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(8)はじめてのそろぷれい

DATE : H27.1.19

TIME : 11:39

STID : *UNKNOWN*


深夜、下宿に帰ってきた俺は、合い鍵で玄関の扉を開けると、静かに2階の自室へと戻った。

そして、部屋のコタツに潜り込むと、携帯…スマートタブレットを取り出し、


「リヴァイアサンズ…メルヴィレイ」


「ソロは止めとけ」と忠告されていたにも関わらず、あのゲームを再起動、ソロプレイにチャレンジする事にした。


別に、他人と一緒にプレイするのが嫌な訳じゃない。

人と一緒にワイワイやるのも好きだ。

だが、ゲームを楽しみ、存分に味わうという目的ならば、やはりソロプレイに勝るものはないと思っている。


好きなことを好きなようにやる「冒険」。

スリルも喜びも、財宝も危険も、全て自分だけのもの。

その開放感は、空気を読んで自分の役割に徹する「パーティプレイ」では、決して味わえない感覚だからだ。

これが理由の一つ。


そして二つ目は、このゲームでお金を稼ぐのならば、やはりソロが良いだろう、と判断したからだ。

というのも、普通の無課金ネトゲすら、パーティだとアイテムドロップの分配でモメる事が多い。

まして現金が掛かっているのなら、鶴羽先輩の件を抱えた俺が、龍真たちとの間で分配トラブルにならないとは…残念だが、言い切れない。


この二つの理由が、龍真との接待プレイとは別に、ソロの時間を持つのが必須、と判断した所以だ。


「アクションの登録方法を先輩に聞けたら良いけど…。 でも、この時間に電話したら、流石に怒られるよな」


もう12時近いし。

まぁ、とにかくプレイしてみよう。

龍真の仕様で、デフォルトでの操作はそこそこ慣れた。


俺はちょっと悩んだが、龍真に貰った武器防具を装着し、外に飛び出す。

このはじまりの街…。

雪山であるベルディスカ山の麓、ネージュ村の周囲には、平原が広がっている。


「おお…」


まさに、アルプスの牧歌的風景。

カメラをぐるっと一周させると、あらためてその美しさに、思わずため息が出そうになる。

携帯ゲームも、本当に進歩したもんだよな。


ふと、ベルディスカ山の反対側にカメラを向けると、海が見えた。

…いや、これは湖か? にしては、随分巨大な…。


画面の奥は、空気遠近法を表現した白いぼかしフィルタのせいではっきりと見えないが、カメラを左右に移動させてチラチラさせると、どうやら、湖の中央に小島があるらしい。

何かあるかもしれない、と期待感を膨らませた俺は、湖にカーソルを合わせて走り始めた。


「うん、やっぱこれだな」


未知の世界を、さっそうと駆ける感覚。

ただ単に走っているだけでも楽しい。

それは子供の頃、公園や野山を皆で駆け回った感覚に、どこか似ていた。


「おっ」


平原の遠くに、何か這い回っている物体が居る。

その影に一瞬警戒するものの、近づくに連れて、イノシシっぽいモンスターだと分かる。


相手は画面内には4匹ほど。

ようし、初戦にはちょうど良い相手だろ! 速攻だぜ!


俺は走り込みざま、相手が気づくよりも早く「A」のアイコンでイノシシの尻に連続攻撃を叩き込む。

剣で切り込むと同時に、画面の下にインフォメーションウインドウが流れてくる。


このイノシシらしい敵の名前は「ワイルドボア」。

そのまんまだな。

ただ、分かったのは名前だけで、その他の項目…おそらく体力や攻撃力、防御力、弱点、剥ぎ取れるアイテムの種類は全て「????」で伏せられていた。


全くの予備知識なし、で切り込んだ相手。

反撃があるかと思ったが、剣コンボの1セットで、イノシシ…『ワイルドボア』はあっさり撃破されてくれた。


「よっし、素材ゲッツ!」


俺は撃破したイノシシの上にのっかり、素材をはぎ取ると…また肉と毛皮か…次の獲物に向かって突撃した。


疾風のように敵の群のど真ん中に飛び込んでいき、ガシガシと攻撃していくと、深く入り込み過ぎたか、画面外からイノシシの突進を食らって転ばされる。


「あれ」


これが本物の猪なら大怪我をしている所だが、龍真に貰った装備のせいか、殆どダメージはない。

なんだ、拍子抜けだぜ。 これなら楽勝じゃん!


