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その手を離す時(side 松田)

ぼたん小話「フォレストとタツ」直後~「フォレストとタツとちぃ」の後の話あたりの時系列になります。タツがかつて所属していたフォレストのマネージャ・松田視点です。


『俺は、歌を歌いたい。音楽の傍で、生きて行きたいです』



涙を流しながら手を強く握り絞り出すようにそう言ったリュウの言葉を生涯忘れることはないだろう。

あんなにヘラヘラして周囲に怒鳴られ続けていた子供の成長と可能性を確かに感じたのは、皮肉なことにフォレストとしてのリュウが終わると決定した瞬間のことだった。


光るものを持っていながら、しかし磨き方を知らないが為に他メンバーから出遅れ感のあったリュウ。

ようやく何かを掴みはじめ、これから伸びるだろうというその時に不運な事故は起こった。

よりによって誰よりも夢中になって仕事に取り組むようになったその時に限ってだ。


若く可能性のある芽が目の前でひとつ潰れた。

事務所を抜けた後も壁にぶつかり1人で苦しむリュウを影から見て何度悔いたか分からない。

もう少し出来ることはなかったのか、そう何度自責したか分からない。


しかし、リュウという男は私が想像するよりもずっと強く才能を持った男だった。

今になってようやく私はそう実感することができる。




「……驚いた、お前こんな曲まで弾けんのか。恐ろしく腕上げたな」


「お、省吾さんに褒められるとは。頑張った甲斐がありましたね」


「いや、本当すごいよお前。kenさんのもとで修行してたとは聞いてたが、ここまでとは思わなかった。相当頑張らなきゃ普通こんなレベルにまでなれないぞ」


「はは、案外俺才能あったのかもしれないですよ」


「……こんなん弾けるか馬鹿野郎って愚痴ってただろう、タツ」


「シュン、黙る。たまには俺に花持たせろよ」



5年かけて何の縁か再びこの事務所に戻ってきたリュウ。

昔のリュウを知る関係者は私も含め皆一様にその成長ぶりに驚いていた。


趣味程度だったギターの腕はプロに近いレベルにまで引き上げられ、歌を歌わせれば素人歌唱からは明らかに脱した音を出す。

他のアーティストに比べればどちらも飛び抜けた上手さではなかったが、引けをとるという程の実力差でもない。どうしたってアイドルというフィルターなしにはいられなかった5年前と比べてその差は歴然としていた。

並の努力では5年でここまで完成度を上げられない。

ここが芸能人を育てる芸能事務所だからこそ誰もがそんなこと分かっている。

5年前残した「必ず戻ってくる」という言葉に裏切ることのない日々をリュウが送ってきたことは明らかだった。


様子を覗きにきたフォレストの面々が驚きの表情を浮かべながらどこか満足そうに笑っているのは、おそらくそういうことだろう。

あの日交わした約束をお互い違えなかった5人。

口に出すことはなかったが、それまでの想いが溢れて感動する自分がいた。

柄にもなく目頭が熱くなり抑えるのが困難なほど。


リュウがここまで来るためにどれほど苦しんだか知っている。

リュウの居場所を作りギターを教えこんでくれた高木から定期的に話を聞いた。

呆れながら、それでもあいつは投げ出すことなくリュウをここまで育ててくれた。

そして、そんな高木からよく耳にした名前。


シュンという、リュウの力を信じ共に歩いてくれた相棒。

そして最近になってよく聞く様になったチエという名の少女。



『タツの滅茶苦茶な曲をよ、あの嬢ちゃんは瞬時に組み立てて傑作に変えちまった。そうやってあのアホに自信を与えて前を向かせてくれたんだよ、チエは』



高木が珍しく興奮してそう言っていた。

まさかそれがあの奏の影の相方だとは思わなかったが。

これもまた何の縁なのか、かつての部下である大塚が今担当しているアーティストだ。


奏の人気を支える作曲家がチトセ君の双子だと知った時は、業界内の誰もが驚いたものだ。

まだ10代の少女があれほど完成度の高く創造性に富んだ曲を生み出し続けるというのは普通じゃない。

プロどころか大御所の作曲家達に混ざっても光るような、それほどの逸材。



『千依がこの世界に踏み入れるきっかけをくれたのはリュウだよ。だからな、松田さん。俺はリュウには感謝してんだ、心の底から。あいつにはあの天才をそこまで動かすだけの才能がある。あんたの見る目は確かだったよ』



