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(78)歪む世界

「ねぇ、レオ、さっきから何を考えてるの?」


 火曜日、4限放課後。

 テストを終えた俺は、たまたま学内で琴莉さんと出会い、そのまま自然と二人でメインストリートを散策していた。


「え? いや、別に何にも」

「嘘。 私が話しかけても、全然上の空じゃない」

「いやいや、ちゃんと話聞いてたって」

「じゃ、私がさっき何て言ってたか、覚えてる? 言ってみせて」


 すいません、聞いてませんでした……。


「……レオ、貴方まさか、あの『のぞみ』って娘のことを考えてた訳じゃないでしょうね?」

「ちち、違うよ! だって、のぞみさんは彼氏居るんだぜ!? そんなワケねーじゃん!」

「じゃ、何考えてたのよ」



 ……実際には、俺は「天餡門」でのムラサメのことを思い出していた。


「僕は……この先の世界が見たいんだ。 それが、MMOプレイヤーって奴だろ!」


 ムラサメはそう言い放った。


 先に進みたい、より強い装備を手に入れたい。

 なるほど確かに、MMOのトッププレイヤーってのはそんな連中が大半だ。

 強烈な上昇志向と支配欲、異様なまでの負けず嫌い。

 ムラサメの言いたい事は分かる。


 だけど、俺はその意見に、あまり共感できなかった。


 俺がまだアホガキの頃、格闘ゲームの隆盛時代。

 ゲーム以外にとりえのなかった俺は、とにかくゲーセンにたむろして、ヌルいプレイしてる連中に乱入しまくり、片っ端から倒しまくった。

 もちろん、それが原因でトラブルに逢ったりもしたが、それで顔を覚えられたせいか、やがて俺に乱入された奴は、戦っても無駄と悟ったのか、スゴスゴと引き下がるようになった。


 最初は気持ち良かった。

 戦わなくても勝てる俺カッケー、とかそんなバカな事を考えていた。


 だがそのうち、俺と対戦しようという奴は徐々にいなくなってしまった。

 隣町のゲーセンには、そのゲームにまだ活気があったから、地元で人気がなくなったのは、俺のせいなのだ。

 そして俺は、一人でCPU戦を淡々と進めながら……ふと思った。

 ゲームが本当に楽しいのは、人と一緒に遊んでいる時なのだ、と。

 そして、ゲームにとって大切なのは、人に遊んでもらうことなのだ、とも……。


 その経験があるから、俺はネトゲの廃人プレイヤーみたいに、装備を晒して一人で悦に入ったり、24時間の強制パワーレベリングを、楽しいとは全然思えない。


「……ムラサメ、お前が見たいと言っているのは、ゲームの世界の、先のステージのことか? 違うだろ?」


 それに俺の経験上、ゲームの世界観に浸るなら、むしろ「無駄な寄り道」と「手探りプレイ」こそが最善だ。

 力まかせでガツガツ進めるプレイングが、この先の世界を見たいというのは嘘ではなかろうが、俺にはムラサメの言葉が、そういう意味には聞こえなかった。


「ああ、そうだよ。 さっきも言っただろ? 僕は、このゲームで、本物のトッププレイヤーになりたい! 先に進んで、『リヴァイアサン』を倒して、1000万円をゲットして、勝ち組になりたいんだ!」