そう思った俺は、さらに果敢な攻撃を繰り返した。

敵が余所を向いている時は、ギリギリまで「A」での連続攻撃、そして反撃を貰う直前に「D」を押し、ガードで敵の攻撃を凌ぐ。


そうしてイノシシを4体全て倒し終わると、しばらくしてアバターが発光し…


「『上段袈裟斬り(1)』を修得しました」

「『ジャストガード(1)』を修得しました」


というメッセージが出た。

お、なんだか技を覚えたっぽいぞ。

経験値はないって言う割には、ちゃんと強くなれそうじゃねーか。

いい感じだぜ熟練度システム。


俺は、覚えた技がどんなもんか見ようとしたが…。

操作が分からなかった。 うぐぐ。

だが、装備画面を見てて、ふと思いついた事があった。

この龍真の装備、外したらどんだけダメージを負うもんだろう?

 

裸状態での俺の防御力は80ほどだが、今は龍真の装備のおかげで、140までにアップしている。

果たして、この防御力は、このゲームでどんだけの恩恵があるのやら。


遠くにさっきのイノシシ、5匹目を発見した俺は、鎧一式を外して近づいてみる。

そして、イノシシの突進をガードしたところ、


「うおっ」


なんと、1割以上減った。

ガードの上からでこれなら、直撃では2~3割か。

初期装備のまま、3匹に囲まれてたらお陀仏だった。

なら、この鎧と同様に、剣も強力な一品なのだろう。

多分、コンボ1セットじゃ倒せなかったな。


…ありがとう、龍真。

初期装備だったら、もしかすると死んでたかもしれない。

この剣と鎧、ありがたく使わせてもらうぜ。


俺は装備を再装着すると、剣を奮い、5匹目を瞬殺する。

素材をはぎ取った俺は、ここで一度村へ帰ろうと決めた。

細かいダメージの積み重ねで、体力は半減している。


マイアバターは、今の所、回復魔法が使えないし、回復系のアイテムも持っていない。

何があるか分からないし、村に戻って休んで、体力を回復しよう。

そう思った俺は、さっきまでの道を戻ることにした。


「まさか、現実と同じように、何日か休養しないと、傷が治らない…って事はないよな…」


さすがにそういう箇所を忠実に再現されてても困る。

RPGなら「宿屋に泊まれば、HPもMPも瞬時に全回復」という不文律は崩してほしくない。


大丈夫だよな?と多少不安に思った俺が、村に戻り「INN」の看板を探して宿に泊まると、画面が暗転し


「『力』が2あがりました」

「『素早さ』が1あがりました」


と、今度はステータスアップのメッセージが流れた。

たったあれだけの戦闘で?


…いや、もしかすると、あのイノシシは初期装備では見合わない、ちょっと強めの敵だったのかもしれない。

それなら、このいきなりのステータスアップも納得できる。


「テケテッテッテテーン♪ テテテテッテッテテーン♪」


「何!?」


メッセージが終わったかと思うと、いきなり軽快な音楽と共に「株式会社カプリコン」のマスコットキャラ、ヤギ娘のゴートちゃんが画面一杯に現れた。


「ファッ!?」


ゴートちゃんは、軽快にダンスしながら、どっかで見たようなドリンク剤を片手に掲げ、


「お疲れさまー! こんな夜まで大変だね! 頑張る貴方には、これ! 活力一本…!」


とウインクして、笑顔でアップのまま、唐突に静止した。

画面には、


「続きを見る」

「webで検索」

「他のCFを見る」

「ゲームに戻る」


という選択肢が表示され、俺がボーゼンとしていると、やがて画面は何事もなかったかのように、ゲームへと戻った。


…え、もしかして、今のが「CF」?

ゲームの中のコマーシャル?

