(81)不可視の選択
「そういう事だったの? 道理で、ティアリにルビーメールしても、全然リアクションなかった訳だわ」
「ティアちゃんが、入院……? 嘘……何で、そんな、酷い事を……!」
「すいません……。 俺が付いていながら、こんな事に……」
俺は、マキアとルナを教会の有料メールで呼び出し、仲間になってくれないかと依頼した。
今回のイベント……いや、俺にとっては今回こそが最後の戦いとなる。
最終決戦の前に、仲間になってくれそうな人間は可能な限り当たりたかった。
それに、マキアほどの強力なプレイヤーなら、ゼファーとも互角に戦える可能性があったから、という思惑もあった。
だが、仲間になってもらえないか……その経過を説明する中で、あの莫大な戦闘能力を持つ「ティアリはどうしたの?」と質問されるのはごく当然の事で、そして琴莉さんが入院する事となった、一連の経緯を説明せざるを得なかった。
マキアは、しみじみと呟いた。
「あの娘、だから、このゲームに参加するのを嫌がってたのよね……。 将来的には、必ずこうなるって言ってたもの」
「……。」
「なんか、難しいこと言ってましたもんね? しほんろんの……何でしたっけ?」
ルナにそう振られるものの、マキアは「小難しかったから覚えてないわ」と一蹴した。
「でも、レオ、貴方も経験あるでしょ? 格闘ゲームなんかで、トラブルに巻き込まれたコト」
「……あります」
「ティアリが言いたかったのは、多分それだと思うわ。 本気で競争した結果が、これ」
「そう……ですね」
「レオくん……それでも、また、その人たちと戦うっていうの? それで、また、リアルで襲われたらどうするの……? 警察に任せた方が良いんじゃない……?」
「警察の方は、琴莉さんの件で既に動いてるよ、ルナ」
「そうじゃなくて、レオくんの話! て、ティアリも可哀想だけど……れ、レオくんまで、また襲われるかもしれないじゃない!」
「そうなんだけど……俺は、奴らを許せないんだ」
「レオくん……」
「琴莉さんにあんな酷いことをしたあいつらを、俺は絶対に許せない!」
しかも、受け入れるべきゲームの負けを、安易に暴力で返してきやがって……。 絶対に許せるものか。
「レオくん……」
「琴莉さんに与えた以上の苦痛を、奴らに味合わせてやりたい。 自分が何をしたのかを、自覚させてやる! だから……お願いです、マキアさん、ルナ! 俺に力を貸して下さい!」
すると、マキアはふーっと大きく息をついた。
「正直、私も、この件は警察にまかせるべきだと思う」
「マキアさん!」
「……でも、貴方の気持ちも分かるのよ、レオ。 私も、ティアリをそんな目に会わせた、そいつらを許せないから」
「じゃあ、何でそんなことを……!?」
「ごめんね、仕事なの。 今回はどうしても無理。 バレンタイン近いでしょ? だから、今週の日曜は、私もルナも、絶対に外せない仕事が入ってて……。 夜ギリギリ参加できるかどうかってところ」
「そ、そうですか」
し、仕事か……。
じゃ、じゃあ仕方ない、な……。
「それに、私たちが参加する事で、抗争が加熱するのもどうか、って思うから」
「……加熱?」
「ええ。 レオ、貴方たちの村のイベント、はっきり言って異常よ」
「異常? どういう事ですか?」
「私たちのホームでも『薔薇戦争』は開催されてるんだけど、おかしなことに、この村と金額が一桁違うの。 プレイヤー同士が異常に白熱してるのは、明らかにそれが原因でしょ?」
「そ、そうなんですか?」
……?
金額が一桁違う?
何かのバグか、ミスなのか……?
