(90)賢者の双眼鏡
DATE : H27.2.9
TIME : 19:18
STID : 00941724、00392354
「スクロール! スリープ・クラウド!」
俺はスクロールを使用し、ムラサメごと敵全員を寝かしにかかる。
ムラサメはHPを全損しているが、死亡宣告の証である「魂状態」には変化していない。
完全に死亡するまで、僅かだが余裕はある!!
「おーっと残念!」
「はは~ん、残念でした~!」
だが、斑模様の雲が連中を覆ったにも関わらず、なんと全員が抵抗に成功した。
「スクロール! パラライズ・クラウド!」
それを見て、すかさず「麻痺」の魔法を仕掛けるが、なんと連中はそれも抵抗に成功した。
「はっは、またも抵抗成功! 俺たち、超天才! 残念だったなぁ、レオちゃん!」
「危なかったねぇ、また同じ手で殺されるところだったよ! 」
「護符買ってて良かったぁ!」
そうか……すっかり忘れてたけど、俺、こいつらを「スリープ・クラウド」使って倒したんだった。
だけど、連中はそれを覚えてて、「耐睡眠の護符」を買ったらしい。
そしておそらくは、「耐麻痺の護符」も。
「死ね、レオ! 俺たちに拘束系の魔法は、もう通用しねぇ!」
くそっ、やはりそうか!
「それなら、これはどうだ!? 『スクロール! スタン・クラウド!』」
「!?」
ブリガンド達が、初めてその名を耳にするはずの魔法「スタン・クラウド」。
俺の呪文詠唱と共に、画面には紫色の雲が湧き上がる。
連中はその光景を確認するや、その雲の中から慌てて飛びすさる。
「(……今だ!)」
俺はその隙に、雲の中心部に居たムラサメに近寄り、「回復薬スーパー」を使う。
「助かったぞ、レオ! ありがとう!」
ムラサメが倒れたままの状態で、礼を言ってくれた。
まだムラサメのアバターは伏したままだが、しばらくすれば復活する。
「なぁ、もしかしてさ、今の『ポイスン・クラウド』じゃねぇの……?」
「だよな、俺もそう思った」
「……もしかして、嘘か!? レオ!!」
「あったりめーだろーが! 『スタン・クラウド』は俺がたった今作った嘘魔法だよ!」
ブリガンド達は、俺の魔法に対策すべく、わざわざ護符を購入していた。
ならば、連中が知らない魔法の名前を叫べば、連中は過剰に警戒し、ムラサメを回復できるだけの隙は出来ると思ったのだ。
もちろん、何のエフェクトもないと説得力が出ないので、アイコンを使って「ポイズン・クラウド」のスクロールは使った。
「ちくしょう……てめぇ! 絶対許さねぇぞ!」
「へへーん、悔しいか? 悔しいなら、こっちにおいで~」
そう言い捨てて、俺はムラサメから距離を取る。
「あ、逃げた!?」
「追うぞ! ジョーカー、俺についてこい!」
「わかってるぜぇ! 俺たちのコンビネーションアタックで、レオちゃんをぶっ殺しちゃうぜぇ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕だけ置いてきぼり!? 一人で、ムラサメと戦うの!?」
七色肉汁ハンバーグが、ブリガンドを追いかけようとした、ジョーカー84を呼び止める。
「しょうがねぇ! ジョーカー、ハンバーグと一緒に居ろ!」
「ブリちゃんは!?」
「俺はレオを倒す! こんな汚ねぇ麻痺ヤローに、俺が負けるもんかよ!」
そう言って、ブリガンドだけが俺に突撃してきた。
本当は2人が襲ってくるのが理想だったが、そう上手くはいかないか。
「死ね、レオッ!」
ブリガンドは両手剣使い。
攻撃力は高いが、防御は出来ない。
それをちゃんと弁えているブリガンドは、吐いた言葉の威勢に見合わず、きちんとリーチ差を生かした距離からの攻撃を仕掛けてきた。
「お前がな!」
だが、そのリーチを必要以上に生かした攻撃を、俺は僅かなバックステップで避けた。
格闘ゲーム経験者でないゲーマーは、総じて間合いの取り方が甘い。そういうやり取りの経験が少ないからだ。
空振りにて発生した予後動作、身動き出来ない0コンマ数秒。
俺はその間に、ショートダッシュで間合いを詰め、間髪入れずにブレードアーツを繰り出した。
「!?」