 やはり、ムラサメの欲望は「金を儲けたい」。

 ただ、それだけだったようだ。


「勝ち組って、お前……。 マジで言ってんのか? ゲームとリアルをごっちゃにするなよ」

「このゲームは、既にリアルの一部だよ! 『リヴァイアサン』で勝てば、人生でも勝てる! お前も食べただろ、この焼き肉! そして味わったはずだ!」


 頭に血を登らせたムラサメは、語気強く言った。


「勝利の味を! 稼げる奴こそが勝者だと!」


 その言葉はまるで熱風だったが、俺は冷静だった。


「冷静になれよ、ムラサメ。 お前はギャンブルに酔ってるだけだよ」

「ギャンブル……?」


 そう。 「リヴァイアサン」は、ギャンブルだ。

 装備品をチップにしたギャンブル。

 奪ったり、奪われたりの繰り返し。


「自分の欲望に溺れれば、取り返しがつかなくなるぞ」


 それに、お金を賭けなかったとしても、射幸心しゃこうしんを煽るMMOは、一度ハマればその世界から抜け出す事が困難になる。

 ネトゲ依存症に陥り、大学の1年間をまるまる無駄にした、俺みたいに。


「リアルの世界にだってギャンブルはあるだろ? それに、『リヴァイアサン』はギャンブルじゃない! 勝つ奴が勝つ仕組みになってるだろうが!」

「悪いが、俺はお前のような考えはできない」


 またも始まったムラサメとの論争。

 奴の言うことも分かる。

 この世界は所詮は「財」、つまり金の奪い合い。

 奪うことこそが勝利で、すなわち生きるための道だと。


 だけど、俺はムラサメの主張がどうしても飲み込めなかった。


 親戚の、俊郎叔父さん。

 小さな町工場を経営していて、俺は小さいころ、よくそこで遊んでいた。


 俊郎叔父さんはちょっと変人だったが、「下町のエジソン」と言われ、何かを作ることに情熱を燃やしていた。

 誰かの役に立つものを、いつも作ろうとしていた。


 俺には真似のできない生き方だが、あれこそが、人として正しい道ではないか、という気がするのだ。


 誰かのために何かをする……。

 誰かのために何かを作る……。


 それこそが。


「ふん。 レオ、その作ったモノですら、結局は奪い合いになるんだぞ」

「かもしれねーけど、不愉快な気持ちにはならなくて済む。 お前には分からないかもだけど、人の物を奪うのに、良心の呵責がないってのはどうなんだよ!」

「これはゲームだよ? なのに良心の呵責?」

「都合の良いときだけ、そんな言い逃れするな! 実際に、このゲームは対戦相手から金を奪えるだろ!」


 すると、ふん、とムラサメは鼻白んだ。


「じゃあ、レオ、何故お前はそんなに強い?」

「……え?」

「前から感じてたんだが……。 お前はそんなヌルい性格くせに、やたらと強すぎる。 きっと、お前は自分を偽ってるだけで、心の奥底には獰猛な何かが居る。 そうでないと、そんな他人を圧倒する強さが得られるワケがない」


