(83)唸れ! 怒りのオッサン姫
DATE : H27.2.9
TIME : 18:17
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俺たちは、あまりに物を考えなさすぎていた。
薔薇戦争だから、今回も前回と同じ展開になるだろうと……。
だけど、店長たちは考えていた。
薔薇戦争のルール変更に伴う、あらゆる展開を。
そして選んだ戦法は、全軍への個別登録。
「もしかして……僕らのことなんて、眼中にないってことか?」
「バカな……」
そう言いたかった。
だがやはり、ムラサメの言うとおりにしか考えられなかった。
つまり、俺たちなんて、いつでも殺せる、と……。
事実、紅薔薇軍の先頭をフォーカスすれば、バイトの際に幾度も聞いたことがある声質の……でも聞いたことはない内容の声が轟く。
「死ねっ、クソガキどもぉ! このフィールドマウス様に逆らおうなんて、ナメるにもほどがあるんだよ! 10年修行して出直してこい、この青二才がッ!」
フィールドマウスこと野口さんは、喜々として……。
「ああああっ!」
「何で!? 何でこんな減るの!?」
「こいつ……。 このフィールドマウスって奴、クラスが『紅薔薇姫』だ! だからだよ!」
白組のプレイヤーを、紙屑を踏みつぶすように、なぶり殺しにしていた。
フィールドマウスのアイコンは、深紅の薔薇。
前回、ティアリのウインドウで見たものと同じ。
間違いなく、フィールドマウスが「紅薔薇姫」だ。
「オッサンなのに『姫』かよ! 絵面最悪だな!」
「だよねぇ~!」
エナリスとリントがそんな身も蓋もない感想を述べるが、俺はそんな言葉に相槌を打つでもなく、ただある種の焦燥感に駆られていた。
「(そうか……しまった……!!)」
今回は「バード・イン・ザ・ケージ」のクラススキルがない。
「姫」も王室という籠を飛び出し、自由に動けるようになったって事だ。
だが、だとすると、俺には白薔薇姫がどこに居るのか分からない。
つまり、有利な位置で迎撃する意味は皆無。地形アドバンテージの選択なんて無意味だった、って事か。
「(……くそ!)」
クラススキルがない。
たったそれだけの事が、こんなに戦略に大きく影響するなんて。
「つまり……陣取りゲームが、今回は鬼ごっこに変化したというワケだね」
ムラサメも、俺と同じ結論に達したらしい。
実に言いえて妙の表現だった。
「しかし、全部の軍に登録するのはどういう意味があるんだ……?」
俺はそう疑問を口にしたのだが、
「その理由は簡単だよ、レオ! あいつら……! くそっ、そういう理由か!」
「ああ、そういう事ですか!?」
「マズいですよぉ、僕らもPKしましょうよぉ!」
答えの途中で急に異様な雰囲気になった。
「……!? 何だよ、どういうことだ、ムラサメ!?」
「マジでヤバい。 パラメータの補正率がハンパない」
「? どういう事だ?」
「殺せば殺すほど、奴らのパラメータが上昇してるんですよぉ!」
「何!?」
相手をPKすればするほど、パラメータがアップ……!?
確かに、クラス選択の際「PK数に攻撃力補正が連動する」とかなんとか、そんな表示があったような気はするが……。
あれは、最初のクラス選択だけの話じゃなかったのか?
「レオ……マズい。 フィールドマウスの補正パラメータが、もう6000を突破した……」
ムラサメが、そう重く呟く。
6000がどうした、と思ったのだが、ムラサメの基礎攻撃力は1000、クラス「パラディン」の補正率は+1750。
スキル「エクスキューショナー」で攻撃力が3.5倍となっても、6200辺りでダメージを与えることが出来なくなる事に気がついた。
「行きましょうよ、ムラサメくん! 連中、きっとPKで稼ぎながら、パラメータもアップさせてるんですよ!」
「レオ、行こう、今すぐ!!」
ムラサメのその言葉には、ただならぬ切迫感があった。
理由は分かる。
このままボケッとしていたら、取り残される。
スキル「エクスキューショナー」を生かすなら、今しかないのだ。
だけど……!!
