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お祝い

本編完結後のお話になります。




「ど、どうしよう。全部可愛い…!」


「色々種類あるんだな」




職場であるギフトショップでそんな会話が耳に入って来たのは、ちょうど閉店から30分を切った夜8時半頃のことだった。


初めは2人で仲良く悩んでいたからそっと遠くから気にかける程度だった。

帽子を目深にかぶっているから顔は分からないけど、雰囲気からかなり若いカップルに見える。

そしてそんな2人が悩んでいる場所は出産祝いのコーナーで。



「ど、どうしよう。どういうのが嬉しいのかな?出産祝いって初めてだから、分からないよ」


「んー…あの2人なら何あげても十分喜びそうだけどな。俺も甥っ子生まれた時出産祝いやったけど、今回女の子だしなぁ。何が良いのか正直何とも…」


「甥っ子さんには何をプレゼントしたの?」


「積み木のおもちゃ。メジャーどころだしな」


「そ、そうなんだ…」



ほんわかと優しい雰囲気を漂わせながら、必死に悩むカップル。

ああ、何だろうすごく癒される。

仕事中なのにそんなことを考えてしまうくらい和やかな空気を醸し出すカップルだ。


けれど、ずっと悩んだまま先に進まない様子の2人を見て、さすがにそろそろお声掛けした方が良いかと私はそっと2人に近づいた。




「お客様、出産祝いの品で何かお悩みですか?」



そう伺って、目線を2人に合わせる。

私の声に反応してこちらを向くカップル。

その瞬間私は絶叫しそうになった。

寸での所で表情を崩さず留めた自分を褒めてやりたい。


だってまさか思わないじゃないか、目の前にいた癒し系カップルがテレビ越しでよく見る超有名人だったなんて。


そう、私がお声掛けしたお2人は、日本にいる大半の人が知っているような大物だった。


ぼたんのタツさんと、奏のちぃさん。

数年前に交際が発覚して大騒ぎになり、そしてつい最近結婚も発表した大物カップル。いや、もう夫婦か。


芸能人なんて遠い世界の住人で、当然今まで生で見たことなどなかった。

生で見るとタツさんは30代とは思えないほど若々しく、ちぃさんは20代とは思えないほど可愛らしかった。

ややミーハー寄りな私なんて、ここが職場じゃなかったらキャーキャー騒いでいた自信がある。迷惑だろうけど。

それでも一応私は今の仕事に最低限の誇りを持っているつもりだ。相手が誰であろうとも丁寧に、心を込めた接客を、がモットーなのである。


だから必死に心の中の動揺を押し隠し、スマイルの顔を張りつけてお伺いする。そうするとすぐに声をあげたのはちぃさんの方だった。




「あ、す、すみません。その、大事な人の出産祝いなんですけど、何をあげれば良いのか迷ってしまって。こういう贈り物は初めてなので」




しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぐちぃさん。

テレビ越しで見る以上に可愛らしくてクラクラしてしまう。

本当にこんな小柄で可愛らしい人があんなパワフルな演奏をしてしまうんだから人って見た目によらない。


そんなことを思いながらも、私はうーんと悩んだ。

さっきの会話からもその大事な人の子供さんは女の子らしいというのは分かる。

初めての出産祝いなら確かに悩むのもよく分かる。

実際に私もこんな職業に就いていたって悩むものだから。


やっぱり定番が良いだろうか。

タオルや最近流行りのおむつケーキ、絵本やおくるみ、あとおもちゃ。

パッと思いついたのはそこら辺だ。

お洋服なんかは可愛いものもたくさんあるけれど、贈られる側にも好みがあるから少し難易度が高い気もする。


そしてそこまで考えて、あ…と思いつく物があった。




「もしよろしければ、このような物もありますが…」



そうして取り出したのは、木でできた楽器のおもちゃ。

赤ちゃんが舐めても大丈夫なように滑らかな材質で出来ていて、取り付けられた鈴もしっかりとしている。

音色は優しく、色も優しいパステル調。

木の凸凹をこすれば音が出たり、振ったら鈴が鳴ったりと、優しい音が何種類も出る赤ちゃんにも人気のおもちゃだった。


このお2人はプロのアーティストで、音楽を仕事とされる方。

パッと思いついたのがこれだった。

唐突に持ってきたことが押しつけになってなければ良いけど…と思いながら、お2人の様子をうかがう私。




「わあ、楽器…!可愛い!こんなに綺麗な音出るんだ」


「へえ、木の楽器。あ、そういえば子供って音の鳴るもの好きだよな、甥っ子も夢中になってマラカスとかガラガラとか振ってたよ」


「そうなんだ…!千歳くんの血を受け継いで、楽器も気に入ってくれるかな?」


「はは、中島家は皆揃って音楽馬鹿だからなあ。気に入りそうな気がする」




どうやら、お2人は気に入って下さったらしい。

とりあえずホッとする私。


けれどその直後、ちぃさんの言葉を反芻して私は固まった。

え、“千歳くんの子供”…?

って、千歳ってあのチトセ!?


うっかり聞いてしまった大ニュースに脳内大パニックだ。

仕方ない、人が騒ぐことに同じ様に騒いでしまうミーハーなのだ私は。



そうこうしている間に、お2人はプレゼントを楽器に決めたらしくあれこれとお話をしている。

そうしてお互い頷きあった後「これ下さい」と笑顔で言ってきた。


そこでようやくハッと我に返り、丁重に商品をお預かりする私。

いっぺんに起きた衝撃的な出来事に動揺したため多少手先が震えながら何とかラッピングを終えた頃、お2人を呼ぼうと店内を探したら店の隅の方で何やら楽しそうに会話をしていた。


優しく柔らかい顔。

お互い気を許し合っている顔。

幸せだというオーラを漂わせるお2人に、そういえば新婚さんだものねと思う。



ああ、この出産祝いを受け取る赤ちゃんは幸せだなとそんなことを唐突に思った。こんなに温かな2人に祝福されながら生まれてくるのだから。

私まで心温かくなりながら、お2人にプレゼントを手渡す。


とたんにまた華やかに笑って頭を下げるそのカップルに何か一言だけでも伝えたくて私は少し大きな声をあげた。



「お客様方もご結婚おめでとうございます!」



そうすれば一瞬目を丸くした後ふわっと微笑み返して「ありがとうございます!」と2人揃って言ってくれる。



奏のチトセが父親になったとの情報がテレビで流れたのはその1週間ほど後のこと。横でその報告を嬉しそうに聞くちぃさんの顔は、生で見た時と同じ様な温かなもので。


なんだか幸せのおすそ分けをもらったような気分になった私だった。




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