「個人的には、そんな奴らはズタズタに引き裂いてやりたい。 でもお金が懸かれば、必ず怨恨の芽は残るわ。 しかもその悪意は、ネージュに住んでる、貴方だけに降りかかる……だからやはり、警察に任せた方が良いと思うの。 まずは、運営に報告してみない?」
「報告してみます……が、それで明日の修正には間に合わないような気もするんですが……」
「ま、そうね。 レオ、明日は無理かもだけど、何かあったら連絡ちょうだい」
「私もお願いします、レオくん!」
「分かった。 その時はよろしく頼むよ、二人とも」
残念だが、マキアとルナは明日のイベントには間に合わないようだった。
二人がログアウトし、その姿が見えなくなると、俺はこの後、誰を誘おうか考えた。
と言っても、南原先輩たちは既に……やはりというべきか、PKギルド「クリーピング・コインズ」と行動を共にしていた。
剣闘士大会の決勝戦の相手、双剣使い「キリエ先生」と、その友人「アマダム無双」はメールを出したけど返事なし。
となると、後はもう龍真と、ムラサメのどちらを仲間にするか……の2択で、しかも最後の仲間だ。
魅力20という、俺のリアルパラメータの低さが恨めしい。 こんな時まで多大な影響力を発揮する事ないだろうに……。
そんな忸怩たる感想を抱きながら、だが俺は心に決めていた相手に電話する。
「平田 翔太郎」。
龍真も惜しいが、もう俺の復活は店長たちにバレてるので、イベント内で逢うと同時に殺し合いになる展開は極めて高い。
その時に頼れる奴と言えば、やはりムラサメだろう。
呼び出し音が鳴り続ける。
頼む、ムラサメ……。
「はい、平田です」
「ムラサメか!?」
「平田だって。 ひ・ら・た、しょうたろう」
「ムラサメ、悪い……。力を貸してくれ」
「本当に、人の話を聞いてないのな、お前は……! まぁ良いよ、用件は薔薇戦争だろ?」
ムラサメは何故か、微妙に上機嫌だった。
俺は琴莉さんが入院した経緯と、もうムラサメしか頼る相手が居ないという事を説明した。
「何だ、それじゃ僕の優先度は案外下にランクされるみたいだね」
「そ、そんな事言ってねーって! 連中と戦闘になれば、やっぱりお前が一番助かるんだ! 頼む、ムラサメ!」
「僕はいつお前から誘われても良いように、ギルメンの枠を空けて待ってたんだけどな……。 まぁ良いや、明日は思い切り暴れてやろうよ。 ゼファー、オリオン、ミルフィーユ、フィールドマウスは皆殺し。 それで良いな?」
「ああ、それで良い」
「今度は止めるなよ、レオ」
「ああ、止めない。 それどころか、連中の資材は一つ残らず奪ってやる!」
「その意気だよ、レオ。 ところで、ゼファーのあの絶対防御のことなんだが……」
「あ! そうそう、あれはな『妖精の護符』で身を護ってるって話なんだよ!」
「なんだレオ、お前もそれに気づいてたのか?」
「ああ、先輩方に聞いた」
「ちえ……。 お前が知ってるんなら、金を払って聞く必要なかったな」
金……?
まさか、エルキッドにか?