しかもテレビCMとは違って、トータル4秒くらいだった。


「ってか、何のCMだったんだよ」


どこの会社の、どんな製品のCMだったのか。

何にも分からないと、逆にちょっと気になる。


「…もしかして、これがメーカーの思惑か?」


時間が短いせいもあるだろうが、気になる所でいきなり切るCM、というのは初体験だ。

宿屋の後にCM見せるとか、続きの選択肢を出すとか、メーカーのマスコットキャラをコラボで使うとか、結構考えられてる。


「…いや、CMとか気にするなよ、俺」


気を取られそうになった自分に気づき、口に出して自分を戒めた。

CMとか気にしてたら、それこそメーカーの思うツボだぞ。


なお、宿屋に泊まったら、さすがにHPもMPも全回復してた。 そうでないと困る。


よし、じゃあ次。

俺は、アイテムストレージを確認する。


「獣肉×12」

「ワイルドボアの毛皮×4」

「ワイルドボアの牙×7」

「ワイルドボアの蹄×2」


こ礼雄全部売りに行ってみよう。

いったいどれくらいの金額になるのだろうか。


とりあえず、それなりな値段になってくれたら嬉しい。 

あまり贅沢は言わないが、これからの学費の足しになるようなくらいの値段になれば良いのだが…。


俺はそう思いつつ、村の雑貨屋へと足を運んだ。


*  *


「40円…? おい、ふざけんなよ」


雑貨屋にせっかく稼いだ毛皮や牙を売ったら、買い取り額はたったの400Cenだった。

俺が思わず画面に向かって文句を吐いたのも仕方ない。

だって、単品じゃなくて、全部で40円だぞ。

それじゃ安すぎだろ。


雑貨屋には回復薬が販売しているが、1個80Cenもする。

これじゃ無課金初心者プレイヤーは、到底稼げない。

体力を回復したいなら、毎回村の宿屋に帰ってこなければならない事になるじゃねーか。


「あ…。 もしかして…それが目的?」


毎回宿に戻ってこさせる事で、あのCMを見せようという魂胆なのだろうか?


でもなぁ…。

龍真は、今日2000円奢ってくれた。

あの態度があったから、てっきりこのゲームは割と儲かるもんだと思ったのだが、もしかして、龍真の奴、見栄を張ってたのだろうか?

俺を誘うために、延々とモンスター狩りをして2000円を稼いだのだろうか? 


…いや、でも、それはないよな。

だって、2000円をさっきのイノシシに換算したら、250匹にもなる。

効率厨のアイツが、そんなみみっちい事するはずがない。

稼ぐ方法は別にあるのだ。


「…もしかして、強い敵の素材なら、もっと儲かるとか」


その可能性はある。

さっきのイノシシの例もある事だし、熟練度を上げるためにも、もうちょっと強力な相手に挑んでみよう。


そう思った俺は、再び村を出て、さっきの湖までの道をひた走った。

さっき全滅させたはずのイノシシが、再湧出リポップしていたが、どうせ一匹あたり10円以下、今度は気にせず通り過ぎる。


なだらかな丘陵平原を通り過ぎ、徐々に湖に近づいてくると、周囲の風景までもが灌木と岩、背の高い水草が生い茂る湿地帯へと変化した。


足下がぬかるんで、キャラの頭が微妙に上下したり、ジャボジャボ言うのが妙にリアルだ。


「どっかに渡れそうな場所がねぇかな…」


湖の中央には、怪しげな感じの小島がある。

島に通じる橋か、干潟がないものかと周囲を捜索していると、湿地帯の草がガサガサと揺れ、何かがいきなり俺を攻撃してきた。


「!?」


ガブッというサウンドと共に、血が噴出するのをイメージさせる、赤いライトエフェクト。

…そして、体力が4割減った。


「何ッ!?」


龍真の装備は、ちゃんと身に付けてるはずだぞ!?

