボイス!」
「愛の、ささやきぃ?」
「…へえ?」
「ねえねえ、宮下くん。実際さ、萌ちゃんにもこんな甘い台詞言ったりしてるの?」
「言うわけないだろ!ちょ、勘弁してくれ!仕事だから本気でやっているけど、身内に聞かれんのはマジで勘弁」
「…ねえ、柳ちゃん。それ私も聞いてみたい」
「萌!頼む、一生のお願い。本当やめて、彼女に聞かれるのは一番堪えるから」
「そう、その件で萌ちゃんにちょっと謝りたくてさ。私買ってからコレが宮下くんだって気付いたの。宮下くんの声個人的に好みみたいで。でも彼女からしたらあんまり気分良くないよね、だから何かごめんね?」
「ああ、良いのに気にしなくて。気に入ってくれたならどんどん買ってあげて?安く手に入るようなら回してあげるよ?」
「え、本当!?ありがとう!」
「って、お前ら無視すんな!!つか萌、お前こんなとこで宣伝すんな!」
…どうやら苦労しているのは千依だけではないらしい。
そんな事実に、宮下には悪いが何だかホッとした千依だった。
「…それにしても、千歳さんとのことは伏せといて正解だったね真夏」
「あー、本当。でも、何か勘付いてるっぽくない?あそこらへん」
「自分から切り出されない限り聞きにくいよさすがに。確定してるわけじゃないしさ。しらばっくれとけばしつこく聞いてくる子たちじゃないよ」
「そうだね。千依と宮下には悪いけど、私も根掘り葉掘りはちょっと勘弁」
そんな会話が親友達の中でされていたことは、宮下に泣きつかれ「俺の苦労が分かるのはお前だけだ」と愚痴を聞かされ続けていた千依には聞こえない。
みんなお酒の入ったハイテンションの中では遠慮というものがなくなってきているのだ。
特にすでに3回も開催された同窓会の関係で、親密度は高いから尚更。
やっと質問攻めや愚痴聞きからも解放され、普通のあるべき同窓会の姿に戻ってわいわい盛り上がる会場。
案外そこそこお酒の強い千依は、3杯目のカクテルをゆっくり飲みながら皆を見渡す。
「ん?どうしたの千依」
「…うん。10年前の自分にこの風景を見せてあげたいなあって、ちょっと感動してた」
「あはは、あの時の千依はすっごい挙動不審だったもんねまだ」
「えへへ、懐かしいなあ」
萌や真夏と話しながら、千依は昔を少し思い出す。
10年前の自分ではまず想像できなかった世界。
案外世界は広くて、きっかけも案外そこらへんにゴロゴロと転がっていて、目の前の風景は決して手には届かない遠いものばかりじゃないんだということ。
あんなに難しいと感じていた人付き合い。
けれど10年経ってみれば、こんな風に笑いに満ちた普通の風景に自分の居場所を感じることができる。
何もかも駄目だということなどない。
普通という現実は当たり前のことなんかではなかったけれど、それでも手を伸ばせば迎え入れてくれる人達は確かにいる。今でもこうして一緒に昔を懐かしんでくれる人達がいる。
「10年先の私はどうなってるかな」
感謝しながら、その先のことを自然と楽しみだと思えるようになった。
「10年後、ねえ…私は子供が欲しい!そうだな、3人くらい欲しい」
「真夏は大丈夫でしょ、相手もいることだし。というか、そろそろそういう話がきてもおかしくない頃じゃない?」
「あー、うん。まあ、その。まあね…自分で言っといてなんだけど、照れるわ」
「真夏ちゃんと千歳くんの子供かあ、楽しみだな」
「というか、千依のとこに子供がいたっておかしくないよ?って私のとこもか」
「え!わ、私の…子供」
「千依の子供…どうか性格は千依みたく優しくて、でも天然さは受け継ぎませんように。親子揃って天然とか危なっかしくて見てられない」
「真夏、そう上手くはいかないものなのよ。遺伝って言うのは嫌なとこばっかり引き継ぐもので」
「うっ、萌、夢の無いこと言わないでよ」
好き勝手に自分たちの未来を語って、昔の話に華を咲かせて、近況を語り合う。
同窓会というのはそんな機会を与えてくれる不思議な空間。
「おーい、中島!お前ちょっとこっち来いよ!ちょっと聞きたいことあんだけど!」
「え、は、はい!」
あの頃あまり話せなかった人とも、そんな感じで話すことができた。
あの頃に比べ千依もコミュニケーション能力が格段に上がったし、級友達もみんな大人になった。
あの頃にはなかった価値観で語ることができる。
同窓会がお開きになるまで千依の笑みが絶えることはなかった。
ちなみに、その同窓会が終わり外で皆が集まった時。
「どうも、千依がお世話になってます。これからも仲良くしてやってね」
どこからともなく現れた竜也がそう言って千依の迎えを買って出る。
「…どう思う、真夏」
「…どう見ても、牽制。年々余裕なくなってくね、あのおっさん」
そんな様子を見て、親友達が呆れていた事も
「俺、初めて芸能人見た。まじでかっけえ、感動したわ」
「すげえな、何か舞台の裏側見た感じ。今度サインくれっかな」
竜也のささやかな牽制に全く気付かず興奮した様子で盛り上がる男子達の様子も、千依が気付くことは結局なかった。
そしてその後も定期的に開催される同窓会に、可能な限り参加しては同様なことが繰り返されるのが密かな定番となっていったのだった。