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千依と家族

本編完結後、千依と竜也の結婚後のお話になります



「はい、OK!クランクアップです!」


「ありがとうございました!」


「あ、ありがとうございました!」




違和感を覚えたのは、新曲のプロモーションビデオ撮影の日だった。

カメラの前に立つことにも慣れた千依が、新曲をイメージした水面のセットの中心で千歳と共に歌った時のこと。


ムッと胃のあたりに何だか鉛のようなものを感じて、不快な気持が襲う。

決して強いものではなかったから、千依は内心で首を傾げながら撮影を続けた。

そう言えば最近、体がすこし重い気がする。

そしてやたらすぐに眠くなる。

思い起すとその違和感はついさっき起きたものなわけじゃないことに気付いた。


風邪、ひいちゃったのかな。

曲作りに没頭しすぎて少々不摂生な生活をしていた自覚のある千依はそう思う。




「あれ、ちー何か顔色悪くない?大丈夫?」


「う、ん。そんなに大したこと無いんだけどね、風邪引いちゃったかも」


「え、本当?だったら無理しないで休んだ方が良いよ。真夏達には俺から言っとくからさ」


「あ、ううん!大丈夫。本当にそんなに大したことじゃないの。それに萌ちゃんや宮下くんも来てるし挨拶くらいはしたいな」


「そう?」



千依の異変に早々に気付いた千歳に心配されながら、スタッフからもらったタオルで濡れた足元を拭う。

着替えて帰り支度をする頃には収まったその症状に、やっぱり大したことないかなとホッとする千依。

同じく着替え終わった千歳が荷物を抱えて千依の元にやってくる頃には体調のことなどすっかり忘れてしまっていた。




「あー!ちーちゃ、パパ!」


「こんばんは、ことちゃん。わあ、上手に歩けるようになったね!」


「ただいま琴。今日はどこかぶつけてない?」


「おかえりー、千歳。千依もいらっしゃい!千歳聞いてよ、琴ってば今日階段に興味持っちゃって大変だったんだから」


「……日に日に行動力つけてるな、琴」



千歳に連れられ彼の住む家に足を運べば、賑やかな声で出迎えられる。

2歳になった姪の琴子が満面の笑みで抱きついてきた。

人見知りのしない元気な女の子だ。




「千歳さんおじゃましてます。千依、久しぶり」


「千歳さん、中島、久しぶり。相変わらず仲良いな、2人共」


「萌ちゃん、宮下くん!」


「2人共いらっしゃい。ああ、琴とつむぐの相手してくれてたの?悪いね、せっかくの休みに」


「楽しいから気にしないで。それに私達小さい子の扱いには慣れてる」


「そうそう。俺んとこ兄弟多いから、こういうのは得意だぞ」


「ああ、そっか。央って4人兄弟の一番上だっけ。……今度色々聞いてもらおうかな」


「はは、千歳さんは兄弟中島だけだもんな」




千歳が琴子を抱き上げた頃に声をかけてきたのは、最近夫婦になったばかりの同級生カップルだった。

30歳になるまで結婚禁止と言われていた宮下は30歳になったその日に萌と籍を入れ、早々に挙式をあげている。

その後、真夏が第二子である紡を出産し、お互い慌ただしくなかなか会えていなかったのだ。

そのため萌や宮下と会うのはかれこれ7、8カ月ぶりとなる。




「紡ただいま」


「紡くん、こんばんは」



千歳と揃って紡を覗きこめば、きょろきょろと目を動かし手をバタバタさせてお迎えされた。

千依が恐る恐るといった様子で優しく頬をつつけば、ニカッと太陽のような笑みを見せてくれる。



「うう、どうしよう、ものすごく可愛い」



思わずうめくようにそう言えば、横で千歳がおかしそうに笑う。

そうすると今度は千歳の腕の中にいる琴子がバタバタと暴れ出した。



「パパー、パパー」


「ん、なに琴。って、ああ、おりたいの?いいよ、はい」



地面に足をつけた琴子は何を思ったのか一直線に歩く。

皆の視線を受けながら向かった先は宮下のもとだ。



