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(87)情弱によろしく

 俺は、ダメージを負ったであろうはずのゼファー、その回復の手段を潰すために、回復アイテムの購入先であるはずの「エルキッド」を有料メールで呼び出した。


 呼び出しに応じるかどうかは賭けだったが、エルキッドは快諾、落ち合う場所に白薔薇城の水道橋を指定した。


「レオはん、あのな、あんた、何で取引を持ちかけた人間の方が遅刻してくんねん」


 エルキッドの到着後、ちょっとしてから姿を表した俺を見て、奴がそう不満を漏らす。


「罠じゃないかと思ったんだよ、エルキッド。 ここは俺が最初にログインした場所なんだけど、それを知ってるかのように、ここを指定されたから……」


 水道橋にはもちろん遅刻せずに来ていた。

 なのに、俺が少し遅れて姿を表したのは、奴が一人だというのを確認したかったからだ。


「……なるほどなぁ。 ま、それもそうやな」

「気を悪くしたら謝る。 だけど、こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。 ここを指定されたのが、偶然には思えなかったんだよ」


 だが、そう言うと、奴はアバターのコミュニケートアクションで、わざわざ「肩をすくめて」くれた。


「いや、もちろん知ってたで」


……え?


「レオはんが最初にログインしたのが、ここやて。 やから、待ち合わせにここを選んでん」

「な!?」

「ワイとしては、レオはんが道に迷わんように、という気づかいのつもりやってんけどな」

「何で、そんな事を知ってる!?」


 そう俺が驚愕して問うと、エルキッドは鼻で笑って言った。


「そら、ワイは戦闘せんから、時間には余裕あんねん。 有力プレイヤーのログインや、戦闘状況は定期的に観察してんで? 誰かの大ピンチこそが、絶好の商売チャンスやからな」


 こ、こいつ……。

 戦闘しないとはいえ、やはりあなどれない奴だ。


「で、用件は何なん? まさか、人を呼びつけておいて、何も買わんとかないやろ? 何買うてくれるん?」


 あ、そうだった。

 ここで動揺してる場合じゃない!


「お願いがあるんだ! ゼファーってのが、お前を訪ねてくると思うんだけど、そいつに何も売らないで欲しいんだ! 頼む!!」


 俺が必死の思いを込めてそう叫ぶと、


「はぁーーっ……」


 エルキッドの返事は、もの凄く長いため息だった。

 「こいつアホちゃうか?」というニュアンスが盛り沢山に詰め込まれたため息。


「遅すぎるわ。 アホすぎるわ。 ツッコミどころ多すぎて、笑えんわ」


 と、一蹴どころか門前払いを食らった。


「何でだよ!?」

「まずな、ゼファーはんは、ワイの上客や。 それくらい、言わんでも想像ついてるやろ」

「……!?」


 それは、うっすら考えてなくもなかったが……。

 いざはっきり言われると、ショックだった。

 だって、エルキッドは、ゼファーの敵であるはずの俺にも、快く商談を持ちかけていたから。


「ワイは、客には差別せえへん。 ゼファーはんは速攻でワイに連絡してきたで。 それでさっき、快くご注文の品を納品してきた所や」


 じゃあもう……既に、ゼファーは回復済みなのか。

 あれだけ頑張って削った「妖精の護符」の鎧も、もう元通り……って事なのか。


「せやな」


 なんてこった……。

 俺が、あんなしょうもない事をグダグダ考えてなかったら、ゼファーの回復を阻止できてたかもしれないのに……。


「……さすがのゼファーも、お前のボッタクリぶりには舌を巻いたろうな」


 俺がそう言い返すと、エルキッドはウヒヒと喉の奥で笑っただけだった。


「……何を、どれだけ売ったんだ? 教えてくれ」

「断るわ。 ってか、商人をわざわざ呼び出しておいて、また、ひやかしか?」


 しばらく逡巡していたが、俺は意を決して言った。


「ゼファーの情報を、売ってくれ。 さっきの取引内容も含めて」


 すると、しばらく間があった。

 俺がこういう事を言ったことに、驚いているのかもしれない。


「レオはん、個人情報保護法ってのは知ってるやろ? 今のご時世、他人の秘密ってのはクッソ高いで」


 違った、いきなりハードル上げてきやがった。

 っていうか、情報保護とか言っておきながら、プライバシーを守る気とか全然ねぇな、こいつ。

 金積まれれば誰にでも教えるよ、って雰囲気ムンムンだ。


「御託は良いから教えてくれよ。 いくらだよ」

「1,000,000Cen」


 100万Cen……。 10万円ッッ!?