一体何事かと、俺は慌てて湿地帯から逃げだそうとするが、マイアバターの動きが鈍くなっている事にも驚愕する。


気づけば、アバターの顔アイコン横に、長靴に「×」のマークが重なったアイコンが出現していた。

多分、部位ダメージだ。

足を怪我したので、動きが鈍くなった…とか、そういう表現か。


モタモタと湿地帯から脱出する俺のアバター。

俺の後を追って、湿地帯から姿を表した敵は、俺よりも二回りほども大きい二足歩行のワニ、『バイペダル・クロコダイル』なるモンスターだった。


キシャアア、と巨大な口を開けて威嚇する敵。


こりゃ強そうだ。

戦うかどうか一瞬躊躇したが、俺は「撤退」を選択した。

フットワークが使いものにならない今、ここで無理しても意味がない。


俺は防御しつつ撤退することに決めたが、ワニは想像以上に獰猛なアルゴリズムを持っているらしく、突進噛みつき、尻尾攻撃、立っての噛みつきなど、見た目かなり恐ろしい攻撃を次々と、かつ積極的に繰り出してきた。


だが、オート防御の「D」のルーチンはかなり優秀で、それらの攻撃を次々やり過ごす事ができた。

そうして徐々に湖から距離を取ると、ある程度の時点で、ワニは四足歩行にチェンジし、あっという間に湖へと戻っていった。


…多分あのワニは、あの小島を守る番犬モンスター、といった所だろう。

おそらく、島に渡れる箇所にはあのワニが複数で隠れているはず。

今の俺だと、即座にかみ殺されるのがオチだ。

余裕であれを倒せる攻撃力、防御力を身につけないと、島には渡れないな…。


「しかし、どうしたもんかね…」


湖がダメなら、また雪山に登るか。

あのオックスホーンとかなら、まだマシに稼げるだろうか…?

つーか、このペースじゃ、学費を稼ぐとか、夢のまた夢だぞ。


そんな事を考えながら、俺はまたも村への帰路につく。

途中でリポップしていたイノシシが居るのを思いだし、とりあえず狩る事にした。

1匹10円でも、数がまとまればそれなりになる。


缶ジュース1本くらいになったら、今日は止めるか。

もう夜の2時を回ってるし。

体力は半分程度しかないが、イノシシ相手なら、まぁ大丈夫だろう。


俺は平原に戻ると、そこで幾度となくリポップするイノシシを、次から次へと倒していく。

そうして、6体目を倒した頃…。



「こん……は、君、こ…で何…って…の?」


イノシシの遺骸が、いきなり喋った。


「うおっ!?」


いや、そうじゃない。

よく見たら、画面の端っこに誰かが居た。

「こんにちは」「何してる?」のフキダシアイコンが、そのプレイヤーの頭にポップしている。


この「還魂のリヴァイアサン」には、いわゆるテキストチャットがない。

プレイヤーとの会話は、全て携帯を使っての肉声でのみ行われる。


そのために必要なのが、音声をクリアにするためのヘッドセットなのだが、俺はまだそれを購入していないので、相手の声が聞き取りにくい。


俺は慌てて、携帯の音量を最大まで上げる。


「…どうしたの? 何で黙ってるの?」


割れた声が、携帯から響く。

多分、声の感じからして、相手は若い男性だ。


「ごめん、俺、このゲーム、初心者なんだ。 ヘッドセット、持ってなくって…」


深夜に大声出す訳にもいかないので、俺は携帯を抱え込んで、スピーカーに直接声が当たるように囁く。


「そうかぁ。 こんな時間に狩ってるって、君、学生?」


相手は、プレートメイルを着込んだ、重装型の剣士アバターだった。


「そうだよ、君は?」


と俺は問い返す。 

声が通るように会話しようとすると、画面が見えないのがもどかしい。

龍真たちとは顔を付き合わせてプレイできるから問題なかったが、ソロでネット上の人と会話すると、こうなるのか。

…今度、ヘッドセット買っとこう。


「そんなようなもんかな」


相手は、学生かどうかの話題は流してきた。

素性は詮索されたくないんだろうか?

