(79)終焉の時
「礼雄! 礼雄!」
誰だ、俺を呼んでるのは。
それに、この疼くような痛みは、何なんだよ……。
「礼雄! 起きて! お願いだから……!」
重い体を必死に動かし首を傾けると、俺の枕元で泣いている女性が居る。
「礼雄! 目が覚めたの!? 良かった、本当に良かった……!」
「あかり姉……?」
目を赤く泣きはらしたあかり姉は、俺の手をしっかりと両手で握る。
「そうよ! 私! 分かるよね、礼雄!」
「ああ、分かるよ、あかり姉……」
やがて、俺の意識は徐々に覚醒してきた。
薄明るく白い部屋に、消毒液の臭い……。
「ここ、病院か……?」
「そうよ、礼雄は誰かに襲われたのよ……! それで、ずっと入院してたの」
誰かに……襲われた?
ずっと……入院?
「あかり姉! 今、何時だ!? ……あつっ!」
「礼雄、無理しないで! まだ、怪我は良くなってないんだから!」
後頭部に激しい鈍痛を覚え、俺は思わず顔をしかめる。
「俺の携帯は……? どこに……!?」
そう言ってベッドサイドを探すが、その必要はなかった。
すぐそこにデジタル式の置時計があり、そこには「2月8日 17:23」との表示があったからだ。
「2月……8日!?」
5日じゃないのか!?
「礼雄、頭を殴られて、3日間意識が戻らなかったんだよ。 本当に心配したんだから……」
ちょっと待て!
じゃあ、試験はどうなったんだ……!?
「その事は……後で、天麒くんから聞いた方が良いよ。 私は……何も力になってあげられない。 でも、自暴自棄にならないでね、礼雄」
それはつまり……もう、試験は、全部終わったって、ことか……?
俺の絶望の表情を見てとったのか、あかり姉は、酷く辛そうな表情をした。
「気を落とさないで、礼雄。 学校ばかりが人生じゃないよ。 それに今は、怪我を早く直すことを考えた方が良いよ」
「あかり姉……俺の携帯は?」
「天麒くんに連絡するなら、後が良いと思うけど」
「それは俺が決める! 俺の携帯は!?」
俺の語気に、あかり姉はハッとした表情になるが、やがてベッドサイドから、ビニールに包まれた何かを取り出した。
「これ……礼雄の携帯」
「これが!?」
それは、粉々に破壊された、俺のスマートタブレットだった。
ビニールから取りだそうとしたら、ドブの臭いがしたので、慌ててまた仕舞う。
「多分、もう壊れてるよ」
「……」
「天麒くんに連絡を取る時は、私に言ってね。 でも、まずは怪我を治すことを考えて、礼雄」
そして、俺の手をもう一度握って、言った。
「強く生きて。 絶対に、自暴自棄になっちゃ、ダメだよ」
なんだ、それ……。
俺は、あかり姉が去った病室で、一人天井を見上げながら考えていた。
まず……大学は、完全に留年した。
理工学部とかなら、生徒全体の成績が悪ければ追試の可能性もあるが、経済学部には追試自体が無い。
半分も試験を受けられていないのに、どうして進級できるものか。
これが事故だと言うのを割り引いても……兄貴は、絶対に俺の留年を許さないだろう。
「退学……マジで……?」
俺は、もう、実家に連れ戻される。
そして、自分の意志など反映されない、淡々とした灰色の人生しか、この先に待っていない。
俺の人生は……もう、終わった。
「何で……何でこんな事になるんだよ……! うぐっ……!! う……!!」
何をどうシミュレーションしても、俺の人生にはもう、絶望しか残されていない。
それを知った俺は、枕に顔を埋めて泣いた。
小野田さんの指揮の元、俺を襲ったあの連中は、間違いなく、店長たちの差し金だ。
「薔薇戦争」で煽りまくったせいか、それとも、俺があまりにも邪魔だったからか、店長の野郎、本当にこんなことをしやがった。
マジか。
マジでこんなバカな事をする連中が、居るのかよ……!!
だが、頭の片隅で、当然だろという声も聞こえた。
世の中では、もっと端金で罪を犯す人間が大勢居る。
ミルフィーユから50万円近くを奪い、またオリオンから50万以上……いや、装備を含めればさらに多くの金を奪った俺を排除しようと考えるのは、ごく当然の事じゃないか。
そしてその可能性に気づかなかったのは、俺が、「リヴァイアサン」をただの「ゲーム」だと思いこんでいたからではないのか……?