「ゴグアアァァァアアーーッ!」
ゼファーとフィールドマウスの存在に加え、あの巨人騎士……確か、ウォリック伯とか言ってたような。
「うわあああっ!」
「ぎゃああぁぁっ!」
当のNPCは、見た目どおりの圧倒的な攻撃力を発揮し、白薔薇軍の残党を蹂躙していた。
あの嵐のど真ん中に、突っ込んで行くのか!?
全く何も決めてない、無策の状態で、行くのか!?
「レオ、決めろ! どうするんだ!? 今決めろ、お前が!!」
「ま、待ってくれ……!」
俺は必死に考えをまとめようとしたが、
”お前がバカだからだ”
”考えて、考えて、最後まであがき抜け”
”お前は今、最悪の選択肢を選ぼうとしている”
脳裏に浮かんだのは、昨日、龍真に言われたことばかりだった。
どうすれば良い?
戦うのと様子を見るの、どっちが正解なんだ。
いや、そもそも、様子を見たところで、別に選べる選択肢なんて、あるのか?
「あのですよぉ、ムラサメくん、僕らもPKして稼げばどうですかぁ……? 基礎力が上がれば、『エクスキューショナー』はまだ通じますよぉ……?」
「リント、それは無理だ。 レオはそういう事を酷く嫌うんだよ、今回は諦めろ」
「えぇ~」
くっ……。
そうだ。
その通りだ。
それに、ここで様子を見たところで、急に都合の良い打開策が見つかるのか……?
「レオ! おい、決めろ、早く!」
「ま、待ってくれ」
「早くして下さいよぉ、レオさん」
「だ、だから待ってくれって!」
皆はせかすけど、俺はこれがラストチャンスなんだ。
もし万一失敗したら、俺の人生は……。
「む、ムラサメくん、見てください、あれ!」
「どうした、エナリス!?」
だが、俺がそんな愚にも付かない逡巡をしている間に、状況は激変した。
「グルオオオオオゥゥウツツッ!」
白薔薇軍を全滅させた紅薔薇軍と黄薔薇軍が、今度は同士討ちを始めたのだ。
そして巨人騎士ウォリックは、今度は紅薔薇軍に突っ込んでいく。
「おい、フィールドマウス、お前何やってんだよ! 姫のくせに先頭切って突っ込んでいくなって!」
「そうだよ! お前が負けたら、俺たちの課金分が無駄になるじゃねーか! 前に出るなよ、おいっ!」
……いや、同士討ちじゃない。
紅薔薇姫であるフィールドマウスは、黄薔薇軍に無謀な特攻を仕掛けることで、彼を守るために付いてこざるを得ない紅薔薇軍を、ゼファーとウォリック伯爵に討たせていたのだ。
「うおわあああっっ!」
「何だよもうこれ! 戦略も何もムチャクチャじゃねぇかっ!」
そしてフィールドマウスも、チームプレイなど全く放棄して、過剰なパラメータ補正を頼りに、ゼファーの後ろに居る黄薔薇軍の雑兵をなぎ倒しまくっていた。
その光景を見て、俺は今更ながらに、連中の真の目的を理解した。
「そうか……こいつら、最初からPK目的で、チームを分散して登録してたのか」
「今頃気づいたのかい? でも、こいつらやっぱり、金目当てだったんだね。 もしもその身に危険が迫れば、ゼファーがフィールドマウスを倒してイベント終了。 報奨金は身内だけで移動するから、それほど痛まない」
「こいつらぁ……!!」
大軍を目にしている時は「勝てるのか……!?」と思っていたが、その数は見る間に減っていき、紅薔薇・黄薔薇軍共に、ほんの何人かまでプレイヤーは減った。
皆は……きっと、ゲームを楽しもうとか、ちょっとお金を稼ごうとか、そんな気持ちで参加してたはずなのに。
圧倒的な資金力を持つ店長たちの前に全員がPKされ、養分になってしまったのだ。
それを見て、唐突に怒りが湧いた。
皆が参加し、そして恩恵を預かるべきゲームのイベントを、自分たちの稼ぎのためだけに利用した、という光景が許せなかった。
「……行こう、ムラサメ! 確かに、今しかない! 悪い、俺につきあってくれ!」
一抹の不安はある。
ゲームのイベントを自分の思い通りに動かそうとして、それが現実に上手くいってしまった……。