「お、琴ちゃん。ここ座るか?」


「うん!」



すっかり宮下に懐いた様子の琴子。

意外そうな顔で見つめたのが千歳で、呆れたように見ているのが萌で、そして微笑ましく眺めるのが千依だ。



「兄弟男ばっかりだったから女の子がよっぽど可愛いのね、央。ごめん真夏、ちょっと私でも引くくらいの可愛がりようだったわ」


「いや、相手してくれて助かるよ。しかし宮下ってあんなに子供大好きだったのね」


「驚いた、琴が男に懐くのって珍しい」


「なんか琴ちゃん可愛いなあ」



それぞれの感想を述べながら笑う。

そして「せっかくだからご飯くらい食べて行って」と真夏が立ち上がろうとした時、また千依の胃が異変を訴えた。



「ん……」


「千依?どうしたの」


傍にいた萌が気付いて声をかける。

何でもないと首を振りながらも、何となく口元を手で抑える千依。

千歳が心配そうに千依の顔をのぞきこんだ。




「やっぱり体調悪いんだね、ちー。今日は早めに休んだ方が良いよ」


「やっぱり?何だ中島風邪か?」


「うーん、そうなのかな。何かね最近すぐ眠くなっちゃったり、体ちょっと重かったりするからそうなのかも」


「……」


「……」


「え、な、なんか変なこと言った、かな」



心配そうに尋ねられたことに素直に返せば、部屋の中が静かになる。

琴子までもが空気を読んでこてんと首を傾げていた。



「……どう思う、真夏。経験者として」


「うん、すごくデジャブな感じ」



兄夫婦がそんな端的な会話を交わすと、真夏は方向転換してズイッと千依の目の前までやってくる。




「千依。こんなとこで言いにくかったら言わなくて良いんだけどさ、心当たりは?」


「え?心当たり?風邪の?」


「じゃなくて。ああ、駄目だ、この子本当に気付いてない」


「あー……、よし、琴ちゃん。おじさんとちょっとあっちの部屋で遊ばない?ほら、パパも一緒に」


「紡は……ちょうど寝たな。真夏、俺達隣の部屋いるから何か分かったら教えて」


「了解」


「え、えっと?」



千依が何も分からないまま何故か男性陣と琴子が退室する。

首を傾げて真夏と萌を見つめる千依。

言葉を発したのは真夏だった。




「千依さ、最後の生理いつきた?」


「え、え!?い、いきなり何?」


「良いから答えなさい、千依」


「も、萌ちゃんまで……。えっと、最後に来たのは……、……あれ?そういえば」



真夏と萌に囲まれ問われた内容に千依が首を傾げるのはその直後のこと。

そう言われてみれば、遅れている。それもかなり。

元々そんなに規則正しい方でもないし、最近は新曲の制作で忙しかったからすっかり頭から抜けていた。

そして、ここまできてやっと千依も皆の反応の意味を理解する。



「ま、真夏ちゃん、萌ちゃん。もしかして」


「ちょっと待って。確か検査薬まだあったはずだから」



真夏や萌に頷かれて、千依の心臓は急にドキドキ音を立てる。

もしかしてという期待でそわそわ落ち着かない。

そうこうするうちに真夏が戻ってきて、使い方やらなんやらを聞きながらトイレに駆け込んだ。

そうしてくっきりと表れたのは陽性のマーク。



「うん、十中八九決まりだね。千依、おめでとう」


「良かったね、千依」


「わ、私、のお腹に……赤ちゃん」



かけられた言葉と、目の前にある検査結果に思わずお腹に手を当てる千依。

実感なんてまるでないけど、じわじわと気持ちがせり上がっていく。

大好きな人との間に授かった命がここにいる。

そう思うと、何故だか無性に目が熱くなってたまらない気持ちになった。

こういう気持ちが幸せって言うのだろうと千依は真剣に思う。

そうすると頭に浮かぶのはそんな大好きな人の顔で。




「タツに、言わなきゃ」



そう真っ先に言うと、真夏と萌が顔を見合わせ吹き出すように笑った。



「あのおっさんは果報者だわ、本当」


「タツすごい喜びそうね。待望だもの」



そんな声すら聞こえていない。