「桐嶋さん、大丈夫ですか? 連れの方から、意識が戻ったって聞いたんですが!」
だが、俺がそう悶絶していたところで、唐突に年輩の男性医師と、若い女性の看護師が、ノックもそこそこに、俺の病室に入ってきた。
「え……、あ、大丈夫です……」
俺は慌てて涙をぬぐった。
「良かったですね、意識が戻って……。 CTでは骨にも血管にも異常はありませんでしたけど、念のため、明日も精密検査をしましょうか」
「あ、ど、どうも……」
「それと、そろそろ夕食の時間なんですが、よければ点滴じゃなくて、普通の食事にします?」
「あ、そっちが良いです。 よろしくお願いします」
何だか、そう言われたら、急に腹が減ってきた。
「はーい、じゃあ用意しますねー」
ベッドのサイドテーブルに、まるで小学校の給食みたいな病院食が置かれる。
味は超薄目だったが、それでも空腹の極地にあった俺の胃袋には、非常に美味に感じられた。
「あの、そう言えば、俺と一緒に居た女の子は、どうなったんですか……?」
俺がそう問うと、看護師さんは、驚いたような表情を見せた。
「君、もしかして、あの娘の彼氏? 良かった、連絡先も名前も分からなくて、困ってたのよ!」
「どうかしたんですか、彼女!?」
すると、看護師さんは表情を歪め「こっちに……付いてきて」と言った。
俺は、言われるがままに彼女の後を付いていく。
どこの個室に琴莉さんは寝ているんだろうか、と思ったが、俺たちの行き先はエレベーターだった。
……もしかして、外科棟じゃないのか?
その悪い予感は当たった。
案内された先は、ICU(集中治療室)だった。
「琴……莉……さん?」
俺が見たのは、まるで別人のような彼女の姿だった。
酸素吸入器を口にくわえさせられ、点滴と脳波計、そして心電図モニターを付けられている。
ベッドに側臥の格好で固定された彼女、その頭は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
包帯の間から飛び出した短い髪、そして湿布の張られた顔には、薄黒いアザが今もくっきりと残っている。
「何……だ、あれ!? 何であんな事に!?」
「彼女、後頭部が陥没していたのよ。 脳内出血が酷くて……。 まだ意識は戻ってないわ」
その変わり果てた姿を見た瞬間に、俺の両目から、涙が溢れた。
「何故……!! 何で、こんな酷い事を……! 畜生、あいつら……!! あいつらぁ……!」
怒りで全身の血液が沸騰するような感覚を覚えたが、と同時に、手足の先から、急速な冷気が俺の体を包み……。
急に、目の前が真っ暗になっていった。
「桐嶋くん!? 桐嶋くん、大丈夫!? 気をしっかり……!!」
次の日、土曜日。
意識が戻った俺は、院内のロビーで警察の事情聴取を受けた。
内容はもちろん、俺たちが襲われた事件のことだ。
「じゃあ、彼女の名前は『茅原 琴莉』……でも、連絡先は君にも分からないんだね」
「はい、知り合ってから、そんなに日が経ってないので……。 あ、高校生の時までは東京に居た、って言ってました」
「東京のどこ?」
「すいません、そこまでは……」
「うーん、だからかなぁ……。 彼女、全然素性がはっきりしないんだよねぇ。 君がもっと詳しく聞いてたら助かったんだけどなぁ」
と、強面の刑事が、短く刈ったゴマ塩頭をガリガリと掻きながら言った。
いや、警察だったら、そういうの携帯の履歴とかで割り出せないのか。
「あの、携帯の履歴とかで、そういうの分からないんですか?」
「携帯? 彼女の身元品に、携帯は無かったよ」
「……え?」
いや、携帯は直前まで所持してたはずだ。
なのに、ないということは……。
連中に持ち去られたのか?