 ……何か、そんなこと、他の誰かにも言われたな。


「知らないよ。 改めて言うが、俺は自分からPKする気にゃなれねぇ! ……もう、出ようぜ」


 そして、部屋を出た俺達は、料金を精算した。


「お会計ありがとうございます、12万と5200円になりまーす」

「ぐふっ」


 想像もしなかったような金額に、思わず漏れたムラサメのダメージボイスを、俺は聞きのがさなかった。


「おい、ムラサメ、俺も半分出すよ。 お前一人に払わせるのは悪いからな。 後でゲームにログインしてくれ、そこで渡す」

「……」


 ムラサメは多少躊躇していた様子だったが、結局「……すまん」と了解してくれた。


 つーか、昼飯代で6万円かよ。

 「薔薇戦争」で50万円稼いだからとはいえ、これを簡単に出そうとしてるあたり、俺も相当に金銭感覚が麻痺してるな。


「ムラサメ、随分お金を使わせて悪かったな」

「まぁ、ね。 収穫もなかったしね」

「むしろさ、この昼飯代で装備を整えた方が良かったんじゃないのか?」

「そうだね。 無駄金使うくらいなら、確かに装備を整えた方が良かった」


 ……おい、俺に奢った分は、いきなり無駄金呼ばわりかよ。


「でも、お前こそが最強の装備さ」


 だが、いきなりそう切り返されて、俺は多分、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてたと思う。


「今回はレアガチャ試して、たまたまハズレだっただけの話さ。 次はアタリを引くかもしれないし」

「俺は勧めないぞ」

「レオ……」


 そこで、ムラサメは俺の目を、まっすぐ見据えて言った。


「僕には、予感があるんだ。 この『リヴァイアサン』で勝ち抜けば、『本当の強さ』が手に入るかもしれないという」


 そして続けた。


「お前はああ言ったけど……。 僕はやはり、勝ち組の世界に入りたい。 先の見えた、平凡なサラリーマン程度で終わりたくないんだ!」



 ムラサメは、そう言った。

 だけど、俺は隣で歩く琴莉さんに、そういう細かい説明をしなかった。


「ムラサメのことを考えてたんだ。 こないだの薔薇戦争の礼は、いつか言っとかなきゃなぁ、って。 おかげで助かったし」

「ん……そうだね、いけすかない人だと思ってたけど、本当に助かったよ。 私からもお礼してた、って言っといてね」

「うん、分かったよ」


 代わりに、そうお茶を濁した。

 本当のことを喋れば、ムラサメと琴莉さんの距離がもっと開くのは確実だからな。



「あのさ、レオ……。 彼女……『ティアリ』を紹介してくれよ」


 ムラサメは、「天餡門」の駐車場で、そう言ったから。


「何でそんな話になるんだよ!」

「このゲームをプレイしてて、思ったんだよ」

「何をだよ」

「このゲームの攻略に必要なのって、何だと思う?」

「何って……」


 そしてムラサメは、俺の回答を待たずに続けた。


「金と仲間さ。 それは現実リアルと同じ。 違うかい」

「……!」

「僕は今、このゲームでのソロプレイの限界を感じてる。 だから、なんとかして仲間を増やしたいんだ」


……ムラサメ、お前もか。


「それで、ティアリを?」

「そうだよ。 彼女は王室では逃げ回るだけだったけど、僕をあっという間に倒したのは事実。 それに、レオ、お前も彼女の強さを知ってるから、彼女にベッタリなんだろ?」

「俺と彼女は、そんな……」

「いや、二人の仲を詮索しようとは思わない。 ただ、僕の力が必要になったら、遠慮なく仲間に入れて欲しいんだ」

「お前……そうまでして」

「ああ、プライドにこだわってたら、チャンスを逃す。 僕は何がなんでも、お前たちの近くに居たいんだよ。 ゲームの中ではね」


 ムラサメは、最初「新生・ブレイズブレイドに入れ」とか、「俺に仲間になれ」とか言ってた。

 それが最後には「ちょっとでも良いから、仲間に入れてください」とまでハードル下げてきた。


「お前、そうまでして、『リヴァイアサン』に……」


 ハマってるのかよ。


「そうだよ。 正直、最近は一日中、リヴァイアサンの攻略のことを考えてる。 でも、まだ僕は正常さ。 正気の範囲だ」


 正気じゃねぇだろ、というツッコミを吐きたかったが、それより先に、ムラサメは言葉を被せてきた。


「僕は、思うんだ。 この人生というゲームそのものが、ギャンブルじゃないかって」

「見えないパラメータ、無限の選択肢、賭けられるものはそれこそ何でも賭けられる」

「お金を間に挟むから、他人から『奪った』という実感がないだけで」

「どう思う? レオ。 この『人生』っていうギャンブルゲーム」


「ムラサメ……」


「『リヴァイアサン』の中でいつもやってるみたいに、マジにならなけりゃ、ゲームから退場する羽目になるかもよ」


 退場……って。

 「人生ギャンブルゲーム」からか?


「そうさ。 真剣マジになれよ、レオ。 ヌルい気持ちのままだと、きっと何もかも奪われるぞ」



 結局、俺とムラサメの論争は、俺の完全敗北だった。

 そこまで言われ、何も言い返せなかった。


「お前が本気になりたいのは、ゲームだけだろっての……!」

「え? 何か言った、レオ?」

「い、いや、何でもないよ、琴莉さん」



 琴莉さんは絶対に紹介できない。

 性格が合わないのもそうだけど、今のムラサメだと、琴莉さんを殺戮の嵐に巻き込みかねない。


 琴莉さんはそれを絶対に拒否するだろうし、何よりも、チート使って、何も知らない人をボコるとかいうのは、俺としては絶対に認められる状況ではなかった。


 それは、いじめっ子が、生まれつき恵まれた体格で相手をボコるのと同じ。 まさに「弱いものいじめ」だ。

 自分がやられたことをやりかえした所で、自分が弱いってことには何の変わりもないんだぞ、ムラサメ……。


「(チートを使って……?)」


 そういや、琴莉さんのアバター「ティアリ」は、本当に、チートなんだろうか。

 聞いたところで、「課金だよ」と返されそうな気もするが、もし、今後も一緒にログインする機会があれば、やがて判明するかもしれない。



「ねー、試験終わったらどこに行く?」

「どこ行こうかー。 旅行とかどう?」

「いいねぇ~、でもそのまえにバイトで稼がなきゃね」

「あたしとか、週2だから、余裕あるの5万くらいなんだよね。 その範囲でどっか行こうよ」


 メインストリートの雑踏の中で、女子のそんな声が聞こえた。


 5万……って、月額5万ってことだよな。

 なんだそれ。

 俺とか半日で50万だぞ。


「琴莉さん、今日さ、『リヴァイアサン』の中でクイズイベントがあるみたいなんだけど、一緒に出ない?」

「え、クイズ? うーん、どうしようかなぁ……。 私、文学とかは得意なんだけど、日常系は苦手なんだよね」

「俺も俺も」

「でも、何で唐突にゲームの話? 私も、試験終わったら、どこかに遊びに行きたいな、レオと」

「え……」


 今、琴利さんに言われて、ふと冷静になった。


 バイトでの給料5万円を鼻で笑うとか、俺も相当に『リヴァイアサン』に影響されてる。

 俺はPKは嫌いだが、イベントで稼ぐのには抵抗感がない。

 だから、今、琴莉さんを誘った。

 数の力で、クイズ大会を勝とうとして。


 でも、その考え方は正しいのか。

 そもそも「ゲームで稼ぐ」なんてのが、健全な思考なのか。


「じゃ、じゃあ、遊園地とかどう? 琴莉さん」

「遊園地? ここからじゃ結構遠くない? 私、運転ヘタだし」


 え……琴莉さん、車も免許も持ってるの?