……いつかお礼が言いたいと思っていた。

苦しかっただろうリュウに大きな力を与えてくれただろう彼女に。

それが実現されるのは10年近くも先のことだった。



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「この度はわざわざお越しいただきありがとうございます」


「いえ、こちらこそお話をいただき光栄です。……って、松田さんとこのやりとりするの気持ち悪いな何か」


「……仕方ないだろう、仕事だ割り切れ」


「割り切れてないぞ、松田さん」


「え、えっと……よろしくお願いします」




ウチの面々がタツの家に押し掛けたことがきっかけで、この場が設けられた。

何でもちぃさんの作曲に興味があったというシゲがタツ経由で繋ぎを取ったらしい。

「俺達新婚なんですよ、気遣ってくれても良いと思いません?」とタツが苦情を言ってきたのは最近の話だ。


ちぃさんの作曲能力に触れすっかりやる気を出したフォレストの4人が直談判という形でちぃさんとのコラボを申し出てきた。

基本奏としての活動に軸を置く彼女だが、相方であるチトセ君の方もモデルやらバラエティやらのソロ仕事が多忙のため1人の時があるのだという。

それならば何とかその時間でフォレストの曲も作ってくれないかということで正式にオファーを出し、今回初のミーティングとなっている。


場所がうちの事務所である関係上、当然誰よりも早くここに私は来ていた。

外仕事で多忙なフォレストの面々は時間ギリギリにならないと来れないし、他の関係者ももう少し時間がかかりそうだ。

そのためこの部屋には現在私と大塚とちぃさんの3人のみになっている。

予想以上に2人が来るのが早かった。


しかしそのおかげでずっと言いたかったことが言える。

ずっと言いたかった、しかしお互い人に囲まれる生活のため中々タイミングが掴めなかったことをようやく。




「ちぃさん」


「え、あ、はい」


「仕事の話に入る前に貴女にずっとお礼が言いたかった」


「お礼……ですか?」


「タツを救ってくれてありがとうございました。貴女のおかげであいつはここまで来れたのだと聞いています。私はタツに何も出来なかったから、本当に感謝しています」



ちぃさんからしてみればずいぶん唐突な話だろう。

頭を深く下げてから視線を合わせれば、案の定何の事だか分からないという顔のちぃさんが目に映る。

思わず苦笑して、言葉を繋いだ。



「私はタツがフォレストに在籍していた時からフォレストのマネージャーをしています。あいつを脱退させた一因も私ですから。仕方のなかったこととは言え、ずっと気にかかっていたんですよ」


そう告げればそこでやっと納得したようにちぃさんは頷いて、苦笑した。



「タツから少しだけお話聞いてます。すごく厳しくて真面目なマネージャーさんがいたって」


「はは、私でしょうねそれは」


「けれど、愛情深くて優しい人だったんだと今なら分かるって言ってました」


「……え」


「あの時、貴方が情に流されず厳しい決断をしてくれたからこそ自分で生きていくために必要な力と精神を養えたって。そしてオーナーさん……ケンさんのもとへ送りこんでくれたからこそ今の自分がいるって笑ってました」



……タツがそんなことを言っていたなど当然初耳だ。

思わず固まってしまった私にちぃさんの笑みが深くなる。



「お礼を言うなら私の方です。私はタツにたくさん救われてきました。“リュウ”だったタツにも、竜也さんの時のタツにも、もちろんぼたんのタツにもたくさん。そんな彼をずっと見守って支えてくれたのが貴方ならば、私にとっても大事な恩人です」


「……ちぃさん」


「タツを信じて支え続けてくれてありがとうございました。タツがいてくれたから、私は今こうして音楽の世界で生きていけるんです」



そう言って笑ったちぃさんの笑顔は今まで見たどの笑みよりも綺麗だと思う。

そしてそれと同時に、なぜタツがこのどこか危うさの残る女性に惹かれたのかよく分かった。

タツが何故、彼女にあれだけ救われたのか。

きっとこのひたむきさがあったからだろうと。



「大変良い話なところ申し訳ないが、千依。お前、その手の言葉テレビの前で言うなよ?さすがにバカップルすぎて鬱陶しく思われるぞ。俺はお前の性格知ってるから構わねえけど」


「え!?ば、バカップル!?のろけてないよ?」


「惚気てるだろ、完全。今の言葉のどこを切り取ったら惚気てないってことになんだよ」


「え、ええ……?」



大塚との会話を聞いてそう言えばタツはちぃさんのことを無自覚天然だと言っていたと思い出す。

どこか危なっかしいが才能は抜群で、そのうえ自覚なくこうして人の心をすくい上げてしまう女性。

……なるほど、これはタツが敵わないわけだ。

そう理解すると思わず笑ってしまった。

どうにも微笑ましい気持ちになってしまったのだ。




「どうかこれからもタツのことをお願いします」



自然と出てきた言葉に、ちぃさんは何を思ったのか真っ赤な顔になって「すみません」と謝りながらこくこく頷いていた。


ずっとどこかで気にかけながら心配してきたタツだが、もうその必要はないのだろう。

あいつにはこうして良さに気付き傍で支えてくれる人がちゃんといる。

そう心から思えると、ずっとどこかに置かれていた体内の鉛が消えたように感じた。



これからは、その活躍と幸せを少し離れた所から見守っていこう。

そう私は静かに決意した。











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