「でさ、君を襲った連中……心当たりはないのかい」
「心当たり?」
「そう。 何か君、誰かに恨まれたりはしていないよね?」
「いや、そんな事あるわけないじゃないですか……!」
「顔も見てない?」
「ええ、全員知らない連中でした」
「うーん、その割にはね、わりと計画的なヤマだからさ……普通通り魔ってのは、突発的、かつ単独での犯行が多いんだよね」
「そんな事、言われても……」
「それに、君の大学、こないだも似たような事件があっただろう? 本当に何も知らないのかい? 思い当たる事は、何も?」
その刑事は、懐疑の目で俺を見ていた。
それはそうだ。
本当は、心当たりはあるのだから。
連中は「リヴァイアサン」で俺に負かされた事を根に持って、犯行に及んだ。
ただ、今にして思えば、あの連中と店長が関係があるかと言われれば、あまり自信がない。
店長が噛んでるのは間違いないと思うのだが、その割には、連中の年齢が若かった。
店長の仲間だったら、俺を襲った連中の年齢は30代前後になるはず。
つまりあれは別のルート……例えば、保科や小野田さんの仲間、あるいはネットの掲示板とかで集められた輩なのだ。
「いえ……何も思い当たる事は、ありません」
だから、俺はそう答えた。
俺を襲った連中の素性が不確かだというのもあったし、もし、それを答えてしまえば、芋づる式に『還魂のリヴァイアサン』の事も喋らなくてはならなくなる。
これが事件になれば……「リヴァイアサン」の運営に大きく影響する。
悪ければ、株式会社カプリコンは刑事責任を問われ、サービス終了という事態にもなりかねない。
「そうか、何もない……か。 じゃ、これくらいにしとこうか」
刑事はその懐疑的な視線を俺に向けたまま、聴取を終えた。
「はい……。 お役に立てなくて、すいませんでした」
結局、俺は「リヴァイアサン」の事を喋らなかった。
そのせいでサービス終了なんて事になったら、誰からどれほど恨まれるか、分かったもんじゃない。
事によっては、本当に殺されるかもしれない。
……それに、もう一つ理由はあった。
今の俺は、人生ドロップアウトの一歩手前だ。
だが、ギリギリその手前で踏みとどまっている。
人生を挽回する方法が、たった一つだけある。
それは「リヴァイアサン」でお金を稼ぎ、実家の世話にならずに、自力で大学に残るという方法。
バイトだと偽って、通帳とかで稼げている証を見せれば、兄貴だって了解する可能性がある。
自分でも嫌になる。
ムラサメに偉そうなこと言っていたくせに、窮地となれば、あっさり身を翻す自分の発言の軽さが。
でも、今の俺には……どうしても「リヴァイアサン」が必要なんだ。
そして、その日の夕方、精密検査でも異常がなかった俺は、退院を申し出て、それはあっさりと許可された。
ただし、定期的な検査通院の条件付きで。
荷物をまとめた俺は、ナースステーションで、琴莉さんとの面会を申し出る。
彼女は宇園大学の学生だと伝えてある。
後は警察が、大学の事務局に連絡して、そこで琴莉さんの連絡先を知ることになるだろう。
ただ、琴莉さんの意識は今も戻っていない。
集中治療室内で、彼女は沢山の管を付けられたまま、身じろぎもしない。
「琴莉さん……。 ごめんね、毎日お見舞いに来るからね。 寂しいかもだけど、待っててね。 きっとすぐに、家族の人も来てくれると思うから……」
俺はガラス越しに、まるで芋虫みたいな体勢で眠り続ける彼女に、そう言った。
もう、病院で出来る事は何もない。
俺は、俺にできることをする。
まず最初に俺が向かったのは、携帯のショップだった。
バラバラに砕かれた俺の携帯。
物理的に俺を退場させようとしたのだろうが、中のメモリーカードにデータが生き残っていれば、復活の可能性はまだある。
だから俺は今まで、軽々に電源を入れなかった。
俺はショップで新しいスマートタブレットを購入、店員さんにデータの転送を依頼した。
「どうですか?」
「……しばらく、お待ち下さいね」
生き残っていてくれ、「レオ」……。
今となっては、お前だけが頼りなんだ。
俺は、自分の分身の安否を気遣いながら、店員さんがどういう結論を出すのか、固唾をのんで待っていた。
「あ、大丈夫ですよお客様! データは生きてます!」
「マジですか!? やった!!」
「レオ」は、まだ死んでなかった!
