千依と親友達
番外編「千依と竜也5」の前あたりのお話です
「あ、それ奏の新曲?」
電車内で聞こえたそんな声に千依の肩がビクッと分かりやすく跳ねる。
もともとそんなに目立つ顔立ちでもなければ帽子もしっかり被っている千依は、街中を歩いていても滅多に姿がバレるわけではない。千歳は奏の顔なだけあってそうもいかないみたいだが、千歳ほど顔が知れていない千依1人の時ならばこうして電車に乗っても皆スルーだ。
しかしそれでもどうしても反応してしまうのだ。
ドクドクと激しく心臓を鳴らせながらついつい耳をダンボにさせてしまう千依。
「うん、そう。昨日アップされたPVが格好良かったからつい見ちゃうんだよねー」
「へー、そうなんだ。というかもっちゃん奏とかも聴くんだね」
「うん、雑食だし、私」
どこにでも転がってそうな会話をしているのはどうやら高校生らしい。心のなかで「ありがとうございます!」と千依はお礼を言った。
「でもさあ、チトセとちぃって本当にあんな仲良いのかな?普通兄妹であんなにベタベタなのって有り得なくない?」
「実際仲良かったとしてもあそこまでではないんじゃない?半分くらいビジネスだって」
「だよねー」
「第一、チトセってもう結婚してんでしょ?ちぃだって熱愛報道あったし。これでテレビのままのシスコンブラコンだったら、正直奥さんと彼氏が可哀想じゃん」
「確かにねー、私なら嫌だわ」
「マザコンの彼氏は嫌だって言う人いるけど、シスコンすぎる彼氏もねえ…恋人が兄妹とベタベタなのは辛いわ」
「…ま、でも実際2人共恋愛してるんだしそこまで依存関係にないでしょ。芸能界なんてファンタジーだって」
「だねー」
何気ない会話なんだろう。
しかし、交わされた遠慮のない言葉達に千依はピキッと音が鳴りそうな勢いで固まった。
何せ千歳との関係性はビジネスじゃないのだ。
完璧ノンフィクションであり、完璧に現実だ。
シスコンだと言われまくる千歳を何度も目にしてきたし、ブラコンと何度も言われまくって来た千依。
自分たちが普通より仲が良い方だという自覚はあったし、自分がブラコンだという自覚もあったが、その先にまで頭が回ってたなかった。
“奥さんと彼氏が可哀想”
“私なら嫌”
“恋人が兄妹とベタベタなのは辛い”
そう、その言葉に千依は非常にショックを受けていた。
そ、そうなの…!?なんて頭の中で問いながら、顔面蒼白になっていく。
すぐに頭に浮かんだのは竜也と真夏。
可哀想だと彼女たちが言った対象の人達。
恐ろしく自分が無神経なことをしてきたのではないかと冷や汗まで流れてくる。
思わず手に持っている紙袋のヒモを強く握ってしまう。
どうしようどうしようとグルグル悩みだしてしまう千依。
そんな時にポケットに入れたスマートホンが振動した。
手をもたつかせながら画面を開けば、そこにはとあるメッセージ。
送り主はまさに今千依が頭に浮かべていた義姉で。
『焦らないでゆっくりおいでよ!くれぐれも大騒ぎにならないように!』
そう、今日は久しぶりに取れたオフで真夏達の家に遊びに行く予定だったのだ。
集合時間まで少し余裕があるからちょっと電車に乗って美味しくて体に優しいと評判のお菓子屋さんでお土産を買っていた。
ちなみに千歳は今日は単独でテレビ仕事だ。
トーク番組にゲストの友達として呼ばれたらしい。
高校時代に仲良くなった俳優と今頃話に華を咲かせているんだと思う。
萌もこの日に合わせて有給を取ったらしく、本当に久しぶりに3人揃うこの日をとても楽しみにしていた。
しかし、今の会話を聞いてしまうと千依はいてもたってもいられなくなる。
電車から降りると遅いながらも全力疾走だ。
「千依いらっしゃ…ってどうしたの、あんた」
「真夏、千依来たの?」
「萌。来たんだけど、なにこの満身創痍な感じ」
「ま、真夏ちゃ」
「え、なに?」
「ごめんなさいいいいいいいいいいい」
「は?え、ちょ、千依!?何いきなり」
「私、無神経で駄目で嫌な思いさせちゃってごめんなさい!!!」
「はあ?一体いつ私が嫌な思いしたわけ?」
「…何吹き込まれたの、千依」
「わ、わた、私、ちゃんと依存しないで兄離れする…!するから、嫌いにならないでっ」