なら、この話題はどうか。


「ところでさ、このゲームに流れてる噂、知ってる?」

「噂? どんな?」

「ほら、このゲームって、お金が稼げるじゃん」

「多少はね」


このゲームにおける、俺の最大の関心。


「『リヴァイアサン』を倒せば1000万円ゲットできるって…知ってる?」

「知ってるよ。 でも、本当だとしても、遙かに遠い道のりになるんだろうね」

「じゃあ、あの噂は、ウソなのか?」

「どうだろう。 僕の周りでは、本気にして盛り上がってるけど、僕は半信半疑かな」

「だよねぇ」


何か、つかみ所がないな、コイツ…。

返事の内容が、わりと曖昧な…。


「ところで、君、初心者って言ってたよね」


と、重装型アバターが話しかけてきた。


「ああ、そうだけど」


「…このゲームで、確…に…げる……法が…る…だけど」


と、そこで相手が声を潜めたので、一部が聞き取れなかった。


「ごめん、もう一度言ってくれる? 声が小さくて聞き取れなかった!」


俺がそう言ったら、相手は何故か多少の苛立ちを声に込めて、もう一度繰り返した。


「…このゲームで、確実に稼げる必勝法があるんだけど!」


「えっ!?」


必勝法!? そんなのがあるのか?


「…知りたいかい? 必勝法というか、ゲームのセオリーみたいなの、だけど」


それは…ぜひ知りたい。

モンスターを倒しても儲からないんじゃ、どうやって稼ぐのか、さっぱり分からないし。


「それはね」

「ああ」


そこで、しゃらん、という抜刀音。

ズバッ、ドカッという効果音と共に、「うあぁぁっ!」というアバターのダメージボイスが耳に響く。


「…お前みたいなマヌケを狩る事だよ、バァーカ!」

「!?」


まさかの奇襲攻撃。

俺が携帯を耳に当てていた事もあって、マイアバターは棒立ちのまま攻撃を喰らっていた。

俺は慌てて、その場から脱出しようとするも…


「!?」


マイアバターの周りに、電撃のようなエフェクトが走り、棒立ちで硬直したまま、操作を一切受け付けなくなっていた。

この、アバター周囲の電撃のようなエフェクト。

あらゆるゲームに共通して見られるこの表現は、おそらく「麻痺」に違いなかった。


「アッッハハハッハハァ! おもしれー! バカがまた、ひっかかりやがったよ!」


敵モンスターと同様に、画面の下半分に、相手のインフォメーションウインドウが走る。

フルプレート、フルフェイス装備で顔を隠したこのプレイヤーの名前は『オリオン』。

その名前の色は、まるで鮮血のような赤、だった。


”PKプレイヤー…? まさか、こんな序盤で…!?”


PK、いわゆるプレイヤーキル。

オンラインゲームの中で、他のプレイヤーを何かの目的で殺傷するプレイヤーの事を『PKプレイヤー』と呼ぶ。


このPKが実装されているオンラインゲームは比較的多いが、その共通仕様として、「殺人を犯すと名前が赤くなる」作品が多い。


このオリオンという名のプレイヤーも、既にレッドプレイヤー…おそらくは、ゲーム内で既に殺人経験のある人間だった。


「…へぇ、お前、『レオ』っていうの? 獅子座とか、そんな?」


彼「オリオン」の口調が、さっきまでの慇懃なものとは打って変わって、伝法なものに変化している。


「ダセぇよな。 『レオ』とか、超ダセぇ名前! 死ねよ、すぐ死ね!」


そう言って笑いながら、奴は麻痺して動けない、俺のアバターをちょこちょこと切り刻む。

怒りで頭が沸騰しかけるが、皆が寝ているのに、大声で罵声をあげる事はできない。


…だが、これがゲームによくある「麻痺」なら、いわゆる「レバガチャ」…スティックやボタンを連打する事で、効果時間を短縮する事ができるはずだ。

それはこの「麻痺」の表現もそうなのだが「レバガチャ」による抵抗も、大抵のゲームでの共通表現だから。


そう思った俺は、今画面に表示されている「長靴」「A」「D」のアイコンを、ピアノ連打でタタタと連打し、ゲーマーとしての直感で、麻痺が解けると思った辺りで、「A」だけを超連打する。


「なっ!?」


俺の思惑どおり、俺のアバター「レオ」は、麻痺が解けると同時に、PKプレイヤー「オリオン」への連続攻撃を繰り出した。

だが、剣撃をフルヒットさせたにも関わらず、敵の体力ゲージは1割も減らなかった。


”マズい、これは勝てない…”