新しい、大きめのスマートタブレット。
電源を入れ、初期設定をとっとと済ませて、俺は速攻で「還魂のリヴァイアサン」をインストールし直す。
幸い、店舗内の高速WiーFi環境のおかげで、インストールは5分もかからず終了した。
「リヴァイアサンズ・メルヴィレイ」
すると、ネージュ村の中に、俺の愛すべき分身が確かに存在するのを見た。
すぐさまステータス画面を確認、保科から奪った「ブラックマンバ・ブレイド」と、所持金が以前のとおりである事を確かめると、
「あの、すいません……携帯の代金ですが、ここはwebパースも使えるんですよね?」
「ええ、どうぞー」
520万Cen……現実価格52万円の電子マネーを使って、瞬時に精算を済ませる。
60万Cen近い金額が吹っ飛んだが、まだ450万残ってる。まったく問題ない。
保科たちに復活したことを悟られないように速攻でログアウトし、ホーム画面に戻した。
すると、画面が通話画面に切り替わり、そこに「桐嶋 天麒」の文字が浮いた。
……兄貴!? 何故このタイミングで!?
「すいません、携帯の更新ありがとうございました!」
「はい、またお越し下さいませー」
俺は新しい充電器とパンフレットの入った袋をひっつかんで、携帯のショップから出ると、慌てて兄貴からの電話を繋ぐ。
「もしもし、礼雄か?」
「ああ、何だよ兄貴」
「あかりちゃん、今、お前のお見舞いに来てるぞ。 それでお前が居なくて、しかも退院したと聞かされて、軽くパニックになってる」
……しまった、先にあかり姉に連絡しとけば良かった!
バスで帰るとでも言えばよかったか!
「ま、お前の事だから、先に携帯を買いなおすんじゃなかろうかと思ったが……正解だったようだな」
「今から、あかり姉に連絡するよ!」
「大丈夫だ、俺が後から連絡する。 俺が言った方がよほど安心できるだろうからな」
「はん、そうかい」
そして、しばしの間を置いて、兄貴は言った。
「試験、残念だったな。 礼雄」
「……ああ」
「話は聞いた。 不幸な事故だったと思う」
「……ああ」
「だけど、約束だ。 進級できなければ退学……。 そういう約束だったな。 地元に帰ってこい。 そして、皆を安心させてやれ」
そうだよな……。
お前はそう言うよな。
「皆を安心させたいとは思うよ……。 でも、俺はまだ終わってないぜ、兄貴」
「……何? どういう事だ?」
「追試があるかもしれない」
「は? 何を言ってる? 経済学部で追試?」
これは口からでまかせだ。
経済学部に追試はない。
だけど、俺は今、この町から出ていく訳にはいかない。
負けたままでは、絶対に出ていけない!
「そうだよ。 この事件で、何人かが試験を受けられなくなってる。 それで、事件の結果次第では、特例で追試措置があるかもしれないって、友達が言ってた」
と、どうにでも取れる曖昧な理屈を並べた。
これなら、仮に兄貴が大学側に問い合わせたところで、「そんな事実はない」と言われても裏は取れない。
仮に本当に追試になるとしたら、それは人の人生を左右する機会になる。
それを自分の判断で奪う訳にはいかない……と、そう計算するはずだ。
ま、最もウチの兄貴が、俺に対してそんな事を気にするかは極めて疑わしいが。
「なら、追試があるかどうか、来週報告しろ。 無ければ地元に帰ってこい」
俺のハッタリを受けて、兄貴は、必要最低限の譲歩をしてきた。
だが、ここで引いてはいけない。
たった一週間の猶予では、あの連中をぶっ潰す事なんてできない。
琴莉さんが目覚めるのを待たずして、帰るなんて酷いことはできない。
それに……。
俺は、社会の奴隷みたいな人生を送りたくない!