閃く連続剣の軌跡と共に、「麻痺」と「毒」のエフェクトが舞い散る。
だが、ブリガンドは毒状態にも、麻痺状態にもならなかった。
「だから効かないって言ってんだろぉ! 護符は全部、ちゃーんと購入済みなんだよ! 死ね!」
「くっ!」
俺はブリガンドの反撃を、ガードで凌ぐ。
ちょっと攻撃を欲張りすぎていたせいで、流石にジャストガードは出来ず、ノックバックで距離が開いた。
だが俺は、その開いた距離を、勢いよく詰めた。
「!?」
ショートダッシュは、攻撃を誘うためのフェイント。
焦って繰り出されたブリガンドの攻撃を、今度こそジャストガード。
そして俺は「シールドパリング」から、再びブレードアーツを繰り出す。
「だーかーら、状態異常は無駄だってんだろ! もう、麻痺の対策は知れ渡ってるんだ! 時代遅れの戦法なんだからよ!」
だが、俺はその発言を無視して、攻撃を続けた。
「ちょっ、待てよ、お前、麻痺武器は効かな……」
「……」
「ま、待て! 待てって言ってんだろうが!」
「……」
「待て! 待ってくれ! 何だよお前、麻痺効かないって、言ってんのに……!!」
俺はそれらの発言も無視して攻撃を続けた。
エフェクトこそ出るものの、ブリガンドは確かに麻痺しない。
だが、俺の猛攻撃を受け続け、奴のHPはみるみるうちに減っていった。
麻痺が使えなくても、俺のプレイヤースキルは、ブリガンドよりも圧倒的に上。
ここまでのやり取りで、それが分かった。
それに、俺が麻痺剣を持っているのは、それが目的なのではなく、たまたま所持しているに過ぎない。
時に反撃されるブリガンドの剣をシールドで捌き、ガツガツと攻撃を当てていく。
護符は確かに状態異常の抵抗値を大幅に上昇させるものの、しかし完全に防ぐ訳ではない。
ようやっと蓄積値が貯まったか、「毒」の泡エフェクトが、ブリガンドのアバターを襲う。
「助け……! 助けてくれ、ジョーカー!!」
「分かった、待ってくれ、ブリちゃん!」
それを見て、ブリガンドが遂にジョーカー84に助けを求めた。
だが、その選択肢を選んだ瞬間、戦況は決着した。
「サザンナイト・エクスプレス!!」
「ぎゃあああっ!!」
ジョーカー84がその場を離れ、ムラサメと肉汁ハンバーグの二人だけになった瞬間、肉汁の死亡が決定したのだ。
「何ッ!?」
そしてブリガンドも、膨大な麻痺エフェクトを受け続け、ようやく麻痺した。
これで、あとはほっといても毒で死ぬ。
「何だ……何々だよ、お前らぁああ!! その強さはぁ!!」
俺はブリガンドを放置したまま、ムラサメの方向に駆けだした。
途中で見つけたのは、ブリガンドを救おうとしていたはずのジョーカー84。
と、その背後から恐ろしい勢いで迫ってくるムラサメ。
「あ……あ!! 助けて!! ごめん、助けて!!」
と、ジョーカーの奴は、俺たち二人を見てそう言ったが、
「よくもやってくれたな!! 喰らえ、『サザンナイト・エクスプレス』!!」
ムラサメはその懇願に全く耳を貸さなかった。
DATE : H27.2.9
TIME : 19:25
STID : 00187632,00187839,03290588,04294001
「それで、バールさんは、このイベントをどう見てるんですか? 勝ち抜くためのアイデアとか、何かあります?」
「どうって、これは純粋なバトルイベントだよ。 凡人プレイヤーである、僕の出番なんてないさ」
「(……何だか、随分自虐的ね)」
「(あ~ん、そのニヒルな姿もステキだよぉ)」
「? どうかしたか、トラウム?」
「うん……? 何だか、今、ゴツンとか言う音が聞こえたような……」
「じゃあ、バールさん、このイベントで勝ち抜けるのは、どんなプレイヤーだと思います? ほら、ジル、しっかりして!」
「しっかりって、ブン殴ったの、あんたでしょ」
ジルはジャンヌに小声でそうツッコむ。
バールハイトはアイテム「双眼鏡」から目を離すと、ポツリと言った。
「怪物だな」
「……?」
「怪物だけが、このイベントで勝てる。 まともな人間で、このイベントを勝ち抜く方法は……ちょっと、考えつかないな」
「どういう事ですか?」