「バカ言えッ! そんな値段、払える訳ないだろ!!」

「言わへんかったけど、ワイはアンタさんがどれくらい現金持ってるか知ってんねんで?」

「……!!」


 もしかして……こいつも「エネミーアナライズ」の所有者か!?


「ホンマ、ケチくさいのう。 あのな、前も言ったけど、この世の勝ち負けはな、大抵、情報で決まんねん」

「そんな訳ねぇだろ!」

「格闘ゲーマーだったアンタさんなら分かるやろ。 隠し必殺技のコマンドや、ハメ技の存在は、知るか知らんか……それだけで、戦局を大きく変えるよな」

「……!!」


 すると、エルキッドの奴は口調を変え、まるでどこかのテレビ通販番組みたいに、朗々と語りかけてきた。


「今回の情報は、ホンマにお得やで!! さっき、ゼファーはんが買うていった品に加え、装備してる武器防具、そして所持アイテムの情報、全公開や!!」


 そこまで一呼吸で喋りきった後、


「さらには、プレイヤーの個人情報も付けるで!」


 と言ってきた。 ……個人情報!?


「いやいや、要らねぇよそれは」

「レオはんが、コンビニの店員だったからか? ゼファーはんの経営するコンビニの、な」

「!?」

「なまじゼファーはんと面識があるから、そんな事言えるんやろ? でも多分、ワイの方がゼファーはんの素性を知ってると思うけどな」

「どうやってだよ……!?」


 じゃあ、こいつ、もしかしてリアルで俺の近くに居たのか?

 でも、だとしたら、正体は誰なんだ!?


「それは企業秘密や。 さ、どうする?」

「……いや、マジで店長の情報は要らねぇよ」


ってか、店長の事とか知ってどうすんだよ。


「むしろ、その分だけ割引してくれ」

「ま、割引は応じてもエエで。 今回も出血大サービス、なんと半額にしたる。どや」

「……随分まけてくれるんだな、エルキッド」

「いい加減、アンタさんにも、ワイのちゃんとした客になって欲しいからな」


 半額、と聞けば凄くお得そうに感じる。


 でも、元々安く作られた商品を、倍の値段設定にして、いざ店舗で売るときは「今だけ半額!」にして売るという商法があるのを聞いたことがある。


 今回は単なるステータスの情報が、10万円。

 べらぼうに高い。それが5万になっても、余裕でお釣りが来るはず。


「(でも……妥協……すべきなのか……)」


 だが、今の俺には、ゼファーの情報ステータスが絶対に不可欠だ。エルキッドを怒らせて、それが手に入れられないのは不味い。

 これ以上の値引きは、危険ではないのかと感じた。


「オーケー、買った」

「取引成立やな」


 まず、奴が購入したものを聞いたところ、回復アイテムとスクロール類、そして「耐火の護符」との事だった。


「耐火の護符?」

「せや、火炎攻撃からのダメージを軽減する護符やな」

「……軽減、だよな?」

「せや。 それが何か?」

「いや……」


 防御、ではなく軽減?

 全く意味が分からなかった。

 ゼファーの奴、それでムラサメや俺からのファイアボールの連打を防げると思ったのだろうか?

 もしかして、これでダメージ0になると期待して買ったとか?


 だが、俺たちのファイアボール連打は、ゼファーが装備している、敵プレイヤーからの攻撃を一度だけ無効化する「妖精の護符」の効力を失わしめるためのものだ。

 そもそもダメージが目的じゃない。


「(店長、やっぱゲームは素人……って事なんだろうな)」


 そうだとしか思えない。

 それ以外の使い道は思いつかない。


「じゃあ、『妖精の護符』はどれだけ買っていったんだ?」

「これは景気エエ話やったで、一気に30枚や」


 ……500円×30枚=1万5千円? 