「断る。 俺は、自分の人生を生きる」
「は……? どういうことだッ! 礼雄!」
「今言ったとおりだっ、兄貴! 俺はちゃんと自分で稼いで、自分で学費を払って、大学生活を続ける! そして、自分で満足できるような就職をする!」
「そんなことが、お前に……!」
「できる! やってみせる! 俺は知ったんだよ! 真剣にならなけりゃ、この世界から退場しちまう、って事に! その意味に!」
「真剣、ね……」
だが、兄貴は俺の叫びを聞いても、さほど動揺の様子はなかった。
「今までのお前の態度からすれば、どうしても、逃げたいがための口上にしか聞こえないんだよ」
「逃げじゃねぇよ! 逆に聞くが、それが本当だとしたら、どうすれば信用するんだよ、兄貴!」
少し、沈黙の間があったが、
「本当はな、お前がきちんと進級できるなら、俺が学費を持ってやっても良かった」
「……は? 兄貴が? 冗談だろ」
「ああ、俺も『冗談だ』と言いたいよ。 父さんがお前に協力してやれ、と言わなければな」
そして、兄貴は続けた。
「だから、今の話は父さんに報告しとく。 それと、毎月、通帳の残高は確認させてもらう。 また、卒業までは、小夜子叔母さんの所に住むこと。 それが、俺がお前の残留を認める、最低限の
ルールだ」
「兄貴……!」
「ぬか喜びするな。 その件は追試も含めて、父さんがどう結論するかだ。 まだ大学に残れると決まった訳じゃないぞ。 仮に追試が本当にあったとしても、父さんがダメだと言ったら、即座に
帰ってこい」
……。 いや、それもダメだ。
「何故だ! やはりお前、地元に戻りたくないだけか!」
「違うよ、話は最後まで聞けよ。 俺と一緒に襲われて……まだ、意識が戻ってない友達が居るんだ。 その子の意識が戻るまでは、帰れない。 そんな非道なことはできない」
「いつ戻るのか、分かるのか」
……分かるわけねぇだろうが!
「じゃあ、地元に……」
「ふざけんなっ! 俺はそこまで人でなしにはなれねぇよ! 彼女の意識が戻るまで、俺は側に居てやりたいんだよ!!」
「……何だ、女か」
兄貴は、そんな呆れたような口調で言う。
「……まぁ、分かった。 了解しがたい部分の方が多いが、父さんには上手く言っておいてやる。 だが、一つ覚えとけ」
「何だよ」
「社会ってのはな、とてつもなく厳しいぞ」
「言われなくても知ってるよ」
「俺の目から見て、お前は全くその理解がないから、わざわざ言ってやってるんだ。 最後まで聞け」
「……」
「ほら、俺たちはさ……小さいころ、父さんや母さんから、躾られたり、アニメとかでヒーローものがよく言ってるのを聞いてるよな」
「何をだよ」
何だその唐突な話のフリは。
しかも、兄貴がアニメだとか……。
「この世は平等で、正義は常に勝利し、信頼と友情が大事だってこと」
「……ああ、言ってる。 それが?」
「だけどな、社会ってのは、不平等で、悪人ばかり、信頼や友情はかけらもない。 あるのは常に利害を天秤にかけた駆け引きばかり、だ」
……!?
「礼雄、俺が未熟なだけのかもしれないが……。 今まで社会人として働いてきて、社会に抱いた感想ってのは、それが正直なところだ」
「……それで、何だと言いたいんだよ」
「つまり、社会に入れば……いや、大人になれば、常に何かと戦わなくちゃいけないって事さ。 体力と気力をすり減らす戦いが、毎日だ。 だからこそ、自分に『武器』がなくちゃいけない」
「……」
「そのために学び、経験するんだ。 学校は本来、そういう場所だ。 それを忘れるな、礼雄」
「珍しく、真面目なアドバイスだな、兄貴」
「俺はいつも真面目だよ。 電話を切るぞ。 ……それと、時には母さんにも電話しろ」
「分かったよ。 ……父さんにはよく言っておいてくれよ」
そうして、電話は切れた。
物珍しげに見る周りの通行人の視線を避けるように、俺は病院の駐車場へと戻り、俺はあかり姉へ電話した。
「ごめん、あかり姉……もう兄貴からは聞いたと思うけど、携帯を買いなおしに行ってた」
「もう、礼雄! 心配してたのよ! 電話は貸してあげる、って言ってたじゃない!」
「いや、どうせ兄貴と言い争いになるだろうから、あかり姉に見られたくなくて……」
とにかく、良かった。
安心できるほどではないが、まだこの町で生活できる可能性は残った。
そして、俺に残った、最後の希望。
俺の分身、マイアバター「レオ」。
こいつが居れば……。
「リヴァイアサン」があれば……。
俺は、まだ、戦える。
俺の体内に、静かに怒りの炎が燃え上がった。
やることは数多い。
だけど、今やる事は一つ。
週末へのイベント……噂どおりなら、おそらく「薔薇戦争2」……そこにはほぼ間違いなく、店長と保科が出てくる。
俺を排除したつもりの今、それはほぼ確実だろう。
「覚えていろよ……。 店長、保科……。 お前等、皆殺しだ」