幸い、剣コンボで相手を弾いたことで、距離は開いた。

俺はすかさず長靴アイコンを使い、村へと逃げ帰る。


「逃がすかよ、ボケがぁッ!」


距離を取り、これは上手く逃げ切れたと思ったのもつかの間、あのワニに噛まれた部位ダメージがまだ残っているのか、それとも「オリオン」自身の移動速度が早いのか。

あんなフルプレートを着込んでいるのに、俺と奴の距離はみるみるうちに狭まってくる。


「…くっ!」


知らず、俺の口からも声が漏れる。

マイアバターは、背中からオリオンの一撃を喰らい、再び「麻痺」状態になった。

そして、そのままめった切りに切り刻まれるマイアバター。


「手間ァかけさせやがって! 死ね、この野郎! 一丁前に、スタコラ逃げてんじゃねぇよこのチキンがッ!」


噴出する鮮血を表現する、赤いライトエフェクトが、次々と俺のアバターを覆う。


「てめぇ…! 何してんだッ!」


つい、押さえきれずに、俺はそんな事を口走ってしまった。

コイツは、おそらくアバターを殺して、装備や所持金を奪う、強盗系のPKプレイヤーだ。

この「死ね」とか「逃げるな」という文句も、ワザとこっちを煽って怒らせ、その断末魔を面白半分に聞こうとしているのだろう。

無駄な抵抗こそ相手の思うツボだ、というのは分かっていた。


「見て分からねぇのか、お前を殺そうとしてんだよ、バーカ! 何が『てめぇ』だ、調子のんなこのカスがッ!」


奴は俺の無抵抗なアバターをいたぶりながら、なおも居丈高に煽ってくる。

もう、マイアバターの体力は残り1割を切った。

ここからの逆転はまず不可能、抵抗しても相手の嗜虐性を満足させるだけだ。


だが、そんな事は関係なく、俺は奴の態度が許せなくて、ピアノ連打によるレバガチャで脱出を試みたのだが…。


「ちょっと、礼雄、どうかしたの?」


コンコン、と扉をノックする音に、俺の全身は硬直した。

あかり姉だ。

まさか、こんな時に…!?


「入るわよ? …まだ起きてるの?」


と言いながら、パジャマ姿のあかり姉は返事も聞かずに入室してきた。

俺はすかさず携帯の電源を切り、コタツの上に置く。


「あ、ごめん、あかり姉、起こしちゃった…?」

「どうしたの、何か怒ってるような声が聞こえたんだけど…」

「いや、何でもない。 ちょっと、学校の事で、学部の友達と言い合いになってさ」

「こんな時間に?」


時間は、とっくに夜2時を回ってる。

あかり姉は、勉強か何かで起きていたのだろうか。


「…ねぇ、礼雄…。 あなた、また、ゲームとかやってた訳じゃ…ないよね?」

「もちろん。 見てくれよ、ゲーム機とか何もないだろ」


俺はコタツ布団をヒラヒラさせたり、めくったりして見せる。


「そう…ね。 約束どおり、ゲーム機は全部処分してくれた、もんね…」

「だろ。 友達には謝るから…。 あかり姉ももう寝なよ。 勉強してたの?」

「うん、SPIの復習」

「そうか、邪魔してごめんな」

「ううん、私こそ。 礼雄、あまり夜更かししちゃダメだよ」


そう言って、あかり姉は「おやすみ」と言って、扉を閉めた。


「…ふう」


俺は苦い表情のまま、携帯の電源を入れた。


喜びも危険も、ただ自分だけのもの。

ゲームにおける、ソロプレイの原則。

それを、俺は知っていたはずなのに忘れていた。


俺のアバターが、あいつに殺されて、どんな最期を迎えたのかは分からない。


だが、スリープから復帰した画面の中では、俺のアバターが、ちょうど教会で蘇生儀式を受け、復活を遂げた所だった。

俺は、自分のステータスを確認するが…。


「マジかよ…」


覚悟はしていたが、いざ直視すると、息が詰まりそうだった。

俺のアバターは、龍真に貰った装備はおろか、別に持っていた初期装備、所持金、狩った素材の全てを…奴に奪われていた。


<続く>

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