やがて琴子を連れて部屋に戻ってきた男性陣に報告すると、千依は早々に千歳の家を後にした。

心配性の千歳が送ると言って聞かなかったので、その気持ちに甘えて家まで帰る千依。




「良い、ちー。何かったらすぐタツや俺や真夏を頼るんだよ?もう1人の体じゃないんだからいっぱい甘えなよ?」


「うん、ありがとう千歳くん」



心から喜びながら最後までそう言葉をかけてくれた千歳と別れ、部屋でひとり竜也を待つ。

今日の仕事は確か8時上がりだと言っていた。

今の時間を考えてももう少ししたら帰ってくるだろうとそわそわしながらテレビをつける千依。

気持ちがいっぱいいっぱいでテレビが何を言っているかすら分からないが、何となく人の声を聞いていると安心できた。


どれだけ待ったのかはもう分からない。

けれど、ずいぶん長い間待った気がする。

ガチャンという扉の音が耳に届いたのは、ちょうどテレビ番組がひとつ終わりCMに切り替わったあたりのことだった。


バッと勢いよく立ち上がり、扉の前まで急ぐ千依。




「た、タツ!お、お、おか、おかえりなさい!!」


「うおっ、びっくりした。千依ただいま、どうした」


「その、そのね!」


「あー、うん。何かあったのは分かったから、落ちつこう」



興奮した精神状態のまま勢いよく竜也に向かった千依。

当然のように言葉が上手く出てきてくれない状況なのを長い付き合いでもう理解している竜也は、そっと千依の両手を取って宥める。

靴を脱いで上がってきた竜也はリビングのソファに千依を腰かけさせて、正面に膝を立てて座る。

両手をしっかり握って千依を覗きこんだ竜也はもう一度「どうした?」と尋ねた。

千依もそれに反応して「うん」と答え大きく深呼吸する。




「その、そのね?」


「うん」


「もしかしたら、なんだけどね」


「うん」


「その、赤ちゃんが……」


「えっ、できたの?」


「け、検査薬が」


「そう……、そう、か」



落ち着いたとはいえやっぱり気持ちが高ぶった状態のままだったのでしどろもどろな報告になる。

けれどしっかりと伝わったらしく、竜也が深く息をはいた。



「明日、病院一緒に行こうな」


「え、で、でも仕事」


「今回はこっち優先。それに明日午前はオフだから」


「あ、ありがとうタツ。千歳くんもそうしなさいって」


「そっか、千歳も知ってんのか」


「う、うん」


「千依。やったな」



落ち着いて予定を組みながらも強く手を握ってくれる竜也は心底嬉しそうに笑った。

その笑顔だけで胸がいっぱいいっぱいになる千依。

さっきから感動の連続で、この時になってそんな感情が一気に決壊して涙になる。




「タツ、家族。家族が増えるよ」


「ん、嬉しいな。どっちだろうな、性別」


「どっちでも可愛いなあ。だって琴ちゃんも紡くんもすっごく可愛いもん」


「だなあ、願わくば千依に似た子が生まれますように」


「え、ええ?私はタツに似た子供が良いよ!」


「ああ、でもそれもありか。しっかり千依守ってくれそう」


「え、私を守るの……?私が守る、じゃなくて?」


「千依に似たらそりゃ可愛くて可愛くて仕方ないけど、心配事増えるしな。それもそれで悩みどころだ」


「え、ええ……?」




そんな会話をしながらその日の夜は明けた。

幸せな気持ちには際限がなくて、どんどんと千依の中に降り積もっていく。


翌日、さっそく病院に行った千依と竜也は正式に妊娠を認められ、手を取り合って喜んだ。

その後も過保護すぎるほどに過保護な竜也や心配性すぎるほど心配しまくる千歳に囲まれ、関係各所には早々にバレることとなる。

そんな微笑ましく明るい話題がマスコミを通じて日本に一斉に報道されるのは、そこからさらに3カ月経った後のこと。


カメラの前で無自覚ながら幸せを振りまくこの芸能人夫婦に、お祝いの言葉が溢れるのはさらにもう少し先のこととなる。




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