 意外とケチだな、店長。


「まさか、ワイがそんな金額で売る訳ないやろ? 1枚50,000Cenや」

「はぁ!?」


 15万円ッ!? 

 それを売る方も売る方だけど、買う方も買う方だろ!!

 喧嘩にならねーのかよ!?


「『妖精の護符は、人気絶大で品薄やからな。 他のプレイヤーのためにも、少な目に買うてや』って言うてん」


 そういう事か……。

 クソ、こいつ巧いな……。

 そんな言われ方したら、多少高くても、なるべく多く買いたくなるじゃないか……。


「それじゃ、ゼファーはそれほど『妖精の護符』を追加購入できた訳じゃなかったんだな」


 たった30枚程度なら、ファイアボールの連打を2度ほど食らわせれば、おそらく全部剥がせる。

 っていうか、エルキッドが相当にボッタくってるせいで、ゼファーはそれほどアイテムを追加購入できてる訳じゃない、ってのが分かってきた。


 しかも、多額の出費を覚悟してアイテムを購入してるって事は、直前まで本当に困窮していた事の裏付けだ。


 ……イケる。


 今買ったアイテムの分さえ処理できれば、ゼファー打倒は十分に射程圏内にある。


 だが、俺がそんな事を考えている最中、


「ところで、ゼファーの個人情報やけど、名前は赤城大輔。 知ってるか?」


 エルキッドは、唐突にゼファーの事を語り始めた。


「それくらい知ってるよ」


 ていうか、ゼファーの個人情報は要らないって言っただろ。


「年齢は32歳。 妻は4つ年下の28歳、子供が2人おんねん。 上が12歳で下が9歳。 いずれも女の子や」

「ファッ!?」

「コンビニは3店舗経営してて、趣味は若い頃ヤンチャしてた連中とのツーリング、筋トレ、バーベキュー」


……!?


「何でそんな事知ってるんだ!?」


 すると、またもエルキッドはバカにしたように鼻を鳴らした。


「驚くような事やないで、これは。 ちょっと落ち着いて考えれば、すぐ分かる。 ワイがどうやってこの情報を入手したか」


 え……。

 何だよ、その言い方。

 まるで俺にも分かって当然、みたいな……。


「分かれへんか? 『Ruby』や」


 あ!! ……本名登録のSNS!? 

 それに自分の日記をアップしてたのか?


「そういう事。 本名は分かってんから、後はネットにそれらしき人間がおらんかどうか探すだけや」


 そうか……そういう事か。


「奥さんは美人やで。 子供さんたちも制服姿が凄く可愛らしい」


 ……? 何だ、お前、ロリコンか?


「アホちゃうか? ここまで無料サービスさせといて、ワイが何を言いたいか、まだ分からんのか?」


 何をだ? 何が言いたい?


「どんな情報も、活用次第で武器になる、というこっちゃ」


 いや、そんなの、どうやって活用しろっていうんだよ。


「マジで言うてるんか、それ? レオはん、ホンマモンの情弱やな~。 リアルアタックする時に使えるやろ」


「……な!?」


 リアルアタック!?

 俺が!?

 店長に!?


「せや。 もし負けた時の保険にな。 SNSの写真で、おおよその住所と子供の学区は分かる。 ……後は分かるな?」


 バカ言え! 俺がリアルアタックだって!?


「見損なうな、誰がそんな事するかよ!!」

「いいや、分からんで? 負けて身ぐるみ剥がされたら、絶望のあまり気が変わるかもしれんし」

「そんなこと、絶対にねぇよ!! っていうか、負けるつもり自体、無い!!」


「いや……いやいや」


 エルキッドは、俺の反論を遮ると、淡々と言った。


「薄々思ってたけど、レオはんはやっぱ負け組やな。 そして、どうしようもない情弱や」

「俺が情弱だって!?」


 そんな事を言われたのは初めてだ。

 ってか、ヘビーなネットユーザーなら、ネットリテラシーは一般人よりも全然鍛えられてるはず。

 人に騙されない程度の、妥当な判断力はあるはずだ。


「レオはんはな、情報ってモンの本質が分かってへん」

「教えてもらってこう言うのも何だけど、今教えてもらった情報だけで十分だろ。 俺だって、ネットの情報を活用する術くらい、知ってる!」


 すると、またもエルキッドは笑って言った。


「ホントおもろいな、レオはんは。 そもそも、ネットの情報なんて、クソの役にも立たへんで?」


 ……? 何でだよ!?