「ああ、多少値は張ったけどね」
「おい、あいつをあまり信用するなよ」
「僕の心配ばかりするなよ。 おかげで、ゼファーの攻略が可能になったんだぜ」
「攻略!? どんなのだ!?」
「理屈が分かれば、対処はたやすい。 つまりな……」
ムラサメの立てた作戦は、一口で言えば「ファイアー・ボール」の連打だった。
ゼファーが纏う「妖精の護符」の鎧を「ファイアー・ボール」の連打で削りまくり、護符の在庫が0になった所で攻撃する……と言ったものだった。
「いや、その作戦、無理があるだろ。 そんなにMP持たねぇよ」
「だからレオ、お前の『エクスチェンジリング』があってこその作戦なんだよ」
「……あ」
HPをMPに変換する、魔法の指輪。
まぁ……確かに、回復薬を大量に持っていけば、その作戦は可能かもしれない……。 けど。
「あいつと戦って、勝てるのか」
「奴は、飛び道具を持たない。 持っていれば、あの時ティアリに攻撃していたはずだからな。 だから、僕も『妖精の護符』の鎧を準備していけば、僅かだが奴と互角に戦える。 そうすれば、僕のブレードアーツで、奴を切り刻む事ができるさ」
「なるほど」
こっちも、妖精の護符を装備していけば良いのか。
そういやそうだよな。
「できればお前も『妖精の護符』で防御してくれ。 奴を麻痺させる事ができれば、より一層勝機は増すからな」
確かに、それならゼファーを倒す可能性はある。
だが……。
「これで奴をブっ倒そう! ティアリの敵討ちだな、レオ!」
「お、おお!」
ムラサメの提案には、なんともしれぬ嫌な予感がした。
一見完璧に思えるし、これ以上の作戦はないような気がする。
だけど、何かどこか致命的に破綻しているような予感。
しかも、それを分かっていながら、俺の脳味噌では見つけきれない……そんな危うい気持ちが、俺の歯切れを悪くさせた。
「必ず、ゼファーの奴は、倒してやる!」
「その意気だぜ、レオ!」
だけど、弱気になってたって仕方ない。
琴莉さんの敵討ちなんだ。
……絶対に、連中は退場に追い込んでやる!!
「じゃあ、また明日な。 回復薬は大量に準備しといてくれよ」
「ああ、分かった。 明日、よろしく頼む」
俺はムラサメとの打ち合わせを終え、ゲームからログアウトする。
すると、タブレットの画面の通話アイコンに数字が浮いた。 誰からの電話かと思いきや、龍真だった。
「何だ、龍真の奴……?」
そう訝しみつつ電話を取ると、
「よう、礼雄。 試験の出来はどうだった?」
龍真は、そんな挨拶で切り込んできた。
「……。」
このタイミング、この話題。
間が悪すぎる……のではないだろう。
龍真はそんな阿呆野郎ではない。
独自の情報網で、俺が退学直前であることを知ったか、もしくは自らリヴァイアサンの話をしに来たか。
「試験の成績は最高だよ。 俺、明日から大学辞めて、会社の社長になるぜ」
そう返答すると、龍真はしばらく押し黙っていたが、
「詳しく状況を聞かせろ」
いつになく真剣な声で、そう俺に言ってきた。
DATE : H27.2.8
TIME : 23:56
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「……すまない」
俺から近況をひとしきり聞いたあと、龍真はいきなり謝罪の言葉をこぼした。
「何がだよ」
「お前が大変な時に、何も知らず、何の力にもなってやれなくて……友人失格だな、僕は」
っていうか、龍真の奴、マジで何も知らずに電話かけてきたのか。
「何言ってんだよ、お前に何の落ち度があるってんだよ、気にするな。 大半は俺の自業自得だよ」
「それで……お前は、明日の『薔薇戦争』で、復讐戦を挑む気なのか」
つまり、龍真の奴は「試験終わったから遊ばないか」的なノリで、俺に電話してきたんだな……。
その「遊び」は多分、こっそりログインしている「リヴァイアサン」……。
でも、俺にとって、もう「リヴァイアサン」は遊びじゃない。
人生を賭けた戦闘の手段だ。
「ああ、そのつもりだ。 先に言っておくが……。 お前までこんな事に巻き込めないから、『薔薇戦争』には誘えなかった。 ……すまん」