「は?ちょ、ちょっと待ったあ!!それ駄目、絶対駄目、本気で駄目。何があったのか一から話して!千依が兄離れなんてしたら恐ろしい事態が起こるから!」
「……真夏、あんたも一旦落ち着く。千依、落ち着きなさい」
部屋に入るなり早々泣きそうな勢いで土下座までし始めた千依。
それに慌てたのは真夏で、冷静に2人の肩をたたいたのが萌。
そうしてようやく落ち着き千依から話を聞いた2人は盛大にため息をついた。
「とりあえず良かったわ、千依がいじめられたり絡まれたりしたわけじゃなくて」
「つーか、私が双子に対して嫌な思いするわけないじゃん!2人が一緒にいるの初めて見た時から癒しとしか思ってないわ、その関係性!あるとしたら千歳のシスコンが激しすぎて暴走しないかハラハラする程度だって」
「う、で、でも可哀想って」
「それ世間一般な考えでしょ?私が世間一般的な考えのもと生きてるような人間に見える?」
「見え、ない」
「でしょ?じゃあ、良いじゃんそれで」
「……千依、何気にすっぱり答えるのね」
相変わらず自分たちは年長者が圧倒的妹分だ。
萌はそんな千依と、最近以前にも増してしっかりした真夏を眺める。
千歳と真夏が結婚して、千依と真夏は姉妹になった。
親友が幸せを見つけた喜びと同時に、少し変わった関係がいつか自分達3人の関係性も変えてしまうのではないかと密かに心配していた萌。
しかしそんな気配はなく、ちゃんと自分たちの関係はこうして続いている。
それが萌には嬉しい。
ずっと3人でこの関係を続けていきたいと笑いあった高校時代の言葉は、10年近く経った今でも生きている。
「それにしても、真夏体調大丈夫なの?」
「そ、そうだ!つわりとか、あるの?」
「あー、大丈夫大丈夫。なんかご飯炊ける時の匂いとかバター系とかそういう匂いでちょっと気持ち悪くなる程度で、私はそんなんでもないから」
「そう、良かった。それにしても、まさか私達の中で一番に結婚するのがあんたとはね」
「わ、私は萌ちゃんだと思ってた…」
「私も!だって高校時代から熟年カップルじゃん、萌のとこ」
「今のとこ私は一番遅い候補筆頭だよ。央、事務所から30歳まで結婚禁止令出てるから」
「はあ!?なんで!」
「噂で聞いたことあったけど、声優さんも大変だね」
「そうなの。今や人気声優はアイドルと変わんないわね。まあ私も今仕事楽しいから良いんだけど。央も仕事楽しそうにやってるし」
「相変わらず安定感抜群だなあ、萌は」
「それより、千依の方はどうなの。もうずいぶん長いよね付き合い始めて」
「あ、そ、その…実は、お話はもらってて」
「え、そうなの!?いつ!?」
「う、あ、えっと…熱愛報道、の時?」
「…それ、もう2年近く前だけど。返事、してないの?」
「いつでも待ってるから自分のペースで良いよって。少しずつ慣れてけば良いからって、色んなところ連れて行ってくれたり、お兄さんや弟さん紹介してくれたり。私も、最近すごく考えるようになってね」
「……あのおっさんやることきっちりやってるわ」
「千依の扱い方理解してるね。包囲網かけるの上手過ぎ」
「うぅ、どうしよう。緊張してきちゃった…!でも、ブラコンすぎる私じゃタツも気にしちゃうかな」
「え、戻るのそこ」
「…まあ、でも実際タツの場合完全千歳さんは障害だしね。今までも裏で色々阻んでんでしょ、真夏」
「あー…、うん。それはもう楽しそうな顔して妨害工作。ちょっと私おっさんに同情しちゃったわ」
そんなこんなで女3人集まれば会話は途切れない。
恋愛の話だったり、昔話だったり、現状報告だったり。
千依は数少ない大事な親友との交流で癒され、妊婦の真夏は気兼ねなく話せる相手に良い息抜きになり、キャリアを積む萌は久々の気を張らずに済む空気でストレス発散している。
高校生になるまでには考えられなかった親友という存在に3人共感謝しながら、その日の談笑は千歳が帰ってくる夜まで続いた。
ちなみに、千依の兄離れ騒動を聞いた千歳が慌てたかと思えばすぐに暗く好戦的な目をして何か練り始めたことも、竜也がそのまま兄離れさせようと画策しては千歳に阻まれて冷戦状態に陥ったのも、しばらく経ってからは親友3人組の良い笑い話になっている。