「このイベントは普通じゃない。 人の心理……特に、『狂気』を増幅するように作られてる」
「『狂気』……?」
意味を掴みかねた様子のジルに対し、バールハイトは淡々と説明を加える。
「君は、課金をした事があるかい?」
「え? ええ、まぁ少しは」
「最初、課金をした時は、どうだった? 全く抵抗なく課金できたかい?」
「んー、少しは抵抗感ありましたね。 無料のはずのゲームに、後から何千円も払うのって、どうなのって」
「……でも、このゲームは課金しないと戦えないからねぇ。 まともな武器防具を揃えとかないと、他のプレイヤーにすぐ殺されて、全く進めない作りだし」
「だよね、それが課金しちゃう原因なんだよね」
ジャンヌの返答に、ジルが補足し、二人で同意する。
「でも、課金も一度やってしまえば、なんてことなくなるだろう?」
「それは……確かに」
「一度体験すると、次からは抵抗感がなくなる……」
バールハイトは、ジルとジャンヌに近づきながら言った。
「これは君だけじゃなくて、万人共通の心理だ。 ゲームの運営会社は、その事をよく理解してる。 だから『無料ガチャ』なんかで課金を疑似体験させ、それによる戦力的アドバンテージを課金のモチベーションに繋げようとしてるんだ」
「……? え、え?」
「クスリを最初はタダで配って、中毒になってから高値で売るのに似てるよね。 売人の手口だね」
困惑するジャンヌとは反対に、ジルは理解を示した。
「君の例えはちょっと恐ろしいけど、まぁそういうことだ」
「でもそれが、どうかした? それは別に、このゲームだけの話じゃないと思うんだけど」
「僕はね」
バールハイトは、再びイベントフィールドを見渡しつつ、話を続ける。
「この『還魂のリヴァイアサン』は『PK』を体験させる事が目的のゲームだと、僕は思うんだ」
「……え?」
「以前から薄々思ってたんだ。 PKの度、お互い、相手の生々しい叫びを聞くことになるだろう? その時だけ敵ボイスを遮断する事は可能なはずなのに、だ。 あれは何のためにわざわざ残してあるんだろう、って」
「……」
「僕はあれね、人を害する事に慣れてもらうため、だと思ってるんだ」
東条亜紀奈と仁藤靖実は、アバターではなく、現実で顔を見合わせた。
「そしてこのイベントも、PKに慣れてもらうためのイベントだ。 PKすればするほど稼げるという設定、しかも装備は奪われない。 となれば、普段はPKをしないプレイヤーでも、その心理的障壁……抵抗感はかなり低くなる」
「そういうもの……なんですか?」
人を害することに慣れる。
東条と仁藤の女子二人組には、その感覚は理解し難いものだった。
「それは間違いないと思う。 リアルで人を殴るのは、素人にはなかなか難しいけれど、格闘家や暴力団は、比較的簡単に人を殴れる。 倫理感ではなく、やはり慣れの問題なんだよ」
「……」
「この、『慣れ』に加えてもう一つ。 『賭事』が、何故法律で禁止されているのか、分かるかい?」
そこまで深く考えた事は、ジルとジャンヌにはない。
「正気を保つのが難しいんだ。 ギャンブル経験のある人間なら誰もが知っている。 お金が絡むと、人は本当に……容易に健全な判断力を失う。 もう本当、簡単に『狂気』に陥るんだ」
「すいません、あたし達、そこまでギャンブルにハマった経験とか、ないんで……」
「それが普通さ。 でも、平安時代では『双六』という賭博で、貴族同士が怒りのあまり切り合いしたそうだよ」
このイベントはどういうものか……という意見を聞いただけなのに、バールハイトはこのイベントどころか、ゲームの性質までこと細かく説明してきた。
ジャンヌはその意味不明さに閉口寸前だったが、ジルは理解している様子で、簡略にまとめた質問を返す。
「じゃあ、みんな運営にまんまと乗せられて、殺し合いのゲームに参加している、と?」
「そういうことだ」
「で、課金の差額が運営の収入になる訳だよね?」
このイベントでは、課金して「クラス」を選択し、そしてパラメータを補正し、PKバトルに挑むよう設計されている。
勝てば相手の報奨金が手に入るが、それは相手の課金額と全く同じではなく、いくらか割り引かれる。