連中の計画性と、状況の把握能力は尋常じゃない。
だけど、もう行くしかない。
ゲームを否定されるということは、俺を否定されるという事と同義語だから。
「レオ、できればもっと早く決断してくれよ……と言いたいけど、行こう! 行くぞ! リント、エナリス!」
「僕らは防御に徹すれば良いんですよね!?」
「ああ、それで良いよ」
「でも、あの3体を同時に相手は難しいですよぉ!」
「ゴチャゴチャ言うなよ、いざとなれば撤退すれば良いからさ。 例のスクロールはまだあっただろ?」
「あ、ありますぅ。 『パーミットトランスファー』ですよねぇ……?」
「ならいいよ、行くぞ!」
俺たちは、ゼファーとフィールドマウス、そしてウォリック伯を倒すため、紅薔薇軍と黄薔薇軍のただ中に飛び込んだ。
「待て、ゼファー! フィールドマウスッ!」
俺がそう叫ぶと、
「……何だ、お前か、キリシマ」
「レオくん、今さら出てきても遅いですよ。 既に、大勢は決してしまいましたよ」
紅薔薇軍と黄薔薇軍が、ピタリと抗争を止める。
「あいつが……レオか?」
「あの時、女と一緒に居た奴な」
そして、生き残った連中の中から、そんな声が聞こえた。
もしかして……こいつら、琴莉さんを襲った連中か!?
「俺と戦え! デュエルで決着を付けようぜ! あれだけデカい口叩いておいて、よもや怖いとは言わねぇだろうな、店長!」
「テメェみたいなカスが怖いもんかよ」
店長は、サラッとそう言った。
「だがな、お前とは戦ってやる。 まずはこいつとだ、キリシマ!」
そう叫ぶと、ゼファーとフィールドマウスの周囲に居た連中が、まるで嵐を避けるかのように、巨人騎士から逃げ出した。
と同時に、
「グルォォオオオッッッ!」
巨人騎士がこちらを向き、眼光を赤く輝かせ、口から焼け付くような白煙を吐いた。
そして、ブレストプレート(胸鎧)の中央に描画されたエンブレムが、紅薔薇から白薔薇へと変化した。
「……マズい、避けろ、リント、エナリス!」
「ヤバい、アレは俺たちをタゲったぞ!」
ムラサメと俺がそう叫ぶと、敵の巨人騎士……ウォリック伯爵は、「グガァァアアァァァッ!!」と、狂戦士さながらに、双手の大片手斧を俺たちの居た場所に突っ込ませた。
もちろん、敵が予備動作を起こした時には俺たちはもう避けていたが、カスッただけで即死級の攻撃だろうな、という予感はした。
「ど、どういう事なんですかぁ!? 黄薔薇は、この敵を操れるんですかぁ?」
リントの言うことは最もだった。
最初、NPCであるウォリック伯は白薔薇軍を倒し、その後に紅薔薇軍にターゲットを移した。
そして、今また再び、俺たち白薔薇軍に狙いを定めた。
この都合の良いターゲッティングは何なんだ!?
「わからないよ! だけど、奴が僕らをターゲットしてるのは間違いない! 行くよ、レオ!」
「……戦うのか、コイツと!? ムラサメ!」
「そうだよ、あの蜘蛛と同じさ! 僕とお前なら、倒せるはずだよ!」
それは、俺とムラサメとで、NPC「フローズン・タランテラ」と戦った時の事を言っているのだろう。
だけど、俺にはそんな勝利のイメージは全く湧かなかった。
何故ならあの時は、しばらく敵の動きを観察していたし、龍真が「倒せるボスだ」と判断したからこそイケると思ったのだ。
「何やってるんだよ、レオ! 早く来いよ、戦え!」
「あ、ああ、分かった!」
不安材料が多すぎる。
そもそも、このウォリック伯は、本当に倒せる敵なのか。
こいつが「倒せないNPC」だったなら、俺たちはこの時点で詰んでるんだぞ。
だったら、こいつを無視して、ゼファーを倒した方が良いんじゃないのか。
……ムラサメ、この選択肢は本当に正解なのか?
俺はそんな疑心暗鬼に囚われつつも、ウォリック伯と剣を交える事にした。
だから、システムアイコンに浮いた、一通のメールに気づいたのは、ウォリック伯との戦闘が終わって……。
俺一人、になってからだった。




