フォレストとタツとちぃ
本編完結後のお話です
「お前ら、付いてくんなって!」
「うるせえ、黙れ。お前に拒否権はねえ」
「なんでだよ!」
「タツ、近所迷惑。嫌だね、自分勝手な男は」
「…お前がソレ言うか?」
「あーだりぃ、なんで俺まで付いて来なきゃいけねえんだよ」
「誰も頼んでねえよ、帰れ」
「まあまあ。落ち着けって、タツ」
「大地…何目輝かせて先頭歩いてんだよ」
夜の9時過ぎ、街灯の少ない道を5人もの男達が騒がしく歩いていた。
心底嫌そうな顔で必死に他の男達を追い返す竜也。
一方でひっついてくる4人組は興味津々といった様子で離れる気配もない。
普段は断じてつるむ奴らでもないくせして、どうして利害が一致した途端こうも一致団結しやがるんだなどと心の中で毒付く。
こうなるとこの男達がとことんしつこく厄介だということを竜也は長い付き合いで知っていた。
千依がちょうどオフで竜也自身も8時半上がりというタイミングを見計らい、当日午前上がりだったフォレストの面々が声をかけてきたのは、つい先ほどのことだ。
「ちぃの奴に命令…個人的な頼みがあんだよ。家に連れてけ」
そう言ったのはシゲだ。
「お、家行くのか?良いな、ちぃちゃんとタツの生活ちょっと見てみたいかもしれない俺」
「…タツとちぃのプライベート。ついでにチトセあたりの弱み握れるかな」
純粋に興味を持ったのが大地で、邪な気持ちを抱いたのが隼人。
「ああ?くだらねえ、面倒くせえ」
最後まで乗り気じゃなかったのはタカだけだった。
しかし、すでに連帯している他の3人に引きずられるように連れてこられた。
途中からシゲに何を吹き込まれたのか、渋々ながらも付いてくる。
正直、竜也からしてみればこのひと癖もふた癖もある面子にプライベートを覗かれるのは勘弁してほしい。
そして何よりも恐ろしく照れくさい。
大事な仲間だとは思うが、断じてプライベートでまでつるみたいと思うような相手ではないのだ。気疲れするから。
しかし、こいつらはやると言ったらやる奴等だ。
そう正しく認識している竜也は大きくため息をつく。
「お前らマジで用事終わったらさっさと帰れよ」
やや乱暴な語気になりながら、そう言い捨ててポケットから鍵を取り出した。
そう、気付けばもう2人で暮らすマンションの目の前まで来ていた。
そうしてガチャリと音を立てて部屋の中へと入る竜也。
靴を脱ぐ頃になって、千依がいるにしてはやけに静かだと気付いた。
先に家に帰った時にはいつも玄関まで出迎えにくる千依だったからだ。
「うわ、お迎えもなしなんだ。新婚のくせして冷めてんだね」
「うるさい、隼人。嬉しそうな顔して言うな」
軽くそんな会話を交わしながら、竜也は足をリビングへと進める。
勿論家主の許可も得ず4人も勝手に上がってくる。
大地は一応「お邪魔します」とは言っていたが。
「千依?ただい…ああ、なるほど」
そうしてドアを開けた瞬間に状況を理解して思わずフッと笑ってしまった。
視界に映ったのは、大きな机につっぷす千依の姿。
右手にペンを握り締めたまま、意識を落とす直前まで睨めっこをしていたであろう紙を下敷きにして眼鏡もかけたまま小さく寝息をたてている。
千依がどこまでも音楽バカで暇さえあれば作曲をしていることをすでに知っている竜也は、慌てた様子も見せずに千依に近寄った。
「…ねえ、なにこの紙の山」
「譜面じゃねえの?過去に作った曲の整理でもしてたんだろ」
後ろで隼人とタカがそんな会話をしている。
しかし、この紙の山がつい先ほど生まれたばかりの曲だなどとは思っていないらしい。
日記代わりに曲を作ること、下手すれば五線譜が1日しないでなくなることを竜也が知ったのは結婚してすぐのことだった。
ケンが恐ろしい天才と称していた意味は、一緒に暮らすようになって何よりも竜也が理解したことだ。
「千依、起きな。こんなとこで寝てたら風邪ひくから」
「んー…、千歳く、そこもすこしゆっくり」
…寝言まで音楽一色のようだと呆れに近い感心をするのは何回目だろうか。
そしてこんなとこでまで侵食する千歳に苦い感情を抱いてしまうのも何回目だろうか。
しかし、今はそんなこと言ってられない。
余計な観客が後ろにいるからこそ、竜也も表情を崩さず肩をそっと揺すった。
「ん、んん……あ、れ?タツ…」
「起きた?ただいま」
「う、ん…おかえりなさい」
「………」
外からの刺激でようやく意識を夢の世界から切り離した千依。
それでも寝ぼけているらしく、とろりとした目のままいつにも増してのんびりと言葉を紡ぐ。
眼鏡の跡をくっきり顔につけながら、眼鏡の位置もばっちりずれながら、それでも顔だけタツに向け幸せそうにほほ笑む千依。