その割り引かれた分が運営……株式会社カプリコンの収入となる。
「そのとおり。 本来は、このイベントでPKに慣れてもらい、PKプレイヤーの裾野を広げるのが目的だったはずなんだ」
「……だった?」
「そう。 だが実際は違った。 このイベントの性質に気づいたあるプレイヤーが、一攫千金を狙いにきた」
「誰ですか、それ?」
「『ゼファー』と言う。 聞いたことないかな?」
「え!?」
「あ!!」
「君らも、出会ったことあるんだね」
「あ、ありますあります! あのスッゴく赤くて強くて嫌な奴!」
「だからかぁ……ジャンヌが一撃でやられる訳だわ」
「彼は賢いよ。 PKする事でパラメータが伸びると分かってからは、先駆者利益を得るために、『同士討ちによるパラメータ上昇とPK数稼ぎ』という方法を考えた」
「そして、この計画的スタートダッシュに、付いていける個人プレイヤーは誰もいなくて」
「悔しいことに、他の皆は、彼の財布になり果てた」
「……そんなことが」
限られたリソースを奪い合う、多人数参加のゲーム……MMOでもボードゲームでも、この先駆者利益をどれだけ確保できるかが、攻略の肝となる。
先んじた者だけが人を征する事ができるのだ。
「あと、このイベントが始まってから、白薔薇姫がどこかに隠れたままなんだけど」
「!?」
「白薔薇姫も多分、ゼファーたちの一味だ。 プレイヤーネームは『ユカ』」
「そんな……!? そこまでして儲けようと!?」
ジルとジャンヌは、このイベントを観察していた賢者の考察を聞かされて、衝撃に打ちのめされた。
「腐ってるよ」
それが、ジルの感想。
「残念ながら、それが現実さ」
これが、バールハイトの感想。
「このゲームシステム、そしてこのイベントの性格は異常だ。 あそこに居る連中は、リアルで殺し合いを初めてもおかしくないと思う」
「殺し合い……!?」
「だって、彼らの手持ちの資産は、もう百万円単位になっているんだよ。 手元にある数百万が無為に奪われて、許せる人間とか居るのかな?」
「……!?」
「残念ながら、僕はいないと思う。 そういうシチュエーションで、まともな判断力……いや、正気を維持するのは、極めて困難だ」
バールハイトは、二人から離れると、再び双眼鏡を取り出し、観察を続ける。
そして、小さく呟いた。
「レオ……」
「お前、そこに居ていいのか……?」
DATE : H27.2.9
TIME : 19:25
STID : 00941724、00392354
「おいムラサメ、結構パラメータ上がったな!」
「……だな。 『パラディン』が『ゴースト』になった分は全然埋められてないけどさ」
俺たちはブリガンド、ジョーカー84、七色肉汁ハンバーグを倒した事で、報奨金とボーナスパラメータをゲットした。
報奨金はブリガンドが9万で、ムラサメによると、ジョーカーは7万、肉汁が5万だったらしい。
「(一人倒して、9万……。 凄いな)」
高レベルのクラスを選択したアバターなら、10万円を越えても全然おかしくない。
そして、アバターのパラメータが、約20ずつアップした。
「(これ……店長たち、どれだけ稼いだってんだよ……)」
今になってみて、連中の動機が初めて分かる。
PKして、これだけの報奨金とパラメータボーナスが加算されるなら、俺たちそっちのけで金を稼ぐ事に夢中になるだろう。
あの時、店長たちは同士討ちで稼ぎまくっていた。
最終的なパラメータボーナスを仮に2000程度だと低く見積もっても、100人を倒している。
「(300万は……軽く越えてるよな、どう考えても)」
一人あたりの課金額が3万としたら、300万。
幅があり過ぎて正確な見積りは無理だが、100万円単位の稼ぎは確実だ。
それを考えると、脳髄の温度が徐々に上昇してくるような感じがした。
背中までもが熱くなり、スマートタブレットを握る手が、汗ばんだ。
「急ごうぜ、ムラサメ! ゼファーの奴、フィールドマウスと合流するかもしれない。 早いうちに奴を倒そう!!」
「ああ、行こうよレオ!! 損した分は、連中で取り返してやる! 奴ら全員、皆殺しだ!!」