「じゃ、電車とかでどう? ゆっくり一日かけて行こうよ」

「私は、蒼鶴孤雲の水墨画展が見たかったな。 今、近くの美術館でやってるんだよ」

「なら、両方行こうか?」


 すると、琴莉さんの顔がみるみる花咲くような笑顔になって、


「うん、行こう行こう! 両方行こうよ! わ、何だかすっごい楽しみ!」


 とメチャ喜んでくれた。

 そしてスマートタブレットを取り出し、カレンダーに日程をメモしていく。


 ……あれ、これってかなりいい雰囲気じゃない?

 俺としては、友達感覚で遊びに行こうって言ったつもりなのだが、醸し出す雰囲気は、なんだかまるでデート感覚……というか、デートだよな、これ。

 一日かけて遊びに行くとなれば、夜も遅くなるし……。


 ……いや、いやいや、そんな不埒な考えは止めろ俺。

 琴莉さんと知り合ってまだそんなに経ってないんだぞ。



「お久しぶり、レオっち」 


 だが、そこで、俺は学内で出会うはずのない人間と出会った。

 その女性は、メインストリートのど真ん中で、俺たちを阻むように立っていた。


「小野田……さん?」

「随分と楽しそうだね。 隣の娘、彼女?」


 スタジャンとジーパンというラフな格好に加え、この大学構内という環境にそぐわないのは、その長い金髪。


「誰なの、あの女の人? ……もしかして、レオ、貴方また!?」

「違う! 逃げよう、琴莉さん!」


 彼女の目は、これ以上ない敵意に燃えていた。

 そして、俺と会話しつつも耳に当てているスマートタブレット……。 誰と話しているんだ?


「逃げるって……どういう事!? いきなり、何なの?」

「いいから、早く!」

「おっ、ラッキー。 レオっち、その子が『ティアリ』なんだ?」


 小野田さんの言葉を聞いて、琴莉さんの顔面が蒼白になる。


「……彼女のアバターは、オリオン達の仲間『ミルフィーユ』なんだ! 早く!」


 俺は琴莉さんの手を引いて、学外に出ようとする。

 学内の校舎に立てこもる手もあったが、連中においつめられたら逃げる場所がないのと、学生同士のいざこざで処理されたらマズいと思い、逃げ道の多い学外に逃げるのがベストだと判断した。


 だが、どっちでも結果は多分同じだった。


「レオ、待って、足が……!!」


 琴莉さんの厚底の靴は、走るのには全く向いていなかった。

 事実、構内をすぐ出た所の路地で、俺たちは捕まった。


 そこに待ちかまえていたのは、ロケットカウルにタケヤリ、L型シートという族車仕様のバイクが数台と、マスクを被った派手な服の連中。

 それが四方八方から続々と現れ、包囲網を狭めてきた。 手には、バットや木刀の凶器を持っている。


 「あ……ああ……」


 「誰かー! 助けてくれー! 強盗です、助けてくださーい!」


 ピンチの時の俺の奥の手「大声で助けを呼ぶ」。

 過去何回か、俺の窮地を救ってきた技だった。

 周囲の人の視線を集める事で、こういう連中を早めに追い払い、目撃者を増やすことで、被害を最小限に抑える事ができる……はずだった。


 「急げ! まず、女の携帯を奪え! そいつが『ティアリ』なんだよ!」


 だがそれは、連中の行動を加速させただけだった。

 そして、連中の目的が何なのかも……。


 まさか……。 こいつら……。 紅組、なのか……?


 「琴莉さん、逃げて! 誰かー! 警察を……!!」

 「そいつを黙らせろッ!!」


 俺の後頭部に、弾けるような熱感と衝撃。

 途端、視界が急速に暗くなり、地面がゆっくりと目の前に迫ってくる。


 「こと……り……さん……」


 彼女を助けようと、必死に顔を上げた俺が見たのは、地面に倒れた琴莉さんが、凶器を持った連中に襲われ、次々と頭にバットを振りおろされる光景だった。


 グシャ、とまるでスイカ割りのスイカのような音が聞こえたところで、俺は意識を完全に失った。


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