だから俺は、少しだけ優しい嘘をついた。
「僕が、弱いからか」
なのに、龍真は執拗に、あの時と同じ話題を返してきた。
「違うって……」
俺は必死に頭を振り絞り、龍真をなるべく傷つけない言葉を選んだ。
「人には向き不向きってのがあるだろ? お前も言ってたけど、殺し合いには向かないと思うんだよ。 お前も、のぞみさんも」
「……」
そして、しばらく沈黙が続いた後、龍真は言った。
「でも、おそらくお前は、明日は勝てないぞ」
「何でだよ」
「……言って良いのか?」
「ああ、言えよ。 もしかしたら最後かもだからな」
「分かった、言う」
しばらく間を置き、そして龍真が言ったその理由は、
「お前がバカだからだ」
俺は……。
龍真からしたら言われて当然だけど、でも予想外の答えに、しばし固まっていた。
「……どういう意味?」
「お前は、周囲の空気を読まなさすぎる、という意味だ」
つまり、龍真が言いたいこととは、俺はあまりに目の前の事だけ、自分の事だけに拘り過ぎていて、周りの人間の思惑や、その場の状況を全然把握できていない、という事らしかった。
「ゲームは、相手の思惑を理解しないと負ける、と言うじゃないか。 だのに自分と同じ性質のムラサメを選ぶとか、まさに負け組の思考だ」
「じゃあ、どうしろってんだよ!」
……龍真の奴、やっぱり自分を選んでほしかったんだろうか? そんな風に聞こえる。
「お前を誘えば良かった、ってのか? 龍真」
「そんな事は言っていないだろ」
せっかく誘い水を向けたのに、奴は拒否しやがった。
なんだよこのツンデレ。
「その『ゼファー』は、恐るべき相手だぞ。 確かに、純粋なゲームの腕では、お前より劣るかもしれないが、それ以外では、全てそいつの方がお前より上だ」
「何で、そんな事が言えるんだよ!」
「その、赤城とかいう店長は、自身はそれほどゲームが得意という訳ではないのに、この世界に入り込んで来たからだ。 巨視的というか、このゲームの仕組み、勝利のロジックを嗅ぎつける能力に長けている」
勝利の、ロジック……?
そういや、店長にゲームの中で言われた事がある。
俺は現実が分かっていないとか、何とか。
「そうだ。 お前は分かっていない。 だからもっと、死ぬほど考えろ。 この世界にはな、『見えざる選択肢』が山ほどあるんだ。 それを選べばいいのに、見えなくて落ちぶれていく奴は山ほど居る」
落ちぶれるって……。
「それは……俺のことか」
「そうだ。 お前も、その一人になろうとしてる。 でも、僕はお前にはそうなって欲しくない。 今、お前は最悪の選択肢を選びつつあるが……まだ、破滅が決まった訳じゃない。 最後の最後まで、考え抜いて、あがき抜け」
そこまで言われて、流石にイラッと来た。
順風満帆、勝ち組イケメンのお前にゃ、俺の気持ちなんて、分かりっこねーよ!
破滅が決まった訳じゃないとか、どれだけ上から目線なんだよ!
「分かった。 考える。 じゃな、龍真」
「おい、礼雄、話はまだ……」
流石に、長年の友人を怒鳴りつけるほど幼稚じゃない。
だけど、今は、あいつの話を聞いていたら冷静さを失いそうだったから、電話を切った。
「……強いのか?」
店長は、それほどまでに。
正直、俺は金の力に任せたパワープレイのヤンキーだとしか思ってないのだが……。
龍真には、俺に見えない店長の何かが見えてる、って事なんだろうか。
見えざる、選択肢……。
「くっだらね」
そんなもん、本当に存在した所で、選びようがないだろう……。
人間は、目の前にある状況でどうにかするしかないんだ。
そう結論づけた俺は思考を打ち切り、明日の戦闘のための下準備を始めた。
まずは、回復薬と、妖精の護符の調達だ。
「……なんだよ、これ」
だが俺は、このゲームのアイテム売買には「相場システム」が組み込まれているのを忘れていた。
皆が不要な素材は安く、必要な素材は高くなるという、需給調整システム。
「(皆、気づき始めてる、って事か……?)」
「妖精の護符」は、1,000Cenから5,000Cenに値上がりしていた。