「無料やからや」


 ……? 意味が分からない。


「無料、すなわち、誰でも知り得る情報、ってこっちゃ。 つまり、それを知った参加者全員が横並びになる。 無料の情報に優位性はあれへん」


 俺の無言を、意味を掴みかねたと判断したのか、エルキッドは分かりやすく言い換えてきた。


「ゲームで例えればな、知り尽くされた戦法で他人に勝つのは困難、ってこっちゃ。 当然、相手も対策してる訳やから」


「あ、ああ、なるほどな……」


 悔しいが、そう例えられたら、凄く良く理解できた。


「つまり、信頼できる相手からの有料情報しか、役に立つ情報はないねん。 有料は、ようけ手が出ん。 だからこそ、『差』を生むねんから」

「でも、これ以上店長の情報を知ったところで、もう『差』とか生まれねぇよ……。 もう、住所に近いものは教えてくれただろ?」


 すると、エルキッドはまたもため息を吐いた。


「ホント、レオはんは考えが足りひん。 もっと考えり? ゼファーはんが一戸建てやのうして、セキュリティの厳重な高層マンションに住んでたら、さっきの情報は無価値やろ? だからこそワイが気前良く喋ってる、って想像には及ばへんのか?」


「そうなのか!? ゼファーは、マンションに住んでるのか!?」


「アホか! それくらい自分で検索せぇよ。 さっきワイが何を見たか、言ったやろ!?」


「く……」


 だが、エルキッドはため息を一つついてから、話を続けた。


「でも、サービスでもう一つ教えといてやろ。 レオはん、ゼファーはんはコンビニを経営しとる。 3店舗も経営できとるって事は、かなりのやり手経営者や。 本部に支払うロイヤリティが、メッチャ違うさかいな」

「そ、そうなのか?」


てか、ロイヤリティって何?


「情報を知る奴は、『コンビニ3店舗』だけで、ゼファーはんがどれだけの人間が分かんねん」


 じゃあ……。

 店長の奴は、龍真が言ってたように、ただのヤンキーじゃなくて、才能のある人間……勝ち組なのか。


「じゃあ、何でそんな勝ち組が、この世界に入り込んで来たと思う? レオはん」


 それは……。 一つだけだろ、答えは。


「もっと金が欲しいから、だよな」

「せやな。 でも、その答えじゃ30点、ってところや。 もっと金が欲しい理由は?」

「強欲だから?」

「アホちゃうか? コンビニのやり手経営者やで? 金欲しいなら、経営をもっと頑張ればええ話やん」


 ……まぁ、そりゃそうだ。

 けど、じゃあ、何で奴はこの世界に来た?

 不慣れなゲームで金を稼ごうなんて気になった?


「せや。 その疑問の答えに、ゼファーのリアル弱点があんねん」

「リアル弱点……!? それは、何だよ!?」

「アホちゃうか!? ええ加減にせえよ!」


 有益な情報は有料や!!

 何でもクレクレしようとすんな、ボケ!!

 と、エルキッドは言い放った。


「す、すまん、悪かった……」

「いや、ワイも言い過ぎた、すまんなレオはん。 まぁ、こういうこっちゃ。 情報の真贋なんて、あんま意味ないねん。 本当に必要なのは、役に立つ情報の探し方と、活用の仕方や。 それこそが本物の『メディアリテラシー』や。 肝に銘じとき」

「わ、分かった……」

「話は以上や。 それでな」

「何だよ」



 ゴホン、とエルキッドは咳払いをしてから言った。


「……『オリオン』はんの個人情報、買わへんか? 安くしとくで」


 それを聞いて、俺はアパートのコタツに座っていたけど、盛大に後ろにコケそうになった。


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