あまりに無防備なその姿にガッチリと固まってしまったのは竜也の方だった。
思わず手が出そうになって、ハッと我に返る。
後ろから何やら強烈に嫌な視線を感じたからだ。
照れくささで耳まで赤くしながら、竜也は優しく千依の肩をたたいた。
そうすると千依の意識はハッキリ覚醒する。
そっと体を起こし状況を把握しようと周りを見渡す千依。
その過程で目に入った本来いないはずの人達に、ピキッと分かりやすく固まる。
「ごめんね、突然お邪魔しちゃって」
面白いものを見たとばかりにほほ笑む大地がそう発する。
「ここっこ、ここ、コンニチハ」
千依は動揺してしまってつい鶏のような返事をしてしまう。
フォレストとは歌番組がよく被るから小さな挨拶・会話ぐらいはする。
しかし年が離れていて異性ともなると、それ以上はあまり接点もなかった。
だから千依の方も思わず緊張してしまう。
「はい、もう見ただろ。十分だよな、さっさと帰れ。多忙で悪趣味な暇人ども」
竜也が千依を隠すように立って4人を威嚇する。
しかし当然ながら帰る気配も見せないフォレストの面々。
「何の用も済んでねえだろ、アホタツ。俺が用事あんのはてめえじゃなくて、その後ろのちっこいのだ」
「ほとんど接点ないくせに何の用があるっつーんだよ。こんな若い子に手でも出す気か?キレるぞ、俺」
「…お前人のこと言えんのか。そうじゃなくて、仕事の話だよ」
「へ、し、仕事…ですか?」
「千依、興味持つな。気にするな。疲れてるよな、少し寝室で休んだら?」
「え、えっとタツ?」
「だから黙れタツ。お前は関係ないんだよ。俺はそいつがフォレスト用にダンスナンバー作ったらどんな感じになるのか知りたいだけだ」
「だ、ダンスナンバー…!?」
「……千依、なに釣られそうになってんの」
「お前歌い手に合った曲作るの上手いんだろ。リズム乗りやすい曲もできんのか」
「つ、作りたいです!例えば、うーん、そうだな。今のフォレストだとリズムの刻み方がかなり細かいから精密な感じの曲が作れそう。例えば…」
「…え、なに。即興できるわけ」
「………こいつ、こんな恐ろしい奴だったのかよ。これに付いていけてるチトセも実は化物か」
シゲの言葉にすっかり目を覚まして、机に置いてあったキーボードを引っ張り寄せる千依。
楽譜も書かずに目を爛々とさせて指を弾く。
その場で考えているとは思えない滑らかな指使いと、適当に重ね合わせているとはとても思えない鼻歌にフォレストが絶句するのは直後のこと。
そして一気に曲作りに燃え上がる千依やフォレストにやや距離をあけて眺めるのは、家主のはずである竜也だった。
そう、一度音に興味を持ってしまうと千依は他のことが考えられなくなってしまう。竜也も人のことはあまり言えないが、千依はそのあたりが飛びぬけていた。集中力も何もかも段違いなのだ。流石に恐ろしい天才と呼ばれるだけある。
お互いにお互いの音を聴き合うのは好きだ。
竜也は千依の作り出す曲が好きだし、千依は竜也の奏でる音が好きだ。
それがお互い多忙な夫婦のコミュニケーション手段のひとつでもあった。
しかし、千依を取り上げられ、さらに取り上げた奴等が揃いもそろって美形の男と言う点は非常に気に入らない。
男の嫉妬が見苦しいというのは重々承知だが、面白くない気持ちが消えないのだから仕方ない。
ムスッと少し顔を歪めたまま千依を見つめてしまう竜也。
「タツ、どうかな?フォレストっぽさ出てるかな?」
「…別にそこに本人達いるんだから、そいつらに聞けばいいじゃん」
「んん…でも、私はタツの意見が知りたいな。タツがね言ってくれることはいつもすごく納得できるの」
「……おちおち拗ねてもいられないよ、本当」
千依の言葉にあっさりと苛立ちがとんでしまうのが何だか面白くない。
竜也は心で密かにそんなことを思う。
千依は絶対無意識だろうが、竜也を浮上させるポイントを的確についてくるのだ。そうしてますます千依への溺愛具合に拍車がかかってしまうのも自覚していた。まともに勝てる気がしない。
「…あいつ怖ぇ、そこらの狡猾な女より怖ぇ」
「……天然って時々恐ろしい威力発揮するよね。タツ完全尻に敷かれてんじゃん、良いザマ」
「幸せそうで良いじゃないか。ホッとしたよ、俺は」
「…お前はあいつの親か何かか、大地」
耳に届いた腹の立つ評価に耳を赤くさせながら竜也は必死にその場を優位に乗り切る方法を考える。
いつか千依を自分のことでいっぱいいっぱいにさせてやりたいだなどと密かに思いながら心の中で計画を練り始める竜也。
実際は、そんな攻防などお互い様なのだとお互い気付かぬまま。
何だかんだと幸せな結婚生活は何とか続いていた。